校長室
【Tears of Fate】part1: Lost in Memories
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今日一日、神代 明日香(かみしろ・あすか)の感じていた不安と焦りを、どう言い表せばいいだろうか。 止まぬ動悸のようであり、終わらない過呼吸のようであった。 (「エリザベートちゃん……エリザベートちゃん……!」) 明日香は、校長室からの緊急脱出経路を知っている。だがそれが図書室のどこにつながっているかまでは知っていても、その後校長たちがどこに逃げたかまではわからない。そもそも、そこまで決めていなかったからだ。まさか本当に経路を使うとまで考えていなかった。 その甘さを指摘されると辛い。 隠れられそうな場所もあるにはあるが、逃げながら移動しているとしたらそこにとどまっているとは期待できない。 だから明日香は、逸る気持ちを抑え、大して速度の出ない紙ドラゴンの導きを用いた。 結果から書くと、これが明日香に、エリザベートとの再会をもたらしてくれた。 「エリザベートちゃん!」 明日香は駆け寄り、エリザベートも嬉しさと安堵から言葉もなく目に涙をためて走り、かくて二人は再会を果たしたのだった。 ルカルカ・ルー、エース・ラグランツ、ザカコ・グーメル、瓜生コウらに守られ、エリザベートの安全が確保されていたことも明日香には嬉しかった。 ようやく二人は落ち着いて、 「まずはここから出ましょう……」 という話になった。それから数分も経たぬうちに、 「見つけ……ました……」 うふふふふ、と病んだように暗い笑みをたたえて、小山内南――クランジΣが、一行に追いついたのである。 南は、これまでにないほどの数の量産型クランジΧを連れていた。 南自身の表情が死んでいるので、彼女もまた量産型のひとつであり、識別のため色を塗って服を着せただけのようにも見えた。 「校長先生……、あなたには恨みはないのですけれど……」 でも、でもね、と南は薄笑みを浮かべながら宣言した。 「あなたを殺さないと、だめなんです……」 南はやはり微笑していたが、その目から涙が一条、したたり落ちた。 (「あれが南ちゃん……? あれは南ちゃんなのか、南ちゃんの姿を模した何かなのか……」) エリザベートの前にミーミルが、そして、明日香が立った。 明日香はクランジを直接見たことはない。報告書で読んだことはあるが、面識という意味ではこれが初めてだ。 だから、あんなに悲しそうなものだと初めて知った。 (「けれど」) 「どうしても、と言うのであれば……っ!」 明日香は覚悟を決めていた。倒さねばならぬのなら、倒そう。 それが南を傷つけることであっても。命を奪うことであっても。 すべてを守ろうとしてすべてを失ってしまえば元も子もないのだ。 コウは戦略的思考を練った。 (「敵はたしかに多い。だが正面だけだ。勢いさえ殺せば、一気に後退するという手も使える。そうなればトラップもしかけられるだろうしな……。それに、シグマは覚醒してから時間が浅い。虚を突けば勝てない相手ではないのではないか」) だが、そのためには一歩、敵に先んじなければならない。 コウも覚悟はかためてある。 (「殺したくはないが、手加減できる相手でもないだろう」) いざとなれば仕方がない。 だが先手を下したのは、明日香でもコウでもなかった。