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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【三 逃避行からの反転】

 深夜の山道を、幾つもの人影が闇をおして足早に進んでゆく。
 その中心に居るのは、上官殺しの容疑で国軍指名手配となっているレオン・ダンドリオン(れおん・たんどりおん)中尉であった。
 東カナンに於いて、あらゆる映像的贋物から真実の姿を映し出すという特殊魔装具グレムダス贋視鏡バァル・ハダド(ばぁる・はだど)から受け取った彼は、ヒラニプラへと引き返す途中で多くの協力者達と出会い、一個小隊に近しい戦力を構築するに至っていた。
「それにしても……指名手配喰らってる割りには、随分と呑気に見えるわよねぇ」
 最初にレオンと合流した(正確にはばったり出会った、という表現の方が正しい)宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)が、北斗・ダンドリオン(ほくと・だんどりおん)と仲睦まじく肩を並べているレオンの柔和な表情に、呆れた視線を送った。
 矢張りレオンとて、年若い青年のひとりである。
 逃避行中に北斗の顔を見ることが出来、どこかしら安堵感のようなものを覚える切っ掛けとなったのは、無理からぬ話であろう。
 割りと何でもありな性格ともいえる同人誌 静かな秘め事(どうじんし・しずかなひめごと)でさえ、あまりの穏やかな雰囲気に(というよりも周りの空気を読まないレオンと北斗のイチャラブっぷりに)思わず顔をしかめる有様だった。
「何といいますか……一番緊張しないといけないひとが、あの鼻の下の伸ばしよう……本当にこんな状態で任務遂行は叶うのでしょうか?」
「うん、まぁ、良いんじゃない? 結局は本人のやる気次第なんだし」
 そうはいいつつも、祥子は祥子で、グレムダス贋視鏡の効果的な利用方法を頭の中で思い描いている。
 一番手っ取り早いのは、矢張り贋視鏡で真実を暴き出した映像をネットに流し、メディアを巻き込んで世論を味方につけるという方法だろう。
 その第一段階としてまず考えられるのは、バルマロ・アリー殺害現場の映像だった。これは既にシャンバラ中のメディアにも出回っているし、諸々の動画投稿サイトにもアップされている。
 情報源としては、最も入手し易いといって良い。
 ただ問題は、その動画をいつ、どこで入手するか、である。
 現在彼らが進んでいる深い山中では、ネットに接続出来る環境がほとんど皆無に等しく、HCの通信も、ここではスループットが極端に落ちてしまう為、動画のアップロードやダウンロードは全くの不向きである。
「確か、あの山を越えた向こうが……ノーブルレディが投下されて壊滅したっていう、メルアイルの街があったところよね。都市部は消し飛んでしまっているかも知れないけど、地下に埋設されているインフラ設備が残ってたら、何とかなるかも」
 祥子の言葉に、静香(静かな秘め事の通称)は納得したように頷いているが、しかしこの時、それまで何となく気の抜けた表情を浮かべていたレオンが、急に面を引き締め、険しい眼光を前方に据えた。
 15000もの命が一瞬で奪われた地、メルアイル。
 レオンの中では、その地名は極めて重大な意味を持つ存在へと変貌しているようであった。
 そんなレオンの様子を視界の片隅に収め、祥子は内心で、
(矢張り、彼もいっぱしの軍人な訳ね)
 などと変なところで感心していたのだが、不意に別方向から、微かな口笛で祥子を呼び寄せる合図が風に乗って響いてきた。
 祥子は静香を残し、レオンに気づかれぬようにそっと集団を離れた。
 山道から、深い樹々が生い茂る獣道へと抜けてゆくと、その先に、裏椿 理王(うらつばき・りおう)桜塚 屍鬼乃(さくらづか・しきの)の両名が、ノートパソコンをそれぞれ手にして祥子を待ち受けていた。
「お疲れ様。どうだった?」
「矢張り、教導団の通信網を表立って使えないのが、非常に痛いね。通信車両の受信感度を最大限に上げて民間の電波を捉えようと頑張ってみたが、拾えるのはラジオやテレビの波長ばかりで、無線ネットワークは皆無だった。こうなってくると、メルアイルのインフラが残っていることを祈るしかないな」
 理王の説明に、しかし祥子は然程に落胆した様子は見せなかった。このゼロ回答に等しい反応は、あらかじめ織り込み済みだったからだ。
 屍鬼乃が、ノーブルレディ発射前にパニッシュ・コープスが電波ジャックして流したバルマロ・アリー殺害時の映像を辛うじて記録に残していたが、画質が余りにも悪過ぎる為、これではグレムダス贋視鏡にかけてみたところで、有効な証拠能力を発揮出来るかは極めて疑わしい。
「不幸中の幸いというべきか、新型機晶爆弾は威力こそは核爆弾に近いが、放射能などの有害線は全く発生しないから、今の装備のままでも爆心地周辺を歩くことが出来る。後は、運を天に任せてインフラ設備を探すだけだね」
 屍鬼乃が説明を加えながら、ノートパソコンのLCDに映し出されたメルアイル周辺の見取り図を祥子に示した。
 祥子はLCD上の図面を、自身が携行するデジタルビデオカメラの写真撮影機能に収めた。
「メルアイル跡地まで、あと三十分ってなところかしら。ふたりは、もう良いわよ。怪しまれないようにね」
「分かった。そっちも気を付けてくれ。そろそろヘッドマッシャーが現れても良さそうな位置に、脚を踏み込んできた訳だからな」
 それだけいい残すと、理王は屍鬼乃を連れて、濃い闇が広がる獣道の向こうへと消えた。
 祥子も踵を返し、何食わぬ顔でレオン率いる集団へと後方から合流する。
「どこ行ってたんだ?」
「ちょっと、お花摘みにね」
 祥子のこの返答に、レオンもそれ以上は突っ込みようがなく、そこで会話はあっさり途切れた。
 夜の山道は、まだまだ続く。

 それから程無くして、一行は最後の尾根を越えてヒラニプラ東南部、いわゆる南部諸国に近しい東河南部流域からブトレバ平原へと続く丘陵地帯へと降り立った。
 ここから西へ向かえば、メルアイル爆心地跡まではものの十数分で辿り着くことが出来る。
 今から嫌なものを見なければならないという、少しばかり滅入った気分が湧き起ってくるものの、それでも一行は歩く速度を一切緩めず、自分達の目指すポイントへと直行した。
 やがて前方に、瓦礫の山が散乱する広大な廃墟の街が彼らの前に出現した。
 ノーブルレディが投下されてから、まだ一度も瓦礫撤去や現場検証が執り行われていない、無残なる都市の亡骸――メルアイル爆心地跡が、夜の闇の中にその不気味な姿を現したのである。
 小型飛空艇アルバトロスを駆って先頭を行く小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)のふたりが、一瞬速度を落とし、苦しげな表情を浮かべて互いの顔を見合わせた。
 如何に必要な作業であるとはいえ、まだ多くの遺体が埋葬もされずに放置されているであろう廃墟の街で、インフラ設備を求めて家探し的な行動を取らなければならないというのは、若いふたりでなくとも、大いに気が引けるところであろう。
 しかし、これ以上の時間的猶予は最早、許されない。
 一刻も早くグレムダス贋視鏡による暴露映像をシャンバラ中に拡散させなければ、エルゼル攻撃の開始に間に合わせることが出来なくなる。
 美羽とコハクは覚悟を決めたかのように、表情を引き締めた。
 その時、前方から小型飛空艇オイレを駆って近づいてくる、レキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)の姿が視界に飛び込んできた。
 どうやら美羽とコハクの存在に気づいたらしく、タンデムシートからミア・マハ(みあ・まは)が飛び降り、低速飛行するオイレを追い越す形で、美羽とコハクに駆け寄ってきた。
「国軍もヘッドマッシャーも、まだここには来ておらんようじゃ。インフラ設備を発掘するなら、まさに今がうってつけじゃろうて」
 ミアの報告を受けて、コハクが背後を振り向き、ゆっくりと歩み寄ってくるレオンに頷きかけた。
「僕と美羽、そしてレキの三人で、周辺の警戒に当たるよ。当初の予定通り、レオンと祥子が中心になって、インフラ設備の捜索に当たって欲しい」
 コハクの指示を受けて、レオン、祥子、静香、北斗、ミアの他、天海 護(あまみ・まもる)天海 聖(あまみ・あきら)といった面々も、メルアイル爆心地跡での捜索活動に入ることとなった。
 二手に分かれて捜索へと奔る仲間達の後ろ姿を眺めながら、不意に美羽が、オイレに跨ったままのレキに不安げな面持ちを向けた。
「あのさ、それで……街中の様子は、どうだった? やっぱり、その、何というか……」
 物凄く表現しづらそうに言葉を選ぶ美羽だったが、しかしレキは、思わぬ反応を返してきた。
「それが妙なんだよ。こんないい方をするのは不謹慎だとは思うんだけど……何故か、遺体がひとつも見当たらないんだよ」
 予想外の返答に、美羽とコハクは思わず、怪訝な表情で顔を見合わせた。
 ノーブルレディは確かに核爆弾級の破壊力と超高熱波を発生させることは出来るが、しかしそれでも遺体がひとつも見当たらないというのは、おかしな話であった。
 勿論、レキも妙な現象であるとしきりに首を捻っている。
 一万五千人もの命が一斉に焼き払われたのだから、全部が全部消し炭になったというのは信じ難い話であり、損傷の度合いはどうあれ、数千の遺体が残されているだろうと考えるのが普通であった。
 それが全く、何ひとつ見当たらないというのは、一体どういうことであろう。
「何となくなんだけど……今回の騒乱って、ボク達が思っている以上に複雑な裏が、隠されているんじゃないかな……」
 レキが自信無さげにいうのを、美羽はぼんやりと聞いている。
 噂によれば、第八旅団には冥泉龍騎士団なる存在が味方するようになったという話でもある。
 そしてメルアイル爆心地跡での、異常ともいうべき遺体の全消失。余りにも、分からないことが多過ぎた。
「嫌な予感がする、って訳でもないけど……早々にインフラを見つけ出して、レオンと贋視鏡にはこの無限鞄に隠れて貰った方が良いかもね」
 元々、美羽はレオンと贋視鏡をセットで移送する運び屋的な立ち位置で、レオンへの協力を申し出ている。
 メルアイル爆心地跡までは情報収集と敵の出方を伺う牽制の意味も兼ねて、レオンと贋視鏡は無限鞄内には収まらずにここまで到達してきた訳だが、ここから先はもう、敵の勢力圏内に入ってくる。
 無限鞄が必ずしも完璧な安全を保証するという訳でもないが、敵の目につかない移動方法は、幾つ用意しておいても損は無い。
「無限鞄か……その鞄自体が攻撃を受けてしまったら元も子もないから、使いどころを見極めた方が良いと思うんだよ」
 レキの忠告も一理あったが、美羽には誰にも負けない脚力がある。
 ここぞという時にレオンと贋視鏡を一緒に抱える形で突破を決めれば、エルゼルへの到達はかなりの確率で成功するだろう。

 メルアイル爆心地跡に於いては、取り敢えず危険と呼べるものは見当たらない。
 埋設されたインフラ設備の捜索に専念出来るのは有り難い話であったが、様々な障害が襲いかかってくることをそれなりに想定していた護は、傍らで瓦礫の山を次々と払いのけてゆく聖の淡々とした仕事ぶりに、いつもながらの無関心さを感じ取って、幾分呆れる思いであった。
 レオンとべったりくっついている北斗も、そしてこの聖も、基本的には戦闘を専門とする存在であるが、こういった捜索活動に於ける機能も決して低くはない。
 しかし、敵がいつ、どこから襲ってくるかも分からない状況の中での捜索という意味では、いささか慎重さに欠ける部分があることも否定は出来なかった。
「あのさ……もう少し、静かにやろうよ。あんまり大きな音を出してばっかりいたら、呼ばなくても良い敵を、呼び寄せちゃうことになるかも知れないし」
「了解しました」
 聖は護からの要求に対し、別段気分を害する訳でもなく、ただいわれた通りに実行するのみである。
 感情を面に出して、レオンと一緒に居たいと願う北斗とはまるで180度、性格が異なった。
 その北斗だが、レオンが瓦礫のそこかしこを歩き回る中で、次第にその表情が渋い色に染まっていくのを、幾分不安げな面持ちで眺めていた。
「なぁ……何か、気に入らないことでもあるのか?」
「遺体が、ひとつも無い。おかしいとは思わないか?」
 レオンもまた、レキと同じ疑問を抱いていた。
 如何に超高熱の破壊波を伴う機晶爆発であっても、一万五千体分の肉体細胞が完全に蒸発してしまうというのは、どうにも考えにくかった。
 せめて炭化した状態で放置されているか、或いは遺骨だけでも残されていて良さそうなものであった。
 しかるに実際は、そういった死の証拠が何ひとつ見当たらないのである。街は確かに、完膚無きまでに破壊し尽くされているというのに、だ。
 北斗は正直なところ、そこまで考えが及んではいなかった。彼はただ、レオンと一緒に居られることだけで満足してしまっている感があり、異変の察知にまでは神経が行き届いていなかった。
 と、そこへ祥子と静香が、北街門方向から駆け足に近づいてきた。
「イチャついてるところを悪いんだけど、地下の光ケーブルに繋がる降り口が見つかったわよ」
 発見したのは、ミアであった。
 意外と、こういった捜索活動には向いているのかも知れない。
 レオンは北斗に頷きかけると、祥子と静香に先導される形で北街門方向へと奔った。
 既に美羽、コハク、レキといった周辺警戒組も合流していた他、護と聖もレオン達とほぼ同時に、地下の光ケーブル保守通路へと下りる階段口へと駆けつけてきていた。
 祥子曰く、既にミアが先に地下へと下りているという話であり、今のところ、敵の存在や危険な場所の報告は届いていないという話であった。
「私は、取り敢えず連絡をつけないといけない相手が居るから、ここに残るわ」
 祥子がいう連絡すべき相手とは、理王と屍鬼乃の両名を指している。
 現時点ではあのふたりは、教導団員として行動している為、表立ってレオンに直接協力することが出来ない立場である。
 その点はレオンも重々承知している為、祥子の行動に対して余計な詮索を立てようとはしなかった。
「恐らく、保守工事用にデジタル通信波を出す設備がある筈だ。その電波を拾ってくれ」
 それだけいい残して、レオンは北斗、護、聖達と共に階段口から地下へと向かった。
 程無くして、祥子の籠手型HCに、理王からの通信が入った。レオンとミア達が地下から放出したデジタル通信波を拾い上げて、諸々のソースとなる動画を収集することが出来た、という連絡であった。
「さて……私のノートも無線通信に接続出来たようね。レオンが戻ってきたら、収集した証拠映像をグレムダス贋視鏡の投影して、その映像をまた私のビデオで撮影して……っていうややこしい手順が待ってるわ」
 祥子が説明しながら、ノートパソコンやデジタルビデオカメラを階段口脇に広げ、準備に取り掛かる。
 美羽とコハク、レキは再度周辺に対する警戒を担当するが、そこに護と聖も加わった。
 それからおよそ五分後、レオンと北斗が階段口から冷たい夜気が漂う地上へと引き返してきた。
「準備は出来てるわ。まずはとにかく、バニッシュ・コープスの大義名分のひとつを潰せれば、団長の立場も少しは回復するでしょ」
「それも大事だが、今はエルゼルの無実を証明する方が大事だ」
 いいながら、レオンは背負っていた背嚢から、分厚い防護布に包まれたグレムダス贋視鏡を取り出し、祥子のノートパソコンの画面上に映し出されている、幾つもの捏造画像にその鏡面を向けた。
「いよいよ、だね」
 美羽が、緊張したように声を僅かに震わせた。