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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【九 アレスターの真実】

 朱鷺とシュバルツヴァルドが、マルセランとスティミュレーターを相手に廻して苦戦を強いられている頃。
 全く別のポイントでは、所属する勢力が逆転しての、これまた同じような一方的展開が見られた。
 劣勢に陥っているのは辿楼院 刹那(てんろういん・せつな)であり、逆に優勢に立っているのは五十嵐 理沙(いがらし・りさ)セレスティア・エンジュ(せれすてぃあ・えんじゅ)九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)斑目 カンナ(まだらめ・かんな)、そしてジェライザ・ローズ配下の偽乳特戦隊という面々であった。
 ところはエルゼル駐屯基地内の、ジェニファーの個室内。
 刹那は大胆にも、ジェニファー個人を狙う為に敢えて危険を冒して、ジェニファーの個室へと忍び込んできていたのだ。
 だが刹那は本音のところをいえば、コントラクターと戦いにきたのではなく、ジェニファー暗殺の為に動いていたのである。
 しかし刹那がカモフラージュに利用しようとしていたマルセランは朱鷺、及びシュバルツヴァルドとの戦いに興じてしまったが為に、止む無く刹那自身がジェニファー暗殺に動かなくてはならなくなったのだ。
 ところがジェニファー側には、慰問の為に訪れていたワイヴァーンドールズのふたり、理沙とセレスティアが護衛として張りついていた他、街中での医療活動がひと息ついたジェライザ・ローズ達もジェニファーと連絡を取り、駆けつけてきたところで刹那の襲撃に遭遇した、というのが大まかな流れであった。
 毒や痺れ薬の類を空中に散布してから襲いかかるという刹那のいつもの攻撃手段は、発想そのものに於いては特に問題らしい問題は見当たらない。
 ただ今回は、相手が悪かった。
 ジェライザ・ローズは医学の達人であり、毒物や肉体に悪影響を与える薬品への対処はプロ中のプロであったし、セレスティアも日頃は回復役等を担当することが多い為、肉体異常を発生させる攻撃への対抗措置は、誰よりも速く、そして敏感だった。
 いわば刹那にとっては、天敵のような技量を持つ者がふたりも揃っている上に、数でも完全に圧倒されてしまう形となっていた。
 こんな情勢では到底勝ち目などあろう筈も無く、最初から決定的に失敗する形で撤退せざるを得なくなってしまった。
 但し刹那は全く手も足も出なかったという訳ではなく、ジェライザ・ローズに結構強烈な一撃を喰らわせてみたりもしたのだが、当のジェライザ・ローズは、
「今のは痛かった……痛かったぞーーーーーーーーーーーーーッ!」
 などと恐ろしく激昂し、却って手の付けようがなくなった。
 ともあれ、刹那を退けた理沙、セレスティア、ジェライザ・ローズ、カンナ、そして偽乳特戦隊の総勢九名にも及ぶジェニファー護衛隊は、ひとまず危難が去ったとして、ほっとひと息ついていた。
「それにしても、九条先生まで応援に来てくれるなんてね〜。やっぱり女の勘は万国共通、皆が等しく持っているものなのねっ」
「何だ、君も嫌な予感がしてたのか。これは決して奇遇なんかじゃないね。矢張りお互い、ヘッドマッシャー繋がりで縁があったればこそ、ということではないかな」
 ジェライザ・ローズの言葉には、説得力がある。
 襲ってきた刹那もパニッシュ・コープスが元々の雇い主でヘッドマッシャー繋がりであり、そして何より、狙われたジェニファー自身が最もヘッドマッシャーとは因縁深い人物なのである。
 そう考えると、理沙やジェライザ・ローズが感じた予感は、寧ろ経験から得た予測と呼ぶべきものであり、決して偶発的な対応であるとはいえないだろう。
「先生、私が喜びのダンスを踊りましょうか」
「そ、それは次の機会に……」
 偽乳特戦隊のミルクが物凄く乗り気で提案してきたのだが、ジェライザ・ローズは苦笑というよりも、ほとんどドン引きに近い引きつった笑みでやんわりと拒否した。
「えっ、何なに? 喜びのダンス? 何だかすっごく面白そうなんだけど」
「理沙……九条先生が、物凄く嫌そうな顔してるわよ」
 セレスティアが、本当に嫌そうな顔を見せているジェライザ・ローズにぺこぺこと頭を下げているが、理沙はそんなの知ったことではない。
 既に偽乳特戦隊と変なところで意気投合し始めている。誰とでも気さくに仲良くなれるのが、理沙の強みでもあったのだが、今回はどう評価して良いのか難しいところであった。
「それにしてもさ、まさかジェニファーさんが零式電磁波なんてものを身に着けてたとはね。それも驚きではあるけど、あの准将がヘッドマッシャーだったってのは、驚くというよりも、腹が立ってくるね」
 カンナはそういってから、ふと別の疑問に思い至って、改めてジェニファーの端正な面を真正面から覗き込んだ。
「零式電磁波って、どうやって身に着けたんだい? っていうか、それって生物の微細な神経電流で、特定のDNAでしか機能しないって話だけど、どこからそんな着想を?」
 これに対し、ジェニファーはあるものを自身の肉体に投与することで、零式電磁波を体得したと正直に白状した。
 その場の全員が、思わず凍りついてしまったのには、理由がある。
 ジェニファーが己に投与したのは、レイビーズの亜種ともいうべき特殊な毒素だったのだ。
 一方、ジェニファー暗殺に失敗した刹那は、エルゼル駐屯基地の裏側で陽動の為に派手な暴れっぷりを見せていたイブ・シンフォニール(いぶ・しんふぉにーる)と合流し、素早く撤退行動に入った。
「マスター刹那、首尾ノ方ハ?」
「……失敗」
 刹那はこれといった感情を一切見せず、至極淡々と結果だけを告げた。
 イブもまた同じく落胆や残念がる様子など微塵も見せないまま、瓦礫の間を素早く街の外方向へと駆ける刹那の背後に付き従い、周囲を警戒しながら疾駆してゆく。
 戦いである以上は、いずれかが勝ち、いずれかが負ける。
 それが今回は、たまたま刹那の側に負けがついてしまっただけの話である。
 次にまた機会があれば、その時に成功させれば良い――ただそれだけのことであった。


     * * *


 第八旅団の前線基地内。
 ヴラデルに与えられた貴人用テント内で、ドクター・ハデス(どくたー・はです)天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は、ヴラデルにある決断を下すようにと、強く迫っていた。
「手ぬるい! 手ぬるいぞ、ヴラデル・アジェン! 教導団から金鋭峰の影響力を排除したくば、もっと徹底的に叩かねばなるまい!」
 ハデスはヴラデルを煽りに煽って、スティーブンス准将に教導団の団長職を奪い取る行動に出させようと画策していた。
 ところが当のヴラデルは、スティーブンス准将がメルアイルにノーブルレディを放ったことで、既にその心が急速に離れつつある。
 今や彼の中では、スティーブンス准将を教導団のトップに据えることが本当に南部ヒラニプラの為になるのかという疑念が湧いてきてしまっており、ハデスの煽り文句は逆に、恐ろしく白けて聞こえてしまっている様子であった。
 ハデスはともかく、十六凪はヴラデルの心情を既に読み取ってはいたのだが、しかし敢えてハデスに、ヴラデルを殊更に煽るようにと指示した。
 十六凪としては、ヴラデルがどう出るのかを見極めたかったのである。
「ウラデルよ……お前も自分の支持するスティーブンス准将が教導団のトップに立つのであれば、憎き政敵アレステルを蹴落とし、ヒラニプラの権力を思いのままに出来るのではないのかね?」
「アレステルか……あれを叩くのは、確かに我が本望ではあるが」
 ハデスのいささか高揚に過ぎる煽りに対して、ヴラデルは恐ろしく冷静であった。それが為に、ハデスの無駄にテンションの高い煽り方が妙に浮いて見えるのは、これはもうどうしようもない話だった。
 だが意外にも、ヴラデルはうむ、と小さく頷き、ハデスもたじろぐ程の真剣な面持ちを向けてきた。
「ではお前のいうように、スティーブンス准将に行動を早める意図があるかを確かめてみよう。その対応次第によって、彼が私の存在意義をどのように見ているのかが分かるというものだな」
 全くもって予想外な方向へと話が転がり始めていることに、ハデスは相変わらず無駄に高過ぎるテンションで哄笑しつつも、内心では酷く焦りに焦っていた。
 ヴラデルがスティーブンス准将と面会する為に専用のテントを出てゆくと、それまでのハイテンションが嘘のように、ハデスはトーンの下がった調子で十六凪に問いかけた。
「……十六凪よ。本当にあんなので良かったのか? あの煽りにどれ程の意味があるのか、今ひとつ分からんのだが……」
「十分ですよ。当初は計画を早めさせることで准将の準備期間を削るという意図でしたが、今はヴラデルがある種の踏み絵を准将に迫ろうという動きになってますね。ですが、これはこれで良いと思いますよ。結果に、期待しましょう」
 十六凪の回答に、ハデスは尚も小首を傾げ続けていたが、とにかくヴラデルはハデスの言葉を容れて、スティーブンス准将と再度の交渉を持つといい切ったのである。
 今はヴラデルの言葉を信じて、待つしかなかった。
 一方、自身のテントを出たヴラデルは、遠くから爆音や銃撃音が鳴り響いてくる渇いた空気の中を、スティーブンス准将が詰める司令官用テントに向けて歩を進めてゆく。
 そのヴラデルを、身を潜めながら監視している者達が居た。
 それぞれがお互いの存在に気づいておらず、いずれも単独且つ個別で、准将周辺に対する秘密調査に乗り出している面々であった。
「准将が南部ヒラニプラ経済の救済を謳ってはいますが、実際は領都ヒラニプラに集中している軍産企業と強い繋がりがある事実を、ヴラデル氏に教えてあげた方が良いかも知れませんね」
「だけどよぅ、それだけの理由で南部ヒラニプラの民衆が准将を見限るかっていうと、それも怪しいぜ」
 姿を消してヴラデルを尾行しているザカコ・グーメル(ざかこ・ぐーめる)強盗 ヘル(ごうとう・へる)は、トマスとメルキアデスが仕入れた情報については、まだ何も知らない。
 スティーブンス准将の正体がヘッドマッシャーであることが分かっていれば、もっと違う角度でアプローチ出来たのかも知れないが、こればっかりは時の運というものがある。
 同じくスティーブンス准将をバランガンから調査し続け、この前線基地にまで追いかけてきていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)も状況は似たようなものであった。
 仕入れた情報内容は、ザカコやヘルが入手したものと大差は無い。
 そんな中でただひとり、甲賀 三郎(こうが・さぶろう)だけは違った。彼は立派な教導団員であり、トマスとメルキアデスがエルゼル駐屯基地で仕入れた情報も、諜報課としてのルートで既に入手済みだった。
 つまり、この三組の中では最も事情を理解した上で、ヴラデルを尾行しているのである。

 ヴラデルはハデスと十六凪に語ったように、スティーブンス准将が己をどの程度まで重視しているのかを探る為に、敢えて強硬に、計画の前倒しを迫ろうとした。
 スティーブンス准将が本当にヴラデルの後ろ盾を必要としているのであれば、この要求を聞き入れてくれるだろう。そうであれば、ヴラデルとしてもメルアイルの一件は不問にするつもりであった。
 これに対してスティーブンス准将も、中々の曲者であった。
 ヴラデルの心情が既に離れかけているのを察知してか、ヴラデルの要求には全面的に応じたいのだが、しかし今は戦況が芳しくないとの理由をつけ、速断をかわしたのである。
 准将とヴラデルのやり取りを間近で聞いていた三組の調査者達は、スティーブンスの巧妙な駆け引きに、内心で溜め息を漏らす思いであった。
 だが、流石にゼロ回答では拙いと判断したのか、スティーブンス准将は戦況回復の為に、早急なる手を打つとだけ請け合い、ヴラデルを半ば追い返すような勢いで強引に交渉を打ち切った。
 ヴラデルは渋々退席していったが、三組の調査者達は依然として、姿を消したままスティーブンス准将の詰める司令官用テント内に張りついたままだった。
 スティーブンス准将は彼らの目の前でおもむろに立ち上がり、無線機が設置されているテーブルに歩を進めて通話スイッチを入れた。
「私だ。ヴラデルめが小賢しくも、こちらの忠誠心を計る為に戦局改善を要求してきた。面倒だが、これから私のB.E.D.を発動する。前線ではこちらのコントラクター連中も一時昏倒することになるだろうから、彼らの回収任務を頼みたい」
『了解しました。ではすぐに、市街内へと向かいます』
 調査者達はそれぞれ身を隠したままで、拙いと身構えた。
 准将がB.E.D.を用いるという宣言に、何も知らなかったザカコとヘル、そして唯斗は大いに慌てていたのだが、今更脱出の為にテントを飛び出そうとすれば、准将から背後に攻撃を受ける可能性があるし、そもそも今からでは到底間に合わない。
 三郎も、内心では非常に焦っていたのだが、准将との距離は僅かに3メートル弱。ここで変に逃走しようとして動きを活性化させれば、その瞬間に囚われてしまうのは必定であった。
 そんな三組四人の動揺などまるでお構いなしに、准将はB.E.D.を発動した。
 目に見えない衝撃のようなものが、大気を震わせて四方八方に分散してゆく。
 ザカコ、ヘル、唯斗の三人はその場で疑似パートナーロスト状態に陥り、昏倒した。
 ところが――三郎だけは、何ともなかった。
 三郎は、自身近くの別の物陰で昏倒し、姿を現してしまったザカコ、ヘル、唯斗達の姿に驚きはしたが、それ以上に、自分だけがB.E.D.の効果を受けなかったことに強い興味を覚えた。
「……はて、私の近くにコントラクターが三名、潜んでいたようだな。後で探させるか」
 幾分疲れた様子のスティーブンス准将は、無線を使って配下の兵を呼び出し、司令官用テント内を捜索するよう指示を出した。
(准将は今、三人といった……倒れているのは、あそこにふたり、そして後ろに一名……ということは、我が存在には気付いていないということですか)
 アレスターはB.E.D.を発動した際、昏倒させたコントラクターの人数と位置を把握出来るという話であった。
 しかるに准将は、三郎を昏倒させられなかったばかりか、その存在に気づいてすらいない様子であった。
 休憩を取る為に司令官用テントを出てゆくスティーブンス准将を尻目に、三郎は他の三人と自分自身の違いについて、素早く考察した。
 考えられる理由は、ひとつしかなかった。
(……距離だ。恐らくB.E.D.は効果範囲は最大で十数キロと広範に及ぶものの、近い位置での効果発動距離は、少なくとも3メートル以上離れる必要があるに違いない)
 目測だが、三郎はB.E.D.発動時に於ける自身の位置を、准将から大体3メートル程度と読んだ。
 他の昏倒した三人はというと、准将からおよそ5メートル程離れた位置に居た。
 三郎は単純に運が良かっただけなのか――いや、違う。彼は情報収集の対象に密着して、その細かな動きや仕草までをも読み取ろうと努めていた。その徹底した調査意識が、三郎にB.E.D.の唯一の欠点を知らしめる結果へと繋がったのだ。
 だが、自身の調査が叩き出した成果に喜んでばかりもいられない。
 昏倒した三人を准将の手に落ちさせる訳にはいかないと考えた三郎は、スティーブンス准将が呼び寄せた兵達が到達するよりも早く、ザカコ、ヘル、唯斗の三人を司令官用テントから引きずり出して、安全圏まで一気に後退していった。