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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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【戦国マホロバ】参の巻 先ヶ原の合戦

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第五章 旗本一千鬼3

【マホロバ暦1190年(西暦530年) 9月15日16:57】
 西軍 瑞穂魁正の陣――


 夕刻には、先が原一帯には再び冷たい雨が降っていた。
 葦原が東軍に味方に付いたことは明らかであった。
 鬼鎧を得て勢いづくままの西軍は進撃を続ける。
 西軍は大混乱となり、将兵は散り散りとなった。
 敗将たちは必死に林を抜け、山中へと退く。
 瑞穂 魁正(みずほの・かいせい)はわずかな兵とともに落ち延びていた。

「なぜ人が人ではなく、鬼の味方をするのだ。これも、俺の誤算だというのか」
 魁正ははなから、人同士が手を取り合ってマホロバを発展させるべきであると。
 当然、他人もそのように考えているものだと思っていた。
 鬼が人のために自らを犠牲にすることはないと決め込んでいた。
「これでは、鬼一族にマホロバの地を乗っ取られてしまう。マホロバの土から離れられない鬼が、外の世界のことなど考えるものか。マホロバ人が雲海の外へ飛び出し、異国と自在に渡りあっていくという、俺の夢も……潰えるか」
 味方の裏切りと夢の終焉という現実を突き付けられ、瑞穂軍陣営ではどこからかすすり泣きの声が聞こえる。
 誰もが玉砕覚悟を、その果ての死を決め込んだときだ。
 ひそかに彼らを引き入れる人物がいた。
「……誰!?」
 魁正の護衛として行動を共にしていたカトリーン・ファン・ダイク(かとりーん・ふぁんだいく)が気付いた。
 明智 珠(あけち・たま)が雨の中、目を凝らす。
 魁正にはその人物には心当たりがなかったが、派手な羽織の下に黒い長衣を着込み、十字架のネックレス、小さいマント、太い縄のベルトという出で立ちを見て、とっさに敵ではないと考えた。
「私は馳倉 六左衛門常永(はせくら・ろくざえもんつねなが)と申します。私の主君は伊建 正宗(だて・まさむね)様です」
「ハセクラ? 伊建だと!? 東軍の将ではないか!」
 西軍の武将たちの間に緊張が走る。
 伊建家は奥東地方に勢力をもつ大名で、先が原では東軍として貞康についていた。
 魁正は槍を手にとったところを、常永が口元に指をあてた。
「お静かに。わが君は今は東軍に加勢しているとはいえ、鬼の下につくようなか弱い子竜ではございません。鬼の喉元に食らいつく竜です」
 馳倉常永と名乗る男は、天に十字を切った。
「天下というものは転がりやすいもの。たとえ鬼城が天下を治めたとして、異国の大艦隊が大砲の一つ二つ撃ち込めばひっくり返せようと、わが君はおっしゃっております」
 異国の艦隊の話は聞いたことがある。
 そのようなものがマホロバに押し寄せたら、どうなることであろう。
 カトリーンが魁正を押しとどめた。
「魁正様、瑞穂の国は現代まで続いているのです。たとえ今が負け戦であろうと、ここで何もかもお終いではないわ。希望はあるのよ。玉砕なんて……切腹なんてもってのほかよ」
 珠も、魁正が答えるより先に、馳倉に丁寧に挨拶を返した。
「貴方様は、神が御遣わしになった使者なのでしょうか。これもわたくしたちへのご加護……香姫様がお守りくださっているのでは? 魁正様、瑞穂の国の血は、まだ絶えておりませぬ。何としてもお守りいたします」
 常永は白い歯を見せて笑ってみせた。
「私はわが君の命を受け、使節としてエリュシオン帝国の大帝に謁見してきます。貴方様は、ここであきらめて仕舞われるにはまだ早い。鬼を退治する方法があるはず……」
 十字架のネックレスが、雨に濡れて鈍く光っていた。
「そこの姉ちゃんたちの言うとおりやな。魁正、わかっとるやろうが、西軍は全滅したわけやないで」
 瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が腕を組んだまま戦況を睨んでいた。
「それにな、あんたは、歴史と戦こうとるんや」
「俺も自分の目で見て、耳で聞かねば納得できん」
 魁正の握るこぶしが震えていた。
「未来人がいくら先の世を告げても、今を生きる者にとっては、この瞬間が全てなのだ。例え、未来に行けば助かるといわれようと、俺は御免こうむる。家臣、領民、今まで生きてきた自分自身を捨てた、そんな未来に何がある? 何も背負うものがないから、そのようなことが言えるのだろう。背負うものを含めて、俺は俺なのだ」
「まあ、好きにせいや。ただ、勝手に歴史を変えようとするアホを許しちゃおけんちゅー話や……歴史に負けんなよ」
「わかった」
「大きな流れだから修正されるんですよ。では、小さいものだったら?」
 と、鬼久保 偲(おにくぼ・しのぶ)は、雨水を救った手を魁正に差し出す。
「たとえば、この水をこぼして、戦争が起きたりするでしょうか。それはともかく……この地祇が、人質にでも影武者にでもなんでもなりますから」
「だれが人質だー! 勝手に決めんなよ!!」
 扶桑の木付近の橋の精 一条(ふそうのきふきんのはしのせい・いちじょう)は、そういいつつもまんざらではなさそうだった。
「まあ、まかしてくれよ」
 一条はそういって、にこりと笑って見せた。