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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

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嘆きの邂逅~離宮編~(第3回/全6回)

リアクション


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「まさかヴァイシャリー家の敷地に入れていただけるとは思ってもおりませんでしたわ」
 そう微笑んだのはイルマ・レスト(いるま・れすと)だ。
「ただ、恥ずかしい姿をお見せすることになってしまいましたけれど」
 イルマは中華鍋のような機器を持っている。
「千歳さんはとちらに?」
 ラズィーヤがイルマと共に庭を歩きながら問う。
「百合園女学院で準備を進めていますわ。離宮に降りてからが本格的な調査になります」
 イルマと朝倉 千歳(あさくら・ちとせ)は、離宮の封印が解けて地上に戻った際、どの場所に離宮が出現するのかを調べていた。
 前回ソフィアが離宮に向った際に、高性能の指向性発信器を送ってもらっている。
 その発信機の電波を受信し、離宮の場所を特定しようとしているのだ。
 発信機は現在東塔に置かれているが、担当している者がいない。
 ソフィアが回復し次第、千歳が離宮に向って発信機を操作する予定だった。
 連絡を取り、稼動だけしてもらったところ、どうもこの辺り――ヴァイシャリー家の敷地の方に電波が届いているような反応があったのだ。
「護衛をつけますわね。調査よろしくお願いいたします」
「畏まりました。お屋敷に被害が出ないと良いのですが」
「そうですわね……。街に被害が出るよりは、いいのでしょうけれど……」
 ラズィーヤは優雅に礼をして、執事と共に館の中へと戻っていった。

 続いて、ラズィーヤは応接室へ向い、面会に訪れていた者達と顔を合わせる。
 1人は八ッ橋 優子(やつはし・ゆうこ)。ミクルの護衛関係に動いていた百合園生だ。
 そして――レン・オズワルド(れん・おずわるど)ザミエル・カスパール(さみえる・かすぱーる)ノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)の3人。レンとザミエルは前科持ちであり、ノアも犯罪に加担した者である。
「ハロウィンの借りを返してもらいにきた」
 と、レンは言い、ここに通してもらった。
「借りは十分お返ししたと思いますけれど。理由はどうあれ、エリュシオンの使者に銃を向け、百合園の生徒に怪我を負わせたこと、先日の病院での事件。かなり穏便な処置だと思いません?」
「それは、俺が頼んだわけじゃない」
 レンの言葉に軽く笑みを浮かべて、ラズィーヤは4人の向かいに座る。
「2人きりで話したいんだけど」
 そう言ったのは優子だった。
「一緒で構いませんわ。遠慮なくどうぞ」
 にっこり笑みを浮かべて、ラズィーヤは優子に目を向けた。
 腹立たしげな顔をしていた優子だが、大きく息を吸い込んで出された茶を飲み、再び息をついてから語り始める。
「百合園生の中に敵が潜んでる可能性があるんだよね? そいつの尻尾を出させるために『私を関連組織と繋がりがある百合園生として拘束する』ってのはどう?」
 優子はミクルの護衛に動いていた関係で、ラズィーヤの動きについては報告を受けていた。
「褒めるのは癪だけど、あんたはシャンバラ中でも優れた諜報能力持ってると思う。その足元でウロチョロしてるのに今まで気付かれていないのは、相手は相当用心深いはず。今まで通り地道にやるのもいいけど、それじゃあファビオを助けるのに間に合わないかもしれないのはあんたも分かってるはず」
 レンは無言で耳を傾ける。ファビオ――レンも気にかけている人物だった。
 ラズィーヤの動きの詳細をレンは知らなかったが、事件に関わったこと、寧ろ起こしたことで見えてきており、更にここでの会話を受けて、理解をしていく。
「それならもう一度狂言回して、相手を無理やり動かす必要があるんじゃない? 私を助けようとするか、探ろうとするか、殺そうとするか、何かはしてくると思うんだけど? 少なくともこの事件の前後で動きをかえた生徒が誰かは分かる」
「組織関係者は既に数名捕らえています。幹部クラスも僅かにいますが、組織側の動きはありませんわ」
 優子達には説明していないが、白百合団副団長が率いて、攻め込んだ廃屋で捕らえた者。百合園に攻め入ろうとして、正門前でパラ実生の援護により退けたツイスダーという幹部。
 それらごく少数の組織の幹部を捕らえてはいるが、組織側の動きはない。
「ですから、組織のメンバーとして認識されていいない八ッ橋優子さんを捕らえても、組織側が動くとは思えませんわ。……でも」
 ラズィーヤが紅茶を一口飲んだ後、瞳を煌かせた。
「その案、面白いかもしれませんわね」
「どういう意味? 動くはずはないんだよね」
「わたくしが入手した情報を流した上で、あなたを組織側からの連絡要員として仕立て上げるとか」
「……乗るよ、その案」
 優子は真剣な目で頷いた。
「あんたの配下を牢番兼護衛につけてくれない?」
「牢には拘束しません。組織側に動きがあったとしても、あなたまでたどり着けませんから。百合園女学院の中で待機していてもらいます。武器防具は一切携帯できません。もしもの場合は……」
「……覚悟は出来てる」
 言って、優子は武器を外していく。
「こちらの事情は理解できましたわよね? で、御用は何かしら」
 続いて、ラズィーヤはレンに目を向けた。
「ソフィアと話がしたい。2人でな」
「何故?」
「友人から人柄について聞いている。少し気になることがあってな」
「セッティングすることは可能ですわ。ですが、それがわたくしにとって、良い方向に進むとは思えません。……先ほど、ソフィアさんの世話をさせている者から連絡が入りました」
 そして、ラズィーヤは2人の人物がソフィアに契約を求められたことを話す。
 レンは黙って聞いた後、こう言った。
「言葉に偽りはないと思う。俺は信じる」
「……あなたの真意は測りかねますが、わたくしは、ソフィアさんを全面的に信じてはおりません。ですが、契約を求められた人物の1人が、彼女を信じ契約に応じたそうです。彼女は契約はするつもりはないと先日まで仰っていました。そして、2人の人物を選び、契約をしたいと今は言っています。ですので、その2人のどちらかであることが、彼女にとって都合が良いのだと思いますわ。今からあなたが何を言っても、応じることはないと思います。それでも会いますか?」
 しばらく考えた後、レンは首を縦に振る。
「では、これで最後です。借りは十分お返ししたと思っておりますので、今後は他の方と同じように本部に協力して下さいませ」
 そう言った後、ラズィーヤは従者と共にレン達を客間へと案内する。ソフィアが帰ってくるまでの間、そこで時間を潰してもらうために。

 レンとノアが客間に入った後、ザミエルだけは直ぐには入らず、ラズィーヤにちらりと目を向けて話し出す。
「こんな話がある。人は生まれた時、白い画用紙とクレヨンを渡される。その画用紙に好きな絵を描いても良いよと言われるが、何を描くかを悩んでいる内に時は過ぎ、描きかけの画用紙は取り上げられてしまう」
 ラズィーヤは何も答えない。ザミエルも彼女に語りかけるわけではなく、1人喋り続ける。
「契約者は確かに力を持っている。しかし彼らの描きたかった絵はこんなものではなかった筈だ」
 部屋の中に入ったレンはソファーに腰掛け……ノアが画用紙とペンを取り出している。
「アイツが戦う理由。それはヴァイシャリーだから、百合園だからじゃない。アイツは誰かの絵を描く力になりたかった。それだけだ」
「……わたくしの手に、手を添えて力を貸そうとして下さっても、わたくしの意思とは違うものを描くのであれば、そのような力は不要ですわ」
 そう言った後ラズィーヤはザミエルに微笑みかけて「お入りになって」と言う。
 ザミエルは軽く頷いて、その部屋へと入る。
 ラズィーヤは一旦百合園女学院に戻るそうだ。
「ウサギさん、ウサギさん、真っ赤なおめめのウサギさん……」
 ソファーでは、ノアが画用紙にウサギの絵を描いている。
 レンは何も言わずに、ソファーに深く腰掛けている。
 ザミエルも何も言わずに、少し離れた位置に腰掛けて待つことにする。
 レンがふと、廊下の方に目を向ける。
 もう、ラズィーヤの姿は見えない。
 使用人がパタンとドアを閉じ、その部屋の中には彼とパートナーの3人だけになっていた。
 おそらくドアの前には、監視の者がいるだろうが。
(俺もアイツも器用に生きているようで実際は不器用なまま。簡単に誰かを信じるなんて出来ないだろう)
 内心を語りはしない、ラズィーヤの姿を思い浮かべる。
(ただ本心を知る者が側で戦っていることを知れば、それだけで充分強くなれる。交わす言葉はこれで十分。少なくて良い)
 ただ、自分はまだ諦めてはいないということを、伝えたかった。
 先ほどの契約の話。
 持ち掛けられた人物は、おそらく子供。ラズィーヤにとって喜ばしい人物ではないだろう。
 レンはラズィーヤに弱みを握られていると言ってもいい。レン自身はそう思っていなくとも。
 レンは百合園関係者ではなく、いつでも彼女はレンを切り捨てることが出来る。
 そう言った意味でも、ラズィーヤにとってソフィアと契約させるに、百合園の少女達よりはずっとふさわしい人物といえる。
 だが……。

 レンはその後、疲れ果てた状態で戻ったソフィアと短時間の面会を果たすが、彼女が実のある話をしてくることも、話に乗ってくることも、契約したいと持ちかけられることもなかった。
 ――その事実がまた、新たな情報でもある。

○     ○     ○


 ソフィアがヴァイシャリー家に戻る少し前。
「隊に必要であるのなら、班長に立候補して公正に皆を見守り、指揮していくことが必要です。それから、グレイス・マラリィン氏からは目を離さないこと」
 本部で、セラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)は、離宮にいる琳 鳳明(りん・ほうめい)と連絡をとっていた。
 グレイスに疑わしいところがなかったとしても、誰かが成りすましていたり、洗脳されている可能性もゼロではないと思うから。
 猜疑心が過ぎるとは思っても、そう助言をせずにはいられなかった。
 大切なパートナーである鳳明が遠く手の届かない場所にいることで、過度に心配をしてしまっているのかもしれない。
 そう気付いて大きく息をついたあと、セラフィーナは言葉を続ける。
「どうか無傷とは言わずとも、五体満足に戻って来てくださいね、鳳明……」
 通話口からは「うん、頑張る」という緊張を感じる言葉が返ってきた。

 届いた情報をまとめて、オレグ・スオイル(おれぐ・すおいる)は地図を最新の状態に更新していく。
 情報はなるべく早いうちにPC内に保存し、整理を行っている。
「離宮の眠っている場所もわかってきましたが……これは……」
 目を細めて、軽く息をついた後立ち上がる。
「皆さん、お茶にしましょうか」
 相談や物資、人員の手配に忙しなく動き回り、疲れている本部メンバー達に微笑みを向ける。
「お菓子とお茶をお持ちしますね。ラズィーヤさんもそろそろいらっしゃるはずです」
 ラズィーヤの名前に、皆の顔から安堵の顔が見えた。自分達では決めかねる相談事が色々と舞い込んでいる。
 オレグは茶を淹れるために、立ち上がって、体を軽く回した後給湯室へと向っていく。