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リアクション
誰も知らない
何の変哲もない壁の向こうにはあるはずのない部屋があった。
その部屋の主は――クリケット部隊。
正式な名ではなく、あくまで通称。
彼等が何をし、何のために存在するのか――その意義も、その名も。
知る者は教導団の中でも、一握りだけ。
薄暗い部屋の空気はどろりとしていた。
停滞し、流れることのないそれは異臭を放つ。
汗と血と吐瀉物が入り混じったそれは背徳と死の臭いだ。
その中に悠然と立つ男――ブラウディー・ラナルコ(ぶらうでぃー・らなるこ)は足元に転がる何かを踏みつけた。
「口は聞けるはず。知っていることを話してはどうですかな?」
「――…うぅ……あ……――」
くぐもった呻き声が上がる。
ブラウディーの軍靴の下にあるのは人間――教導団に敵対している集団の男だ。
口の端は切れ、顔面は殴打され青黒く腫れあがり、目は最早見えていないのか白く濁っている。
体も同様だった。打撲の痕は言うに及ばず、無数の裂傷と火傷が肌を覆っていた。
「……こ、殺せ……」
蚊の鳴くような細い声が漏れる。何があっても喋らない――捕虜はそう覚悟しているようだった。
ブラウディーは鼻を鳴らす。
「――殺す? そんなことをするとでも? 誰か竹串を用意するであります」
* * *
それはどこにでもあるような細く削られた竹の串。
殺傷能力など微塵もない。
ブラウディーはそれを手にすると捕虜の前に膝をついた。
投げ出された捕虜の手をとり――爪の間に竹串を一本一本捩じ込んでゆく。
――ゴッ
仕上げとばかりに銃のグリップを先端を叩きつけた。
耳を覆わんばかりの絶叫が部屋に響き渡った。
数分後。
――本営の裏口から何かを運び出す一団があった。
先頭を行くのは髭面の大男。ブラウディーである。
「……いくら何でも、やり過ぎじゃあ……」
抱える赤の滲む人一人分はあろうかという袋を見て、誰かかがポツリと漏らした。
「あくまでも上からの命令であります、我々は何も考えずに、それに従うのみ!」
「で、でも――俺達、何のために? この仕事に意味は――そもそも俺達ってなんなんですか?!」
こういったことに耐え切れなくなるのは――尋問を受ける捕虜に限らない。
容赦なく、無慈悲に、『正義』あるいは『大義』のために倫理にかける暴力を振るう側にもそういうことはある。
他人を殴れば、自分の拳が痛むように。
「我々は上の命令に従い、ただひたすら自軍の為に尽くすのみ。
――賞賛や名誉は望まず、我々は自軍の勝利への貢献だけを考えていれば良いのであります」
振り返りもせずブラウディーは応じた。
運ぶ袋――死体からまた赤黒い血が落ちて、滲んだ。
教導団には光の通らない薄暗い部屋がいくつもあるという。
その部屋の主はクリケット部隊――通称であり、正式名称ではない。
教導団の暗部を担う彼等の存在と活動を知るものはごく一部だけである。
いいや。――そもそも、そんな部隊は教導団には存在しないのだ。
ギィィ。
見えない扉の開く音がした。
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