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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)
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幕間劇 旅の恥はかきすて(1)



 奴隷都市アブディールの市場。
 インドの市街地を思わせる土臭い通りに、簡素な屋台が軒を連ね、顔色の悪い死人達でゴッタ返している。
 少し歩けば、ボロを着た連中にバクシーシバクシーシと詰め寄られるし、グラサン姿の無闇にフレンドリーなおっさんに「オー、現世人トモダチネー。イイ店アルンダ、一緒二メシヲ食オウ」と怪しい店に連れて行かれそうになる。
 もし、カオスと言う意味の本質を知りたいのであれば、インドかアブディールに行くといい。
「皆さま、こちらがアブディールの誇るマハラジャマーケットでございます」
 ナラカエクスプレス車掌兼ガイドの【トリニティ・ディーバ】が言う。
 丁寧ながらも機械的な案内を受けるのは、最後の最後までおのが道を貫いた人々である。
 その一団の最後尾をとぼとぼと菅野 葉月(すがの・はづき)が付いてくる。
「どうして僕がこんなところに……」
 本当なら環菜を助けるためにチャンドラマハルに乗り込んでいるはずだった。
 しかしながら、ナラカエクスプレス回数券を持たない人間を自由にさせるほど、トリニティは甘くない。今回はトリニティも列車を降りてしまうので、葉月も監視をかねて外に連れ出されているのであった。
「……って言うか、普通に降りられるんですね。てっきり券がないと不思議な力で押し戻されるものとばっかり」
「そう言う機能も付けたいのですが、何ぶんナラカエクスプレスは赤字ですので」
 トリニティは残念そうに言った。
「ははぁ、それは苦労されて……って、私が言いたいのはそういうことじゃありません」
「はぁ」
「降りられるんなら、私もチャンドラマハルに行きます! 戦うためにここまで来たんです!」
 踵を返す葉月の後頭部にコツンと冷たい感触があった。
「それはダメです」
 トリニティはリボルバーを突きつける。
「あくまでもルールでございますから」
「そ、そんなぁ……」
 ルールのためなら射殺も辞さない、まこと企業戦士とは過酷なものである。


 ◇◇◇


 一方こちらは光臣 翔一朗(みつおみ・しょういちろう)
 遠足ももう終わりと言うこともあって、美味いもんを食べ尽くそうと目の付いた屋台に飛び込んでいる。
 愛用の小型飛空艇アルバトロスの後部座席は、現世の友人のために買い漁ったお土産(主に食べ物)で山盛りだ。
「やっぱり旅と言えば食べ歩きツアーじゃのぅ!」
 続いて目に入ったのは『絶品タンドリーチキン』の文字。
 ガネーシャ政策でカレーに力を入れているだけあって、インド系の料理がすこぶる充実している。
「親父! チキン5、6本見繕ってくれや!」
「あいよっ!」
 ターバンを巻いた色黒の店主は威勢よく言うと、釜に香草を揉み込んだチキンをひょいひょいと放り込む。
「兄ちゃん、この辺じゃ見かけねぇ顔だけど旅行者かい?」
「おお、そうじゃ。現世から来たんじゃ」
「はりゃー、そいつは遠いところわざわざ……、仕事かい?」
「いやレジャーじゃ」
 つか、そもそものナラカエクスプレスの目的は違うだろ。
「しかし、うちの店に目ェ付けるとはいいセンスしてるね」
「ほう?」
「うちのチキンはそんじょそこいらのとは違う。ナラカに巣食う凶暴な黒死鳥のジューシーな肉に、アブディールにしかないハーブで風味を付け、極上の奈落牛の乳で漬け込んだ一品よぉ。外はカリカリだし、中はふっくらでよぉ……」
 ゴクリと翔一朗は喉を鳴らす。
「……そいつは過ごそうじゃ。でも、お高いんでしょう?」
「いえいえ、5本パックでなんとお値打ちの3ゴルダ! 今ならスペシャルラッシーも付いてくるんですねぇ!」
「なにぃ! そんなに安くて大丈夫なんか!?」
「勿論、決して損はさせません」
「テレビの前のみなさん。こんなチャンスは滅多にありませんよ。さぁ今すぐお電話を」
 なんだか通販番組みたいになってきた。
 はふっはふっと出されたチキンにガッついていると、朝野 未沙(あさの・みさ)がふらりと店に立ち寄った。
「おじさん、あたしにもラッシーちょうだい」
「あいよっ!」
 未沙は出されたラッシーをぐびぐびとあおる。
「おいおい、どうしたんじゃ。そんな焼け酒みたいな飲み方はよくないけぇ」
「それがね。奈落人の可愛い子がいないかなって、探してみたんだけど全然見つからないんだよ……」
 グルメ目的の奴もいれば、ナンパ目的の奴もいるようだ。
「そーいや、そっちあんたはそっち系の趣味じゃったのぅ」
 ふと、電車の中で未沙と青島兎が組んず解れつチチクリ合ってたのを思いだした。
「俺にはようわからんが、ああいうチビっ子が好きなんかのぅ?」
「ああ、兎ちゃんは可愛かったね。頭の触覚を擦ってあげると、ヘロヘロになっちゃっうの。身体も未成熟だけど、これから美味しく育ちそうな良い身体してたし。あ、でも後々のこと考えて、肝心なとこには手を付けてないんだから」
「……そこまで聞いとらんが」
「好きな人が出来た時に後悔するといけないし、『は・じ・め・て・の』って付く部分には手も口も付けてませんよ」
「ふむむ……」
「あ、この際だから言っておくけど、あたしはスタイルの良いお姉さんだけが趣味って訳じゃないんだからね! 確かにフリューネさんやユーフォリアさんはスタイルの良いお姉さんで、とっても素敵だから大好きだけど……。セイニィさんだって可愛いし、弄りたいなーって思うし……、女の優劣はおっぱいの大きさじゃないんだよ!」
「そ、そうですか」
 熱の入る未沙に対し、何故か翔一朗は敬語になった。
「あたしが苦手なのは、大人の色気がむんむん漂ってくる百合趣味のお姉さん系かな」
「ほう?」
「女の子を自分から襲うような人とはどうも趣味が合わなくて……」
「……よくそんなことが言えるのぅ」
 一番近くて一番遠い、それが自分。人は自分のことほどよく知らないものである。――梅村象山。