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フロンティア ヴュー 3/3

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フロンティア ヴュー 3/3

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第21章 Prayer
 
 
 ニキータ・エリザロフ(にきーた・えりざろふ)トオル達は、巨人族の遺跡を経て、都築達の調査隊より大幅に遅れて、『門の遺跡』へと向かった。
 シボラの遺跡から最も近いドワーフの坑道入口を聞き、そこから坑道に入って地下から向かった為、ヴリドラに阻まれることはなかったのだが、門の遺跡に到着した時、そこではリューリクとイルダーナが、激しい戦闘を繰り広げている最中だった。

「な、なんだっ!?」
 遺跡に入るなり、激しい衝撃風が叩きつけて来て、トオルは三毛猫 タマ(みけねこ・たま)を庇うように抱きしめながら驚く。
 奥の方で誰かが戦っているようだ、と確認した時、磯城(シキ)がトオルの肩を引いて下がらせた。
「出るな、トオル」
「ヤバいわ。ちょっと厄介なことになってるわね」
 ニキータは、タマーラ・グレコフ(たまーら・ぐれこふ)を背後に庇う。
 ゴウン、と轟音が轟き、遺跡の中が揺れた。
「選帝神が戦ってる……ってことは、相手は元皇帝かしら?
 自分達ごと結界で包んでる……遺跡を護ってるんだわ。
 中は大丈夫なのかしら……」
 戦いの影響か、周囲が煙いていて、よく見えない。
「え、じゃあ援護しないと」
「駄目だ」
 トオルの言葉に、シキが言った。
「何でだよ」
「レベルが違いすぎるわ。
 下手に飛び出しても、選帝神がハンデを背負って戦うことになるだけよ」
 崩れた柱の影から、様子を伺いながらのニキータの言葉に、トオルは渋る。
「つまり、俺達を護りながら戦わなきゃならなくなる、ってことか」
 それでは援護の意味が無い。
「手を貸すなら、一度きりの不意打ちの機会に賭けるか、それとも……」
「物量をぶつけるしかないわ。
 此処から先に行った連中、いつ帰って来るのかしら……」

 ドカン、と派手な音が響き渡る。
 殆どは結界で抑え込んでいるようだが、最初のような衝撃風もあったのを見ると、全てを防ぎきれてはいないのだろう。
 不意打ちは、一度失敗したらおしまいだ。イルダーナも含めて全滅しかねない。
 一度きりの機会を狙うか、人数を揃えるか。
 いずれにしても、今は待つしかなく、時は程なくして訪れた。



 はあ、と息を整えて、結界を張り直す。
 滴り落ちた血が、足元で弾いた。
 運命を断つとはよく言ったものだ。
 選帝神であることがイルダーナの運命なら、左目に宿る聖霊が、その象徴。
 イルダーナを傷つけることはできても、聖霊を傷つけることなど不可能なはずなのに。
「気を抜いたわね」
 剣を手に、悠然と笑うリューリクに疲労の様子は無く、イルダーナだけが今にも倒れそうだ。
 最も、イルダーナの攻撃を防ぎ続けているトゥプシマティは、イルダーナより酷い状態である。
 ヴリドラは結界を破壊しようとし、直接仕掛けて来るリューリクと、二重の攻撃にイルダーナは抗う。
「この剣の力をここまで防ぎきるとは大したものだわ。けれど、もう限界ね」
 リューリクは、改めてイルダーナに言った。
「私に従いなさい、ミュケナイ選帝神」
「断る、と言った。あなたの時代は、今度こそ終わる」
 手先が痺れている。左目が酷く痛んだ。
 だが、イルダーナは笑う。
 間に合ったか。
 ふ、と息を吐いた。
「そう。ならば死になさい。何度でも」


◇ ◇ ◇


 空の遺跡から、門の遺跡へと帰還した都築達の目に飛び込んできた光景。
 それは、剣圧に飛ばされたイルダーナが、壁に激突して跳ね、地に沈む瞬間だった。
「イルダーナ!」
 トゥレンは倒れるイルダーナに駆け寄り、二人を背にして、カサンドロスがリューリクの前に立つ。
「容態は」
「生きてます」
 佇むリューリクを見据えたまま、トゥレンの返答にカサンドロスは頷いた。
「お前はその方を連れて撤退しろ」
 無言で了解を返し、トゥレンは意識の無いイルダーナを抱え上げる。
 後ろも見ずに走り出したトゥレンを、リューリクはちらりと見やった。
「ヴリドラ。追って、とどめをさして」
 ヴリドラは迷いを見せた。新たに現れた敵の多さを懸念しているのだろう。
「この程度。数が多いだけよ」
 ものともしていないリューリクに、ヴリドラはトゥレンの後を追った。


 飛行するヴリドラは、トゥレンが遺跡部分からドワーフ坑道に出る前に追いついたが、ニキータ達がその前に立ちはだかった。
「ここは引き受ける」
 シキの言葉に頷いて、トゥレンはよろしく、と走って行く。
 空の遺跡から戻って来た者達の中から、鬼院尋人達が走って来て、ヴリドラは挟まれる形になった。



 リューリクは、現れた者達を見渡し、一点に目を留めた。
「ティ。あれは何」
 ボロボロに傷ついたトゥプシマティは、リューリクの見るものを見て、微かに驚く。
「あの剣は、世界樹です」
「成程ね」
 リューリクは、くすくす笑って、持っていた剣を身体の前に突き立てる。
「そちらから持ってきてくれたということ。手間が省けたわ」
「……それは、こっちだって同じよ!」
 美羽が叫んだ。
「これから、あなたを捜しに行くところだったんだからっ!」 
「あなたに、用はないわ。
 そこの者。その剣を渡しなさい」
 す、と手を差し伸べる。
 優雅な動作、少しゆっくりと放たれた言葉に、有無を言わせぬ迫力があった。
 ビリビリと、全身に電気のようなものが流されるような痛みと硬直が、同時に来る。
 佳奈子やエレノアは、へなへなと座り込む。何故かぼろぼろと涙が溢れた。
「何だ、これっ……」
 羅儀が頭を押さえる。言葉の中に、何か込められている。
 呪詛か、それとも皇帝の皇気に圧倒されているのか。
 気絶しそうになって崩れ落ちるジールの腕を、刀真が掴んで支えた。
 震えるジールの前に立ち、カサンドロスがリューリクを見据える。
「……驚いたわ。
 いつからエリュシオンの龍騎士は、他国の寄せ集め兵を率いるまでに堕ちたの?」
 リューリクの言葉に、カサンドロスは首を横に振った。
「皇帝陛下。無念ながら、我が身は最早、龍騎士に非ず」
 リューリクは、不思議そうに首を傾げる。
「……まあいいわ。
 散々足止めされて、もう充分なのよ。
 あなた達、死になさい」



 ヴリドラの隙をついて、ドワーフ坑道入口を突破した早川 呼雪(はやかわ・こゆき)富永 佐那(とみなが・さな)達は、長い坑道を、中々目的の場所へ着けなかった。
「前に進むより、下に下る方が長いような気がするわ」
 佐那の言葉に同意を得る。

「ねえ呼雪、此処、もしかしてパラミタ内海の下だよね」
「多分な」
 ヘル・ラージャ(へる・らーじゃ)の言葉に、呼雪は頷いた。
『門の遺跡』は、パラミタ内海の下に位置しているのだ。
「ねえコユキ、ティさんってもしかして、今まで食べ物とか食べたことないのかな?」
 ヘルの【御託宣】によって、知らなかったことを幾つか知ることができたが、ファル・サラーム(ふぁる・さらーむ)の最大の関心事はそこだった。
「食べたことがない、ということは無いだろうが、昔、リューリクの時代に彼女に仕えて、死後は共にナラカに行っていたのなら、最近の食べ物は知らないかもしれないな」
 パンは勿論あっただろうが、メロンパンがパンに見えなかったのかもしれない。
「そっかあ。
 でもそんなの勿体無いよね。だって世の中には、いっぱい美味しいものがあるのに。
 じゃ、会ったらボク、ティさんにいっぱい美味しいもの教えてあげないと!
 ……今はプリンしか持ってないけど」
「えっ、持ってるの?」
 ヘルはそこに驚く。
「でも、なーんかティちゃんって、純粋っぽいし世間ズレしてなさそうで、心配だよねー」
 リューリクのような人物に仕えるには、不似合いなように思えるのだが。
 リューリクは、何故彼女を傍に置くのだろう。
 死後を共にし、召喚されたリューリクを追って、今またナラカから戻って来た。
 トゥプシマティは今回の件を、どう受け止めているのだろうか。


 途中、誰かとすれ違う。
 相手を見て、呼雪や佐那達は驚いたが、トゥレンの方は、足を止めずに走り去った。
「佐那さん、あの方は……」
 エレナ・リューリク(えれな・りゅーりく)が佐那を見る。
 彼が抱えていた人物、あれは。
「イルダーナさん……遅かったみたいね」
 佐那は悔しそうに呟く。
「呼雪……」
 ヘルが呼雪を見る。呼雪は、ぎゅっと奥歯を噛んだ。
「……先に進もう。トゥレンと一緒なら、彼は大丈夫だ」

 そして、彼等は『門の遺跡』に到着した。
 奥にある、舞台のある空間にリューリク帝とトゥプシマティが、都築やジールらと対峙し、その手前の回廊では、ヴリドラがニキータ達と対峙する。
 呼雪達は、ヴリドラを気にしつつも、回り込んでリューリク達の方へと向かった。


◇ ◇ ◇


 突き立てた剣の柄を、組んだ両手で握る。
 リューリクのその仕草、その姿に、ジールは何故か、ぞくりとした。

 一方刀真は、リューリクの剣の扱いに、違和感を覚えた。
「その剣……、剣、か?」
 リューリクは艶然と笑った。
「いいえ」
 身の前に剣を下げるそれは、剣を振るう構えではない。
「わたしは、剣士ではないわ。
 これは、剣の形をした杖。
 正統なる所持者たるわたしのみが使える、この剣の本当の能力」
 バチリ、と皇剣レーヴァティンが魔力を帯びる。
「私の前にある全ての運命よ。ここに終焉を命じます」


 ――剣の形をした杖。

 ならば、この聖剣は、剣の形をした祈り。

 ジールは、両手を祈るように組みながら、聖剣アトリムパスの柄を持つ。

「私の前にある全ての運命よ」

 心の中で、祈る。
 運命を紡ぐ。そう、彼は言った。

「お願い。死なないで」


 魔力の爆発と、それを絡め取ろうとする力。
 遺跡を護る為にあった結界は既に、存在しない。

 二つの力は、遺跡いっぱいに広がって、破裂した。