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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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第四師団 コンロン出兵篇(最終回)

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 みたび、クィクモに視点は戻る。冒頭で顔を出した新人たち。
 クィクモの市街に出ているのは、あのオカマ……とその天使、ではなく剣の花嫁だが。それに嫌々つき合わされているようにも見える、仏頂面の軍人に気だるい少年らの四名。勿論、真面目にテロ警戒の任務中なのであるが。ヒクーロへの道が伸びる北門の辺りだ。
 
 
 
秩序と混沌 正義と悪/クィクモ
 
「ん〜ふふふ〜。好い男(標的:軍閥長のレブサ)が見れたから俄然やる気がでたわん」
「任務中に五月蝿いであります。このオカマ野郎」
 くねくねと巨体を揺すりながらニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)が言えば、隣からタマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)のツッコミが炸裂する。
「んもぅ。可愛くないわねぇ……あぁん。でもそこが可愛いわぁ。あたしの天使ちゃ〜ん」
 すると腕を伸ばして小柄な体を抱き込めば――喉元に包丁が突きつけられた。
「ウザイ。死ね! このタマ無しオカマ野郎」
 ともすれば過激なスキンシップに見えなくもないそれについていけず柳 深虎(りゅう・しぇんふぅ)は困惑する。
 相手は年長者だ。敬うべき存在であるが、過ちや誤解は正さねばならない。
 だが、何を嗜めればいいのか。いまいち深虎にはわからなかった。
「……」
「ふふふ。彼等は面白いね」
「ジノ――面白がっていないで。止めてくれ」
 傍観するパートナーのジノ・ミルラ(じの・みるら)を咎めれば、何か含みがある笑顔が返ってきた。
「ここは活気があっていい街だね。シェン」
「? それとこれとは……」
「……懐かしいんじゃないのかい? この街――いや、街から見える風景は」
 その言葉に深虎はハッと目を見張る。
 そう――名前を聞いた時から、そのことをずっと考えていたのだ。
 来て見てれば――広がる景色は深虎の故郷の夜の風景によく似ていた。
「…………任務中だ。ジノ」
「――そうだった。ごめんよ、シェン」
 と、伸びてきた太い腕が深虎を背後から引き寄せた。
「!? に、ニキータ殿?!」
「僕の前で大胆だね。ニキータ?」
「あらぁ。ごめんなさい〜。 そのまま聞いてちょうだい。少し歩いて、右の通りに入って」
「まさか!?」
「そうよぉ〜。ビンゴ、なの。――見つけたわ」
 軽い調子で詫びた後、深虎とジノにだけ聞こえる声でニキータは敵の存在を告げた。
 
 * * * 
 
 巨漢だ。漆黒の鎧に大剣を佩くその姿は、武神とさえ言えるだろう。
 だが纏う空気は暗い。どこまでも清を飲み込み、強引に流れる――そんな濁流のような気だ。
 背後に控える者たちはそれに従うように、けれど各々で得体の知れない闇を感じさせた。
「――小童どもが……何用だ?」
 打ち込まれたニキータの念力の弾丸を交して、男――三道 六黒(みどう・むくろ)は口を開いた。
「とびきり熱ーいあたしの弾丸さけるなんて、ちょっと酷いんじゃなぁい?」
 唇を尖らせるニキータ。そして、その隣に銃を構えた深虎が並ぶ。
「三道 六黒だな? このクィクモで何を企む――貴様等の鬱憤晴らしにコンロンの民を巻き込むな」
「――教導団、か。ご苦労なことだが――わしはクィクモでは何もしておらんぞ?」
 さして興味もなさそうに二人と更にその奥で身構えるタマーラとジノを見やる。
「その通り。私たちは今からクィクモを去ります」
 両ノ面 悪路(りょうのめん・あくろ)が歌うように。
「ここでのお茶会は終了です。午前三時のお茶会をご希望でしたら、またの機会に」
 何も出ないシルクハットの縁を叩いて帽子屋 尾瀬(ぼうしや・おせ)が。
「――退け」
 無骨なまでの、戦うために存在する鎧葬歌 狂骨(そうか・きょうこつ)
 最後に六黒が大剣でで四人が塞ぐ道の先を指した。
「……そういことだ。わしは『正義』とやら掲げるぬしらの性根が気に喰わぬ。
 気に喰わぬが――無駄なことも好かぬ。退け」
 刹那――六黒の纏う気が膨れ上がった。
 退かねば、容赦はしない――そう言われている気がした。
「――黙って、危険人物を見逃すわけにはっ」
「そうよねぇ。そんなわけにはいかないわぁ。お仕事ですもの」
 精一杯の虚勢を張る。 
「そうか。なら――」
 大剣を振るうかと思われた六黒は、そのまま刀身を鞘に収めた。
 驚く二人に、悪路が言った。
「では、教えて差し上げましょう。この先にクィクモで妖しげな薬をばら撒く者がおりますよ」
 ――放っておくのですか?
 囁くような声に、二人が顔を見合わせ、逡巡しているうちに、六黒たちは姿を消していた。
 
 * * * 
 
 昼間と変わらぬ、それでも幾分は暗い、コンロンの夜。
 夜より暗い闇を纏った男と彼に従う者たちはクィクモから少し離れた場所にいた。
 
「混乱の幕開けだ。コンロンに教導団が乗り込んできた以上は、そうなる」
 事実戦いは各地で起こっているし、軍閥の動きにも変化が生じている。
「エリュシュオン、教導団――どちらが勝っても軍閥共と地下組織は手切れ」
 元々が真っ当な組織ではない彼等は追われるだろう。
「表は収まっても、裏は収まらない――」
 うっそりと悪路が呟く。その表情はどこか楽しそうだ。
「奴等が生き残ろうと足掻くのは必定」
「ならば――午前三時のお茶会を。望むものを取り出してご覧にいれましょう」
 悪路の言葉を狂骨が、狂骨の言葉を、尾瀬が。そして、最後を六黒が継いだ。
「わしが手綱をとってくれるわ」
 
「では――私はヒクーロへ。地下組織へと接触を試みましょう」
「――うむ」
 しばしの別れである。
 悪路はけして多くを語るわけではない。
 だが、その囁きは――他人の心を掴んで、揺さぶる。
 ヒクーロの誰が、その言葉に踊らされるのだろうか。それとも――
「この悪路の策、しかとご照覧あれ」
 芝居がかった動作で一礼すると悪路は六黒の前を辞した。
 
「では、この私、尾瀬はいかがいたしましょう。 クィクモでももう一席設けましょうか?」
「いや――シクニカに向う。狂骨、おぬしもだ」
「……いいだろう。俺の姿形と力は小物どもにはさぞ恐ろしいだろうからな」
 話は決まった。
 三人が腰を上げた――その先に立ち塞がる者がいた。
「――やれ。今日はとかく客の多い」
「ですが、お茶会は終了でございます。出直していただきますか?」
「いや――わしに用があるのだろう」
 対応と申し出る尾瀬と魔鎧化しようとする狂骨を制して、六黒は一歩前へと進み出た。
「わし――三道 六黒に何用だ?」
 
 夜の闇の中に凛と立つのは一人の少女――姫神 司(ひめがみ・つかさ)だ。
「ヒクーロへの旅は取止めにしてもらうぞ」
 大剣を構え、六黒に向き直る。
 隣には少女を支えるように寄り添う青年――グレッグ・マーセラス(ぐれっぐ・まーせらす)の姿もある。
 二人も先のニキータ、深虎たち同様、コンロンの動乱に乗じて何事かの悪事を行う者――三道 六黒一味を追っていたのだ。
 ただ、司はクィクモではなくヒクーロで事を起こすのではないかと考えており、これからヒクーロへ向うところだったのである。
 これは運命だ。
 少女と男の。
 二人はお互いの志をして、対峙する運命にあったのだ。

「――おぬしも正義をかざすか?」
 いつもの、その口上を遮るように司は声を張り上げた。
「正義だ悪だと、立場が変われば同じ行いの表現すら変わる、所詮個人の拘りに過ぎぬ。そのようなちっぽけな括りでしか物を見られぬとは哀れな奴だ。まだ好き嫌いや利権で動く者の方が筋が通っているな」
 刺す様な強さ持つ司の声色とは逆に、六黒のそれは淡々としていた。
「……そうか。おぬしはわしが嫌いか。ならば――仕方がない」
「好き嫌いで言うなれば、の話だ! 貴様の行いは、単なる自分が感じたその場限りの感情を正義と悪に振り分けて、つまらん主張を貫くための他者への暴力だ」
 だから、止める、と。
「わたくしは不心得者のせいで誰かが傷つき、倒れる事が許せぬ」
「――ふん。それよ。その「正義」がわしは嫌いなのよ。小悪による起こるは理不尽な悲劇。ならば、わしは大悪となろう。小悪を下し、御する」
 だから、進む、と。
「これは正義などではないが、義憤とは言えるかもしれぬな。引け、さもなくば少々痛い目に遭うぞ」
 司が構えたまま一歩、間合いを詰める。
 だが、六黒は構えなかった。
 沈黙が落ちた。
 どれくらい、そうしていたのか。
 ふと口元を歪めると、六黒は司に背を向けた。
「な? 何の真似だ!? 逃げるのか?」
「――手を引け、と。そう言ったのはおぬしだ。」
 呆然と立ち尽くす司とグレッグを残し、六黒たちはその場から姿を消した。
 ――退いてやろう、ここはな。だが、わしは諦めぬ。
 そう言い残して。
 
 司は怒りを露に、剣を鞘に収めた。
 その肩にそっと手が添えられる――グレッグだ。
「無事でよかった――司の気持ちはわかります。けれど、私達二人には荷が重すぎる」
「……わかってる。でも――体勢を立て直して追う」
「えぇ」