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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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第五章 旗本一千鬼2

 葦原 鉄生(あしはら・てっしょう)は鬼鎧を前に、途方に暮れていた。
 瑞穂からの西軍の誘いがあってきてみたものの、義理や信念からではなく、日輪家の莫
大な財産を背景とした鬼鎧の資金援助があったからだ。
 しかし、それは、義や正義を重んじる瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)からは確実な信頼を得るには遠い。
「だからって魁正クンも、こんな左翼に陣を引くとはね。ボクらを突撃隊とでも思ってるんだろうかね」
 今か今かと機会を伺っていると、彼らに向かって山から下りてくる一行があった。
 葦原 祈姫(あしはらの・おりひめ)たちだった。
「お……とうさま」
 彼女は実の父に向かってようやく言葉にした。
「鬼鎧を……私たちにお貸しください。彼らには必要なんです」
「誰?」
 鉄生は首をかしげた。
 遠くで大筒の音が聞こえる。
 先ヶ原村は主戦場となっていることだろう。
「ごめん、僕ら急いでるからね。話ならあとでね」
「まってください。貴方はご自分の娘さんのことも忘れてしまったんですか」
 先を急ごうとする鉄生をセルマ・アリス(せるま・ありす)が遮る。
 しかし、鉄生は冷ややかな顔をするだけだった。
「娘? ああ、僕には娘がいたかもしれない。でも、この娘じゃない。キミは誰かな? 本当は、この時代にいない人間じゃないかな?
 祈姫の顔がみるみる赤くなる。
 周りの者は驚いて祈姫を見た。
「ええ、そうです。私は……でも貴方が、お父さまが、私を過去へ送り込んだんじゃないですか」
「え?」
 今度は鉄生が視線を集める番だった。
「なるほど、そうかもしれないね。僕ぐらいかもね。それができるのも……」
 鉄生はぴたりと額を手で抑える。
「キミを初めて見かけたとき、その巨大な御筆先を見てピンときた。あれは1185年の冬だったかな。僕の娘は本当なら、まだ数えで七つだったはずだ。それがキミが現れて、いきなり十四、五歳の少女になった。あれからずっと、何が起きたのか考えたよ。きっと、父上も気づいていただろうけどね」
 鉄男は彼女に向かって指差した。
 いつにない激しい口調であった。
「結論はこうだ。キミが祈姫を、1185年のあの娘を取り込んだんだ!」
「……!」
 祈姫は唇をかみしめる。
「だって、そうしなければ……噴花で葦原の民が……」
「それはどういうことだ?」
 七篠 類(ななしの・たぐい)は、葦原鉄生と葦原祈姫とよばれる少女を互いに見比べていた。
 今の話は何が何だかわからない。
 しかし、彼は以前にも似た、不穏な空気を感じていた。
 ざわざわと木々がなびき、『鬼の仮面』の笑い声が聞こえてくる。

 葦原祈姫は葦原の民を見捨てた――

 鉄生から別の声が発せられた。
 祈姫は涙をこらえながら、違う、違うと叫んでいた。
「祈姫をいじめて動揺を誘ってるのか。鉄生そのものに仮面が乗り移ろうとしている!?」
 鉄生の体には黒い霧のような影がまとわりついている。
 それが次第に濃くなり、ハッキリとした鬼の顔になった。
「鬼の影が……! 引きずり出してやる!!」
 類は短刀を隠し持ち近づいた。
 生き物を石にするという短刀だ。
 類は隙ができるのを待つ。
 麻篭 由紀也(あさかご・ゆきや)が背後から現れた。
 由紀也は『この場所』『この時』を待っていた。
「鬼の影だか何だか知らないが、幽霊のような奴に、勝手に歴史や国を変えられてたまるものか!」
 相手の実体はわからない。
 実体があるのかどうかも疑わしい。
 類と由紀也が前後から挟むように近づく。
 二人は一斉にとびかかり、類は短刀を突き立てようとした。
 ……が、鬼の仮面は逃げるどころか鉄生の左胸に移り、離れようとはしなかった。
 心臓に突き立てろと言わんばかりだった。
「鉄生を、盾に取るなんて汚いぞ!」
 鬼が笑う。

「そちらの行いなどすべてお見通し。わらわを討とうなど一千年早いわ」

「どこからかの声? これが、鬼の声ですか?」
 自ら申し出て鉄生のもとへ身を寄せていたマホロバ人の和泉 暮流(いずみ・くれる)が耳を澄ます。
「鬼にも人を傷つける鬼と、そうでない鬼がいるということを私自身が証明してみせましょう」
 そういうと、暮流は『鬼神力』を発揮し、身を投げ出した。
「私にも鬼の血が流れているのだ!」
 鬼の仮面――鉄生の動きが一瞬鈍くなった。
 暮流は瀬田 沙耶(せた・さや)に向かって言い放つ。
「さあ、私が押さえているうちに鬼を捕まえてください。頼む!」
「え……暮流に頼まれるなんて、思ってもいませんでしたけど」
 沙耶は面喰いながらも、由紀也たちに指摘していた。
「今まで、鬼が直接手を下したことはないんじゃないかしら。だとしたら、わたくしたちができることは、『巻き込まれる人々を救うこと』ですわ」
 沙耶の言葉に度会 鈴鹿(わたらい・すずか)がはっとしたように祈姫を見た。
「そうだわ。芦原城で出会った鬼の仮面の正体……鬼子母帝様は、多くの子を失った痛みを抱えているに違いない。そして、葦原の民を失ったという祈姫の痛みを呼び起こそうとしている!」
 鈴鹿は祈姫を鉄生の傍から引き離した。
「失ったものを、悲しみだけを思い出してはだめ」
 祈姫は苦しそうに息をしている。
 鈴鹿は鉄生から離れようとしない鬼子母帝に向かって呼びかけていた。
鬼城 貞康(きじょう・さだやす)が率いる鬼鎧一千機とは、貴女様が千の鬼を失うのと同じ意味。そうですよね? 」
 鈴鹿の問いに、鬼子母帝は答える。

誇り高い鬼が人間の道具に成り果てる……そんな世界が許されようか

「それはちがうぞ!」

 酒杜 陽一(さかもり・よういち)朱天童子(しゅてん・どうじ)を連れ立って叫んだ。
「朱天たちは自ら望んだ。自分のため、国のため。生きるために。人間は彼らを道具になんかしない。俺たちがそうさせやしない!」
 マホロバ幕府の監視のもと、迫害され続けた鬼たちがいるのを陽一は知っている。
 彼らを救う手だてが、この歴史の中にあるかもしれないと考えた。
「そうよ! マホロバの人々に、世のため人のために我が身を捧げて戦った鬼達の献身と活躍は、数千年後の先まで語られるんだから!」
 酒杜 美由子(さかもり・みゆこ)が両手を広げる。
「私がそうするんだから。貴女こそ、彼らの邪魔をしないでよ!」
 鉄生の歯ぎしりする音が聞こえる。
「鬼達が滅びゆくのを見ている事しか出来ぬのは、歯痒いことだろうな」
 織部 イル(おりべ・いる)が手を伸ばす。
 朱天童子の身体が、硬直している。
「そなたはその母の想いを知ってもなお、鬼鎧となりたいか。母の嘆きが聞こえぬか」
 朱天童子はここへ来る前に出会った鬼城 珠寿姫(きじょうの・すずひめ)という少女から、鬼鎧になるのをとどまるように言われたことを思い出した。
 彼女が生まれた時代では、鬼はもう殆ど残っていないという。
「我は……」

 嘆き、悲しみ、喪失感。

 そういったものが、その戦場を支配しようとしていた。
 それを破るものの存在が必要だった。
 東軍の大筒が鳴る。
 鬼城からの合図だ。
 鉄生が急に笑い出した。
 鬼子母帝の声が重なる。
「良い時間稼ぎだのう、もう遅い。東軍は負ける。貞康は死ぬ。さすれば、人間の世は続かぬ。マホロバを鬼のもとへ返すがよい!」
 鉄生が手招きをするほうへ朱天童子と鬼たちが一歩、また一歩と踏み出す。
 鉄生を取り巻く影がいっそう大きくなった。
「だめよ! そこへ行けば敵の思うつぼ。歴史が……時が、断絶してしまう!」
 イコン南斗星君に搭乗した宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が行く手を阻む。
 同乗しているイオテス・サイフォード(いおてす・さいふぉーど)がモニター越しにあたりを伺っていた。
「異変発生源の特定を急ぎましょう。きっとどこからか、わたくしたちのことを覗き見ているはずです」
「花びら……?」
 祥子の目の前を一枚の花弁が漂った。
 幻覚、見間違えかもしれない。
 しかし、彼女は以前にも見覚えがあった。
 扶桑の噴花で起きた花弁は、ただの桜の花びらではない。
 輪廻転生をもたらせた、いわば時を超え、場所を超えて命を運ぶものだ。
「……そこかっ!!」
 南斗星君から【試作型カットアウトグレネード】が撃ち込まれる。
 威力の低い対イコン手榴弾だが、特殊な磁場干渉波を発生させるものだ。
 その場にいたイコン、鬼鎧が瞬間的に機動が乱れる。
 その隙を、彼らは見逃さなかった。
「いまだ!!」
 暮流が鉄生を押さえつけ、類と由紀也が鬼の仮面を引きはがすように武器を突き出した。
「朱天、目覚めろ――!」
 それは、陽一の声だったのか。
 鉄生の声だったのか。
 それとも数千年にわたって流れる鬼の血の記憶だろうか。
 朱天童子の身体ががくんと飛び上がり、皮膚が鋼鉄の鎧へと変わっていく。
 その腹の中心には蒼白く輝く、鬼の魂があった。

「鬼鎧が……お父さま!」
 鉄生は糸の切れた人形のようにその場に倒れた。
 祈姫は、父の口元に満足げな笑みが浮かんでいるのを見逃さなかった。
「お父さまは、完成した鬼鎧を見れてうれしいの? 私より……」
 その時、彼女たちの身体は大きく揺れた。
「祈姫さん、大丈夫!?」
 東軍陣営から駆け付けていたのは、東雲 秋日子(しののめ・あきひこ)要・ハーヴェンス(かなめ・はーう゛ぇんす)であった。
 祈姫軍の様子が気になり、山を越えてきたのだ。
「祈姫さんはなんとしても守って見せる! 秋日子くん、手を!」
 要はかばうように、秋日子とともに祈姫に覆いかぶさった。
 磁場の乱れは予想以上に乱れ、視界は揺れる。
 身体は石のように重くなり立っているもの怪しい。
 祈姫は、息をするもの苦しそうに筆によりかかり、両手に持ち直した。
「どいてください。『時空の月』で裂け目を閉ざします」
「待って、それはやめて!」
 秋日子は祈姫を必死に止める。
「私の時代の、葦原 房姫(あしはらの・ふさひめ)様の御筆先が白紙になったの! 前はちゃんと出てたのに。きっと、書けないことが起きたからだよ! この時代の神子――貴女自身の身に!!」
「え……?」
 祈姫は驚いたように秋日子を見た。
「その力は何のためのものなの? 本当は……使っちゃいけないものなんじゃない?」
 秋日子は「房姫と祈姫は、過去と未来をつなぐように、御筆先でつながっているのではない?」といった。
「だからね、祈姫さんは自分たちが守ります」と、要。
「……そういうこと。だから、鬼子母帝だっけ? この声が聞こえてるんだったら、歴史を変えて未来を変えようってのも、やめてよね!」
 秋日子は花びらに向かって叫んだ。
「未来でこれから出会う人たち……決して幸せとはいえないかもだけど、未来のマホロバで……扶桑の噴花のために作られた遊郭の人たちの想いとかを、なかったものになんてできないよ!!」
 花びらが氷のように固まり、割れた。
 きらきらと砕け散ると同時に、磁場の乱れがおさまってゆく。
 鬼鎧となった朱天童子が前に進み出た。
「そう、主のもとへ行きたいのね」
 鉄生が彼なりの信念で葦原の命運を鬼鎧に託そうとしていたことを、祈姫はわかる術はなった。