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リアクション
間一髪でアイザックの攻撃を避けた信長は、隠れ身や光学迷彩と言ったローグスキルを駆使し、薔薇学勢を撹乱していた。
神出鬼没の信長が次に相対したのは、船内を巡回中の皆川 陽(みなかわ・よう)だ。
「小僧、儂が恐ろしいか?」
突然、目の前に現れた信長に、皆川 陽(みなかわ・よう)は身体を硬直させた。
緋色の外套に南蛮鎧を身にまとっていることからも、男が天魔衆の頭織田 信長(おだ・のぶなが)であることは間違いない。
平凡な庶民を自認する陽は、エリートが集う薔薇学の中で、常に劣等感を抱き続けていた。
見た目も普通、勉強も普通。
運動神経に至っては壊滅的…少なくとも陽自身はそう思っている。
当然のことながら、敵の主将である信長を目の前にした今も、信長を討ち取り武勲を挙げるなどという発想は微塵も浮かばない。
助けを呼ばなくちゃ…
手を伸ばせば、そこには壁に儲けられた伝声管があるのに。
まるで石になってしまったかのように身体が動かない。
喉がキュッと締まってしまって、声すら出ない。
何とか口を開いてみたものの、ぜいぜいと荒い息が漏れるだけだった。
信長が、陽に向かって長大な槍を振り上げる。
もう…駄目だ…そう思った陽はギュッと目をつぶる。
しかし、信長の槍が振り下ろされた瞬間、陽の耳に響いたのは、鋼同士がぶつかり合う鈍い音だった。
「お前なんかに陽はやらせないぞー!!!」
勇ましい声の主は、陽のパートナーであるテディ・アルタヴィスタ(てでぃ・あるたう゛ぃすた)だろう。
恐る恐る目を開けば、剣を構えたテディが信長に飛びかかっていくところだった。
歴戦の信長からすれば、テディの攻撃は隙だらけだ。
「その心意気は買うが、実力が伴っておらんな」
うなりを生じて振るわれた槍は、すざまじい勢いだった。
テディの剣を叩き落とし、彼の身体すらも吹き飛ばす。
激しい音とともに、壁に叩き付けられたテディは、その衝撃に耐えきれず意識を手放した。
「お主は脅えているだけか?」
テディを一撃で吹き飛ばした信長は、無防備に背中を向けたまま陽に問いかけた。
しかし、陽は応えることができない。
震える身体で四つんばいになりながら、テディの元に近づこうとするのが精一杯だ。
鼻で笑った信長が、その場を後にしようとしたそのとき、新たな人の気配が近づいてきた。
「ぎゃっ、信長?! 我は逃げるでアルよ〜!」
パラミタパンダのゆる族マルクス・ブルータス(まるくす・ぶるーたす)は、信長の姿を見つけるや否や、光学迷彩で姿を消した。
「何があった、マルクス?!」
マルクスの声を聞きつけ、その場に駆け込んできたのは、彼のパートナーである北条 御影(ほうじょう・みかげ)と、かつては信長の腹心の部下であった豊臣 秀吉(とよとみ・ひでよし)だ。
「とっ、殿?!」
秀吉の顔が驚愕に歪む。
猛禽類を彷彿とさせる信長の鋭い眼光が、秀吉へと向けられた。
秀吉の全身を睨め付けた後、信長はゆっくりと口を開いた。
「…誰だ?」
信長の疑問も当然だろう。
秀吉はもともと猿に似ていると言われた人物だが、分霊として甦った彼の容貌はまさしく「野生の猿そのもの」だった。
「殿?! わしですじゃ、猿ですじゃ!」
秀吉はかつて信長に付けられた自分の渾名を告げるが、信長はやはりただの「猿」としてしか認識しなかったらしい。
「…そうか」
明らかに興味がなさ気な表情で頷くと、信長は再び光学迷彩を発動させ姿を消す。
こうして500年ぶりの主従の邂逅は、呆気なく終わったのだった。
「…なんだよ、テメェ?」
信長に注意が向いた隙を狙って、船内に潜入していた南 鮪(みなみ・まぐろ)は、盛大に顔をしかめていた。
彼の前に立ち塞がるように、腕組みをしているのは中村雪之丞。
鮪は目の前の人物がイエニチェリであることは知らなかったが、その堂々とした態度から、彼がただ者ではないと判断していた。
力ずくで突破しようとすれば、できない相手ではないが、こちらも相応の傷を負うのは分かり切っている。
捕らわれた白菊たちを解放するためにも、できれば何とか穏便にこの場を切り抜けたいところだが、雪之丞は鮪に光学迷彩を発動させるだけの隙を与えてくれない。
鮪は内心の焦りを押し隠し、虚勢を張るが、雪之丞とてそのくらいお見通しだ。
悠然と笑うと、自分の背後にある扉を指さし、顎をしゃくった。
「アンタの仲間はこの先にいるわよ」
「なんで、そんなこと俺に教えるんだよ」
不信感も露わに鮪は雪之丞を睨み付けるが、雪之丞は肩をすくめただけだった。
「アンタ達にウロウロされていたら、いつまで経っても出発できないでしょ? さっさとご退場いただいた方が良いかと思ってね」
悪びれる素振りも見せない雪之丞に、鮪は思わずため息をついた。
「…アンタな…」
だったら最初から拘束するな、と言いたいところだが。
どのみち白菊たちを救出したら速攻で逃げ去るつもりだったし、鮪には雪之丞の思惑などという難しいことは分からない。
ここは素直に通してもらった方が得策だろう。
警戒しつつも横をすり抜けようとする鮪に向かって、雪之丞が言い放つ。
「あぁ、そうそう。ついでにもうひとつ、良いことを教えてあげるわ。この先にいる、アンタ達の仲間の吸血鬼、アイツはアーダルヴェルト卿の縁者よ」
思いがけない言葉を投げかけられ、鮪は咄嗟に振り返ったが。
すでに光学迷彩を発動させた雪之丞は姿を消した後だった。
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