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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)

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冥界急行ナラカエクスプレス(第3回/全3回)
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第2章 チャンドラマハルの死闘【接触編】(2)



 一方、タクシャカとの激闘が繰り広げられている。
 敵味方入り交じる混戦模様の最中、クド・ストレイフ(くど・すとれいふ)が颯爽と前に躍り出た。
 身構えるタクシャカだったが、クドは一向に身構える素振りもない。腕を組んで仁王立ち。敵意も殺気もない、ただ漠然とした余裕の感じられる立ち姿。だが、この威風堂々とした姿こそ、クド・ストレイフの構えに他ならない。
 奇妙な威圧感を感じ取り、タクシャカも仲間も動けなくなった。
「そう身構えなさんな、タクシャカさん」
「なんじゃと……?」
 警戒を濃くするナラカの毒蛇に、クドは両手を挙げて攻撃する意志のないことを示す。
「正直に言うと、お兄さんに懸命に頑張る理由なんてないんですよねぇ。ただやっぱりねぇ、こうちょーセンセを救おうと頑張ってる皆さんを見てると自然と身体が動いちまうんですよ。皆のためになんかしてやりたいってねぇ」
「随分とお人好しじゃな。そんな覚悟でわらわと戦えるのかえ?」
「戦う? 冗談言っちゃいけませんや。お兄さんはただ『愛』を伝えに来ただけなんですから」
 カッと目を見開き、タクシャカをガン見。
「果たしてお前さんは、お兄さんの視線に耐えられますかねぇ。さあ、お兄さんの愛を受け取りなさいなっ!」
 そう言って、嘗め回すような変態的な視線でガン見。
 あまりの意味不明さに戦慄するタクシャカ。そして、距離を置く仲間たち。
「こ、この局面で何してんだあいつ……?」
「なんかあの目付きいやらしくなぁーい? マジ超キモイんですけどぉー?」
 相棒のルルーゼ・ルファインド(るるーぜ・るふぁいんど)は舌を噛んで死のうか考えた。
 正直、不安要素しかないこの行為を止めようと思ったのだが、クドの真摯な瞳に負けて止めることが出来なかった。
「何故あの時、私は止められなかったのでしょう……、時が戻ればいいのに……」
 パートナーであることを悟られないよう顔を隠しながら、ルルーゼは恨み言を吐く。
 しかしまぁ不幸中の幸いと言うか、死中に活と言うか、タクシャカがたじろいているのが唯一の救いだ。
「……おぬし、なんじゃその目付きは?」
「この俺の溢れんばかりの愛が伝わりませんかねぇ。腕が四本あろうと、下半身が身の毛もよだつ大蛇であろうと、女性には違いないでしょう。この世に存在するあまねく全ての女性、動植物もモンスターも、女性型であるなら無機物も。この世に生まれ落ちた時から、喜ばしいことに俺の愛のストライクゾーンにおさまってるんでさぁ」
「わらわをおなごとして好いていると……?」
「もちろんでさぁ」
 タクシャカは頬を桃色に染める。
「そうか……。やはり無理言って調達してもらう身体をおなごに指定しておいて良かったのぅ……」
「……え?」
「ようやく心と身体が一致した矢先に、若いツバメに口説かれるとは……、長生きはするもんじゃな」
「あ、あのー、すみませんけど、タクシャカさんって性別のほうは……?」
 背中をいやーな汗が伝う。
「野暮なことを聞くではない。今は乙女じゃ」
「ひぎぃぃぃっ!!」
 クドは引きつけを起こして倒れた。
 驚異の守備範囲を持つ彼と言えども、流石にそこは拾えなかった。拾ったら新しいページが現れてしまう。
 ただでさえ白い髪を、心無しかよりいっそう白くして、クド・ストレイフ再起不能。
「早くうちに帰りたい……! そして、お布団に飛び込みたい……!」
 相棒のノックダウンによって、奇襲をかけるタイミングを逸したルルーゼは、涙目で駅に駆け出した。
 戦え! 何と? 人生と!


 ◇◇◇


「仇は俺が討つ!」
 傷付いた乙女の姿にじっとしていられず、ルナティエール・玲姫・セレティ(るなてぃえーるれき・せれてぃ)が飛び出した。
 タクシャカ別に何もしてないけど。
 それはさておき、ルナとタクシャカは因縁深い関係。死人の谷での襲撃撃退は彼女の功績が大きい。
「よぅ、蛇女。今日はこの前の決着をつけに来てやったぜ」
 荒々しく髪をかきあげて、気合いの入った目で睨み付ける。
「いいのか、ルナ。地が出てるぞ……」
 セディ・クロス・ユグドラド(せでぃくろす・ゆぐどらど)は小声で指摘する。
 普段、他所では敬語で上品に振る舞う猫かぶり体質の彼女であるが、今日の彼女はいつもとはひと味違う。
「ここまで来て猫かぶってる余裕なんてねぇんだよ……」と言って、ビシィと指を突きつける。「覚悟しなっ!」
 そして、後ろに控えるエリュト・ハルニッシュ(えりゅと・はるにっしゅ)に目を向ける。
「行くぜ、エリュトッ!」
「あいよぅ!」
 エリュトは魔鎧変化し、ルナの肢体を包み込む。
 青紫のインナースーツの上に、まばゆく輝く白の軽鎧と篭手……それから、ハイヒールの具足が装着される。
「今こそ見せてやるぜ……! エリュトの……、この鎧が生み出す驚異の力ってのをなぁ!」
 冷たい光を反射する雅刀を下段に構え、疾走と共に逆袈裟切りに斬り上げる。
 鋭く抜ける太刀筋を紙一重に回避し、タクシャカは未だぴくぴくと痙攣しているクドに変貌を遂げた。
「む……? 勢いで変貌してみたが、この肉体……、何もスキルが設定されてないではないか……、ズボラな奴め!」
「何をブツクサ言ってやがる!」
「ふん、それでもおぬしよりは使えるはずじゃ」
 くるくると曙光銃エルドリッジを指先で回して構えると、漆黒の魔弾を数発ルナに叩き込んだ。
「がはっ!」
 衝撃で魔鎧が分離、ルナとエリュトは冷たい大理石の床に転がった。
 だが……、ここまでは策略の一貫である。あえて攻撃を受けて分離してみせると言うのは考えていたことだ。思いのほか漆黒の魔弾のダメージが大きくて、残念がら肋骨が2、3本イッてしまったのはちょっとした計算違いであるが。
 だがしかーし、先ほどエリュトの性能はアピールしておいた。そこに食いついてタクシャカが変貌してくれればしめたもの。実のところ、エリュトはまだレベル5のひよっこなのだ。オマケに装備もおいしいバナナしかない徹底ぶり。
 必殺の策であるが……、タクシャカは変貌してくれなかった。
「なんで変貌しやがらねぇ……?」
 弾丸の衝撃で痛む胸を押さえ、ルナはよろよろと立ち上がる。
「なんでって……、おぬし。わらわが貴様に変貌して酷い目にあったの忘れたか?」
「……あ」
 そう言えば、初戦でルナに変貌したタクシャカに戦闘力の低さをなじられた。
「好き好んで雑魚に変貌などするか。そも、今の攻撃で分離してしまう奴に化けるメリットなどあるわけない」
 再び銃を構えようとしたところに、夕月 綾夜(ゆづき・あや)が氷術で生成したつぶてを叩き込む。
 まるで流星群のように降り注ぐ攻撃に、さしものタクシャカも防戦に回る他ない。
「うう、なんか俺の実力が見抜かれちゃって……、ごめんな……」
「謝るのは後にしなよ。今はやれることをやる時さ。支障が出たけど作戦に変わりはない、内容は覚えてるね?」
「えっとー、いったんルナに纏われてー、それから離れてー……、えっとー、俺のやることは……」
「僕が蒸気を発生させたあとで、君が馬鹿兄弟を挑発するんじゃなかったかな」
 パアァァと表情が輝く。
「そっか! じゃ、えーと、とにかくあいつを馬鹿にすればいいんだな!」
「向こうでクベーラが戦闘してたから、蒸気を発生させたタイミングで呼び寄せるんだよ、いいかい?」
 なんとも母親が子どもに言い聞かせているようである。
 作戦はこうだ。バラ撒いた氷のつぶてを炎で薙いで水蒸気を生む。そこでタクシャカの後方で戦ってるクベーラを挑発すれば、血の気の多い彼は猪のように突っ込んでくるだろう。そして、煙の中で激突、一網打尽と言うわけだ。
「頼むぞ、エリュト!」
 綾夜はファイアストームで正面を焼き払う。
 するとたちまち発生した蒸気があっという間に周囲を覆い尽くした。
「アホーっ、ボケーっ、みそっかすの弱虫の泣き虫ー!!!」
 エリュトはクベーラに向かって暴言を飛ばした。
 しかしクベーラの憑依しているミミ・マリーはグッタリしていてどうも反応が悪い。
 代わりに契約者の瀬島荘太がヤンキー臭バリバリの睨みを返してきた。
 こちらは知る由もないことだが、向こうでは既に戦いが終わって、ミミを介抱しているところだったのだ。
「ほらほら、可哀想だからバナナでも食うかー? おいしいぞーっ、ここまで取りにきてみ……ぶべえっ!」
 もたもたしているエリュトに漆黒の銃弾がクリーンヒット。ぎゃあと悲鳴を上げて転がった。
「綾夜、もう煙幕も持たない!」
 セディは負傷したルナに肩を貸し、煙の中で銃を乱射する偽クドから距離を取る。
「どうやらそのようだね……、計画変更、早々にケリを付ける」
 バッと両手を突き出し、サンダーブラストを繰り出す。
 だが、一歩遅かった。煙幕を突き破ったタクシャカは稲妻をかわし、返す銃撃で綾夜の肩を撃ち抜く。
「つぅ……!」
 乱れ飛ぶ鮮血が純白の床を濡らす。
「綾夜……!? て、てめぇ……!」
「待て、ルナ。今のコイツはおまえの勝てる相手じゃない」
 今にも噛み付きそうな表情のルナをセディは必死で押さえる。
「ふん、二人まとめてこの世に送ってやる」