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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

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レベル・コンダクト(第2回/全3回)

リアクション


【八 明日のために】

 ルカルカ率いる陸戦隊とは別の突撃部隊を編制していたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)ミカエラ・ウォーレンシュタット(みかえら・うぉーれんしゅたっと)魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)メルキアデス・ベルティ(めるきあです・べるてぃ)フレイア・ヴァナディーズ(ふれいあ・ぶぁなでぃーず)の六名は、吹雪の仕掛けた数々の罠に手を焼きながらも、何とかエルゼル駐屯基地に近いところにまで迫りつつあった。
 トマスにしろメルキアデスにしろ、戦闘は極力避けて行動している。彼らには、ある目的があった。
「ここまで来れば、後少し……キャロウェイ中佐の所在地は、分かっているよな?」
 メルキアデスは大通りに面する駐屯基地を建物の陰から覗き見る格好で、背後に居並ぶ仲間達に確認した。
 トマスが小さく頷きながら、事前に入手しておいたエルゼル駐屯基地の見取り図に視線を落とす。
「あの警備態勢を見る限り、間違いは無いね。このまま予定通りに」
 いってから、トマスは懐から白い布を一枚取り出し、ミカエラが持参していたウイングソードの柄の先に、旗のように結びつけた。
 要するに、敵意が無いことを示す為の白旗である。
「バランガンじゃ、ノーブルレディの第二発目の発射阻止の為にってことで、迅速な制圧が必要だからって理由で人質の人命無視って命令になっちまったらしいけど、今回はそういう時間的制約は無いからな。じっくりと膝を突き合わせて話をしようぜ」
 メルキアデスは自分自身にいい聞かせるようにひと息入れると、小さく気合を入れてから、大通りに踏み出していった。
 その後にトマス達が、ぞろぞろと列をなして続く。
 ミカエラがメルキアデスと入れ替わる形で先頭に立ち、白旗を掲げて堂々とエルゼル駐屯基地へと突き進んでいった。
 駐屯基地側では、六人の投降者の出現に騒然となったが、すぐに一個小隊規模の兵員が飛び出してきて周囲を固めてきた。
 ここでトマスがようやく、自身の目的を告げる。
「キャロウェイ中佐と直接お話がしたい存念で参りました。こちらは武装解除致します。どうか、弊方の希望をお聞き入れ願いたく、宜しくお願い申し上げます」
 戸惑うエルゼル駐屯兵達だが、その背後から、ひとりの美しい女性士官が兵達の間を割って、メルキアデス達の前に現れた。
 トマスは思わず、息を呑んだ。
 エルゼル駐屯部隊に関しては、事前にある程度の情報を仕入れていた為、この女性が何者であるのかを知っていたのだ。
 この程エルゼル駐屯部隊に原隊復帰した、ジェニファー・デュベール中尉であった。
「勝手ながら、身分照会をさせて頂きました。ファーニナル中尉に、ベルティ少尉ですね。あまり長い時間は取れませんが、あなた方の要求を聞くだけならば面会に応じる用意があります。どうぞ、こちらへ」
 幾分事務的な対応に見えなくもなかったが、ともあれジェニファーは六人の投降者達をキャロウェイ中佐の元へ案内してくれた。
 六人が通されたのは、前日にルースと音子達が交渉の為に通されたのと同じ将校用会議室であった。
 ジェニファーも同席の上で、キャロウェイ中佐は六人との面会に応じた。
「用件を聞こう」
 キャロウェイ中佐はトマスの決意めいた表情に何かを感じ取ったのか、前置きは一切口にせず、いきなり本題に入った。
 トマスはまず、第八旅団の現在までの経緯を簡単に説明した後、キャロウェイ中佐に対し、周囲が驚き呆れるような要求を持ち出した。
「この私に、第八旅団の総司令部へ行け、と?」
 トマスはいう。
 ある程度の戦火は避けられないかも知れないが、被害を最小限に食い止める為に敵方のトップ(即ちキャロウェイ中佐)をスティーブンス准将の前に引き据えるという行為は、『懐の広い』准将からしても、決して咎め立てしたり、或いは禁止するような行動ではない筈である、と。
 だが、ここでトマスが説明した内容はその根底部分に於いて、真っ向から拒否された音子の無血開城と、然程の違いが無かった。
 当然ながら、キャロウェイ中佐はにべも無く拒否した。
「懐が広いだと? 君は、ありもしない罪をなすりつけて攻撃を仕掛けてくる奴を信用しろというのか? 奴がバランガンで寛大な処置を出したのは、相手がパニッシュ・コープスだからだ。我々に対しては寧ろ、奴は強硬なまでに粛清論を展開してくるぞ」
「……何故そのようなことが、いい切れるのですか?」
 よもや拒否されるとは思っていなかった為、トマスは自身の動揺を抑えることは出来なかった。
 だが、彼の疑問に答えたのはキャロウェイ中佐ではなく、その隣でじっとやり取りを聞いていたジェニファーだった。
「理由は単純明快です。スティーブンス准将が、ヘッドマッシャーだからです」

 一瞬、会議室内に重苦しい沈黙が流れた。
 遠くで鳴り響く爆音や銃撃音が、まるで違う世界のBGMであるかのような錯覚さえ覚えた。
 だが、ジェニファーは確かに断言した。スティーブンス准将が、ヘッドマッシャーである、と。
「そ、それは、本当なのですか!? それならば、すぐにでもその事実を公表して、この無益な戦いを終わらせないと……!」
 トマスの訴えを、しかしジェニファーは小さくかぶりを振って拒否した。
「スティーブンス准将を糾弾する為の証拠が、今はまだ圧倒的に不足しています。ここで私が飛び出して教導団上層部に訴え出ようとしたところで、プリテンダーが私の抹殺に現れるだけです」
 更にジェニファーが加えた説明によれば、スティーブンス准将はアレスター強化型ディクテーターである、との話であった。
 つまり、対コントラクター戦に於いてはほとんど無敵に近い戦闘力を誇るのだという。
 アレスターについては、先のバランガン鎮圧戦に於いてある程度の情報が出ており、トマスやメルキアデスもその存在は知っている。
 だからこそ、多くのコントラクター達がB.E.D.を警戒して小型精神結界発生装置を携帯しているという話であるが、しかしジェニファーは、そんなものは全く効果が無いと指摘した。
「B.E.D.による疑似パートナーロストは精神への作用ではなく、肉体に対する疑似ダメージです。その疑似ダメージが強過ぎるが為に、精神が昏倒して気を失うという仕組みです。パートナーロスト時に、半身不随になるなどの症例が報告されているのは皆様ご存じかとは思いますが」
 B.E.D.対策はまた一から練り直しになることは決定的であったが、しかしそこで子敬が、全く別視点の疑問を投げかけた。
「あなたは何故、准将がヘッドマッシャーであると見抜けたのですか?」
「ヘッドマッシャーの肉体周辺には、歪曲分子なる存在が浮遊していることが分かっているのですが、この歪曲分子に反応する零式電磁波が先月、完成しました」
 この零式電磁波による判別は、映像を通してでも歪曲分子の存在を見抜くことが出来るという。だからジェニファーは、映像資料の中の准将をひと目見た瞬間に、彼がヘッドマッシャーであることが分かったという話であった。
 トマスやメルキアデスにとっては、にわかには信じ難い内容ではあったが、准将のでっち上げた罪状で糾弾されるに至っているキャロウェイ中佐は、何の疑いも無くジェニファーを信じることにしたらしい。
 そして零式電磁波そのものには、証拠能力に関する検証が何も為されていない為、ジェニファーが准将をヘッドマッシャーだと糾弾したところで、それを証明する手立てが無いのが現状であった。
「私は、あなたを信じるわ。何ていうのかしら……そう、女の勘、ってやつね」
 フレイアの穏やかな笑みに、トマスもメルキアデスも戸惑うばかりであったが、ミカエラもフレイアと同じくジェニファーを信用するに値する人物だと評した。
「だってジェニファーさんは、私達を信用して中佐のところに連れてきてくれたのよ? 彼女が私達を信用してくれたのに、こっちが彼女を信用しないなんて失礼な話はないわよね」
 妙な論理であったが、ミカエラがいうと不思議な説得力があった。
「けどよぉ、教導団に入り込んでいるヘッドマッシャーは准将だけなのか? 他には、居ないのか?」
 テノーリオの問いに、ジェニファーは渋い表情で小さく溜息を漏らした。
「残念ながら、准将を含めて四体が既に、教導団内に巣食っています」
 ジェニファーの説明によれば、御鏡中佐の正体がプリテンダーであるとのことであった。
「マ、マジかよ、それ……」
「それでは、残りの二体は?」
 呆然と呻くテノーリオの横から、トマスが勢い込んで質問を畳み掛けてきた。ジェニファーは残りの二体が誰に扮しているのかまでは、まだ分からないと断った上で、次のように続けた。
「正体はまだ分かっていませんが、既にその存在は、私達の前に姿を現しています。一体は、私が野盗団アヤトラ・ロックンロールに在籍中、仲間のひとりであるヴァーノン・ジョーンズを殺害した一般兵。そしてもう一体は、バルマロ・アリーを殺害する為に叶大尉に扮した将校クラス」
 前者については全く知識の無い六人だが、後者に関しては生々しい程に鮮烈な記憶として、今も尚、脳裏に焼き付いている。
 ジェニファーはあの映像を見た瞬間、アリーを殺害したのが白竜本人ではなく、プリテンダーであることを見抜いていた。
「……諸君の期待に応えられず申し訳ないが、とにかく私はスティーブンス准将の前にのこのこと出て行く訳にはいかん。私の部下に君達を安全な場所まで護送させるから、そこから第八旅団に無事、帰り着いて欲しい」
 かくして面会は、お開きとなった。


     * * *


 冥泉龍騎士団が、動いた。
 エルゼル駐屯部隊と、彼らに味方するコントラクター達の強力な援助が第八旅団の主力をじりじりと追い詰めつつあった。
 そんな状況に業を煮やしたのか、或いは自らの出番を待ち続けていたのか――マルセランが愛龍のマジュンガトルスを駆って、半ば崩壊しかかっている街門を悠然とくぐった。
「ほう、これは惨憺たるものだな……しかし久々に、吸血男爵の血が騒ぐというものよ」
 マルセランは凄惨な笑みを浮かべると、マジュンガトルスの背から飛び降り、左右に瓦礫がうずたかく積もっている大通りへと歩を進めた。
 と、そんなマルセランの前に立ちはだかる影がふたつ。
 東 朱鷺(あずま・とき)と、第七式・シュバルツヴァルド(まーくずぃーべん・しゅばるつう゛ぁるど)の両名である。
「朱鷺は葦原の八卦術師……故あって、冥泉龍騎士団に敵対します。尚、極々個人的な故ですので、葦原は一切関係ないことを加えさせていただきます。帝国の誉れある龍騎士団の強さ、この朱鷺にお見せ下さい」
 朱鷺の名乗りを、マルセランは幾分退屈そうに聞いている。
 ところが、シュバルツヴァルドがその巨躯に似合わぬ飛翔能力を見せた際には、興味を引かれたように上空を見上げた。
「我は遂に、飛行の力を得た也。そして更に」
 シュバルツヴァルドの肉体から幾つもの分身が空間中に湧き出てきて、一種壮観な古城の舞の群れを現出させて、ひとびとの度肝を抜いた。
 が、肝心のマルセランは全く驚いた風も無く、面白そうに、ただにやにやと唇の端を吊り上げている。
「ほぅ……面白い芸だな。これは歯応えが期待出来そうだ」
「歯応えで済めば良いがな。我は、第七式・シュバルツヴァルド……参る!」
 最初に仕掛けたのは、シュバルツヴァルドであった。
 多数の分身体も含めて、一斉にマルセランの頭上へと殺到する。だがその直後、どういう訳かシュバルツヴァルドの分身達がほとんど瞬間的に姿を消してしまい、シュバルツヴァルドの本体のみがマルセランの頭上に舞っている状況へと一変した。
「ふっ……如何に空を飛ぼうとも、動きが鈍い単一の巨体は、ただの的だ」
 シュバルツヴァルドの攻撃よりも早く、マルセランは必殺の一撃を突き上げた。シュバルツヴァルドはマルセランの放った槍を辛うじてかわしたものの、分身達がひとつも残らず消え去った事実に、僅かながら動揺していた。
 朱鷺も、その表情は冷静を装っているものの、内心は決して穏やかではない。
(おかしい……何故、朱鷺の呪詛が、効いていないのですか?)
 確かに朱鷺は、マルセランに呪詛を仕掛けた筈である。が、マルセランはまるでけろりとしており、朱鷺の仕掛けた呪詛の影響など微塵も無い様子を見せていた。
 しかし、それらの謎の答えは、すぐにその姿を現した。
 マジュンガトルスの後方から、ガスマスクを思わせる不気味な呼吸音が響き渡り、3メートル近い巨躯がゆっくりとマルセランの傍らへと歩み寄ってきたのである。
 ヘッドマッシャーであった。
(成る程……そういうことでしたか)
 朱鷺はようやく、理解した。
 ヘッドマッシャーのPキャンセラーによって、朱鷺の呪詛も、そしてシュバルツヴァルドの分身体も、全て打ち消されてしまっていたのである。
「生憎だが、私は騎士の誇り等よりも、知略を好むタイプでな」
 朱鷺とシュバルツヴァルドはマルセランの自慢話に付き合うつもりは無く、問答無用で更なる攻撃を加えていった。
 ところが、何かがおかしい。
 マルセランに攻撃を加えるたびに、両腕や両脚の関節に激痛が走り、思うように命中しないのである。
 その様を、マルセランは余裕めいた笑みを浮かべて楽しげに眺めていた。
「貴様らは強い。それは認めよう。だがな、その強さ故に己の首を絞めている事実を認識した方が良い。ひとつ良いことを教えてやろう。このヘッドマッシャーはな、スティミュレーターと呼ばれるモデルなのだよ」
 朱鷺とシュバルツヴァルドは、しまった、と舌打ちした。
 スティミュレーターの能力――それは、相手の肉体に過度の負荷をかけて暴走させることである。その暴走の度合いは、戦闘力が高ければ高い程、激烈に作用するのだという。
 勿論、対スティミュレーター戦に於ける戦術はある程度、確立してはいる。だが今回、朱鷺とシュバルツヴァルドは龍騎士との戦いにのみ照準を絞っており、ヘッドマッシャーの介入は想定すらしていなかった。
「よく覚えておけ。戦場ではな、何が起きるか分からんのだ」
 マルセランの嘲笑を、朱鷺とシュバルツヴァルドは厳しい表情で睨みつけていた。