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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

リアクション


chapter.2 バタコとの触れ合い 


「いやあ、珍獣の森って感じがしてきたね! 普通に教授をしていたら味わえないね、これは」
 メジャーが恍惚とした表情で感動の言葉を口にしているのを、集団の中でトライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)はひとり、溜め息をつきつつも相手をしていた。
「つか、美少女ミイラを返しに来たはずなのに、どうしてこうなった……!? そもそも珍獣とか、考古学関係なくね?」
「まあまあ、こういうのは楽しいのが一番だよ!」
「……ですよねー」
 どうせこれ以上言っても意味ないのだろう。そう思ったトライブは、それ以上食い下がらなかった。どうやら彼は、前回の遺跡探検でのメジャーの無茶苦茶っぷりを目の当たりにして、「常識が当てはまらない人だ」と学んだらしかった。
「ま、こないだも振り回されて大変っちゃ大変だったけど、それなりに面白かったしなぁ」
 メジャーに聞こえないよう、小声で呟くトライブ。
「いやあほんと、何が出てくるか楽しみだなー、珍獣ってロマンあるしなー」
 若干白々しい口調ではあったが、トライブはメジャーのノリに合わせることにしたようだ。そしてそのメジャーはといえば、集まった珍獣たちの一角を見て、口を震わせていた。
「あれは……!」
「ど、どうしたおっさん?」
 トライブの言葉に答える余裕もないのか、メジャーは慌てて持っていた古文書をパラパラと勢い良くめくった。彼はあるページで手を止めると、そこに載っていた絵と目の前の珍獣を見比べて言った。
「やっぱり……あれは、珍獣バタコだ!!」
「バ、バタコ!?」
「そう、あそこにいるのが、バタフライとラッコの遺伝子を組み合わせて出来たと言われている、バタコだよ!」
 メジャーが指さした先、そこにいたのは確かに彼の言う通り、蝶々のごとく背中に羽を生やし、ラッコのような体型をした生物だった。なぜかコック帽をかぶっているが、きっとこの生物のアイデンティティのひとつなのだろう。
 古文書によれば穏やかな、人畜無害の生物らしい。それをメジャーから聞かされていた生徒たちのうち一部は、バタコと触れ合おうと近づいていった。
「こんにちは! お友達になれたら嬉しいな!」
 そう言って一匹のバタコに歩み寄ったのは、ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)だった。そのすぐ後ろでは、契約者の影野 陽太(かげの・ようた)が優しい瞳でノーンを見守っている。
「穏やかな生き物と聞いてますが……何が起こるか、分からないですからね」
 胸に装飾された大切なロケットを無意識のうちに握りながら、陽太が呟く。基本的にはノーンのさせたいようにさせるのが陽太の考えであったが、万一危険が及んだ時のため、いつでも飛び込める距離感を保ちつつ彼は後方に控えていた。
「……?」
 が、今のところ陽太の考えは杞憂であったようだ。バタコは最初こそノーンの差し出した手をじっと見て首を傾げていたが、すぐにその手を取り、握手を交わしていた。
「わあっ、とっても賢いんだね!」
 すっかり楽しくなったノーンは、持っていたサザエをバタコに差し出した。一応相手がラッコの遺伝子を持ってということで、貝類をプレゼントしようとしたのだろうか。受け取ったバタコも、どこか嬉しそうにサザエを天に掲げている。
「本当におとなしいんですね」
 ノーンとバタコの触れ合いを見ていた陽太も、やがてそこに混ざって一緒に戯れ始めた。陽太はバタコの手に軽く触れると、すぐさま銃型HCを取り出し、何かを記録した様子を見せた。珍獣のデータをまとめているのだろうか。目の前のバタコは機械類にも動じる様子なく、無邪気にノーンとじゃれ合っている。
「興味深い生き物でござるな」
 ノーンや陽太がバタコと触れ合っているのを見ていた椿 薫(つばき・かおる)も、その輪に入ってみたくなったのか、そう言いながらバタコに近寄った。
「ちょっと頭を撫でてみるでござる」
 薫が手をバタコの頭に持っていく。バタコは特に怯えた気配もなく、素直にそれを受け入れた。薫が頭を撫でると、バタコの羽が背中でパタパタと揺れる。
「かわいい! きっと、喜んでいるんだよ!」
 ノーンが興奮し、「わたしも撫でる!」とバタコに手を伸ばす。ふたりに撫で回されたバタコは、気持ち良さそうに目を閉じた。
 ひとしきり撫で終えた時、薫がぽつりと言葉を漏らした。
「それにしても、シンガポールにもこんなかわいい生き物がいたのでござるな」
「……?」
「シンガポール……?」
 突然の薫の言葉に、耳を疑う陽太とノーン。薫は「ん?」と不思議そうな顔でふたりを見ると、平然と言った。
「ここは、シンガポールではないでござったか?」
「え、えっと……」
 言葉に詰まってしまったノーン。どうやら薫は、本来シンガポールに行く予定だったらしい。おそらく出発時にパスポートが見つからず、時間ギリギリで慌てて飛び出した結果シンガポールではなくシボラに来てしまったのだ。とんだうっかり屋さんである。
「さっきマーライオンのようなものもござったし、これは土産話がたくさん出来たでござるよ」
 彼が言っているのは、きっとさっき皆を臭がらせたシボライオンのことだろう。というより、よくこれだけ違う条件の中かろうじて共通点っぽいものを探しだせたなという話である。それほど、普通であればシボラとシンガポールは間違えようのない場所である。そもそも、パラミタと地球なのだから。
「あんまり、土産話は持って帰らないほうが……」
 陽太が気の毒そうに言う。しかし薫は、「のぞき部シンガポール支部をつくるでござる!」などとすっかり舞い上がっており、耳に入っていないようだった。
「おっと、そうでござる。海外に来ても、日本の心は忘れてはいけないでござるよ」
 そう言うと薫は、荷物の中をごそごそと探る。中から出てきたのは、おにぎりだった。ジャパニーズセイ、アキタコマチである。と、薫はそれを見つめる視線に気づいた。
「ん? ほしいでござるか?」
 それは、バタコのものだった。薫はおにぎりを少しちぎると、そっとバタコに手渡す。バタコは喜んで受け取ると、驚くことに、先ほどノーンから貰ったサザエを上に乗せ、サザエ寿司を握り始めた。
「す……すごい!」
 それを見た陽太は、驚きつつ即座に銃型HCに記録する。「バタコは料理が上手」と。
 バタコは、寿司を握り終えるとそれをノーンへと返した。
「えっ、わたしにくれるの?」
 こくん、と頷くバタコ。ノーンは大喜びでそれを受け取り、元気に飛び跳ねる。少々変な部分もあるにはあったが、ほのぼのとした、顔がほころぶようなやり取りである。が、ここに波紋が投げかけられた。
「これが珍獣バタコか! 寿司を握るとは、なんて知的な生物なんだ! でもおかしいな……」
「ま、確かに寿司を握る珍獣ってのもおかしいけど……」
 メジャーがぽつりとそう告げる。トライブがそれに相槌を打つが、メジャーが不思議に思ったのは、そこではなかった。
「いやね、古文書によると、バタコが得意なのは寿司じゃなくて、アンパ……」
「おおっとおっさん! それは言っちゃダメだ!! 危険すぎる!」
 言いかけたメジャーの言葉を、慌ててトライブが制す。彼は、とても危ないものを感じ取っていた。
「何? バタコは危険なのかい!?」
 トライブの言葉を聞き、メジャーが驚く。もちろん、彼の性格上、怯えたのではなくときめいたのだ。どうにかメジャーが下手に口を滑らせないよう、トライブが説得する。
「まあ、ある意味危険だよアレは。危険っていうかたぶんアウトだって。敵に回しちゃいけない領域の生物だって」
「そう、そうなのかい? でも実際に触れ合いもしないで敵かどうかは……」
「だからそういう問題じゃねぇんだって!」
 しかしメジャーは、トライブの制止を振りきって、バタコへと近づく。これ以上彼がバタコと絡むと、本当に問題が起きかねない。そう危惧したトライブは、咄嗟に叫んだ。
「誰か、おっさんを止めてくれ! このままじゃ危険だ!!」
 トライブが発した大声に、バタコはびくっとして体を震わせた。その拍子に、バタコの羽も揺れ動く。
「アレは……マジで危なさそうじゃん!!」
 トライブのその言語、そしてバタコの羽が動いたのを見てそう口にし、メジャーの前に飛び出したのは木崎 光(きさき・こう)だった。
「あぶなーーーい! 教授ーーーーーッッ!!」
 光は、バタコを見た時から恐れていた。あの羽からは実は鱗粉的なものが出て、近づいたものが毒で侵されたりしないかということを。だからこそ光は飛び出したのだ。身を挺してでも、メジャーを守ろうとして。
「えっ?」
 メジャーが反応し、振り返ると同時に彼は背中に衝撃を覚えた。光が、メジャーの背中を全力で突き飛ばしたのだ。
 どんっ、という音と共にメジャーは前方に吹き飛ばされ、運悪くその先にあった崖から落下してしまった。
「うわっ、お、落ちる……っ!?」
 あっという間に姿を消してしまったメジャーを、呆気に取られた表情で見つめているトライブ。対して光はといえば、やりきったような顔のまま、勢い余って地面へとうつ伏せになって倒れた。
「え、え? おっさん? あれ? これ、どうすんの?」
 トライブも戸惑っていたが、同じくらい困惑していたのはバタコである。バタコはつぶらな瞳で、メジャーが落ちていった崖を見つめていた。なおバタコの羽に鱗粉効果などはなく、光のちょっとした早とちりである。つまり、完全にメジャーは突き飛ばされ損なのだ。だがそんなことは意に介さず、光は倒れた体から頭だけをぐぐ、と上げ、途切れ途切れに言った。
「ああ教授……俺様、もっともっと……教授と冒険に行きたかったな……」
 メジャーは彼女にとって憧れを抱かせる存在であり、その冒険譚は彼女の心を踊らせるのだ。憧れの人を第一に考えて行動した彼女を、誰が責められるというのだろうか。
 光はそこまでを口にすると、がくりと倒れた。トライブが恐る恐るに近づくと、穏やかな寝息が聞こえる。彼女は気絶していたのではなく、ただ単に自分の思いをやり遂げた達成感に満足し、眠りについただけのようだった。
「……とんだやり逃げじゃねぇか」
 そう呟いて、トライブは冷静になって周りを見てみる。
 サザエ寿司を手に喜んでいるノーンと、シンガポール気分の薫。バタコはバタコで相変わらず危ないし、光は好き放題暴れた挙げ句眠っている。肝心のメジャーは、どこかに消えてしまった。
「なんか、まともにしてる俺が逆に浮いてねぇか、これ」
 前回のデジャビュを覚えつつ、トライブは本日二度目の溜め息をはくのだった。