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リアクション
「ねぇ、ラフィタ。僕たちこのままじゃ拙いよね…」
前回の襲撃の際に薔薇学勢に囚われた天魔衆白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は、固いベッドに身体を投げ出しながら、小さくため息をついた。
彼等が閉じこめられているのは、特別豪華でも貧相でもない、在り来たりの船室だ。
廊下に見張りの者がいるようだが、身体の拘束はされていない。
中村雪之丞とか言うイエニチェリが食事を持ってきてくれたが、意味深な笑みを浮かべただけで、尋問らしいものはなかった。
捕虜としての待遇は悪くない…が。
気楽と言えば気楽でもあるが、ここまでくると明らかに不審である。
だが、白菊は、学校の先輩である南 鮪(みなみ・まぐろ)に騙され、ピクニック気分で付いてきただけだ。
聞かれたところで、襲撃に参加したメンバー以外、何の情報も持っていないし、それすら話すつもりはないが。
仮にも鮪は先輩である。後輩が先輩を売るなんてこと、やれるわけないじゃないか。
ラフィタといるとわがまま王子の印象が強くなる白菊だったが、根は意外と律儀な性格をしている。
そうは言っても、このままタシガンまで連行され、本格的な尋問や裁判の場に引っ張りだされるのだけは御免被りたい…というところだ。
「タイミングを見て逃げ出したいけど、何か良い方法はないかな?」
白菊はベッドの横に置かれた椅子に座り、ぬるくなった珈琲をすすっているラフィタ・ルーナ・リューユ(らふぃた・るーなりゅーゆ)に問いかける。
結構大きな声で聞いたつもりだったが、ラフィタの返事はない。
「………」
「ラフィタ?」
「………」
焦れた白菊は身体を起こすと、ラフィタの耳を引っ張った。
「ラフィタ! 聞いてるの?」
「あっ?! あぁ? …すまん…」
やっと応えがあったものの、ラフィタは心ここにあらずの様子だ。
「どうしたの、ラフィタ? 考え事?」
改めて問いかけられ、ラフィタは重い口をゆっくりと開いた。
「…あぁ…伯父貴のことで、ちょっとな」
「タシガンの偉い人っていう例の?」
「伯父貴の名を出せば、解放してもらえるとは思うが…」
ラフィタの伯父であるタシガン領主アーダルヴェルトの力を持ってすれば、それくらい簡単なことだろう。
しかし、若気の至りとは言え、ラフィタは自らタシガンを出奔した身である。
都合が良いときだけ伯父の力を頼ることは、ラフィタの矜持が許さない。
逆に、アーダルヴェルトの弱点…と言えるかどうかは分からないが、一般的に知られていない彼の情報を元に、薔薇学勢に交渉を持ちかけることもできるだろうが。それはそれで身内を売るようで気分が悪い。
「…できれば何とか自力で逃げ出せないだろうか」
「僕も今、その方法を相談しようとしたとこなんだけど…」
白菊がラフィタを睨み付けたそのとき、突然、船内が騒がしくなった。
「我こそは第六天魔衆が棟梁、織田 信長(おだ・のぶなが)なり!」
停泊した飛空挺を望む頂から、信長は高らかに名乗りを上げた。
その後ろには、永楽銭の旗印を掲げた南 鮪(みなみ・まぐろ)が足軽のように控えている。
「儂の乗馬を返してもらいに参ったぞ」
「ちょっ、オッサン! それ、俺の台詞!」
鮪はハーリー・デビットソン(はーりー・でびっとそん)と契約を結んでいるのは自分であることを主張してみるが、いかんせん普段は倉庫に放置しっぱなしである。どうやら最近では、見かねた信長が、時折ハーリーを磨いてやっているようだが…。
「行くぞ、鮪。作戦を違えるな!」
そう叫ぶと、信長は黒地に緋色の刺繍が施された外套を翻し、甲板へと飛び移る。
信長の登場に、薔薇学勢が慌てたのは言うまでもない。
こちらに増員があったのは、天魔衆とて知っているはずだ。
なのに、まさかその日のうちに再襲撃をかけてくるとは無謀すぎる。
「天魔衆の狙いはハーリーだ! 絶対に奴らに奪還させるな!」
いち早く異変に気が付き、甲板へと駆け上がってきたのは、周囲を巡回していた瑞江 響(みずえ・ひびき)とアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)だ。
「凍っちまえ!」
素早く身をかがめたアイザックは、右手を床に着けると、氷術を発動させる。
瞬間、縦横無尽に走る信長の足元に、鋭利な突起をまとった氷の河が襲いかかる。
信長はすかさず槍を突き立てると、棒高跳びの要領でアイザックの攻撃を交わす。
「まだまだだ、小僧」
「これでどうだ!」
信長が着地をする瞬間を狙い、抜刀した響が斬りかかる。
しかし、あわや響の斬撃が信長の脚に届くかと思った瞬間、横合いから鋭い光が響に襲いかかった。
目を抑えて蹲る響のもとにアイザックが慌てて駆け寄る。
「大丈夫か、響?!」
「…一瞬、光で目がくらんだだけだ。それよりも信長は?」
響の問いかけにアイザックは無言で首を左右に振った。
すかさず隠れ身と光学迷彩を発動させた信長は、すでにこの場を立ち去っていたからだ。
飛空挺の周辺を哨戒していたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、甲板へと放たれた光の始点に向かって走った。
信長に襲いかかる響へ、援護の一撃を放ったのは、黒いコートの偉丈夫だった。
サングラスをかけていたため、顔は分からなかったが、男が持っていた2本の光条兵器には見覚えがあった。
あれは間違いなく、ルカルカが所属する獅子小隊の隊長レオンハルト・ルーヴェンドルフ(れおんはると・るーべんどるふ)だ。
丘の上にその姿を確認すると、ルカルカは相手の応えを確認する前に高周波ブレードを抜き放つ。
「見つけたわ!」
一気に距離を縮めると、上段から斬りかかる。
レオンハルトは無造作に右手に握った長剣を振り上げると、ルカルカの一撃を受け止める。
それから、短剣を持ったままの左手でサングラスを外した。
「久しぶりだな」
表情にも、言葉にも動揺の欠片もない。
むしろ動揺を誘われたのはルカルカの方だった。
「やっぱり貴方だったのね…」
無意識のうちにルカルカの声が震える。
聞きたいことは山のようにあった。
なのに本人を目の前にしたら、想いはすべて胸に詰まり、ルカルカの肺を押しつぶすだけだ。
息を荒らげ自分を睨み付けるルカルカに、レオンハルトは禅問答のような言葉を投げかける。
「見た目に騙されるのは自由だがね。つまらぬ種だからと、花までつまらん理由にはなるまい?」
「戯れ言を言うな!」
レオンハルトが素直に真意を明かすような人物でないことは彼女も知っている。
まるでこちらの意図を探るように。
見えざる糸で心を縛るように。
気が付いたときには、相手の感情を雁字搦めにしている…それがレオンハルトの話術であることも。
ルカルカの頭からは、教導団の授業で習った剣の型も、近接戦闘術のセオリーも抜け落ちていた。
むちゃくちゃに振り回されるルカルカの剣を受け流しながら、レオンハルトは彼女の耳元に囁きかける。
「花が見たいのならば、咲くまで見届けなければな。…ルカルカ、お前も共に見届けてみるかね?」
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