リアクション
第十三章(最終回序章) 最後の戦いへ コンロン各地では、既に戦いの口火が切られていた。 だからだろうか。 教導団本営が置かれるクィクモの空気は普段とはどこか違っていた。 ここはシャンバラのコンロン進出を快く思わない者にとっては絶好の標的であった。 そして、今回、遂に帝国の手が伸びた――龍騎士の一団が確認されたという。 予測が現実になった。 街には不安が溢れ、落ち着きがない。どこかピリピリとしている。それは、とても嫌な感じで。 彼は思わず肩を竦めた。ルーク・カーマイン(るーく・かーまいん)。柔和な物腰の一見軍人らしからぬ彼はしかし、参謀科に配属された人材であるのだが……隣でカメラを回していたソフィア・レビー(そふぃあ・れびー)は目敏く、その仕草に気づくと大仰にため息をつく。 「――団員とあろうものが風邪ですか?」 「え? い、や。その……」 「あなたという人は自己管理もできなんいんですか? 今後、本営には負傷者が搬送されてくることは予測できるはずです。 有限な医療物資をひとつ余分に消費するなんて……恥を知りなさい」 「や、その風邪じゃ――」 「風邪ではないなら、何なのです?」 弁明しようとして、ルークははたと我に返る。 自分が身を竦めたのは、風邪による寒気ではなく、戦争独特の嫌な空気を感じたからです、と。 ――そう言うのは、それはそれで物凄くパートナーの逆鱗に触れそうな気がした。 ので、ちょっと考えて、適当にごまかすことにする。 「や。その……ちょっと、ね。風が冷たくて――ソフィアさんは平気ですか?」 「……確かに。寒く感じる者もいるかもしれません」 突っ込まれなかったので、ホッを胸を撫で下ろす。 と、彼女が持つカメラの映像が目に飛び込んできた。 幼い子供が二人身を寄せ合い、伺うようにこちらを見ている。 その後ろには同じような子どもや、子どもを抱えた親の姿があった。 「――ぼくら(教導団)のせいなんでしょうか……」 「――わかりません。帝国なのか、私たちなのか。けれど――彼らにとって、それはどちらでもいいことかしれません」 戦争で疲弊するのは戦う者だけではない。 本当に疲弊するのは、戦いとは無関係の者たちだ。生活を壊され、土地を追われ、時に命さえも奪われる。 「俺、ちょっと話を聞いてきます」 おっかなびっくり――それでも一歩を踏み出すルークの背中を見送りながら、ソフィアは支援物資に毛布と書き加えた。 新しい風 〜来たりし者たち〜 教導団本営。 クィクモから提供されているそこは、いくつもの塔から構成される施設だ。 各塔がそれぞれの部署、部隊に割り当てられており、一階に詰所、最上階に責任者の執務室に割り当てられている。 そして、地上。 それぞれの塔へと伸びる道が集まる地点にも詰所が置かれていた。 いわゆる受付窓口である。 そこには任務ついたばかりの新団員の姿が多く見られた。。 「こっちは済み。これは【鋼鉄の獅子】塔行き、こっちは【ノイエ】。それから……」 ぶつぶつと呟きながら、ラック・カーディアル(らっく・かーでぃある)は書簡の仕分け作業に勤しんでいた。 「すまんが、こいつも頼む」 色んなもので溢れかえったデスクの上に更に紙の束が追加された。 それをちらりと見やって、手を伸ばす。 「お疲れ様です。了解しました」 挨拶もそこそこに部屋を出て行く先輩団員の背を見送るために顔を上げれば、 天井目掛けて積み上げられた書類や資料の山から頭一つ分飛び出した。 大柄なのである。 と、擦れ違いで見知った顔が入ってきた。 「おう。お帰り。ルークちゃん、ソフィアちゃん」 「今、戻りました。少し遅れましたか?」 「いいや。時間ぴったり。ところで様子はどうだった?」 ルークが答えようとすると、賑やかな声が表から聞こえてきた。 なんだ? と顔見合わせて外を見やれば―― 客なのだろう。 簡素な戦装束に身を包んだ男が、四名程の教導団員と向かい合い、何か会話をしているのだろうか……いや、その中の一人の長身のごつい男にウィンクされていた。 「ありゃりゃ」 「ニキータ、タマーラ、柳深虎、ジノ――あの四名は確か市内の巡回の任についていたのでは」 「――いや、その前にあの戦装束の人……クィクモの軍閥長じゃ……?」 「何だと?!」 驚いたソフィアは、ついいつもの癖でルークの耳を引っ張る。 「い、痛いです!! それすっごく痛いんですけど!!」 「サボってないで、さっさと――」 「ソフィアちゃん。来客担当はルークちゃんじゃないですよ」 「だよねー」 四人目の声が割って入った。 セリオス・ヒューレー(せりおす・ひゅーれー)――ラックが言うところの来客担当の片割れである。 「セリオス、か。では――パートナーはどうした?」 ソフィアの鉄の視線を気にも留めずセリオスは答えた。 「もう、出て行ってるよ。じゃ、僕も行くよ」 (……何やってんだか。あぁ、もう) そうごちるとクローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)はレブサと彼を取り巻く他の団員の間に割って入った。 こうして、思わぬ出迎えを受けて狼狽するクィクモの軍閥長レブサに救いの手が差し伸べられた。 「――大変お待たせいたしました。レブサ様ですね」 「あぁ。君は?」 「申し遅れました。教導団のクローラ・テレスコピウムです」 「クレア大尉に目通りしたい。頼めるかね?」 「かしこまりました。では、あちらでご記帳を」 「こちらです。どうぞ」 受付窓口でもある詰所を示す、図ったようなタイミングでセリオスが顔を出す。 律儀な性格なのだろう。クローラは勿論、残りの面々にも頭を下げてからレブサは記帳に向った。 「あぁん。好い男じゃな〜い。俄然やる気がでたわぁ」 しなを作る大男にクローラは冷たい視線を送る。 流石に騒ぎを起こしたことに思い至ったのだろう。年のわりに大人びた団員が頭を下げてくる。 仏頂面なのはかわらないが、そこには誠意が見えた。 「すまない。迷惑をかけたな。さ。ニキータ殿。行きましょう。時間です」 「まったくであります。恥を知れ、オカマ野郎」 「――いや。君たちといると飽きないな」 「はぁーい。レブサ様の為に頑張っちゃうわよぉ〜。じゃ、後よろしくね。クローラちゃん」 賑やかに外へと向う面々を見送って、クローラは顔を顰める。 教導団には色々なものが集まると思っていたのだが――自分の同期はいささか個性が強すぎるのではないだろうか。 「クローラ。記帳終わったよ〜」 パートナーの声に呼び戻されて、クローラは思考を切り替えた。 * * * 長い螺旋状の階段を登る。 要職につく士官の部屋は階位が高いほど上にある。 クィクモの司令官にして第四師団を率いるクレア・シュミットの執務室は当然、最上階だ。 だが、彼女は来客を伝えれば、下に下りると答えた。 塔の中ほどにある会議室。 そこにレブサを案内するのがクローラとセリオスの仕事だ。 「ほどなく着きますので。ご辛抱ください」 「いやいや。ここを、そちらに提供したのは我々だ。構造は把握している。気にしないでくれ。ところで――」 「何か?」 少し、逡巡してからレブサは口を開いた。 今日の訪問が、今回の動乱の裏で何かを策謀している者がいるのではないか、という相談。そして、それらしき男と先日クィクモで遭遇したことを報告するためだ、と。 「――裏で動く者と帝国が手を組んでいては大事だ。……強き組するものには見えなかったが――報告をと思ってね。 あと、クィクモの民に被害は出したくない――はは。戦っているのに何とも虫のいい話だ」 しばらく、考えてクローラは口を開いた。 「――市外の警備についてはクレア大尉にも考えがあるようです。 先ほど、レブサ様が下でお会いした四名の者もそうですが、彼らは市井に紛れ、巡邏警戒の任についております。ご安心下さい」 「――そうだったのか。そうか……」 クレアの待つ会議室の扉が見えた。 クローラとセリオスは、立ち止まるとレブサに道を譲った。 「――差し出がましい発言をしました。どうぞ、クレア大尉はこちらです」 「いいや。――君のような若者と話せると、私の、クィクモの選んだ道は間違っていなかったと思えるよ。ありがとう」 レブサの背が扉の向こうに消えるまで、二人は敬礼の姿勢をとる。 そして、その姿が見えなくなった途端―― 「意外だね。話のわかるお兄さんって感じ」 言いながら、セリオスはクローラの肩に顎を乗せた。 じゃれている。 「あ。こら。セリオス。仕事中だ」 額を手で叩く。 痛いと抗議の声をあげたものの、セリオスは顎をのけようとはしなかった。 「えぇ〜!? 休憩時間じゃないの?」 「残念だな。あと一時間ある」 今度こそ、肩にかかる重みを跳ね除けて、クローラは踵を返す。 「あ。待ってよ」 追いかけて、その腕にしがみつく。 「おい。お前な」 「――あと一時間。頑張るから、お願い」 じっと見上げられて、クローラは言葉に詰まる。 思えば、パラミタに来たのもこの幼馴染のせいではなかっただろうか。 このお願いを断れた試しがなかったのを思い出す。 「――好きにしろ」 「へへ。仕事ハネたら、観光しようね」 二人は残りの仕事を片付けるため、詰所へ降りていった。 その頃―― 詰所ではルークとソフィアと交代して一足早く休憩に入ったラックがタロットカードを繰っていた。 引かれたカードは『星』『運命の輪』 「未来は決まっていない。流転の時ってやつだね。でも――」 戦争の先を見据えるものがいる。 民を守りたいとい思うものがいる。 混乱に乗じるものを許せないものがいる。 「ま、希望はあるってことかね」 学ぶべき場所にやってき者たちはこれから、どう育っていくのか―― それは、この戦いの後にわかることなのかもしれない。 |
||