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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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■第45章


「ああ。あれが肆ノ島ですね」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)は高速艇の前甲板で、強い向かい風に散りそうになる髪を押さえながら言う。
 伍ノ島を出たとき肆ノ島上空をすっぽり覆っていた黒雲は、今は中心が少し西の雲海の方へ流されているようだった。あれがオオワタツミから噴出しているのだとすれば、オオワタツミはちょうどあの辺りへ移動しているということだろう。目的地上空にはオオワタツミの眷属である雲海の魔物たちの姿がちらほら散見されたが、やはり大多数はオオワタツミを慕って――その庇護を求めて?――移動しているようだった。
 少ないとはいってもゆうに数十匹はいる。小型武装艇やトトリに乗った参ノ島の兵たちと空中戦をしているが、あの空域に入ったとき、どれだけの数の魔物がこちらに気づくだろう?
 その可能性にゆかり自身、知らぬうちに眉を寄せていると、甲板に設置されていた近くのスピーカーからの声がした。
『あいつらは僕が引き受けるから、減速せずに降下していいよ』
 ゆかりに向けてではない。高速艇を操縦している伍ノ島のキンシの女性への言葉だ。
『分かったわ。頼りにしてるわよ。よろしくね』
 操縦席の女性は並列して飛ぶタケミカヅチのコクピットにいる託に向け、ぐっと親指を突き出して片目を閉じて見せる。かすかにアイリスの笑声が聞こえたところでブツッと通信は切れた。タケミカヅチは一度失速し、高速艇から距離を取ったところで再び加速する。
「カーリー」
 後方でドアが開いて、マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)が内側からひょこっと顔を覗かせた。
「あ、いたいた。
 これから降下に入るそうよ。危険だからなかへ入ってって」
「分かりました」
 柵から身を離し、ドアを押さえて待つマリエッタの方へと向かう。ドアをくぐる直前、ゆかりはもう一度視線を黒雲の方へ巡らせ――そこで戦っているに違いない仲間たちに思いを馳せたのだった。


 降下する高速艇に気づいて攻撃しようと近づいてくる魔物はすべて託の操縦するタケミカヅチが撃墜するか追い払った。ある高度まで下がったところで魔物たちが追うのをあきらめ、上空へ戻っていくのを見て、託も「じゃあ」と護衛を切り上げ、本来の目的であるオオワタツミの方へ飛び去って行く。
 肆ノ島の地上はあちこちで落下した魔物の死骸に押しつぶされ、無残な状態だった。地上に激突し、まだ動ける状態の魔物は1匹もいないようなのがせめてもの幸いだ。
 歌菜は窓から見える地上の様子に瞳を陰らせ、表情を暗くする。
「こうなることも、クク・ノ・チさんは承知の上、だったのかな……」
「大丈夫だ、歌菜。よく見てみろ、被害のわりに通りを逃げる人の数が極端に少ない。ほとんどの人は避難しているということだ」
 慰めるように肩を抱いた羽純に引き寄せられるまま、その胸にもたれて、歌菜は「うん」とうなずく。
「初めて見る肆ノ島がこんな状態で、すごく残念」
「ああ」
 こんな状況でなかったら……。
 きっと、また来て、こんな状態でない島を見よう、と歌菜は思った。
 そのためにも、橋は必ず架けなくてはいけない、と。
 そうする間にも高速艇はぐんぐん高度を下げ、やがて肆ノ島の回収班との待ち合わせ場所である肆ノ島太守の屋敷の奥庭へと着陸する。本当なら待ち合わせは屋敷外にした方がよかったのだろうが、全員がこの島へ来たのは初めてという不慣れな状況では、すれ違いや勘違いといった事態から思わぬタイムロスが発生することを懸念して、やはり屋敷がいいだろうということになっていたのだ。警戒して船内で待ってみたが、屋敷を警護する随身たちが現れる様子はなかった。
「それどころじゃないっていうことでしょうけど。ちょっと拍子抜けね」
 てっきり戦闘が起きると思っていたマリエッタは持ち上げていたヘビーマシンピストルを下ろすと肩を竦めて見せる。
「そうですね。でも正直、私はほっとしました」
 戦闘は不得手だから、と苦笑して見せ、ゆかりもまたマジックデストラクションを下ろした。
 それでも油断は禁物だと、歌菜、ゆかり、グラキエスたち7人は高速艇を囲むようにして360度に展開し、敵の出現を警戒する。特に歌菜は自身が本物のマフツノカガミを持っているだけに、これを奪われてはならないとの思いから緊張していた。
 最初に到着したのはやはり最短距離のアルクラントだった。ついでかつみたちが到着し、最後に陣たちが来た。
「スク・ナ」
 ナ・ムチが立っているのを見て、ためらうように少し歩速を落としたスク・ナの背中を義仲がこづくように押す。2歩3歩と前に出て、そのことで決意がついたようにスク・ナは持っていたヒガタノカガミをナ・ムチに突き出した。
「ほらこれっ! これがあれば、ナ・ムチの大切なあの子が助かるんだろっ」
 ナオや義仲たちの見守る前、緊張して少しつっけんどんな言い方で、でも両手でまっすぐ突き出しているスク・ナを見て、ナ・ムチはヒガタノカガミを受け取る。
「ありがとう、スク・ナ」
 ナ・ムチからお礼を言われて、スク・ナの強張った体からみるみる緊張が溶けていく。ほっとした表情が広がったときだった。

「フハハハ! 我が名は世界征服を企む悪の秘密結社オリュンポスの大幹部、天才科学者ドクターハデス!」

 勝ち誇った高笑いでドクター・ハデス(どくたー・はです)が現れた。
「あっ、ハデスのおにーちゃん!」
 また会えた、とスク・ナは笑顔で無邪気に手を振るが、そのほかのナ・ムチやコントラクターたちはハデスの後ろに立つオリュンポス特戦隊たちの押し出している空気に早くも不穏なものを嗅ぎ取って、瞬時に警戒態勢をとっていた。
 どれも見るからに戦闘なれしている戦闘員たちだ。それがざっと見で20人はいる。これだけの数をそろえて現れて到底ただのあいさつですむはずはなく、また手助けを申し出るという雰囲気でもなかった。
「ククク。神器の回収ご苦労だったな。さあ、おとなしくその神器をこちらへ渡してもらおうか」
「……神器が目当てか……」
「おっと、そこまでだ」
 グラキエスの右手がスカーへと流れようとしたのを目ざとく見つけて、ハデスがストップをかける。
「へたな動きはしないことだ。邪魔をするのであれば、容赦なく排除させてもらうぞ!」
 宣言とともに、魔王の目が全員を射すくめた。威圧げな鋭い眼光に真正面から射抜くように見られた瞬間全身が硬直し、隙をつくべく前に出ようとした何人かの動きがにぶる。
「ククク、この俺を、ただの非力な科学者だと思うなよ?」
 ハデスは下ろしていた魔剣ゴッドスレイヴを持ち上げ、切っ先を向けた。
「さあスク・ナよ、やつらから神器を受け取ってこちらへ持ってくるのだ」
 さすがにここまでくれば、スク・ナもハデスのしていることがみんなと正反対であることには気づく。
 むう、と眉を寄せ、眉間にしわをつくった渋面で、真っ向からしかりつけた。
「おにーちゃん、何言ってんだよ! 今はそういうときじゃないだろっ! このカガミがないと浮遊島群がオオワタツミにやられて落っこちちゃうんだよっ! ヒノ・コのおじいちゃんが言ってたじゃないか、落ちる先はシャンバラだって! おにーちゃんシャンバラ人だろ! シャンバラがどうなってもいいっていうのかよ!
 おにーちゃん、世界せーふくが目的だって言ってるけど、じゃあシャンバラだってそのせーふくする世界だろ! ボッコボコの穴ぼこだらけになった世界をせーふくして、おにーちゃんはそれでいいのかっ!?」
「う……むぅ……」
 スク・ナの激しい口舌にハデスは言葉を詰まらせる。
 スク・ナに面と向かって歯向かわれたことに、少し動揺している様子のハデスに隙を見て、エルデネスト・ヴァッサゴー(えるでねすと・う゛ぁっさごー)が龍闘気を飛ばした。
「うるさい! 俺が考えていないと思うのかっ。その神器を使ってクク・ノ・チと交渉し、少々計画を変更――うっ」
 剣を持つ手に突然殴られたような激しい痛みを感じて、思わずハデスは剣をその場に落としてしまった。
「うおおおおおおおおおおお!!」
 その様子を見て、アウレウスが勇猛な声を発しながら聖槍ジャガーナートを手に突撃をかける。ほぼ同時に
「ウェンディゴ、サンダーバード、来い!」
 羽純の険しい声が響いて召喚獣たちが次々と現れ、アウレウスに続く。考えることは同じか、羽純の横で歌菜もまた、フェニックスを呼び出していた。
「神器は絶対に渡さないから!
 炎の不死鳥よ、我の召喚に答えよ!」
 空を滑るように飛行してアウレウスやほかの召喚獣たちを追い抜き、向かってきた炎の鳥を、ハデスは魔剣ゴッドスレイヴで待ちかまえ、一刀両断にした。
「舐めるなと言っただろう?」
 つぶやくハデスのはるか手前で、ハデスを守る特戦隊とアウレウスたちとが激突する。
 こうしてハデスとコントラクターたちの戦いの火蓋は切って落とされたのだった。


「行け! 我が隊員たちよ! やつらから神器を奪い取ってくるのだ!!」
 ハデスからの命令に、特戦隊がなだれを打って一斉に前へ出る。
「まったく……こういった戦闘って苦手だからしたくないんですが……それでもこんなふうに、やらなきゃならないときって案外多いんですよね」
 とっさに庭木の影に飛び込み、ゆかりはぼやく。
 彼女の得物はマジックデストラクション。片手で操れる小銃ながら、驚異の破壊力を持つ銃である。それで、前衛に出てサンダークラップの電撃やグラビティコントロールによる重力変化を巧みに使い分け、敵を蹴散らしているマリエッタのサポートをしていた。マリエッタを狙おうとする特戦隊員たちの動きを抑え込み、接近をけん制する。
「避けろ!」
 羽純の声に従い、マリエッタは確認することなく瞬時にポイントシフトでその場を離れた。間髪入れず、羽純の放った剣の舞が敵を切り裂く。それで倒しきれない分を掃討するようにグラキエスの天の炎が真上から降りそそがれた。
「主よ、無理をなさいますな……! このような雑兵、主のお手を借りずとも蹴散らしてご覧にいれますゆえ」
 浮遊島群に来て以来、ずっとハードな日程を送っているグラキエスの身を心から案じて、アウレウスが鍔ぜりあいのさなか、肩越しにグラキエスをかえりみる。
「大丈夫だ。それよりおまえこそ、戦闘中に敵から目を離すんじゃない」
 グラキエスの顔色はアウレウスが心配するように、たしかに色を失っていたが、声には張りがあり、地を踏みしめる足は微動だにせず、伸ばされた腕はしなやかでバルセムを操る手にブレはない。
 前衛に出て敵と切り結んでいるアウレウスと違い、グラキエスのとなりについて、粘体のフラワシに彼を守護させつつ彼の状態を間近で見ているエルデネストには、アウレウスがしているような心配は無用だと分かっていた。
「ふふ。そう気にせずともよいのに。グラキエスさまは大丈夫。私がこうしてそばにいて、何の不安があるものか」
「……何か言ったか?」
「いいえ。独り言ですよ。お気になさらず。
 それより、急がなくてはいけませんね。もうずい分ここで足止めを受けています」
 ツク・ヨ・ミたちを助けるためには一刻も早く神器を各島に設置し、橋を架けなくてはいけない。時間との勝負だというのに、ここで大分時間を使ってしまっている。
 戦局的にはこちらが有利だ。いずれは彼らは撃破されるか撤退するしかなくなるだろうが、問題はそれまでに浪費する時間だった。
 だれもがそのあせりを胸に抱え、戦っている。
「一か八かだな」
 つぶやくとグラキエスはゆかりに視線で合図を送る。彼女が分かったというようにうなずくのを見て、背中の黒翼ネロアンジェロを全開にした。混戦する前線を一気に飛び越え、レベリスでハデスに接近戦を挑む。
「勝負だ、ハデス!」
「クク……敵の懐へ単騎で飛び込むとはいい度胸だ。受けてやろう」
 武器凶化された魔剣ゴッドスレイヴとグラキエスの魔力が凝縮された黒闇の片刃剣が真っ向からぶつかり合う。はじき、すり流し、いなしながら切り合っていたハデスは、自分がグラキエスによってある地点へ誘導されていることに気付けなかった。
「どうした、この程度か!」
 上段からの一撃を受け止めきれず、後方へ跳んで距離をとったグラキエスの姿を見て勝ち誇るハデスの耳に、そのときひゅっと空を切る音が入った。直後、飛来した高周波ブレードがふとももに突き刺さる。
「ぐっ……!」
 走った激痛に、ハデスは足をよろめかせた。
 これがもし本来の能力を持つ高周波ブレードであったなら、ハデスの足はこの瞬間に切断されていておかしくなかっただろう。しかしサポートウェポンであるこの高周波ブレードはほとんどの威力を喪失しており、魔力解放で肉体を強化されている今のハデスには、ナイフとそう変わらない。
 だが隙をつくるには十分だった。
「いまです!」
 ゆかりの合図を受けて、歌菜が仕掛けた。
「彼の者を魔石へ!」
 封印の魔石がきらめき、封印呪縛が発動する。
「……うおおおおお……っ!?」
 痛みに邪魔をされ、逃げきれずにハデスは封印呪縛の光に包まれそうになる。しかしそのとき何かが飛び込んで、着地するやいなやハデスを抱えて再び跳んだ。
 助かったハデスもまた、驚きの冷めない顔つきで自分を横抱きにしている者を見る。
「デメテールか。……遅いぞ、おまえっ」
「ここは退いた方がいいよ、ハデス」
「なんだと!? まだカガミは手に入っていないんだぞ!? 待て、下ろせ、デメテール!」
「暴れないで。傷口が広がっちゃう。あとで手当てしてあげるから、それまで我慢してね」
 もがくハデスを脇に抱き込んで、デメテール・テスモポリス(でめてーる・てすもぽりす)はそのまま千里走りの術で一気に戦線を離脱していく。
「おにーちゃん、大丈夫かな……」
 スク・ナが心配そうに、2人の消えた暗い廊下の方を見ながらぽつっとつぶやいた。



 ハデスを退けたあと、歌菜たちは大急ぎで高速艇を離陸させた。速度の問題から全員を乗せるわけにはいかず、鉄心から起動キーを受け取ったナ・ムチだけが乗船する。
「さあ、全速で向かって!」
 戦闘空域を抜け、まずは参ノ島へ、となったところで、高速艇のレーダーはこの先に航路をふさぐようにして数隻の船があることを知らせた。船はどれも大きさも形もまちまちで、統一感はない。識別信号は弐ノ島の商船であることを告げている。
「先頭の船から通信が入っているわ」
 モニターのスイッチを入れた直後。
「みんなー、無事ー?」
 大きく映し出されたのは笑顔の佳奈子だった。
 あまり時間がないことも知る佳奈子は手短に、この船たちは弐ノ島から機晶石を運んできてくれているのだと説明した。それは佳奈子による説得の賜物だったが、佳奈子はそれを誇るようなことはしなかった。そして今も、弐ノ島に残ったエレノアがさらに各島でのギルドマスターにつなぎをとり、構成員たちを動員して各島へ運ばれたカガミや機晶石が設置された柱の元まで迅速に届くための手筈の一切を整えてくれているのだということは口にせず、ただ
「それぞれの船がそれぞれの島へ向かうことにすれば、一気に時間が節約できるでしょ。島の港へ運べば、あとは現地の人たちが柱まで案内してくれることになってるから。
 その土地のことは、その土地の人に任せるのが一番だよ!」
 とだけ告げた。
 彼らにも、自分の島を守ることに一役買いたい、貢献したいという思いがあるのだと、佳奈子は言いたいのだ。
「しかしそれではその者たちが敵の攻撃を受けることになりませんか?」
 待ち伏せを気にしてゆかりが問う。
 答えたのは商船の船主の1人だった。
「大丈夫大丈夫。敵さんにとっては、神器を島から持ち出されるってことが想定外なんだろ? 伏兵を忍ばせようなんて考えるわけないって」
「ですが……」
「あんたらも一緒に来てくれんだろ? じゃあオレの船にはあんたが乗ってくれよ、美人さん。道連れが美人さんなのは大歓迎だ」
 わはははと豪快に笑う男に、ゆかりはマリエッタと顔を見合わせて、「どうしましょう?」「まあいいんじゃない? ご指名だし」みたいなことを視線で会話する。
「さあ乗った乗った。時間がねぇんだろ?」
 それもそのとおりだ。
 彼らはそれぞれの船にカガミを持って乗り移ると、各島へと向かったのだった。