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リアクション
●街は彼らが守ってくれる! だから私達は、誰も傷つけさせない!
今や竜巻は、イナテミスのどこからでもはっきりと見える位置にまで近付いていた。まだ竜巻の直接の被害は受けていないものの、絶えず鳴る雷、そして風の轟音は住人の精神をことごとく疲弊させていく。正門に近い場所に建つ家には、時折風で飛ばされた木材などが当たるようになっていた。
(怖くない、といえば嘘だけど……だけど、このままあなたの好きにはさせませんからねぇ〜っ!)
竜巻に挑むように、プレナ・アップルトン(ぷれな・あっぷるとん)があっかんべ〜をしてみせる。その手に『武器』はなくとも、何かを為せる『力』はある。そう自分に言い聞かせて、プレナは自らの『戦い』へと身を投じる。竜巻に近い所に住んでいる人たちを、より安全な場所に避難させるために。
「も、もうダメだ、おしまいだ〜」
「大丈夫です。今、竜巻を抑えようと皆さんが一生懸命戦ってくれています。必ず竜巻は消せます、だからそれまでは安全な場所に避難をお願いします」
竜巻、それも電撃をまとった竜巻の姿を目の当たりにした住人は混乱した様子を見せていたが、プレナが丁寧に言葉をかけてあげると、落ち着きを取り戻して必要な物をまとめ、家を後にしていく。彼らは、イナテミスが人間と精霊の協力によって一定の復興を見せたことを知っている。だからこそ、今のこの避難がどうしようもなくて最終手段として取ったものでなく、困難を解決するまでの安全を確保するためのものだと気付いていた。
「オッケーはのんちゃん、先導お願いっ!」
プレナから指示を受けたクラーク 波音(くらーく・はのん)が、集まった住人たちを先導するべく集団の少し前を箒で飛ぶ。吹き抜ける風は絶えず波音の身体を揺らすが、懸命に耐えて平然と飛んでいるように見せかける。
(あたしが焦っちゃったら、住人さんを余計混乱させちゃう! お姉ちゃんが頑張ってくれてるんだから、あたしも頑張らなくっちゃ!)
波音の先導を受けて、一行は少しずつ竜巻から離れる位置へと進んでいく。田園地帯を抜け、少しずつ建物が多くなってきたところで、さらに先を箒で飛んでいたアンナ・アシュボード(あんな・あしゅぼーど)が波音のところへやって来る。もちろん彼女も、住人たちを不安がらせないよう、飛行には細心の注意を払っていた。
「この先ですが、街の外に向かえる二本の道が、それぞれ倒れた樹と瓦礫で塞がってしまっています」
「え〜っ! ……コホン、そうなの?」
大声を上げかけた波音が慌てて口を塞いで、声を落としてアンナに確認を取る。
「ええ、確かにこの目で。これで街の外への避難は難しくなってしまいましたね……」
事前にプレナと幻時 想(げんじ・そう)とで集まって立てた計画には、竜巻の挙動次第ではあるが、街の外への避難も検討されていた。しかし、外には屋根を備えた施設はなく、加えて外に向かうための道も塞がれたとあっては、逆に被害を生じる可能性が出てきてしまう。
「波音おねぇちゃ〜ん!」
波音とアンナが考えているところへ、一行の最後方を飛んでいたララ・シュピリ(らら・しゅぴり)がやって来る。三人の中で一番身体が小さいララがこの風の中真っ直ぐ飛ぶだけでも苦労するはずだが、それを傍目には感じさせない飛行であった。
「どうしたの? 何かあったの?」
波音の問いに、ララが途中つっかえつつ答える。
「あのね、竜巻さんはね、近付いてるんだけど、ゆ〜っくりだよ。みんなが頑張ってくれてるみたい! だけどね、ちっちゃな子が泣き出しちゃったり、大人さんが怒り出しちゃったりしちゃってるよ。プレナおねぇちゃんもみんなも頑張ってるけど、大変そう」
ララの報告を聞き終わったアンナが、真剣な表情を浮かべて口を開く。
「……迷っている場合ではないようですね。波音ちゃん、私達が炊き出しをした公会堂の場所、分かりますか?」
「えっと、おっきな庭と建物があるところだよね? 分かるけど、そこに? みんな入るかな?」
「おそらく大丈夫だと思います。住人が予め準備をされていたようですから」
アンナが言うように、生徒と精霊との復興作業の中で、住人たちは公会堂の部屋の内それまで使用されていなかった場所を整理して有事の際に数日身を休められる場所を設けていた。長い間親しまれていた公会堂を、もう一度住人たちの手で蘇らせたのである。
「分かった、じゃあ先導を続けるね! アンナは公会堂の様子を、ララはプレナお姉ちゃんに連絡お願いっ!」
「はい」
「うんっ!」
波音の指示に二人が頷いて、アンナが公会堂へ、ララが再び最後方へと箒を向ける。
一方、ララが飛び去った後のそこは、先程とまた様子が変わっているようであった。
「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」
「ええ、何ともないわ。あなた、見かけによらず力持ちなのね。びっくりしちゃったわ」
「ええ、まあ……」
プレナの気遣いに微笑みを浮かべた女性の言葉に、プレナが曖昧に答える。事の顛末は、避難を続けていた一行の中に不満が噴き出し、その対応にプレナが追われていたところを木材や鋼材が飛んできたのを、ソーニョ・ゾニャンド(そーにょ・ぞにゃんど)とで軌道を逸らしたのである。ソーニョは小さいながらもドラゴンであり、まだ理解されはするだろうが、可愛らしい少女であるプレナが易々とやってのけたことで、不満は引っ込んだものの微妙な雰囲気をプレナは感じ取っていた。
「でも、いいことだわ。あなたは力の使い方を心得ている。それにこんなに頼もしいお仲間さんもいる。素晴らしいことだわ」
しかし、女性が次に発した言葉は、プレナの勇気ある行動を称えるものであった。変だとかおかしいだとかは、全く言わなかったのである。
「はい! 竜騎士の家系の出として、皆さんの前では恥じない頑張りを――わーっ!」
その言葉を耳にして、大きく胸を張ったソーニョが、風に煽られ女性の脚にぺたん、と顔面ダイブする。
「あらあら。大丈夫? 痛くない?」
「うぅ……面目ないです……」
女性とソーニョのやり取りに、プレナも救われたように微笑みを浮かべ、そしてセプティ・ヴォルテール(せぷてぃ・う゛ぉるてーる)を一人きりにしてしまったことに気付く。
(いけない! セプちん困ってないかな、一緒に泣いちゃったりしてないかな)
住人の対応をソーニョと、協力を申し出てくれた女性――マータと名乗った――に一旦任せて、プレナはセプティのところへ向かう。
セプティの周りには、公会堂の時と同じように小さな子供たちが引っ付いていた。違うのは、子供たちの表情が一様に重く、今にも泣き出しそうであるという点である。
(怖いよ怖いよ〜……またプレちんとはぐれちゃったし……)
怯えるセプティがギリギリのところで泣かずにいられたのは、周りの子供たちの存在によるところが大きい。子供たちは今やセプティを支えとしている。その彼女が泣くようなことがあれば、たちまち涙の大合唱が生まれてしまうだろう。
「……怖いですか? 怖い時は、大切に思う人の顔を思い浮かべてみて下さい……そうすれば勇気が出てきて、大丈夫になります」
セプティの抱く恐怖を感じ取った想が、セプティに微笑みかけながら優しく告げる。見つめていたセプティが視線を逸らして、想が言う大切な人の顔を頭に思い浮かべる。
プレナさん、波音さん、想さん。
街の人達、協力してくれる人達。
あたしなんかを慕ってくれてる子供達。
それらの顔が浮かんでは消えていく。
(あたしなんかでいいなら……!)
すっ、とセプティが口を開く。そこから紡ぎ出される歌は、小さくか弱い子供たちの疲れた心を優しく、そして力強く包み込んでいく。しばらく歌い続けているとやがて、子供たちの中からも声が紡ぎ出される。いつしか勇気の大合唱となったそれは、周りにいた大人たちまでにも、竜巻に負けない心をもたらしていった。
(セプティちゃんも一生懸命やっている……僕もやらなくちゃ、僕に出来る一番のことを――)
思い至った想の視界に、プレナの姿が映る。その時一際強い風が吹き、どこからか外れた看板が、プレナの横合いを襲う――。
響く悲鳴と破砕音。
「……幻ちゃん?」
プレナの声で想は、自分が咄嗟に飛び出して剣を抜き、看板を切り飛ばしたことを悟る。手に残る痺れと荒い鼓動が、その事実を裏付けていた。
(……これが、今の僕に出来ること)
立ち上がった想の瞳には、確たるものを得たような光が満ちていた。
「先輩……僕はイナテミスの皆さんも、そして貴女も、守ってみせます」
後はお願いします、と言い残して、想はプレナの静止を振り切り駆け出す。
竜巻の情報はララから得ている。
自分の行使する技は竜巻にも有効なはず。
そして、自分には竜巻に対抗するだけの力がある。虐めに屈しないための力ではない、大切な人を守るための力が。
門を超え、なお駆ける想の前に、風が渦を為して襲いかかる。ここまで来ると風がもたらす副次的なものでなく、風そのものが『敵』となって生徒たちに牙を剥いていた。
「お前達に街の人を……プレナ先輩を失わせはしない!」
構えた剣に、氷結の力が宿る。想の想いに応えるように形成された冷気の力を、ぶつけるようにして想が剣を振り抜く。小型の竜巻と化していた風は、想の放った一撃を受けて霧散していった。
その間にも、次々と風は渦を巻き、電撃をその身にまとっていく。
それらを見据え、想は自らの剣を振るう――。
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