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地球とパラミタの境界で(後編)

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地球とパラミタの境界で(後編)

リアクション


・正体


「ちょっ、さすがにそれ、反則ヨ!」
 マイア・コロチナ(まいあ・ころちな)ヤリーロを駆り、密航者と思しき少女の足止めを行っていた。これには、相手も苦い顔をしている。
「あなたには密航の疑いがかかってます。事情を知りたいので、同行して下さいませんか?」
 報告によれば相手は非契約者、それも地球人だ。いくら対人向けに威力を落としてあるとはいえ契約者、あるいはパラミタ種族を想定しているため、使うのが躊躇われる。契約者たちは銃弾や高圧電流程度では簡単に死なないが、普通の人間相手では致命傷になりかねない。
 とはいえ、契約者ですら困難な生身での対イコンを、ただの人間が行うことは不可能だ。
「参ったネ……」
 諦めたのか、相手がその場で動きを止めた。あとはここで彼女を抑えたまま、ルージュたちが来るのを待つのみ。
 だが、そこでほんの僅かに安心してしまった。密航者はその一瞬を逃さなかった。
 マイアの眼前に、棒状のものが飛び込んで来る。我眉刺だ。コックピットがむき出しなウォーストライダーのため、外から直接パイロットを狙うことも出来てしまうのである。
 攻撃そのものは脅威ではない。難なくそれを回避する。だが、意識は投擲されてきたものに向かざるを得ない。その隙をついて、相手はマイアの視界から姿を消した。
(どこですか……?)
 ふと後ろを振り返ると、独特な足捌きで走り去っていく密航者がいた。
「こればかりはどうしようないネ。先に行かせてもらうヨ!」
 細い路地に入り込まれ、そのまま追い掛けることは出来ない。マイアは他の人にテレパシーで連絡し、対応を任せた。
(ルージュ、後は頼みます!)

(各自、状況は?)
 ルージュからのテレパシーを受け、榊 朝斗(さかき・あさと)は答えた。
(現在位置、特定完了だよ。推定目的地は海京分所。もし違ったとしても……そっちに誘い込んでみるよ)
 ちび あさにゃん(ちび・あさにゃん)が西地区の上空から位置を確認し、追跡を行ってくれている。連絡を受けつつ、朝斗は逃走ルートを先回りした。その際、ルージュ達に海京分所付近まで来るようにも伝える。
(ちびあさが無事なのが救いだね)
 ちびあさが光学迷彩とベルフラマントで姿と気配を消して、さらに迷彩塗装を施した小型飛空艇に乗っていることで、誰からも察知されなかったようだ。あくまでも捜索だけで、攻撃に出なかったことも、無事でいる要因の一つだろう。
(無事じゃなかったから二重の意味で危ないけど……おかげでこっちは確信が持てた)
 既に、密航者の正体は検討がついている。非契約者で体術に優れ、それでいて――黄 鈴鈴にそっくりとあらば、自ずと答えは導かれる。
 当初は黒川が得意としたミラージュとソートグラフィーの応用による変装、もとい「幻術」で鈴鈴の姿になろうとしたが、朝斗にはまだ安定して他人になりすますことは出来ない。せいぜいが物体を誤認させる程度である。
(確か、出てくるのはここのはず……)
 ハイドシーカーでその姿を探そうとした時、
「……ッ!!」
 顎に掌底が飛んできた。上体をそらし、それを何とか避ける。
(左……!)
 続いて左足での蹴りだ。予測済みだったため、素早く左手で受けた。その際、左回りで勢いを加え、さらにシュタイフェブリーゼによる噴射を利用し、蹴りによる真空波を繰り出す。
 瞬時に地面に全身を密着させるるようにして伏せ、相手は朝斗の攻撃を回避した。
「アンタ、レイのこと殺す気か! あんなの食らったら身体真っ二つネ!」
 実際には相手のことを斬らずに透過させるつもりだったが、その威力を彼女は悟ったらしい。人伝に聞いたことだが、本家である鈴鈴は軍用輸送機を同じ技で切断したらしい。
「……でも、レイに『気』だけで地面に這いつくばらせるなんて。まるで本当に風を斬る刃があるように感じたヨ」
 実際にあったわけだが。どうやら、強い殺気で『斬られた』と思わせて、怯ませようとしたように感じたらしい。
「だけど、『実際に殺せない』ようじゃまだまだアマチュア止まりネ。これがプロのやり方ヨ」
 朝斗の腹部に、拳が抉り込んだ。衝撃は身体の内側に浸透し、体内の器官を徹底的に破壊する。全身の穴という穴から血が噴き出し、朝斗の命は尽きた。
(い、今のは……確かに、僕は今死んで……!?)
 身体には傷もなければ、殴られたわけでもない。
「今、自分が死んだと思ったはずネ。これが、本物の殺気ヨ。本人が意識せずとも、死ぬ光景が見えてしまう。生物の本能に直接『分からせる』やり方ネ」
 闇人格と同調しているにも関わらず、「自分達」の死を感じたほどだ。
「恥じることじゃないネ。まだ生存本能と危機察知が正常に働いている証拠ヨ」
 連絡によれば、風紀委員に囲まれた彼女は強化型Pキャンセラーを使ってその場を逃げ出したという。これだけの強さがあれば、そんなことをせずとも全員を打ち負かせていたのではないか。そう思わせるものが彼女にはあった。
「あ……しまった。今のお師匠様から禁止されてたネ。『敵』以外には決して使うなって」
 油断していたつもりはない。だが、身体が言う事を聞かない。攻撃に移ろうとする度、『死』のビジョンが頭を過ぎってしまうからだ。目の前の少女に対しての恐怖ではなく、無意識の、本能的な死への恐怖で思うようにならないのだ。
「無事か?」
 朝斗の周囲に、炎の壁が出現した。
「あれ、身体重いヨ……?」
 アイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)による奈落の鉄鎖の影響だ。
「リンリン……」
 口に出したところで、ルージュが首を横に振った。
「いや、違うな。リンリンは双子だった。まさか、こんな形で会うことになろうとはな」
「やっぱり、ここにリンがいたっての、本当だったネ」
 間違いない。この人は、鈴鈴の双子の姉だ。
「そういうことネ……今回が『便利屋レイ』最後の仕事になりそうヨ」
 彼女は海京分所に向かっているが、目的が分からない以上、行かせるわけにはいかない。
「彼女を生きたまま確保する、それでいいなルル?」
「ああ。色々話が聞きたいからな」
 武器を構える桐ヶ谷 煉(きりがや・れん)の言葉に、ルージュが答えた。
 しかしそのやり取りが行われている最中、少女の姿が消失した。煉の足元から彼の顔に向かって突き蹴りが飛ぶ。
「へぇ……」
 刀の柄で、煉がそれを受け止めた。
「悪いがしばらくの間付き合ってもらう」
 疾風迅雷から、分身の術を行い、鈴鈴の姉を撹乱しようとする。そこから奈落の鉄鎖によって動きが制限されたのか、彼女がその場で立ち止まる。
「最近の契約者は人間離れし過ぎネ。こりゃあお手上げ……」
 煉に対しお手上げといった様子の彼女に、魔障覆滅による連撃が繰り出された。
「なーんて、ネ」
 刀を受け流すフリをしながら袖からヌンチャクを出し、刀を握る煉の腕を殴打する。続いてしゃがみ込み、アイボーンテクニックによって死角から放たれた魔法の刃をかわし、煉に足払いを行った。
 氷雪比翼で浮くことでそれを回避し、煉がそこから歴戦の武術による蹴りを繰り出した。
「剣は達者だけど、こっちはまるでなってないネ」
 受け流しつつ身体を回し、もう一方の拳で脛を殴りつけた。イコンの装甲と同じ素材とはいえ機晶エネルギーが通っていないため、イコンほどの防御力はない。さらに少女の拳は、直接相手の内側へ届かせるらしい。
「リンリンは柔の拳だった。だが……」
「レイの拳は剛。そして動。契約者を一撃で仕留めるために磨いたネ」
 契約者と一般人の力の差は歴然だ。真正面から力比べをしたら、ただの人間ではまず契約者に勝てない。
「生物である以上、契約者だって急所は存在する。そこを突けばいいだけの話ヨ」
 ルージュが駆け出すのに合わせ、エヴァ・ヴォルテール(えう゛ぁ・う゛ぉるてーる)がサイコキネシスで密航者の動きを止めようとする。が、彼女には拘束するほどの力がまだない。一瞬とはいえ、自由を奪った時にエヴァが覚醒型念動銃の引鉄を引いた。
「リンリンの姉よ、まだ名前を聞いてなかったな」
 エヴァの一撃を辛うじて避け、リンリンの姉がルージュに答えた。
黄 鈴麗(フアン・リンレイ)
 ルージュの炎が、鈴麗を包み込んだ。
「消えない炎……これは厄介ネ」
 鈴麗の制服が炎上している。全身に火が回る前に、彼女は制服を脱ぎ捨てた。
「やっぱりこの格好が一番落ち着くネ」
 その下からはチャイナドレスが現れた。これで、目撃情報通りの姿だ。
「ここから先は、炎は使わない。俺は、お前の妹から戦い方を教わった身だ。己の身体のみでいこう」
「リン、上手くやってたみたいネ。連絡が途絶えて四年。何をしているかと思えば」
 記憶を消され、学院に利用されていた……などとはルージュの口からは言えないだろう。
 鈴麗から繰り出される拳を、ルージュが掌で流す。そこからルージュがカウンターで蹴りを、鈴麗が脚部に向かっての寸勁を繰り出す。それが直撃する瞬間、ルージュが身体を捻り、回転の勢いを加えることで鈴麗からの気の流れを絶った。
「やるネ。でも、リンに比べればまだまだ赤子同然。本物の力には劣るヨ」
 ルージュの身体が、勢いよく地面に叩きつけられた。
(僕達は……)
 鈴麗の姿を見据え、朝斗は動こうとした。
「ウソ? あそこから戻ってきたネ!?」
 闇人格と、再度同調を始める。
「さっきのは効いたよ。だけど、あのままじっとしてはいられない。確かに、僕達はプロなんかじゃない。秀でた力もなければ、才能もない。技だって、ほとんどが借り物だ。中途半端で、決して強くなんかない。それでも、僕達を『偽物』とは言わせない。例え借り物であっても、僕達はそこにあった想いを受け取った。それは紛れもなく、本物だよ」
 イメージする。鈴麗の動きを。彼女の拳を払う自分自身を。
 彼女の妹、鈴鈴の柔の動きと、元委員長兼エキスパート部隊統轄の剛の動き。それらを併せ、ルージュと共に鈴麗と対峙する。
「まだ、倒れるわけにはいかない」
 煉もダメージが脚に残るものの、鈴麗をじっと見据えた。
「あー、こういうの苦手。もう、レイの負けでいいヨ。この数相手じゃただの人間には厳しいし、もうPキャンセラーないし」
 あとは好きにしてくれ、といった感じだ。

「それで、リンレイ。密航者という話だが、何が目的でここ海京まで来た?」
「そのことだけど、レイ、ちゃんと渡航許可証とビザ手配したネ。だけど」
 ばつが悪そうに苦笑した。
「せっかくだから泳いで行こうと思って、ここまで来たネ。でも、着いたらいきなり捕まりそうになったから反射的に手が出てしまったヨ。そしたら次の日にチャイナドレスの密航者なんて言われてて困ったネ」
 気絶させた後に、相手が警官だと気付いたらしい。そのため、海京にいる依頼者に対して対応を求めたのだと。
「そしたら、手配してくれた依頼者が『あなたを保護しに向かわせるから、指定の場所に向かって頂戴』って言ってきたネ。それが今朝のことヨ」
「で、それを俺達が邪魔したから仕方なく戦ったと?」
「そうネ。あ、依頼者からヨ」
 彼女の携帯にメッセージが送られてきた。それを見せてもらうと、『今あなたを囲ってる人達が、お迎えだから』と書かれていた。
「……そういうことか」
 自分達は試されていたのだ。風紀委員会として今回の事態にどう対応するか、見られていたのである。
 鈴麗の持つ許可証とビザを確認し、照合する。間違いなく本物だ。
「それに、これは……入学手続き書類?」
「最後の依頼は、学院の生徒となって協力して欲しいというものネ。でも、こんな歓迎の仕方をされるとは思ってなかったヨ」
「こちらも、事情は聞いてなかったからな」
「……おかしいネ。てっきりそっちは、知った上であえてレイを試してるものかと思ったヨ。レイの力がこの街で通用するかどうかを、ネ」
 随分と趣味の悪いやり方をしたものだ。
 彼女らしいとは思うが、ルージュは依頼者である友人に対し、嫌悪の感情を抱かざるを得なかった。