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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

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古の白龍と鉄の黒龍 第4話『激突、四勢力』

リアクション

 
(『メティス、龍族が鉄族と交戦に入った。オリュンポスパレスも確認している。当初の手筈通り行動しろ』)
 レンからのテレパシーを受け取り、メティスが軟禁されている部屋の入口に立ち、外の様子を伺う。扉を開ける事自体は少し時間をかければ可能だったが、それまでに見張りに気付かれては元も子もない。

「……すー……すー……。
 んぅ……むにゃむにゃ、もう食べられないよー……」

 そう思っていたメティスだったが、見張りをしていたはずのデメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)がスヤスヤと居眠りをしているのを見つけて、頭の痛い思いを抱く。こんな情けない姿を晒す者に不覚を取ったのかと思うと恥ずかしくもあり、一発どつきたくなったがそれは余計なので、メティスはデメテールを起こさぬよう扉を開け、デメテールを中に運び入れて扉を固く施錠してしまう。
(さて……向かうべきは弾薬庫、ですね)
 『オリュンポス・パレス』を航行不能にするには、当然備蓄されている弾薬を誘爆させてしまうのが効果が高い。……その際に無事脱出出来るかどうかは正直怪しかったが、このような身になってしまった時に覚悟は決めている、と思い込み、メティスは行動を開始する。
 と、船内が揺れ、メティスは倒れぬよう壁に掴まる。
(『ちっ、先手を打たれた。オリュンポスパレスの発射した巨大ミサイルで、こちらは相当の被害を受けた。
 もう一発受ければ、戦況に致命的な影響を与える事になる。それまでにオリュンポスパレスを止めてくれ』)
 レンのもたらした報告に、今の震動は『オリュンポス・パレス』に搭載されていたミサイルが発射されたものだと思い至る。
(……急がなければ)
 表情を変えぬまま、メティスは弾薬庫への道を急ぐ。


「ビッグバンブラスト、着弾。龍族の陣営への損害を確認」
 発射した『ビッグバンブラスト』の効果を報告して、天樹 十六凪(あまぎ・いざなぎ)は満足気に微笑む。直撃であれば『龍の耳』の建物を吹き飛ばせただろうが、契約者が介入した結果爆発点がずれ、半壊に留まった。それでもここまでは十分、予測通りの展開となっている。
「ここまでは僕の立てた作戦通りですね。ここからは龍族と契約者の目を引き付けつつ、“灼陽”君がダイオーティを倒すのを見守るとしましょうか」
 出撃してきた龍族と契約者の姿をモニターに捉えつつ、十六凪は楽しげな顔を浮かべて思案する。
(柊恭也君という隠し球とも裏取引しましたし、ダイオーティを倒すのは時間の問題でしょう。
 彼がダイオーティの首を取る隙を作るため、二発目のビッグバンブラストを撃つ時まで事が運べば、それで全ての作戦は完了します)
 その時が来ることを楽しみにする十六凪であった。


 『オリュンポス・パレス』の発射したミサイルは、地面から突然現れたたけのこが防いだものの、やはり影響は相応に出ており、沢渡 真言(さわたり・まこと)グラン・グリモア・アンブロジウス(ぐらんぐりもあ・あんぶろじうす)が待機していた『龍の耳』も、建物の一部が破損する被害を受けていた。
「鉄族が来るぞ! 迎撃用意、急げ!」
 『龍の耳』の責任者、ホルムズが部下に指示を飛ばし、出撃準備を済ませた者から龍に変身、空へと羽ばたいていく。情報では鉄族の長、“灼陽”がすぐそこまで迫っており、もし彼を『龍の耳』の射程内に収めてしまえば、ここなど瞬く間に制圧されてしまうだろう。
(ここでの終わらない戦いを終わらせることというのは、決して、どちらかの部族が犠牲になるという事では無いはず。
 戦況は龍族に不利……彼らが守りに強いとはいえ、鉄族の攻撃は強力。少しでも被害を食い止めなければ……!)
 そう思いながらも、真言の脳裏には『この後』の事が浮かぶ。彼らがもしも両方共、何らかの経緯を経て元の世界に戻ったとして、果たしてその地に彼らの居場所はあるのだろうか、と。
 彼らは世界から『不要である』と判断されて送り込まれたようなもの。そんな彼らが生きていくための世界は、元の世界ではダメなのではないか、と。
(……いいえ、一人で考えても仕方ありませんね。
 考えることは必要ですが、その為にはこの戦いをどうにかしませんと)
 考えを切り替え、真言は『龍の耳』を防衛するため、グランと出撃する。主な戦域は龍族、鉄族とも空中であったが、鉄族の一部には人型に変形して地面を移動するものも居た。これは龍族が人型の状態では特に防御力に難がある点を突いたものであり、実際鉄族の攻撃に対し、既に被害が出始めていた。
「うわぁ!」
 今も、鉄族の攻撃で龍族の戦士が吹き飛ぶ。上空からの支援を望みたい所だが、上は上で龍と戦闘機が激しく交戦しており、それも難しい。
「グラン、回復をお願いします!」
「うん。頑張る、の」
 真言に頷いて、グランが傷ついた戦士の回復に努める。真言はそのまま進み、交戦区域に踏み込むと『絶対領域』と呼ばれる結界のようなものを展開する。それは鉄族の攻撃を弱め、かつ鉄族に相応のダメージを与える程の威力だった。契約者の参戦によって出足をくじかれた鉄族が態勢を整えるべく撤退したのを見計らい、真言も退く。
「治療、終わったの」
「ありがとう、君たちのおかげで助かった。思えばこれで契約者に助けられるのは二度目になるな」
 ソールと名乗った彼は、以前デュプリケーターに襲われた所を契約者に助けられたのだという。その契約者も今回の戦いを知って、龍族側で参戦している旨を聞き、自分と同じ者が居ることへの安堵感のようなものを得る。
(願うなら、鉄族と共に戦う契約者にも、戦いを収める気持ちを持ってほしいのですが……)
 そればかりは自分の力でどうにかなることではないと分かりつつも、皆が皆一つの思いでいればこれほどいがみ合うことはないのだと思えば、複雑な思いを抱く。
「主、トラップの設置が終わったの」
 グランが戻って来て、真言に報告する。鉄族の接近を防ぐためのトラップを設置し、最低限の損害で退かせる。これは相手を圧倒する戦いではない、護るための戦いであるから。


「そうですか、そのような事に……」
 イルミンスールに御神楽 環菜(みかぐら・かんな)と訪れ、アーデルハイトから状況を耳にした御神楽 陽太(みかぐら・ようた)が、天秤世界に滞在しているエリシア・ボック(えりしあ・ぼっく)ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)を心配するように『深緑の回廊』のある方角を見つめる。
「……向こうの機器そのものは生きてるわね。ミーナが無意識に配慮したのかは分からないけど、彼が落ち着けば通信が回復する可能性は高いわ。
 折角来たついでよ、手伝ってあげる。陽太、あなたはエリシアとノーンに励ましの言葉をかけてあげなさい。あなたからの言葉が二人には一番の激励なんだから」
 そんな陽太を励ますように、環菜が通信機器の状態を確認しつつ、陽太に指示を送る。環菜ももちろんエリシアやノーンのことは心配だが、パートナー同士である陽太に一歩譲った。
「そうですね、そうします。
 では環菜も、エリザベートへの激励メールを考えるというのはどうでしょう? 転送はアーデルハイト様にお願いすればいいわけですし」
 すると陽太から提案が返されて来て、環菜は苦笑する。昔は環菜が提案して陽太が応えるパターンが多かったが、最近はこうして互いに提案をし合う様が見られるようになっていた。それ自体は非常に好ましいことなのだが、こういう時にまで返されるのは、環菜にとっては気恥ずかしくもあった。
「……ええ、そうするわ。お願いできるかしら?」
「うむ、構わんぞ」
 快く了承したアーデルハイトに礼を述べて、そして陽太はエリシアとノーンへ、環菜はエリザベートへの激励メールを考え始める。

(戦力面でも士気の面でも、龍族は厳しいですわね……。
 わたくしとノーンは、龍族側に付きましょう。彼等とは縁もありますしね)
 そのように判断を下したエリシアがノーンと、ワイバーンモデラートと共に『昇龍の頂』を発つ。ここから『龍の眼』まではそう遠くなく、さらに両軍が交戦する地点はほぼ中間地点であったため、飛んで直ぐに敵の攻撃と思われる光線が視界に入り、龍の咆哮が耳を打つ。
「あ、おにーちゃんからメールだ。えっとね……
 『かなり差し迫った状況のようです。ですが、エリシアとノーンには、後悔の無いように自分を信じて行動を貫いて欲しいと思います。
  俺と環菜も2人や他の契約者の皆の想いと力を信じています。月並みな言葉かもしれませんが……頑張ってください!』

 だって!」
 ノーンが読み上げた陽太からの激励を、エリシアは「こんな時まで、陽太は変わらないですわね」と素っ気ない言葉を表向きは口にするが、内心嬉しく思いながら受け取る。自分たちのことを心配してくれる人が居るからこそ戦えるのだし、ちゃんと無事に帰ってこようと思えるのだから。
「見えてきましたわよ。わたくしたちで戦況を五分にいたしますわ!」
「ラジャー!」
 視界の先、2機の鉄族に追い回される龍族が見える。致命傷は避けているものの、それも時間の問題に見えた。
「モデラート、炎熱線照射! 鉄族の注意をこちらへ向けますわ!」
 エリシアの指示に応え、モデラートがブレスを吐く。突然の横合いからの攻撃に鉄族は注意を引かれ、2機が分かれてエリシアたちを狙う。発射されるビームは展開した扇状のシールドによって防がれるが、一発で耐久力のほとんどを奪われる威力に、二人は改めて戦いの場とはこういうものだと痛感する。
「……恐れを得ていることを、否定はいたしません。
 けれども、恐れを克服する術は、とうに得ていますのよ!」
 シールドの回復をノーンに任せ、エリシアは対イコン用のスタン兵器を発射し、高度を上げる。鉄族が生じた閃光の中に突っ込み、一時的な混乱に陥った所へ急降下し、強靭な爪で翼の一部を破損させる。追撃される前に素早く退いた鉄族に代わって、態勢を立て直すことに成功した龍族がやって来る。
『俺はヴァイス、君達のことはケレヌス様から聞いている。君達のおかげで助かった、礼を言う!』
 一声鳴いて、こちらへ向かってきていた鉄族を特大のブレスで追い払い、追撃するヴァイス。その迫力は流石のモデラートも降参とばかりに小さく鳴くことしか出来ないほどであった。


 彼らの戦いは空だけではない。地に足を着けた龍族と人型に変形した鉄族は、地上でも熾烈な争いを続けていた。
(龍の耳、ここを落とされれば龍族に後はない。
 ダイオーティ様にもしものことがあれば同じ結果だけど、それは大丈夫。うん、きっと大丈夫)
 進路が判明した“灼陽”に対抗するべく出撃したダイオーティの下には、契約者の搭乗するイコンが随伴した。彼女は決して、一人ではない。
「ダイオーティ殿を直接護れずとも、この地を鉄族に取らせない事で結果として護ることに繋がる。
 今更「どちらかだけ」なのは、な。両方とも、いや、全ての者が、かな?」
 ニコラの発生させた乱気流が、龍族を圧倒しかけていた鉄族を巻き込む。コントロールを失い落下していく鉄族、地面に接触する寸前で人型に変形して損傷を免れ、地上部隊と合流を図ろうとする。
「止まって、と呼んで止まってくれるとは思わない、だから……止めさせる」
 決意の表情を見せた終夏の、隣に鏡写しの自分が現れる。二人の終夏が手をかざした先、僅かに生えていた樹木が強烈な成長を果たし、傍を駆け抜けようとしていた鉄族を吊り上げてしまう。
『うおおぉぉ!? な、何だこれは!?』
 突然の事態に戸惑う鉄族へ、一人に戻った終夏が持ってきていたヴァイオリンを取り出し、構える。上空ではニコラが弓を携え、警戒の姿勢を取る。
(上手く行く保証は無い。逆に火に油を注ぐことになるかもしれない。
 けれど、彼にもダイオーティ様が見たようなものが見えれば、少なくとも動揺はする。戦わなければ、という意思を変えられるかは分からないけれど、やってみよう)
 不思議な効果を持つヴァイオリンを、終夏は弾き始める。目の前でもがく鉄族の彼を思ってヴァイオリンを弾けば、見えてくる光景があった――。


「おい、また森を見ているのか?」
「ええ、森は好きです。……この森が戦いで失われてしまうのが、僕は恐ろしい」

 丘から眼下に広がる森を見つめる、二人の鉄族。同じ部隊の同僚だろうか、親しげな様子で二人、語らい合う。
「俺も、お前ほどではないが、森はいい、と思っている。失われることへの恐怖もな」
「……終わらせましょう、戦いを。森が失われる前に、僕たちの手で」
「あぁ、そうだな」


『クソッ……どうしてこんな時に……クソッ!!』
 光景を見せられた鉄族が、先程とは違うもがき方を見せる。それは逃げ出そうとするものではなく、自分自身へ怒っているかのようだった。
(少しの間でいい、そこで大人しくしていて。きっと森は、あなたを護ってくれるはずだから)
 ヴァイオリンを弾き終え、終夏が彼の無事を願いながら、その場を後にする。


 飛行する鉄族の機体に、レッサーワイバーンに搭乗する鷹野 栗(たかの・まろん)が攻撃を仕掛ける。
「あああぁぁぁ!!」
 ワイバーンと共に飛び、機体下部からの槍による突き上げる攻撃は、鉄族の機体の主翼を貫いて運動性を大きく損なわせる。そこに援護としてやって来た別の機体がレーザー砲を撃つが、栗はワイバーンの背を蹴って空に飛び上がることで回避し、そのまま真下に飛んできた所を突き刺して今度は機関部に損害を与え、撤退に追い込む。
「……どうしちゃったんだろう、私」
 ワイバーンの背で荒くなった息を整え、栗は自らに問いかけるように呟く。この地で龍族と鉄族の決戦が行われると聞いて駆けつけてから、栗はある光景を頻繁に見るようになっていた。
 それは、龍族が勝つ光景。最終的な勝利ではなく、局地的な戦いで勝利した時に喜ぶ姿を、栗は何度も頭に思い描いていた。
「中立でなくちゃいけないのに。私は望んでしまったの。龍族が勝つ光景を。
 鉄族を倒そうとは思っていないのに。争いを止めたいのに。でも――」
 問いかけを妨害するように、別の鉄族の機体が栗を標的に捉え、レーザー砲を発射する。回避する栗を追撃しようとして、鉄族の機体は突如出現したヤドリギに絡まれる。
「栗をやらせはしないよっ!」
 ミンティ・ウインドリィ(みんてぃ・ういんどりぃ)の生み出したヤドリギは、鉄族の機体からエネルギーを吸い取り、ミンティにも一時的な魔力増大効果を及ぼす。その力でさらに追撃をしようとする鉄族の機体へ水鉄砲の要領で高圧の水をぶつければ、飛行をそれ以上続けられなくなった機体が地面に不時着する。一瞬ミンティはしまったと思ったが、落とした機体が人型に変形して撤退に移るのを見て、ホッと溜息を吐く。
(戦いの場とはいっても、相手を退かせるだけでいいんだ。何も必要以上に倒す必要はない)
 そう思った矢先、目の前の手負いの機体にまるで龍が噛み付くが如く連続して攻撃を加える栗の姿を認める。そのまま攻撃を加えていればいずれ空中で爆発粉砕したかもしれないが、別の機体が援護に入り攻撃を中断させられたことで、その機体はなんとか撤退をすることが出来た。

「私の天秤が、傾くの。龍族を守りたい、という気持ちに」
 鉄族の攻勢が止み、地上に戻って来た栗は傍に控えるミンティに、自身の心の揺れ動きを語る。
「中立でなくてはいけないのに。……龍族を守りたいの」
 それを聞いて、ミンティは栗は、龍族と近すぎたんじゃないかと思う。けれどそれは決して悪いことではなくて、龍族と近いからこそ分かる事もあるかもしれない、中立の立場では気付けなかったことにも気付けるかもしれない、そう思っていた。
「それだけ、龍族を大切に思えるってことでしょ。
 誰の天秤も、どっちかには傾くんじゃないかな。傾きかたに差があったとしてもね」
 悪いことではない、その気持ちを伝えたくてかけた言葉に、栗が「……そうなのかな?」となおも不安な様子で返す。
「大丈夫。戦いを止めようとしたこと、無駄になったりしないよ。
 だから、大丈夫。根拠を示せって言われたら、そうだなぁ……精霊の勘、かな」
 笑って答えるミンティに、栗もやっと、笑顔のようなものを見せた。