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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

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ハロー、シボラ!(第2回/全3回)

リアクション


chapter.3 ジュテーム? 


 生徒たちが珍獣と触れ合っている中、ヨサークはひとり、木々をかき分けながら獣道を歩いていた。
「とりあえず木材だな。それがありゃあ組み合わせてハシゴにしたり、アグリに掴ませて引っ張ることも出来るしな。あとは助けた後泥を洗う水もありゃ言うことねえ」
 となると、彼が真っ先に思い浮かべるのは川がある場所だった。大きめの川なら橋がかかっていて木材もそこから調達できるだろうし、水は川から好きなだけ汲める。
「ったく、クソみてえなミイラに関わったばっかりにこんな目に……!」
 舌打ちをひとつして、ヨサークが言う。やはり彼の機嫌は、良くないようだった。どうにかしてその機嫌を直してもらおうと彼に接近したのは、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)だった。
「あのヨサークさん、聞きたいことがあるんですけど……」
「あ? なんだ?」
「ここにある食材で、どれを使えば美味しいラーメンができると思いますか?」
「……ラーメン?」
 予想していなかったフレーズに、一瞬戸惑いを覚えるヨサーク。その真意はすぐ、コハクの口から語られた。
「ええと、その、食材になる野菜を調達して、美味しいラーメンがつくりたいんです。それを、ヨサークさんに食べてもらえたらなって思って……」
 目の前の少年のそれが、ただラーメンをつくりたかったから出た言葉ではないことは、ヨサークも気づいていた。自分の機嫌を直そうと気を遣ってくれているのだと。ヨサークはその健気さと気恥ずかしさからか、丁寧にコハクの質問に答えることにした。
「そうだな……俺もシボラはこないだ初めて来たから詳しく知らねえが……火通してみて、それから舐めてみて舌が痺れたりしないならある程度は大丈夫なんじゃねえか? ただ、妙にテカってたり、樹液が変色してたりするやつは避けとけ。他には……」
 注意点などを次々挙げていくヨサークの言葉を、熱心に書き留めるコハク。一通り聞き終えた彼は、大きく頭を下げ礼を言った。
「ありがとう、ヨサークさん! それにしても、さすがというか、知識がすごいですね!」
「まあ、農業には力だけじゃなく頭も必要だったからな」
 満更でもなさそうな顔で、ヨサークが答える。もうこの時点で彼の機嫌はある程度直っていたが、コハクの一言がそれを振り出しに戻してしまった。
「じゃあ、早速美羽のところに戻って、ラーメンをつくってきます!」
「……みわ?」
 ヨサークが眉間にシワを寄せた。それが、明らかに女性の名前であったからだ。それに気づかないまま、コハクはヨサークの前から姿を消した。

 しばらく経って、ヨサークの元へ再び現れたコハクは、ひとりの女生徒と一緒だった。それが、彼の契約者、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)である。
「おじさん! コハクから色々聞いて、野菜ラーメンつくってきてあげたよ!」
 一際明るい声でそう言った美羽は、アルミ鍋に大量の野菜とラーメンを入れヨサークに見せる。
「ちゃんとこんな時のために、インスタントラーメン持ってきてたんだから! 偉いでしょ?」
「ヨサークさんに教わったことを参考にして、具を入れてみたんです」
 美羽に続きコハクもヨサークに向かって告げる。どうやら材料について教わったのがコハクで、実際につくったのは美羽の方らしかった。そしてそれを察したヨサークは当然というべきか、途端に機嫌が悪くなった。
「うっせえクソメス! 女のつくったラーメンなんざ食えるか! おめえはスープに入ってダシにでもなってろ!」
「……なにこのおじさん、人がせっかく親切にラーメンつくってきてあげたのに。そもそもいい年して機嫌悪くなって八つ当たりとか、信じられない!」
「あ? 誰がおめえにラーメンつくれっつった? 食堂のおばちゃんかおめえは、あぁ!?」
 売り言葉に買い言葉とばかりに美羽も口調を荒くし、ヨサークとの罵り合いが始まってしまった。それを見ていたコハクが、慌てて止めに入る。
「ふ、ふたりとも落ち着いて……それと」
 コハクがヨサークの方を向いて言う。
「確かにつくったのは美羽ですけど、上に乗ってる野菜を調達してきたのは僕です。だからこれは、ふたりの合作なんです。どうか、食べてもらえないですか?」
「……」
 先ほどまで仲良く接していた少年が、頭を下げお願いしている。いくら機嫌が悪くても、それをむげにすることはヨサークには出来なかった。
「……分かった。食ってやる」
 短く答え、ヨサークは観念したような様子で鍋を乱暴に手に取ると、かきこむようにラーメンを口の中に入れた。
「……おい」
 何口か運んだところで、ヨサークがコハクに声をかけた。
「野菜の切り方がいまいちだ。今度、もっと野菜がうまくなる切り方を教えてやる」
 きっとそれがヨサークからコハクへの、お礼代わりなのだろう。コハクは目を細め、笑顔で頷いた。



 ラーメンを食べ終えたヨサークが再び獣道を歩いている時だった。ふと彼は、後ろから誰かが追いかけてくる気配を感じた。
「……誰だ?」
 ばっと振り返るヨサーク。そこにいたのは、ノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)――通称ノルンだった。
「わっ」
 ヨサークの声に驚いたのか、ノルンはうっかりつんのめって転んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
 それを見てヨサークは歩み寄り、ノルンを見下ろす。ちなみにノルンはれっきとした女性なので、通常ならヨサークのこの反応は異常なのだが、偶然にもノルンは冒険ということでスカートではなくパンツルック、そして帽子もかぶり髪を中に入れていたため、少年のような出で立ちになっていたせいで彼が男だと思い込んでしまったのだ。
「おかしいですね〜……」
 それを木陰から見ていたノルンの契約者、神代 明日香(かみしろ・あすか)はぽつりと疑問を口にした。
 明日香は、以前彼と関わったことがあるため、ヨサークの性格を知っていた。女性に分類されれば、動物だろうと植物だろうと酷い扱いをするはずなのに、なぜノルンちゃんには優しくするのだろう、と。当然明日香は、まさかノルンが男と思われているなどとは夢にも思っていない。
「なんででしょう……」
 悩んでいる今も、ヨサークは普通にノルンと接している。
「確かに、ノルンちゃんは探検家ルックですけど、ちゃんと女の子ですし、なによりあの人は子供にも辛く当たる人でなしで、残念な性格のはずなのに……」
 考え抜いた末、明日香はある推論を導き出した。
「分かりました……ヨサークという人は、重度のロリコンだったのですね〜……!」
 これは驚くべき事実かもしれない。明日香は、そう思うと同時にある不安を抱いた。
 それにしては、今まで誰もそれを口にしていなかったのが怪しい、と。
「もしや、公表しようとすると口封じされてしまうとか……そうです! そうに違いありません!」
 勘違いの果てに妄想を膨らませた明日香は、ノルンちゃんをロリコンの魔の手から守らなければ、とよく分からない使命感を燃やし始めた。
「これは、もっと証拠を掴んで社会制裁してもらう必要がありますね〜。そのためには、観察です!」
 いたって普通に絡み終えたヨサークとノルンだったが、明日香はひとり、その後も彼のことを監視し続けた。
 すると、おあつらえ向きに、ヨサークの前方からひとりの少女がやってくるのが見えた。
「おめえ……」
 ヨサークがその姿を認め、無意識に立ち止まる。彼の前に現れた女性、それは彼にとって大切な存在である、荒巻 さけ(あらまき・さけ)であった。さけは裾にフリルをあしらったシャツワンピースの上から丈の長いボヘミアンカーディガンをはおり、かごバッグと花飾りを装飾品とし、ぺったんこな靴を履いていた。前髪はいつもと違って綺麗に眉のあたりで切り揃えられている。その格好は、大分前から地球で流行している森ガールを連想させた。
「……」
 ヨサークを前に、無言を貫くさけ。彼女は、喋りたくなかったわけではない。それならばそもそも、彼の前に現れはしないだろう。彼女は、言葉を見つけられなかっただけなのだ。それは、以前アクリト・シーカー(あくりと・しーかー)が行った細胞活性化実験にさけが加わった時の出来事が原因だった。
 当時さけはドS気質を活性化させてしまったことで、いたいけなゆるキャラを嬲っていたのだが、それをよりによってヨサークに目撃されてしまったのである。
「何黙ってんだ」
 ヨサークが尋ねる。さけは、依然として言葉を失ったままである。本当ならあの時のことをどうにかして弁明したいが、どうしてもヨサークの引きつった顔が思い浮かんでしまう。
 ヨサークさん、あの時の私は本当の私ではありませんの。
 ヨサークさん、この前は変なところを見せてしまって、恥ずかしいですの。
 頭の中でいくつか言葉を浮かべても、それらは外に出る前に泡となって消える。偽っても照れた素振りを見せようとしても、彼が笑顔で迎え入れてくれる絵が想像できない。さけは脳内でそれらの案を出したり消したりしては、顔を青ざめたり、赤く染めたりするのだった。
「おい、さ……」
 耐えかねたヨサークが名前を呼ぼうとして、近づいた時だった。さけの肩が小刻みに震えているのに気づき、ヨサークもまた、言葉を途中でなくした。正面から見据えた彼女の顔は、困っているようにも見えるし、泣き出しそうにも見える。
「……っ」
 紅潮した頬を見られたのが余計に羞恥心を煽ったのか、さけは声にならない声を上げると、ヨサークの懐へ潜った。そして。
「ばか」
 ようやく喉から出た言葉。さけがそれを伝えたと同時に、彼女が握った手の感触も、ヨサークの腹に伝わっていた。
「……あ?」
 ぽこっ、と音が聞こえてきそうな叩き方をされたヨサークは、自分の腹とさけを交互に見る。が、さけはその視線に捕らえられる前に、走って逃げ去ってしまった。
「なんなんだよ、一体……」
 久しぶりにまともに会話できると思ったのに、肩透かしを食らった、といったところだろうか。ヨサークは舌打ちをひとつした。彼の心中には、より一層モヤモヤが溜まってしまう結果となった。
「そんなに俺と話したくねえってか、あぁ?」
 さっきまでさけがいた場所に向かって捨て台詞を吐くヨサーク。それはもちろんさけには届かない。
 が、その言葉を聞いていた者がいた。そう、木陰に隠れひたすら監視していた明日香だ。
「見たところ、15歳くらいの女の子でしたね〜。その子にそういったことを言うというのはつまり……」
 明日香の疑惑が、確信に変わる。
「やっぱりあの人は、ロリコンだったのですね!」
 明日香はうんうんと頷くと、ヨサークに気付かれないよう、そっとその場を離れていった。ノルンちゃんには「危ないから近寄らないようにね」と言っておこう、と固く心に決めながら。
 ちなみにさけはヨサークにとって大事な存在といえども、明日香が抱いた疑惑が真実だったのかどうかは、まだ不透明なままである。そもそもヨサークはさけの実年齢を知っているのかというのすら、疑問なのだ。
 そしてそのさけはと言えば。
「あ〜、う〜……」
 ヨサークの前から走り去った後、人気のないところでごろごろとその体を転がしながら時折地面をバンバンと叩いていた。
「なんであんなこと言って……うー」
 先程の場面を思い返しては、足をバタバタさせるさけ。どうやらヨサーク以上に、彼女はモヤモヤを抱えてしまったようだった。

「あいつ、どこまで走ってったんだ……」
 さて、すっかり途方にくれてしまったヨサークはといえば。道の真ん中で、頭を掻きすっかり困り顔になっていた。ヨサークはもう一度舌打ちをする。と、背後から声が聞こえてきた。
「おっす、頭領!」
「あ?」
「……って、機嫌がわりぃなー。まぁ、アグリがああなっちまって、さらに珍獣もアレだしな……」
 鋭い目付きで振り返ったヨサークにそう告げたのは、ラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)だ。ヨサーク空賊団の団員でもある彼は、ヨサークの機嫌が悪いと聞き、急いでなだめにきたのだ。ラルクが来るまでに色々あったため、ヨサークの機嫌が悪い原因は彼が言ったことだけではなくなっていたが。
「焦るのは分かるが、ここで焦ったら何もかもが駄目になっちまうぜ? 真の男だったら、ここはぐっとこらえねぇとな! 頭領だったらそれが出来ると思うぜ!」
 ラルクとしてはアグリ、そして珍獣のことについて励ましたつもりだったのだが、ヨサークにとってはそれがさけのことに関するアドバイスに聞こえてしまっていた。さらにその思考を加速させる単語が、ラルクから発せられる。
「頭領! こういう時はぱーっと呑んじまうのがいいって! 俺、今いい酒持ってるからやるよ!」
「さ、け……?」
 ぴく、とヨサークが反応する。
「ああ、酒だ! 今呑んでもいいが、そんな気分じゃねぇだろうから、好きな時に呑んだらいいと思うぜ! 酒は逃げたりしねぇからな!!」
「さけは逃げたりしない……?」
 ヨサークは勢い良くラルクの手から酒瓶を取ると、栓を開け口へと持っていった。
「と、頭領!?」
「さけならさっき逃げてったぞ、畜生!!」
 ぷはぁ、と大きく息を吐いて叫ぶヨサーク。ラルクはわけがわからずただ目を丸くしていたが、とりあえず自分に出来ることをしようと思った。団員として、頭領を励ますということを。
「何があったかわからねぇけど、頭領ならきっとそのうちすっげぇ珍獣見つけて、飛空艇買ってすぐまた空に戻れるはずだぜ」
 半ばやけ酒と化したヨサークの一杯に、あくまで陽気に、優しく付き合うラルク。しかし、いつまでもそうしているわけにもいかなかった。彼には、この森に来たもうひとつの理由があった。
「そうだ、頭領……すまねぇ。俺、ちょっと行かなきゃならねぇところがあって離れないといけねぇんだ。もしかしたら、頭領たちにも被害が及ぶかもしれねぇからな。すまねぇが、ちょっくら行ってくるぜ!」
 その理由とやらは分からないが、ラルクはそう言って、ヨサークの肩を軽く叩くと立ち上がり、歩き出した。
「あ、そうだ」
 数歩歩いたところで、ラルクが思い出したように振り返り、ヨサークに告げる。
「頭領、その日本酒……一口だけでいいから取っておいてくれな! 俺も呑みてぇからな!」
 口を大きく開けて笑うと、ラルクは再び歩を進めた。しばらくその背中を眺めていたヨサークだったが、それが森の中へ紛れていくと酒瓶を地面に置き、小さく呟いた。
「わりぃな、こんなとこ見せちまってよ」
 ヨサークがゆっくりと立ち上がる。手にした酒瓶の中で、残っていた液体が波打っていた。