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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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【歪な侵略者】鏡の国の戦争(第1回/全3回)

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鏡の国の戦争 2


 月明かりでは、夜の海の中を見通すことはできない。
 ほんの数メートル前を泳ぐ人の影も、瞬きをしている間に消えそうな夜の海をジェイコブ・バウアー(じぇいこぶ・ばうあー)は進んでいた。
「ふぅ、生きた心地がしないな」
 海面から顔を出す、まだ日の出には時間は十分にありそうだ。手元の時計で時間を確認し、待機していたボートに乗り込む。
「お疲れ様、うまくいきそう?」
 フィリシア・レイスリー(ふぃりしあ・れいすりー)が熱いスープの入ったマグカップを差し出す。
「計算上はな、だが実地調査ができるのは作戦のあとになる、うまくいってる事を祈るしかないな」
 羽田にある国際空港に通ってる道はいくつもある。そのうち、川底を走っているトンネルを爆破し、使用不可能にする事で迅速な援軍や退避などを阻害しようというのだ。
 事前に爆薬の量や設置地点は入念に計算したが、それでも実際にやってみた結果がそれに沿うかどうかはわからない。
「請求書が薄くなるように、できる限りの事はやったさ」
「復旧の事を考えて壊しすぎないってのは、今更な気もしますわ」
「取り戻すが目的なら、そうするのは何も不自然な事ではないだろう」
 スープで体を温めてから、ジェイコブは潜水用の装備を脱ぎ捨て、普段の格好に戻った。少し潜ったくらいでは、今日の任務は終わらないのだ。
 作戦開始の時間を待ち、部隊の上陸の報告を受けてから仕掛けた爆薬を起爆させた。水を伝わって振動が届き、爆薬が命令通りに仕事をした事が確認される。
「うまく崩れたかしら?」
 トンネル内が水で埋まらないよう、崩した瓦礫が水の浸入をせき止めるように考えて爆薬は設置されている。
「うまくいったさ。さて部隊に合流するか」



 決められた経路を、決められた時間をかけて歩いて回る。見張りや警戒と呼ばれる役割は、その重要性に対して刺激の少ない仕事だ。
 まして、陸地を見ているのならまだしも、景色のほとんど変わらない海を見ているのは、退屈でつまらないものである。
 そんな事を考えていたからか否かはわからないが、あくびをかみ殺しながら退屈な巡回をしていたゴブリンが崩れ落ちるのを、目撃した仲間は誰一人居なかった。
「クリアー」
 ローザマリア・クライツァール(ろーざまりあ・くらいつぁーる)はゆっくりと横たえたゴブリンの亡骸の位置を部下に示すと、慎重に先へ進んだ。
 彼女の髪が濡れていたのは、海からこの空港へ侵入したからだ。
「思ったよりは、手薄でしたね」
 エシク・ジョーザ・ボルチェ(えしくじょーざ・ぼるちぇ)はローザマリアに続いて進む。
「そうね。こっちのコリマさんの話だと、そもそも攻め込まれるって経験が足りないんだと思うわ」
「なるほど、経験不足はそう簡単には補えませんか」
 この空港の防衛はローザマリアには飾りのようにさえ思えた。危機感が足りないから、監視の目も効率もなおざりになっているのだろう。
「これなら、少しは余裕を持って活動できるはずよ。けど、時間は大事にね」
「わかりました。では、後ほど」

「さすがに、こちらは息遣いを感じるな」
「機械の動く音と、足音ですね」
 グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダー(ぐろりあーならいざ・ぶーりんてゅーだー)上杉 菊(うえすぎ・きく)は隊員と共に、新整備場を進んでいた。
 人が使っていた頃よりも、行きかう飛行機の量が少なくなった空港はしんと静まり返っていたが、二人が添って進んでいる建物の中からは確かに何かが居る気配を感じさせている。
 二人はその建物を通り過ぎ、既に整備の終わり休んでいる航空機が並んでいる地点まで進んだ。
「さて、狼煙をあげる時間だな」
 静かに引かれた菊の対イコン用爆弾弓が放たれる。旅客機の翼の根元に突き刺さった矢は、それまでの静寂を飲み込むかのように爆発した。
 赤々とした炎が先行上陸した特殊部隊、海兵隊強襲偵察群の僅かな人数をはっきりと映し出す。
 すぐに警報が鳴り出すが、その音を掻き消すように次々と爆発が起こり、空を飛ぶための鉄の翼がもぎ取られていく。
 爆発の音に紛れて、輸送用のヘリは急ぐようにローターを回転させていた。
「逃がすか!」
 グロリアーナがそのヘリに向かって駆ける。だが後一歩、あるいは間一髪でヘリは空中へ飛び上がった。
「逃げられたか、ん?」
 安全を確保したと思ったからか、あるいは単に鈍重なだけなのかヘリはゆっくりと向きを変えていた。そこに、細長いシルエットが突き刺さる。
 輸送ヘリははるか上空で、花火のように爆発した。
「後ろも、張り切っていらっしゃるみたいですね」
「そのようだな」

「鈍重な輸送機では、ひとたまりもないでありますな」
 リリ マル(りり・まる)は空中で爆発した敵の輸送ヘリの様子にそう感想を漏らした。
 ミサイルが発射され、飛び上がった輸送ヘリに突き刺さるまでの一部始終を船上から眺めていたのだ。
「相手がこっちの武装を利用してるから、というのもあるんでしょうけど、こういうのを見ていると人間側が一方的に負けてるというのも不思議に思えますね」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)は双眼鏡から目を離した。
 人間の武装がダエーヴァに劣っているからの劣勢ではないのは、彼等が人間の兵器を鹵獲して利用している事からも明らかだ。現状の差の大きな要因は、兵士育成速度の差である。
 一人前の兵士を育成する時間を無視し、素質と訓練を要するパイロットを怪物化で補う。なんて事をやられれば、例え最初は同等の戦力でも人間の方が早く音をあげる事になるのは明白だ。
「しかし、おかげで暇でありますな。こう、寄ってくる敵をばっさばっさとなぎ倒すイメージを浮かべていたのでありますが」
「今は相手も状況整理している段階ですし、手を打つのはもう少しあとだと思いますよ。それに、海上や海中の戦力は用意してないみたいですしね」
 そうでなくては、ジェイコブの工作にGOサインが出る事はないだろう。ダエーヴァの怪物が、何かしらのモチーフを用意しているので海の化け物が作れないわけでないと考えられるが、日本においては不必要と考えているのだろう。
 海を渡らずに空からやってきたので海上戦力を揃えておく必要は無かった。というのが一般論だろうか。
「それに、私達はあくまで非常時の備え。楽できてよかったね、とあとで嫌味を言われるぐらいが丁度いいんですよ」
「そうでありますな。海上に対する備えが万全であれば、そもそも奇襲は成立しないであります」
「そういう事です」

「頭上を見上げる必要は無いようですね」
 夜霧 朔(よぎり・さく)の前方遠くに、炎を纏ったヘリが落ちていくのが見えた。軍用ではなく、テレビの空撮などに使われていた小型のヘリだろう。こういうのもここに集めて管理していたようだ。
 頭上の花火は、自衛隊の艦艇からの援護によるものだ。地上への奇襲は見事といっていいほど鮮やかに決まり、後続である彼女達が上陸した時点での戦況は一方的となっていた。
「空にあがったらさ、間違って狙われたりしないよね?」
 どこまで本気で朝霧 栞(あさぎり・しおり)は言っているのか、朔は判断に迷った。
「その時はきっと、労災が降りるので大丈夫です」
「何も大丈夫じゃねーよ!」
 場を和ますためのジョークなのか、それとも本気で言っているのか栞には判別できなかった。
「高度と敵航空機との距離気を使えば大丈夫だと思われます。地上が優勢で航空機のほとんどは飛び上がれていませんから、地上の援護をお願いします」
「最初からそう言ってよ」
 女神イナンナの豊穣の力を借りて、栞は空中へと進んだ。言われた通り、高度を取り過ぎないよう注意する。
 空から見ると、ダエーヴァの統率が取れていない事や、まだ少数とは言え上陸した国連軍側が対照的に統率の取れた行動を行っている事、そして既に多くの航空機を半壊させるという成果があがっている事などが一目でわかった。
「うわー、これだけやって撤収するだけでもかなり効果的だよな」
 このまま、まともな反撃をさせる前に撤収しても破壊工作としては十分だろう。
「けどこっから、敵を引きずりだすまでやらないといけないんだよな」
 まだ夜明け前。
 陽動を目的としたこの作戦の成否は、これから決まるのだ。

 同時刻、空港ターミナル職員通路。
「人の敷地で好き勝手やりおって」
 明かりの無い空港ターミナルで足を止める事なく、一頭のワーウルフが苛立った様子で進んでいく。明かりを灯しているのは、人間が働いているごく一部の場所だけで、夜目の効く彼らには不必要な設備なのだ。
 そのワーウルフは、今までに契約者の前に立ちはだかった個体とそう違いは無い。特徴とすれば、海賊のように斜めにかけた黒い眼帯だろうか。
「いかがしますか、タパハ様?」
 それに付き従うのは、人間だ。頭髪も髭も真っ白になるほどの年月を積んでなお、背筋を伸ばし空港職員の制服を着込んでいる。
「ともかく、状況を確認しできる事をするしかあるまい。恐らく、先日の我らの進軍を阻んだ、オリジンの戦士どもが主軸なのだろう。先日の戦いには参加してないが、その実力は我が兄弟と同格、あるいはそれ以上とも聞く」
 早足で進むタパハについていく人間、久保田は徐々に離されていく。しばらく進んだところでタパハは足を止め、振り返った。
「急げ。奴らは海上に船を浮かべている、おそらくここももう射程内だろう。奴らがこの空港を欲しいと欲を出しているうちに、基盤を固める必要がある、時間はないぞ」