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【ろくりんピック】欲望と陰謀の聖火リレー?!

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【ろくりんピック】欲望と陰謀の聖火リレー?!

リアクション



その時、起きていた事


 事のあらましは、こうだ。
 鏖殺寺院の「草」として空京市内に潜伏していた女性(動画の少女とは別人)が、突然、怪しい魔術師(怪人プロメテウス)の接触を受けたのだ。
 なお彼女はネフェルティティが正気に戻った事を受け、砕音の許可を得て、草としての任務を終えて、一般の労働者になろうとしていたところだった。
 だが、現れた怪人は、彼女に鏖殺寺院の上層部に合わせるようにと高圧的に求めてきた。草の女性は「知らない。何の事か分からない」で押し通し、人を呼ぶ為に叫び声をあげる。
 その声を聞いた付近の警備員が駆けつけてくるのに気付き、怪人は地面に消えていった。

 その後、草は砕音に起きた事を報告。砕音は彼女に即刻、その場を引き払うよう指示と手引きを行い、手だれの部下を怪人が現れた現場付近に送った。
 この部下が、動画に映っていた少女である。
 彼女は、魔導空間を通じて砕音と連絡を取る為の装置をペンダントに偽装して装着、現場に向かった。
 彼女の前に現れた怪人プロメテウスは、ペンダントが魔導空間に通じていると見破っていた。怪人は、通りがかりの一般人のフリをする少女に取り合わず、通信装置ごしに砕音に語りかけたのだ。
「この私と賭けをしないか?」
「聖火リレーの最中、聖火が消されれば、罪のない一般の人々が死ぬ事になる。良いな?」
「聖火を守りきれば、人間に手出しはせん」

 部下の少女が怪人の捕獲を試みたが、怪人は地面に潜るように姿を消してしまった。

 この時、怪人は鏖殺寺院のわずかな幹部だけが知るパスワードでも魔導空間にアクセスしてきていた。
 パスを知るのは砕音以外に、故人である長アズール・アデプター、エリュシオンに戻った白輝精、新たな鏖殺寺院の主流となりつつある地球支部に移籍した鏖殺博士だけだ。他に、砕音に取り付いていたキュリオの霊体も知っているだろう。
 このため怪人プロメテウスが、エリュシオン帝国か新たな鏖殺寺院の関係者である可能性が高い。

 砕音はアクリト・シーカー学長にこの件を報告し、学長は情報の出所を隠して空京警察に連絡している。
 だが、空京警察がそれに対し、行動を起こした様子は無い。

 さらに数日後、「聖火ランナーの服は、水をかけると溶ける」という噂がどこからか広がった。
 奇妙なのは、そんな噂を信じ込み、本当にランナーに水をかけようとする者が大勢、現れている事だ。
 これが気になった砕音は、その噂を信じている者の分布と広がった時期を調べてみた。 すると噂を信じる者は、空京→ヒラニプラ→ヴァイシャリー→ザンスカール→キマクと、聖火リレーのコースに沿って広がっている事が分かった。

 砕音は身元や詳細を隠して、シャンバラろくりんピック委員会に警告のメールを送った。
 だが、そんなあやふやな情報で委員会が動くはずもない。
 そこで砕音は、動画を作成してネットに流したのだ。
 動画の素となったのは、現場付近の防犯カメラ、ではない。
 プロメテウスは頭から、光学迷彩を強化した働きをするローブをかぶっていた。その効果により、彼の姿は地球製のカメラに映ることはない。
 しかし怪人の姿は、魔導空間上にデータを取られていた。こちらには3Dかつ、構成する物質の成分までが記録されている。

 ちなみに、そのデータに残された怪人の服装に付着していた微粒子(塵や花粉など)を分析したところ、シャンバラや地球には存在しないものがいくつも見つかった。
 参照データは少ないが、マホロバやコンロンの物とも違い、十中八九エリュシオン帝国のものだろうと思われた。
 また怪人プロメテウスは、人為的に作られた魔法的な生命体であり、わずかではあるが神の力も感じられた。
 シャンバラの事物で例えるならば、十二星華の廉価版、もしくは意思を持った女王器といったところか。

 砕音は魔導空間のデータを元に、現場付近の防犯カメラの映像に模して動画を作り上げた。
 それでも動画ファイルに落とし込む際に、ローブの魔力の影響でプロメテウスの姿は奇妙に歪んで、「怪人」と呼ばれる由縁となったのだ。
 ただローブから突き出した手だけは、そこだけ鮮明に映っていたが。
 また、部下である少女の姿や声は、ほぼ別人というレベルまで修整している。その上で、わざと雑なモザイクをかけ、映像全体を防犯カメラ的に加工したのだ。

 公開するファイルができれば、注目を引きやすく、また足のつかない公開方法はミスター・ラングレイとしてお手のものだ。
 魔導空間はインターネットにダイレクトに通じている。
 ゆえに砕音は寝たきり状態でも、ネットにアクセスして情報のやりとりができるのだ。

 しかし、砕音を保護する空京大のシーカー学長がネット上の怪人動画の存在に気付き、砕音に謹慎処分を言い渡した。
 もっとも彼は、はなから体がマヒして動かないので、実質はネットへの書き込みやファイルのアップロードが禁止された程度だ。

 だが砕音の部下である少女は、彼の代わりに怪人と対決する為に密かに活動していた。


 ◇


「人々の注目を集めて、聖火を守らせるのが目的?」
 魔導空間。顛末を聞き終えた天音が、砕音に訪ねる。砕音は小さく肩をすくめた。
「いや、逆に騒ぎを大きくしようとする奴もいるだろうからな。
 ただ……プロメテウスは『聖火が消されれば、罪のない一般の人々が死ぬ事になる』と言っているが、それ以上に誰かに危害が及ぶのは、俺が奴の『賭け』に乗らなかった時だと思うんだ。
 あいつの目的が何なのかは分からないが、シャンバラ国内に残存する鏖殺寺院幹部として、探られているような気はしている。
 だから、あんなどっちつかずの挑発で、こちらがどう動くか見ているんじゃないかと思う。
 俺が賭けに乗らなければ、もっと過激な挑発に移行するはずだ。奴に賭けに乗ったと思わせる為に、動画を作って公開した……」
 砕音の口ぶりに悔しさがにじむ。身体的にも社会的にも動けないのが、もどかしいのだろう。
 天音はあえて軽い口調で聞いた。
「『罪のない一般人がたくさん死ぬ』なんて、ミスター・ラングレイはよく声明で言っていたような気がするけど?」
「それが嫌だから、脅せるだけ脅してたんだよ!」
「ふーん」
 天音が珍しいモノを観察する目で、砕音を見る。その視線に砕音は、なんとなく巨大シャツの中に身をちぢこめる。
 見たところ、砕音はまだ疲れてはいないようだ。天音はもう少し質問を続ける事にした。
「じゃあ、ここからは教師として教えて欲しいな。
 契約者とは何か? これは君なら分り易く教えてくれると、ドラゴンに聞いたよ」
「ドラゴン?」
 砕音がシャツから出てきて聞いた。
「シャンバラ大荒野の隠れ里──あの里に住む人達が何者なのかも気になるけど──そこにいた黒いドラゴンだよ」
 砕音はそれで合点がいったようだ。
「あいつか。
 ああ、ちなみにあの隠れ里は、五千年前にネフェルティティ派だった住人の子孫が作った里だ。鏖殺寺院に与してシャンバラ王国と戦うのに反対し、結果的に鏖殺寺院からもシャンバラからも裏切り者として追われたんだ。
 その後に、色々と訳があって表の社会にいられなくなった者を吸収しながら、現在に至ってる。
 あのドラゴンも、シャンバラの敵だとして第七艦隊を襲ったのに、いまやアメリカはシャンバラの友好国のひとつだからな。自分がいたら摩擦の元になる、とあの隠れ里に来たって話だ」
「鏖殺寺院に追われた、という割に、君は隠れ里の人々に随分と気に入られていたようだね?」
「あれは、買かぶりすぎだ。
 隠れ里を攻撃しようとしていた鏖殺寺院の一派を、俺が……ブチ殺したからな。まぁ……降伏した奴や新兵は見逃したけど」
 憂鬱そうに言う砕音に、天音が軌道修正を図る。
「それで? 契約者が何であるか、教えてくれないかい?」
 砕音は少し戸惑ったが、授業のような口ぶりで話し始めた。
「何、と聞かれてもな。
 ……地球とパラミタの存在が、魂レベルで連結、融合した存在。
 地球人とパラミタ人の長所を併せ持ち、そのどちらよりも強力な人類。
 地球人が地球に、またパラミタ人がパラミタに属するように、地球とパラミタが融合した土地シャンバラに属する存在。
 ゆえに、地球とパラミタが元通りに離れる時、パラミタ国家としてのシャンバラは滅び、また契約者も滅亡する。
 そもそも地球とパラミタではこれまで、およそ五千年周期で文明が発展している。やがて暴走した文明は世界のバランスを乱し、地球とパラミタが衝突。世界が繋がっている。 つまり地球とパラミタの融合は、ほぼ五千年周期で起っている、という事だ。
 だが……最終的に戦乱なり大災害が起って、両世界の文明が大きく衰退する事で世界は力を取り戻し、地球とパラミタそれぞれに分かれている。
 気がかりな事に、現代よりも五千年前の古王国期、古王国期よりもその五千年前、その五千年前よりもさらに五千年前、と、時代が古い程、文明は強力なんだ。
 逆に、地球では人口増加と環境破壊の度合いが増し、パラミタでは大地の力が緩やかにだが弱まっている。
 このまま行くと、この次にふたつの世界が分かれる際に、両世界の文明だけでなく人類そのものが絶滅してしまうかもしれない。
 なお、この説明は他の生徒に教えても全然、差しつかえないからな。
 今はどこの学校も東西分裂建国のおかげで、影響力が落ちたり責務が増えて、当面それどころじゃないが……ろくりんピック明けには、俺からもシーカー学長や蒼空の御神楽校長に対策を促したいと思ってる。
 えー、ここまで気になる事は色々あったと思うが、何かひとつ言ってみよう」
 さすがに唖然としていた天音だが、授業さながらに促されて口を開く。
「……契約者の出現は、滅びの前兆なのかい?」
「そう捉える向きもあるだろう。
 特に、シャンバラから恩恵を得られない者や、両世界の住人よりも能力が高い契約者に嫉妬を感じる者が、それを口実に契約者弾圧の思想に走る可能性も否めない。
 逆に、契約者の中から、契約者がそれ以外の全人類を支配するべきだ、という考えが生まれる危険もある。
 ただ俺は……これは個人的な見解になるが、契約者は危機状態にあるふたつの世界を救う為に現れた、と考えたい。
 もっとも、そんな事を望んで契約者になったんじゃない、っていう人が大方だろうけどな。
 ……まぁ、汚れ役やるなら、ここに適任がいる」
 周囲が急に暗くなった気がして、天音は振り返った。先ほどまで背後にあった輝く窓が、遠くになっている。
(あの情報の使い時かな)
 天音は、早川 呼雪(はやかわ・こゆき)のレア画像(実は、スイカをかじっているだけ)と引き換えにヘルから仕入れた情報を使う事にした。
 思いつめた表情の砕音に、天音はおもむろに言った。
「ところで。君はチョコレートバーを食べるのが、とても上手いんだってね?」
 砕音は硬直し、

 がん!!

 どこからともなく金ダライが振ってきて、その頭に激突して消えた。
「なっ……なに……何だって?!」
 頭をさする砕音は、またもや顔が赤い。天音は微笑を浮かべて答える。
「ヘルから聞いたよ。キュリオには不評だったようだけど」
「…………」
 砕音はその場で横になると、巨大シャツに潜りこんでしまった。
 チョコバーの件は、本人には黒歴史なようだ。
「えぐえぐ……生まれてきて、ごめんなさい」
 天音はやれやれ、と肩をすくめる。
「そういう事は言うものじゃないと思うよ?」
「親の前で言いなれた嘘だ……」
「それはそれで、言う事じゃないと思うけどな」
「ぅぅ〜」
 天音にヘルはこう話していた。
「砕音はキュリオのこと優しい奴って思ってるみたいだけど、自分の大事な人の心を救おうとしてないなんて自分勝手な奴だと思うけどな」
(この空間の様子じゃ、確かにそうかもね)
 天音はうなりをあげるシャツにそっと近づき、それをめくった。
「?!」
「ああ、やっぱり」
 砕音の体を、何本もの闇色の鎖が縛りつけていた。蒼白の肌に、血がにじんでいる。傷だらけの子供の体には、ひどく痛々しく見えた。
 天音は納得した様子で、バツが悪そうな砕音を抱え起こした。車のぬいぐるみを押しつける。
「あれだけ禁忌に触れそうな講義をすれば、呪いも活性化して当然だね。
 フラッシュバックしかけているくらいなら、病人はそろそろおとなしく眠った方が良さそうだよ。パルメーラさんも心配してるようだし」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲の闇も景色も急速に薄れていく。

 天音が気付くと、そこはもう病室だ。白い病室がやけに明るく感じる。
 握った砕音の手を介して、彼の声だけが天音の脳裏に響いた。
(……今日は見舞ってくれて、ありがとう)
 そして砕音は沈黙する。
「……おや、本当に眠ってしまったかな?」
 天音は一人ごちるように言った。
 そして砕音の腕を布団の中に戻すと、肩を冷やさないように掛け布を直す。
 振り返ると、ブルーズが智彦と共に、携帯電話のテレビのろくりんピック中継に釘づけになっている。