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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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【蒼空に架ける橋】最終話 蒼空に架ける橋

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■第39章


「ナオ、無事か?」
 千返 かつみ(ちがえ・かつみ)は、軽い分自分たちより遠くへ吹き飛ばされていた千返 ナオ(ちがえ・なお)を心配そうに見下ろした。手を貸して具合を計りたいが、どこを損傷しているとも分からない状態で不用意に触ることができない。
「はい……大丈夫です……」
 ナオは力を入れることで痛む節々に少し顔をしかめつつも、体の上に乗った瓦礫片や砂ぼこりを払って立ち上がる。
「とんでもないことになったな」
 崩落した屋根の一部から外を見上げて、エドゥアルト・ヒルデブラント(えどぅあると・ひるでぶらんと)がつぶやく。
 その視線を追うようにかつみも空へと目を向けた。
「とにかく、今はみんなと合流するのが先だ。戻ろう」
 あちこち剥落した壁や天井が瓦礫の山となっているのを踏み越えて、彼らは元いた部屋へ戻った。
 オオワタツミが顕現し、空へ駆け上がった際の衝撃波で柱以外ほとんどが吹き飛ばされ、床は割れてあちこちが盛り上がり、天井が抜けている状態でも「部屋」と表せるならば、だが。
 かつみは部屋のなかを見渡して、隅に座りティエン・シア(てぃえん・しあ)の手当てを受けているナ・ムチ(な・むち)を見つける。
 うす暗い室内、うつむいた横顔からでもナ・ムチがうつろな表情をしているのが分かった。それだけで、ただ事ではないことが起きたのだと察するに十分だった。
「ナ・ムチ、どうした!?」
 かつみの呼びかけに、ナ・ムチは暗い目を向ける。
 一体何があった、と重ねて問おうとしたとき。
「んなとこで何やってんだよ、クソジジイ!」
 強い白光に包まれた魔法陣のようなものに向かって癇癪を起こす高柳 陣(たかやなぎ・じん)の声が聞こえて、そちらを向いた。
「何、と言われてもねえ」
 苦笑するようなヒノ・コの返答。それは白い光の向こうから聞こえる。
「ええと。バッテリー?」
「真面目に返してんじゃねえ!
 いいからそこから出てこい! でなかったらツク・ヨ・ミだけでも出せ!!」
「……できないの」
 感情の薄れた声で答えたのはツク・ヨ・ミ(つく・よみ)だった。まるで眠りに落ちる寸前のようにゆっくり一音一音発して、おぼつかない。
「こうなって……分かったの。おじい、ちゃんは……もう、ほとんど、魔女としての力を……失ってるのね……? だから……わたしが、しないと……」
 ヒノ・コは否定しなかった。ただ、
「わたしの歩く、長すぎた道も、ようやく終わりが見えてきたんだよ」
と慰めるように言うのが聞こえた。
 ツク・ヨ・ミがメインの動力源になっている。ヒノ・コは導き手か、もしくは孫娘1人をこんな目にあわせておけないと、一緒に消失するつもりなのだろう。
 いずれにしても、ツク・ヨ・ミを分離すのは不可能だ。
「……くそッ」
 どうにもできないことに憤懣やる方なしという陣の下ろした手のなかで、銃型HCが鳴った。
 フレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)からの通信だ。彼女とはヒノカグツチ攻略に向かうときに船で分かれたきりだった。
「なんだ?」
 応じつつ、邪魔とならないよう脇の方へ移動する。
 彼がその場を離れたことで直に見えるようになった、白光に包まれた輪をかつみは目を眇めて見つめた。
「あのままでは消滅するというのに、ヒノ・コはなにやらうれしそうだな」
「うれしいのかもな」かつみの独り言にエドゥアルトが応じる。「島のために魂までも捧げ尽くす、待望の刻(とき)が来たんだから」
 ヒノ・コにとって、この行為は究極成否すらも関係ないのかもしれない。ただ「捧げる」という行為が、深い満足感と陶酔を彼に与えている。
(本当にはた迷惑で独善的なご老人だ)
 その結果、無表情ながらもあきらかに悄然となっているナ・ムチにため息をもらす。そのとき、何か、獣の遠吠えのような声が空から聞こえてきて、つられるように全員が空を仰いだ。
 頭上に広がる暗雲はさらに濃さを増したように見えた。垣間見える、蠕動(ぜんどう)するオオワタツミの巨体、そしてオオワタツミの来臨に狂乱してギャアギャア鳴きながら飛び回る魔物たちが吐き出す雷や炎に、まるで地獄の光景を見ているような錯覚を覚えて息を詰めた彼らの視界を横切って、赤いグライダーが上って行くのが見えた。
 翼に車輪のマーク。ウァール・サマーセット(うぁーる・さまーせっと)のトトリだ。
 そして別の場所から、やはり続々と空へ上っていくトトリの隊。彼らは分からなかったが、それは肆ノ島に配備されていた参ノ島の傭兵たち、キンシだった。
 彼らもまた、この事態に対処しようとしている。
「……うかうかしている場合じゃないな。俺たちも動かないと」
 ナ・ムチの傍らから立ち上がったかつみは、ふとそこで、ここに着いて以来ずっと黙り込んで動かない千返 ナオ(ちがえ・なお)に気づいた。
「ナオ?」
 かつみの呼びかけに、ナオは答えなかった。目を閉じ、あごを胸につくくらい引いて、何かに集中している。
 ナオはヒノ・コについて行ったはずのスク・ナ(すく・な)の姿がどこにも見えないことから、スク・ナにテレパシーを送っていたのだった。
 もしかしたら、また応えてもらえないかもしれない。拒絶されるかも、とひるみかける自分を叱咤して、スク・ナに呼びかける。
(スク・ナさん、応えてください。スク・ナさん……)
 ――……ナオ?

「スク・ナさん! よかった、無事だったんですね!」
「スク・ナ?」
 ナオの口から飛び出した名前に、かつみはナオが何をしているか理解すると、再びナ・ムチに向き直った。
「立て、ナ・ムチ。スク・ナと連絡がついた。迎えに行くぞ」
 ナ・ムチはかつみの方を見たが、まだよく分かっていない顔だ。
「おまえがここに座り込んでいたいのは分かるけどな、言っただろ、それはそれ、これはこれだ。
 スク・ナはおまえを必要としてるんだ! あいつをこんな場所で、1人にしておくのか!? ここには敵がうようよしてるってーのに!」
 スク・ナのことを思い出したのか、ナ・ムチのうつろな目に光が戻った。
「ナオ、どこにいるか分かったか?」
「ええと……ちょっと待ってください。……たぶん」自信なさげに揺れていたナオの声が、うん、といううなずきとともに確信を帯びる。「はい、分かります。俺たちが通ってきた廊下の途中です」
 往路でマッピングするために気をつけて周囲を見ていたことが役に立った。スク・ナがテレパシーで伝えてきた場所の特徴が、ナオの記憶のなかのものと一致する。
(スク・ナさん、そこから動かないでください。今から俺たちが迎えに行きますから)
「さあ、行くぞ」
「……ですが……」
 かつみに引っ張り起こされたナ・ムチは、まだ思い切れないでいるようにヒノ・コとツク・ヨ・ミの入ったリングの方を振り返る。そのためらいを払しょくするように、自在刀を肩に渡らせた七刀 切(しちとう・きり)がナ・ムチとリングの間に入った。
「安心しなよ。ここはワイらが守るからさ」
 ツク・ヨ・ミのいるリングを振り返り、笑顔でそう言ったあと、ナ・ムチには少々きつめの表情を見せる。
「だからおまえも、呆けてる暇があったらできることをしろ。
 いいか? 自分にできることを、全力でやるんだ。じゃなきゃ、ハッピーエンドにはならねぇぜ。残るのは、なぜあのとき動かなかったんだろうって悔いだけだ」
 その言葉はナ・ムチだけでなく、ティエンも動かしたようだった。
「……そうだね。こういうときこそ、動かなきゃ。
 お兄ちゃん、義仲くん。僕たちも行こう」
「うむ。スク・ナの無事を確認せねば。それに、ドクター・ハデスの姿が見えんのも気にかかる。あやつのことだ、何か企んでいないとも限らんからな」
 木曽 義仲(きそ・よしなか)の言葉に、うんとうなずいて、ティエンはもう一度、リングを見た。
「おじいちゃん、ツク・ヨ・ミさん。待ってて。どうすればいいか、まだ分からないけど……でも、必ずみんなで助けるから! それで……おじいちゃん、これが終わったら、もっといっぱいいっぱいお話しようね。約束!」
 そしてその目を少し離れた場所にいる陣へと向ける。ティエンの視線の意味を感じ取った陣は、彼の誘導でたどり着いたフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)JJとの話を切り上げた。
「じゃあ頼む」
「はい。お任せくださいませ。決して何人たりともお2人には指1本触れさせたりしませぬゆえ」
 フレンディスは頼もしい声で応じると、目をヒノ・コやツク・ヨ・ミが入っているというリングへ流した。白い光に包まれて内部は見えず、とても希薄だがかろうじて人のものらしい気配が感じ取れる。
 しかし内部からは見えているのか――それとも一連の会話を聞いて彼らの動きを察したのか――ここを離れようとするナ・ムチに向かい、ヒノ・コから声がかかった。
「ナ・ムチ、さっき言ったことを忘れないように。橋が架かればこの子がヘヅノカガミの動力源となる必要はなくなる。でも、急がないと橋が架かってもこの子は元の姿に戻れなくなるよ」


「おい。さっきのヒノ・コの言葉はどういう意味だ?」
 ナオの先導で進む道中、かつみはとなりのナ・ムチに問う。ナ・ムチは歯切れの悪い話し方ながらも、ヒノ・コから聞いたカガミのことを伝えた。
「マジか」
 陣はそのひと言で絶句した。
 あの怪獣大戦争さながらの空を抜けて、各島へカガミを運び、柱へ設置しなくてはならないだって?
 自殺行為じゃねーか、と思いつつも、このことを銃型HCでコントラクター全員に通知する陣の横で、むう、と義仲が唸った。
「ではますます急がねばならんな。その設置場所を記した紙を持っているのがスク・ナだけということが知れれば、スク・ナが危うい」
「スク・ナ」
 義仲の言葉で、ようやくナ・ムチも完全に自分を取り戻したようだった。
 そのことに、かつみは満足そうな表情を浮かべる。
「ああ。急ごう」