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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【十一 関羽、立つ】

 第八旅団内に、動揺の波が吹き荒れていた。
 ヴラデルは流石にもう、これ以上はどうにもならぬと判断したのか、金鋭峰に対する団長職返上の声明発表は撤回し、関羽将軍への責任追及も取り下げる旨を正式に発表した。
 のみならず、ヴラデルはヒラニプラ家の名代として、スティーブンス准将に与えられた第八旅団指揮官としての権限を一切剥奪し、これを関羽将軍に回復するという通達を、第八旅団内に発令したのである。
 スティーブンス准将失脚、並びに関羽将軍の復権が同時進行し、前線基地内は混乱の極みにあった。
 そんな中、唯一乱れの無い行動を見せている隊がある。ルカルカ率いる陸戦隊であった。
『准将の企ては白日の下に晒され、団長罷免の要求も撤回された! 正義は我等に! いざ起てて、獅子の旗の下に!』
 ルカルカが、仲間達に合図となる檄文を無線上に放った。
 作戦発動を受け、第八旅団側の兵員として戦闘に加わっていたエールヴァント・フォルケン(えーるう゛ぁんと・ふぉるけん)アルフ・シュライア(あるふ・しゅらいあ)が、動揺して動きを止める他の一般シャンバラ兵達を尻目に、戦線を離脱してゆく。
 ふたりが走る先は、ルカルカが編成し直した反攻部隊であった。
 一方、エルゼル駐屯部隊側からも、大勢のコントラクター達がルカルカの反攻部隊に合流せんと、廃墟と化した街中を疾駆してくる姿がそこかしこで見られた。
 その中で最も早く到着したのは董 蓮華(ただす・れんげ)スティンガー・ホーク(すてぃんがー・ほーく)アル サハラ(ある・さはら)の三人であった。
「やぁ、早かったですね。他の方々は?」
「こっちに向かっている最中よ。ただ、リジッド兵とか龍騎士なんかとの位置関係が悪くて、中にはすぐに合流出来ないメンバーが居るかも」
 エールヴァントに出迎えられる格好となった蓮華は、幾分心配げな様子で、黒煙がそこかしこから上がっているエルゼル市街に振り向いた。


     * * *


 蓮華の不安は、的中していた。
 同じくエルゼル駐屯部隊から反攻部隊への合流を目指していたエースやあゆみといった面々が、ヘッドマッシャーと遭遇し、苦戦を強いられていたのである。
「んもぅ〜! こんなことしてる場合じゃないのに〜!」
 ヘッドマッシャーのブレードロッドを必死にかわしながら、あゆみは半ば悲鳴に近い叫びをあげた。
 一方、エース達は対ヘッドマッシャー戦はそれなりに想定していた為、対処する分には困らなかったのだが、矢張りどうしても撃退に時間がかかってしまうのが、最大の難点であった。
 が、その時。
「ほらほら、何やってんのよ、あんた達。行かなきゃいけないとこ、あるんでしょ?」
「このヘッドマッシャーはこちらに任せて、あなた方は先を急ぎなさい」
 セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)が、瓦礫の向こうから飛び出してきて、ヘッドマッシャーと対峙した。
 セレンフィリティもセレアナも、ルカルカの反攻部隊に参加する予定は無い。つまり、時間は幾らでもあるのだ。
「今日はレディに助けられることが多い日だな……でも、感謝するよ。この埋め合わせは、必ずするから」
「良いから、さっさと行っちゃいなって」
 エースの謝辞を笑って受け流しながら、セレンフィリティは両手でハンドガンの二丁流の構えを取った。
 セレアナもセレンフィリティに倣い、合計四門の銃口が揃ったことになる。
「相手がディクテーターならちょっと厄介かなぁって思ったけど、スティミュレーターとかメルテッディンならどうってことないわね」
「セレン、油断は禁物よ。訓練通りに、ね」
 いつもの水着姿ではなく、市街戦用の装備に身を包んでいるふたりの表情は、その気合もいつもとは全く異なっている。
 手始めにセレンフィリティが数発の弾丸を撃ち込んでみたところ、ヘッドマッシャーはブレードロッドで弾道を遮断し、攻撃を回避した。
「こいつ……メルテッディンじゃないわね。ってことは、スティミュレーターね!」
「距離を取るわよ、セレン!」
 モデルによって対処法を変える――対ヘッドマッシャー戦に於いては、これはもうセオリーとして確立されていた。
 しかし、どうにも決定打に欠ける。
 長期戦になれば、体力で勝るヘッドマッシャーが優勢に立つだろう。それだけはどうしても避けたい。セレンフィリティは慌てて周囲を見渡し、比較的余裕のありそうな人員に声をかけた。
「ねぇちょっと、そこのあんた達! こいつ始末するから、ちょっと手を貸してくんない!?」
「ん? こっちに声かけてんのか?」
 呼ばれた恭也は、一瞬自分が名指しされていることを理解出来なかった様子だが、他にそれらしい人影も無い為、取り敢えず走り寄ってくる、という次第であった。
「ヘッドマッシャーか、こいつは良い。第八旅団が妙に手を緩めてきたもんでな、退屈してたんだ」
 恭也の参戦で火力不足はかなり補えたと見て良いが、確実に仕留めようと考えれば、更にあとひとりは欲しいところである。
 そこで恭也は、ブービートラップの発動と監視がおおよそ完了している吹雪に、無線で声をかけた。
『ヘッドマッシャーでありますか?』
「そそ。どうせ、暇してんだろ?」
 およそ戦場には似つかわしくない軽いやり取りだが、恭也も吹雪も、実力者といって差し支えない。この程度の余裕があるのは、寧ろ当然であった。
 セレンフィリティとセレアナの側から見ても、対リジッド兵であれだけの猛威を振るった恭也と吹雪の参戦は大いに歓迎すべきところであった。
『まだ発動していない爆破系の罠が二時の方向に残っているであります。そちらに、誘導を』
「ほいきた。任せな」
 吹雪からの要請を、恭也は素早い手信号でセレンフィリティとセレアナに送る。ふたりも心得たもので、恭也の指示を即座に理解した。
 それから、きっかり三分後。
 幾つかの小爆発が大気を響かせ、十数発の銃撃音が連続したところで、件のヘッドマッシャーは全ての機能を停止し、廃墟の中に仰臥した。


     * * *


 第八旅団の前線基地内では、関羽将軍がルカルカ率いる反攻部隊を従える形で、スティーブンス准将が拠点として利用している司令官用テントへと急行していた。
「ミゲル・スティーブンス准将! そなたを国家反逆罪の容疑で逮捕する!」
 正式に第八旅団の長に返り咲いた関羽将軍の後ろには、ルカルカの反攻部隊のみならず、大勢の一般シャンバラ兵達も付き従っている。
 どうやら彼らも、スティーブンス准将の指揮下に置かれていることに不満を抱いていたらしく、こうして関羽将軍が復権したことを、諸手を挙げて喜んでいる様子だった。
 対するスティーブンス准将は、司令官用テント前で迫り来る一団を冷ややかな目つきで出迎えた。
 その後ろには、ザレスマン率いるリジッド兵が臨戦態勢を取って控えている。
 スティーブンス准将がおとなしく捕縛される筈もないことを、この光景だけで雄弁に物語っていた。
 一方、関羽将軍以下、最初から第八旅団として行動していた者や、エルゼル駐屯部隊側から正式に第八旅団への復帰を果たした者達は、スティーブンス准将のB.E.D.を警戒し、即座に接近戦を仕掛けられる態勢を取ろうとしている。
 至近距離での戦いに持ち込みさえすれば、何も怖い相手ではない。
 だが、准将がリジッド兵などを上手く活用して間合いを取れば、逆にコントラクターの側が圧倒的な不利を強いられることとなる。
 勝負は、まさに一瞬で決まるだろう。
「将軍閣下……」
「逸るな、大尉。甲賀准尉の報告によれば、B.E.D.は発動から効果が出始めるまでに、若干のタイムラグがあるらしい。大尉の脚なら十分、奴の懐に飛び込める余裕がある筈だ」
 関羽将軍は小声で、傍らのルカルカに特攻タイミングを見計らうよう指示を出す。
 他にも、接近速度に自信のある者は、ルカルカに続いて間合いを詰めるよう、態勢を整えていた。
 ところが――。
「うわぁっ!」
 突然、エールヴァントが真横から突っ込んできた衝撃に耐え切れず、他の一般シャンバラ兵もろとも、大空へ巻き上げられて弾き飛ばされた。
 すぐ隣に居た蓮華とスティンガーは辛うじてかわしたが、アルはナノマシン拡散状態が災いし、衝撃波によってエールヴァント以上の距離を飛ばされる憂き目に遭ってしまった。
「くっ……龍騎士!?」
 蓮華が、その面に緊張の色を浮かべて短く吼えた。
 冥泉龍騎士団のラヴァンセン伯爵が、前方のスティーブンス准将に気を取られていた関羽将軍の一団に、奇襲を加えてきたのである。
 ラヴァンセン伯爵の出現で、関羽将軍に付き従う一般シャンバラ兵の間に恐慌が吹き荒れた。
 矢張り龍騎士の存在感というものは、ヘッドマッシャーやリジッド兵などとはひと味もふた味も違うということであろう。
「拙いな……法的正義はこちらに戻っても、実力面で圧倒されている」
 ダリルが珍しく、焦りの色を浮かべて低く唸った。
 関羽将軍やレオンの立場が正式に回復し、道義的にも世論的にも正義を取り戻せたところまでは良かったのだが、実質的な戦力という面では、まだまだスティーブンス准将側に利があるのが現実であった。


     * * *


 前線基地内の貴人用テント内。
「ヴラデル様!」
 玲奈は、迫り来るブレードロッドの猛威から何とかヴラデルを守ろうと必死だった。
 足元には、直前に叩きのめされた玄白の昏倒した姿がある。玲奈は、共にヴラデルを守ろうと防衛陣形を取る馬超やハデス、或いは鈿女といった面々と共に、恐るべき敵と対峙していた。
 その恐るべき敵とは即ち、ヘッドマッシャーとしての本性を露わにした御鏡中佐であった。
「ヴラデル閣下……大変申し訳ないが、あなたは色々と余計なことまで知り過ぎているのでね……敵に廻った以上は、始末せざるを得ませんな」
 淡々と殺害予告を述べる御鏡中佐に対し、ヴラデルは恐怖で真っ青になった顔を硬直させた。
 玲奈とハデス、そして十六凪といった辺りは、ヘッドマッシャーとの戦闘はこれが事実上、初めてである。
 各モデルの対処法は既に公式文書としてネット上にも公開されているのだが、矢張り知識として知っているだけの者と、実際に刃を交えるのとでは大きな違いがあった。
「ククク……ヘッドマッシャーよ、我らオリュンポスが貴様ら如きに屈するなどと思ったら、それは大間違いだぞ!」
 ハデスはこの期に及んでも、根拠の無い自信で大きく胸を反らす。
 ここまでくると、もう見事なハッタリ精神だと褒める以外に無いだろう。
 だが実際のところは、窮地に追い込まれているといって良い。
 十六凪が、彼の特徴でもある飄々とした表情を消し去り、その面に緊張の色を張りつかせている点を見ても、この状況が如何に絶望的であるのかが理解出来る。
『鈿女、一体どうした! 大丈夫か!?』
 無線機を通じて、コア・ハーティオンの案ずる声が飛び込んでくるが、鈿女はブレードロッドの嵐に対処するだけで精一杯であり、通信に応じるだけの余裕が無かった。
 そして――。
「っ……! こ、これは……!」
 不意に玲奈が、全身をがくがくと震わせてその場に崩れ落ちた。
 意識はあるのだが、体が思うように動かない。
 他の面々も、同様であった。いずれも全身の自由を奪われ、その場に次々と倒れてゆく。
 もしやB.E.D.が発動したのか、と誰もが思ったが、意識があるということは、何か別の力が働いていると見て良かった。
「ご苦労。これで、無駄な労力が省ける」
 御鏡中佐は背後を振り向き、しびれ粉を散布していた刹那に酷薄そうな笑みを浮かべた。
 玲奈も鈿女も、しまった、と己の甘さを呪うばかりである。
 護衛とはいっても、実質的にはただの小間使い程度の実力しか無かった己の無力さを、嫌という程に痛感せざるを得なかった。
「それでは、ヴラデル・アジェン殿。短いお付き合いでしたが、諸々、ありがとうございました」
 直後。
 ヴラデルの頭部がブレードロッドに巻き取られ、大量の血飛沫を撒き散らして、ほとんど一瞬にして削り潰されてしまった。