リアクション
○ ○ ○ ○ 「大丈夫! 工事の人達が頑張ってくれるから。だから、怖がらなくて大丈夫だよ。お茶飲みながら待とうね」 宿屋の食堂で、高原瀬蓮(たかはら・せれん)は、泣き出しそうな顔の女の子の隣に座る。 「はい、借り物だけどどうぞ」 瀬蓮は女の子にクマのぬいぐるみを差し出した。 「ありがとうございます。可愛らしいです……っ」 女の子は不安気ながらもふわりと笑顔を浮かべた。 「鏖殺寺院が絡んでるというのに、呑気に茶を飲んでぬいぐるみ抱いてる場合か!」 隣に座るイルミンスール魔法学校の悠久ノ カナタ(とわの・かなた)は頭を抱えた。 「お、怒らないで下さい。頑張り、ます……っ」 女の子――緋桜 ケイ(ひおう・けい)は涙目になりながら、そう言った。 あの日。不良との壮絶なる戦いを繰り広げた……いや、寧ろ戦っていた相手はGとかゴキとかいう名の黒い物体であり、その乙女の天敵を無数に間近で見てしまったケイの意識はどこか遠いところへ飛んでしまったのだ。 意識が戻ってからも、精神的ショック故に近年の記憶を失っていた。一時的なものだとは思うが……。 「随分としおらしくなったね。でも、外見も振る舞いもこっちの方が合ってるような」 瀬蓮のパートナーのアイリス・ブルーエアリアル(あいりす・ぶるーえありある)は、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら涙を拭っているケイの姿に苦笑をする。 「作業車はないみたいです……」 蒼空学園の桐生 ひな(きりゅう・ひな)が残念そうに宿の方へと戻ってきた。 パラミタの文化レベルは地球の産業改革前くらいだが、都市部のあたりでは、車も多少は見かけることもある。 しかし、この辺りでは地球の解体工事で使われるような重機類は手に入りそうもなかった。 「せめて大きな分銅でも作れればいいのですが」 1人では材料の調達も、作成出来る施設との交渉も難しそうであった。 「っと、面白そうなもの作ってますね」 ひなはなにやら大きなものを作成しているメンバーに近付いた。 「ふふふっ。美しくて凄いもの作ってるのよ! ただいま〜」 小型飛空艇から、伽耶が飛び下りる。 一緒に買物に出かけていたアルラミナと、伽羅も、小型飛空艇や軍用バイクから荷物を降ろしていく。 「何が出来るか? それは秘密ですぅ」 伽羅は微笑みながら、作業場近くのテーブルでお茶の用意を始める。 「ミルミさんも、カモミールティーで落ち着くですぅ。ひなさんもいかがですかぁ?」 うろうろしているミルミに声をかけると、ミルミは執事のラザン・ハルザナクと一緒に近付き、ラザンに椅子を引いてもらい腰かけた。 「ミルミお菓子も食べる!」 「頂きます」 「用意しますですぅ」 伽羅はカモミールティーを淹れて、茶菓子を用意するとテーブルの上に並べた。 「茶が入ったか」 樹木を切り倒していた青が汗を拭いながら戻る。 木材の運搬を手伝っていたうんちょうとシラノも席につき、伽羅の出したカモミールティーを飲みながら、一息つく。 「教導団の皆が作ってるものだから、きっとすんごい物だと思うよ! 楽しみだねっ」 「そうですね、自分にも手伝えることがあるといいのですが」 ミルミとひなは、お揃いのヘルメットを被り作業に勤しむ教導団中心のメンバー達に、期待の眼差しを向けつつお菓子とお茶を楽しむ。 「余は力仕事は苦手なのだが……」 ロドリーゴが、うんちょうとシラノが運んだ台車から、木材を降ろしていく。 「楽しいじゃないか。機甲科の真髄を見せてやる! ……木製だけど」 アクィラはうきうきと木材を降ろす。 そして全て降ろし終わると、点検を行なうべく馬車の方へと楽しげに向かっていった。 黒は木材の枝打ち、皮むきを丁寧に行なっていく。 「順調のようですな」 ミヒャエルは、頼んであったものを伽羅から受け取った後、仲間にだけ聞こえるよう作戦の提案を始める。 「まずは、撞車を最後尾に、鉄盾を持った前衛と、ガードラインの中衛を布陣。続いて、私、ミヒャエル・ゲルデラーが最終降伏勧告。同時に必要に応じてうんちょうが情報攪乱。そして、火術使用者は牽制・掃討・火勢拡大を兼ねて火術投射。また、うんちょうは掃射。更にパワーブレス持ちは丸太を打つ者にパワーブレスをかける。その後、一斉に突撃。丸太で別荘を叩き壊す。……という案で如何かな?」 「よし、それでいこう! ギャザリングヘクスもかけるよー。いけいけゴーゴー!」 アルラミナが楽しそうに拳を上げる。 特に反対意見も出ず、概ねその作戦で行なうこととなった。 「……なあ、ミラ。この骨組みってこっちだよな?」 仁が、組み立てる手をふと止めた。 「え? 違うんじゃありませんの? さっき青さん、そっちって言ってたと思いますわ」 ミラと一緒に、仁は青を探す。 設計を担当している青 野武(せい・やぶ)は、休憩用のテーブルで、仲間と話し合いながら図面を書いている。 「うーん……3人ともかなり忙しそうだな……。じゃ、半分こっち、半分そっちにしとくか」 「そうですわね。時間もありませんし、組み立てないと!」 「ここ、結んでよろしいですか?」 アマーリエの言葉に、仁とミラは「お願いします」と答える。 大掛かりな組み立ては仁が中心となり、アマーリエは細やかな作業を手伝っていく。 大体組みあがり、作業メンバーが休憩に入ったところで、クリスティーナとアカリは、使用訓練を行なうことにする。 「よーし、前に誰もいないねぇ。えーいっ」 クリスティーナが丸太を後に引いたとたん、ゴスッと音が響く。続いて「痛っ」という声。様子を見に来たアクィラだ。 「はわわわわわわ、ごめんなさーい」 「わっ、どこ狙ってるのよ!」 慌てて手を放したため、軌道がずれ、共に訓練を行なっていたアカリの身体を丸太が掠めた。 「ごめんなさい、ごめんなさーい」 クリスティーナはひたすら謝る。 「それじゃ、そろそろ仕上げといこう、おー!」 アルラミナと伽耶が大量のアルミホイルを手に近付いてきた。 「よし、やろう」 アクィラはぶつけた体を片手で撫でながら、もう片方の手でアルミホイルを受け取った。 そして、5人でアルミホイルを、組み立てた大きな物体に巻きつけていく。 「アルミホイルは火を通さないし、光って威容もアップしたわ!」 ぎらぎらに輝く大きな物体を前に、伽耶は満足そうに言うのだった。 宿屋の一室では、蒼空学園の義理の姉妹達が作業を進めている。 「買物行って来たの!」 朝野 未羅(あさの・みら)が元気良く部屋に戻ってくる。 「お帰り、未那ちゃん」 朝野 未沙(あさの・みさ)が手を休めて迎え入れる。 袋の中に入っているものをテーブルの上に並べて、確認をする。 ハタキ、箒、ちりとり、モップ、バケツがそれぞれ3つずつ。 ゴミ袋と洗剤は大量に用意してある。 「えぇとぉー、姉さんこれ消火器ですよねぇ? 掃除の前に消火活動ですかぁ?」 姉、未沙が作っているものに朝野 未那(あさの・みな)は軽く首を傾げる。 「ううん、これは水鉄砲よ。水道は使えそうもないから、洗剤を飛ばせるようなものが必要だもの」 未沙は消火器のような形をしたタンクの中に、液体を入れて噴射をするタイプの大型水鉄砲を作っていた。 「分かりましたぁ。洗剤詰めますぅ」 未那は出来上がったばかりの水鉄砲の1つに、洗剤を入れていく。 「私も詰めるの」 未羅ももう1つの水鉄砲に別の洗剤を入れ始める。 「掃除っていったら、メイドの出番よね。あたしはメイドなんだし、掃除の腕前見せてあげるんだから!」 言いながら、未沙は自分用の水鉄砲の仕上げにかかる。 最近マッドサイエンティストなどと言われることが多くなったため、メイドとしての手腕を見せ付けるためにも、未沙はメイドとしての活躍を目指していた。 「私も頑張るの」 未羅は大張り切りで、2本目の液体洗剤をタンクに入れていく。 「姉さんの邪魔に、ならないように、精一杯、がんばりますぅ」 そう言う未那は少し不安気だった。家事はあまり得意ではないから。 「なんとか、降伏してもらえないでしょうか……」 イルミンスールのソア・ウェンボリス(そあ・うぇんぼりす)は、眉を寄せて時折憂いを含んだ目を見せながら、便箋にペンを走らせていた。 「台車用意できたぜ、ご主人。……にしても」 ゆる族の雪国 ベア(ゆきぐに・べあ)は、部屋の中に置かれた荷物の数々に、軽く溜息をついた。 ベアの主人であるソアは、鏖殺寺院が立て籠もっていると信じ込んでしまっている。 その話はベアも聞いたのだが、ベアにはどうも立て籠もっている人物達が鏖殺寺院のメンバーのようには思えなかった。 ――カタンと突如ドアが開く。 「ソアさん、お待たせー!」 部屋に現れたのは、ソアのもう1人のパートナーゆる族のジンギス・カーン(じんぎす・かーん)だった。 ソアが優しい笑みを浮かべる。 「お手伝いに来てくださり、ありがとうございます」 対照的に、ベアはふんっと鼻を鳴らす。 「あ、ご主人、荷物は俺様1人で運ぶからな! 1人の方が、台車を置いた後に直ぐ逃げられるからな」 「……うう、そうですね。確かに私、体力ないですから。よろしくお願いします」 ソアはベアにそうお願いをすると、別荘を占拠している鏖殺寺院向けの手紙を真剣にまとめていくのだった。 |
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