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【両国の絆】第二話「留学生」

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【両国の絆】第二話「留学生」

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【幕開け前――思惑ひしめく場所にて】




「……どうみても「誘ってる」わよねえ、これって」

 そんな打ち合わせ風景を遠目に見ながら、警備の配置について思いを巡らせていたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、手元の端末を眺めながらああでもない、こうでもないと悩ませていた。
 元演習場というだけあって、相応に広い会場だ。自分の率いる部隊だけでは到底足りなそうもない。ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)が記録要員として物陰に潜ませた自らの親衛隊が、警備するほかの誰かが不審者と間違って混乱させないために、その位置を担当たち告げたりと忙しなくいたのだが、ふと思い出したように「そういえば、会場の見取り図、何処まで開示できるのかしら」と、呟いた。
 同じように自主的に警備に回った契約者は、教導団に所属する契約者だけではない。この罠に飛び込んでくるかもしれない「敵」から、観客達を彼らに守ってもらうには、どう配置するか。どう指示すべきか、そしてその為にどこまで情報を与えていいのかと、ルカルカは首をひねっていたのだ――勿論、教導団は一般契約者への指揮権を持たない。にも関わらず、彼等に教導団としての命令を指示しようとしていたのだ――が、幸いというべきか当然というべきか、それが行動に移されるより前に、こちらは正規に命令を受けている警備担当の一人が、手伝いを申し出る契約者達に資料を配っていた。
「良いんですか?」
 機密上問題は無いかと言う問いに、担当の男は首を傾げた。
「問題は無ありませんよ。無いからこそ会場にしているのですし」
 そう言って、担当の男は軽い苦笑を浮かべながら続ける。
「ご周知の通り、この旧演習場は数年前から使われてませんし、使われた形跡も殆どないんですよ。何のためにあったのだか。正直、本当に演習場だったのか怪しいものですよ」
 担当の男によると、使用記録の方が機密扱いでそちらの開示の許可は下りず、ルカルカは息をついた。
「結局判ったのは、出来た時期と見取り図ぐらいかあ……」
「それでも、有るのと無いのでは大違いだ」
 ぼやいたルカルカに、ダリルが苦笑交じりにフォローを入れたのに気持ちを入れ替え、自身の部隊である獅子の盾と獅子の牙を、有事の際は敵を倒すのではなく観客を守り避難誘導する事を命じ、会場の各所に目立たないよう私服で配置すると、自身はカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)と挟むようにして、金 鋭峰(じん・るいふぉん)のいる賓客席の側へとついた。
 鋭鋒の周囲は既に護衛がついているため、二重警備になってしまう分、配置の効率としては悪手だが、一挙動で団長を護るため、万全を期すに越したことはない、と考えてのことだ。
 勿論、命令外のことなので、会場の警備責任者へ自身の警備の状況を伝えるとると 「宜しいですか?」とルカルカは護衛たちの中心で、観客然と寛いだ様子で腰掛ける鋭鋒へと話し掛けた。
 無言のまま先を促す様子に、ルカルカは続ける。
「今回襲撃して来ると思われる契約者の、所属学園からの放校を提案します」
 契約者、学園というキーワードにルカルカが誰かを当たりにつけているのを感じて軽く目を細める鋭鋒に、後を引き取ったのはカルキノス・シュトロエンデ(かるきのす・しゅとろえんで)だ。
「今回の交流試合が罠の側面が強いとは言え、両国の友好行事。処分無しに済ますわけには行かないでしょう」
「仮に、そのような事態が起これば、無視するわけにはいかない、が」
 と、その言葉に、一度は頷きながら「学園から放校……という事は、「シャンバラの学園に通う学生」が、襲撃して来る可能性に確信があるのか?」と口にすると、一瞬顔を見合わせた両名に、鋭鋒は続ける。
「第一に、もし実際にシャンバラの学生がこの会場なり客なりを襲撃したとなれば「別の」対応が必要となるだろうな」
 その理由は説明せずとも判るだろうと言葉を切り、呼びに来た兵士が軽い合図を送るのに応じて席を立ちながら「可能性がゼロとは言わない。万全を期すのは当然の事だが」と、尚も続ける。
「交流行事ならばこそ、最も護るべき相手は誰か? ……目的を間違えては意味が無い」
 この罠が「誰を」そして「何を」想定した罠か。
 含むように言い残して、鋭鋒は来賓の方へと踵を返したのだった。





 一方、同じく会場、観客席側。
 随時連絡や情報をやりとりするために、と、警備に当たる者達全員にインカムを渡した神崎 優(かんざき・ゆう)は、お互いの位置を確認しあいながら、客席の間を巡回していた。観客としてではなく、パートナー達全員と固まって行動するのは、巡回していますと宣言するようなものだ。会場内警備の効率のこともあって、二手に分かれて巡回する中、不審に思われない程度に目を光らせ、神崎 零(かんざき・れい)の神の目をカメラのフラッシュかのように誤魔化しながら、座席の合間を縫って歩いていた。
「あからさまに誘ってるが……だからといって相手が何もアクションを起こさないとは思えない」
 それに、このあからさま具合でも必ず誘いに乗ってくる、との確信があるからこその、状況なのだろう。あるいは、あからさまな点も、誘いの一環なのかもしれない。そう告げると「そうね」と零が応じるのに、優は続ける。
「ヴァジラか、ティアラか……狙われるとしたら恐らくそこだろうが、万が一ということもあるからな」
 狙いを悟らせないために敢えて会場を先に狙うか、あるいは別の目的を持った誰かが便乗して会場に攻撃をしてくるか、考えられる「万が一」はいくらでもある。自分達は被害を出さないように努めなくては、と優は決意を示していたが、その思いを優らしい、とは思いつつ、零はくすりと「そんなこと言って」と笑みを零した。
「優の事だからヴァジラさんやディミトリアスさんに何かあったら飛び出していっちゃうんじゃない?」
「それは……」
 その言葉に、優は否定をしかけて飲み込んだ。
「仕方が無いだろう……友人なんだから」
 勝手に身体が動くのは止められない、とその声が溜息混じりに言うのに、零はくすくすと笑った。本人はそう言っている通り、友人の危機に動かずにいられないのは判っている。同時に、他の一般人の危機を見過ごせないのもだ。傾けられない天秤に、優がその眉を寄せているのに、零は「大丈夫」と微笑みかけた。目を瞬かせる優に、零はその手をぎゅっと握る。
「優が飛び出していっても、私達がいるよ」
 だから、迷わないでいいからね、と零が優しくしかし力強く言うのに、優は一瞬瞬いて、頼もしさや嬉しさ、ほんの少しの照れ臭さも伴いながら頷いたのだった。

『今のところ不審者は見つからないが――試合開始前だからか、人が動きすぎていて特定が難しいな』
「そうですね……」
 もらった見取り図と見比べて、優から受け取ったインカムで情報交換しつつ位置を確認する傍ら、思いのほか広い観客席を眺めて、酒杜 陽一(さかもり・よういち)は息を吐いた。
「急な開催だったからか、観客が一杯になっていないのは幸いですが……」
 それでも決して少ないとは言えない。いざという時の為に、観客達をどう指示すれば良いのか、と陽一は念入りに避難路を確認し、他の警備担当たちとすり合わせていく。
 一見しては地味ではあるが、重要な仕事だ。
『――で、この経路を使って全員を外へ誘導するという形が良さそうですね』
「そうね」
 陽一からの通信に、同じく優からインカムを受け取っていたマリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)
が応じた。
「一時避難場所は、会場の西側に――ねえ、後は何処を確認すればいいかな、カーリー?」
 後半は、通信を切ってのマリエッタ問いだったが、水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は聞こえていないのか、表情こそ真剣に会場と見取り図とを見比べているものの、どこか集中しきれていないように見えた。マリエッタは陽一に断って一旦通信を切ると、その何かを堪えるように沈黙する顔を覗き込む。
「……カーリー、大丈夫?」
 休んでいたほうが良かったんじゃない、と問う心配そうなパートナーの声に漸くはたと目を瞬かせ、ゆかりは苦笑した。
「平気よ。それに、何もしていない方が滅入っちゃうし……」
 そうは言いながらも、ゆかり自身、集中出来ていない自分を自覚していた。
 海中遺跡を訪れた後からずっと、その際に触れた女の狂気が気を抜けば溢れ、精神を圧迫するのだ。ともすれば飲み込まれそうになるそれは酷くなる一方で、軍医からも忠告されているのだが、自身で口にしたように、何もしないでいるよりは、仕事に意識を向けている方がまだ気持ちを制御できるのだ。
「本当に大丈夫よ。集中、集中」
 まだ不安げな眼差しを向けるマリエッタの頭を撫で、ゆかりは今度こそ意識を会場へと引き戻し、見取り図と配置図を見比べて、狙われそうな場所、狙われたら厄介な場所、安全な場所、とカテゴライズしながら、他の警護担当者たちのいる場所とを重ね合わせていく。
「座席は、シャンバラとエリュシオンで分かれているのね……当然といえば当然なんだけど」
「何か気になるの、カーリー?」
 呟きに、マリエッタが首を傾げると「警備の比率がね」とゆかりは軽くだけ眉を寄せた。警備はただ数を増やせばいいというものでもない。特に、今回のようにあからさまなほど罠の性質を持っている場合に、ごてごてと警備を増やしては、相手を警戒させすぎて襲撃を取りやめることになれば本末転倒だ。
 ならば、この人数で確実性を上げるためには、どこを狙われるかを考えて動かなければならない。ゆかりは痛む頭を抑えて、もう一度配置図を眺めた。
 一番に危険なのはこの場で最も傷つけられることに政治的な意味合いを生じる存在のいる賓客席側だが、鋭鋒の方は護衛もいるし契約者もついている。だが恐らく、最も狙われるであろう対象は、とゆかりは視線をそちらへと向けた。
「…………もう片方よね」



 その片方――本日の賓客の中の最上位であるエリュシオン帝国はカンテミール地方選帝神ティアラ・ティアラは、子供を護る親虎を思わせる徹底振りで、誰の接近も許そうとしない戦部 小次郎(いくさべ・こじろう)に、はあ、と息を吐き出した。
「握手もダメなんですかぁ? おかーさん」
 冗談めかすティアラに「駄目です」と小次郎は即答した
「狼さんにぱくりとやられたらどうするつもりかしら赤頭巾ちゃん?」
 しれっとノリに付き合って、ファンを名乗ったりスタッフを名乗ったり、或いは貴族やらの肩書きを下げて近づく者達を、老若男女の区別なく捌いていく。
 両国に不和を、と望む者達からすれば、今回の交流試合中、最も狙われる可能性が高いのはティアラだ。
 今はまだ表沙汰にはなってはいないが、帝国側からのシャンバラへの誘拐、襲撃といった行為があったなら、シャンバラ側が帝国側の人間に被害を出すことで追い討ちをかけようとするのは想像に難くない。エリュシオンの選帝神がシャンバラの地で怪我の一つでも与えられたとなれば、十分に両国間に亀裂を入れることが出来るのだ。
 それ故に、万全を期さねばならない、と、ティアラの傍に誰も近寄らせないように、と動く小次郎の対応は誰に対しても例外無く、挨拶に寄った団長でさえ偽者を疑う姿勢に、鋭鋒もティアラも、苦笑がちではあったものの頼もしい限りと笑いと零した。
 ティアラの護衛でありパートナーでもある龍騎士ディルムッドだけはその表情から不機嫌を消さないが、それもいつものこと、と小次郎は気にしていなかったが、珍しくそんな彼の方から口を開いてきた。
「護衛など、一人いれば十分なものを」
 それが小次郎一人への文句なのか、賓客席周りの警備全体を指した皮肉かははっきりしながったが「そうはいきませんよ」と小次郎は真面目に応じた。本人を見ているとそうは見えないが、他国の領主、それも地球でいうなれば州知事のような立場の相手である。このような場合でなくとも、体裁上も最も護衛をつけておかねばならない筈の相手なのだ。
「シャンバラからの襲撃に対して応じたのがエリュシオンの護衛、ではね」
「ふん」
  国と国軍の面子が立たない、と言外に含めるのに、そんなことは判っている、と言いたげなディルムッドに、ティアラと小次郎は顔を見合わせて肩を竦めるのだった。
「しっかし、こんなあからさまな状況下で、本当に仕掛けてくんのかな」
 そんな彼らの会話を耳に、呟いたのはシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)だ。首を傾げる様子に、ティアラは「さあ?」と暢気に肩を竦める。その様子に慌てたのはシリウスの方だ。
「さあ……って、大丈夫なのかよ?」
「作戦立案はティアラじゃないですしぃ、何事も無ければ両国交流行事ってことで終わりじゃないですかぁ。第一に、ティアラは「お客様」ですよぉ?」
「それならもうすこしお客様らしくしてて欲しいものですがね」
 ティアラの言いように小次郎がちくりと刺した。あからさまに混乱を生じるような場面設定をした教導団と、それすら楽しんでる雰囲気のあるティアラの立ち振る舞い。ティアラらしいと言えばその通りだが、護る側としてはもう少し大人しくしていて欲しいものだが、と、隣で頷くディルムッドまでが頷いていたが、それを綺麗にスルーしてティアラは続ける。
「それにぃ……そちらの団長さんは何か確信があるっぽいっていうかぁ、だからティアラがご指名されたみたいですしぃ?」
 選帝神だから、親シャンバラ派であるから、そして契約者と馴染みやすいだろう地球出身者であるから。それが今回エリュシオン代表としてやって来た理由かと思っていたが、どうやらティアラでなければならない理由は、他にあるらしい。小次郎がその目を細めていると、ティアラは意味深に笑って「っていうかぁ」と楽しげに笑った。
「アイドルのティアラとしてはぁ、こんな知名度上げてくれそうな『面白そうな』こと、他の選帝神の方々にはぁ、ちょっとお譲りできないですよねぇ?」
 そのティアラらしい物言いに、シリウスは思わず噴出し、小次郎とディルムッドはやれやれと肩を竦める。
『キミらは気楽でいいよねぇ……ま、深刻ぶられても心配になるけどさ』
 やや離れたところから彼らと同じく警備を努めるサビク・オルタナティヴ(さびく・おるたなてぃぶ)が通信機越しに溜息をつくと、国頭 武尊(くにがみ・たける)から『おしゃべりはいいけど、そろそろ試合開始だぜ』とテレパシーが送られてきた。ちなみに、エリュシオン側の選手として参加するらしい。木を隠すなら森の中、交流戦の選手であれば堂々と会場に武器の持ち込みが可能である以上、不心得者がいないとも限らないからだ。とは言え、動機はそれだけではない。留学生として来ている従騎士や騎士候補生は将来を見込まれた若者が殆どだ。そんあ相手に知己を得ておくのも悪くない、という狙いもあればこそだ。が、それは今は兎も角である。
『こっからは何が起こるかわからんからな。こっちでも注意はしてるが……そっちも注意してくれよ』
 その言葉に、はいはい、と肩を竦めたティアラはすくりと席を立ち、さりげなく小次郎達の間に挟まれる形で、開会の挨拶へとマイクの方へと向かったのだった。