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リアクション
第3章 秋は食欲?
そうこうしているうちに、時間は昼近くになった。
「そろそろ、昼食を取りに戻ろうか。おいで、スピカ」
森の中を散策していた薔薇の学舎の黒崎 天音(くろさき・あまね)は、放していたペットのゆるスターを呼んだ。パートナーのドラゴニュートブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)が作ったどんぐりの着ぐるみを着たゆるスターはてこてこと走って来ると、天音の足をよじ登り、ここへついて来た時同様、ブラックコートのポケットにおさまった。
「大きいイベントが続いて、楽しいけど色々疲れたなーってところだったから、ここでのんびりできてちょうど良かったかも知れないね」
同じ薔薇の学舎の鬼院 尋人(きいん・ひろと)が微笑み、生真面目にベリーを摘んでいるパートナーの獣人呀 雷號(が・らいごう)に声をかけた。
「雷號も、そろそろベリー摘みは一休みにしようよ。もう沢山取れたでしょ?」
籠をのぞき込めば、そこそこの量のベリーが入っているのだが、雷號は満足していないらしく、
「雪豹の姿の方が、高い所は探しやすいのだがな」
などと言っている。
「変身すれば、危なくはないのかも知れないけど、他の人が見たらびっくりしちゃうからね。ベリー摘み競争をしてるわけじゃないし、自由に過ごしていいって言われてるんだから、のんびり行こうよ、のんびり」
尋人は、こんな時でも真面目な性格のパートナーに苦笑した。
「そういうものなのか……む」
あまり表情を動かさずに答えた雷號は、ふと首をひねって森の中を見た。
「誰か来るな」
「危険なもの?」
尋人の表情が緊張する。
「……いや、ツアーの参加者だと思う。迷子……でもなさそうだな。足音に迷いがない」
雷號はかぶりを振った。
「尋人、自分で『のんびり』と言ったばかりですよ。ここは危険な場所ではないと、ミス・スウェンソンも言っていたじゃありませんか」
もう一人のパートナー、吸血鬼の西条 霧神(さいじょう・きりがみ)が、安心させるように尋人の肩を軽く叩いた。その時、
「あら、こんにちは」
雷號の見ていた方から、オルフェリア・クインレイナー(おるふぇりあ・くいんれいなー)とミリオン・アインカノック(みりおん・あいんかのっく)、そして楊秀明が現れた。
「君たちは散歩? それとも何か採っている最中かな?」
「彼が木の実を集めたいと言うので、案内していたところなんですよ」
片手に布袋を提げた秀明を示して、オルフェリアが言う。
「君は日本……いや、中国系かな? もしかして、地上人で参加したいって言っていた人?」
「はい。楊秀明と言います」
天音に尋ねられて、秀明は答え、右手を差し出した。天音は微笑んで、その手を握る。
「パートナーの居ない地上人がこういう所へ来るのは珍しいと思うんだけれども……」
「こちらに住んでいる姉から色々と話を聞いて、見聞を広めたいと思って……」
そのままにこやかに話し始めた二人を、尋人はちらちらと横目で見た。
(天音が気に入るほど、かわいらしい感じでもないと思うんだけど……)
体格は天音と変わらないし、顔立ちも整ってはいるが、ごく普通の16・7歳の少年の域を出ない。話し方や態度もしっかりしていて、庇護してやらなくてはいけないような雰囲気でもない。パラミタの生徒たちの中に入れば身体能力的には当然比べ物にならないだろうが、地上で同年代の少年少女たちと居れば、おそらくリーダーシップを発揮するタイプではないかと思われた。
「尋人はどうしたのだろう? あの少年を気にしているようだが」
それを見た雷號が、霧神に囁いた。
「……さて、何でしょうね」
霧神は意味ありげな微笑を浮かべた。
「まあ、何があっても、私たちは尋人と共にあり、彼と、彼の大切な人達を守るだけですが」
「それは、そうだが」
霧神に言われても、雷號はまだ納得が行かない様子だ。
「……じゃあ、私たちは行きますね」
天音と秀明の会話がひとしきり終わった後、オルフェリアたちに連れられて、秀明は立ち去った。
「天音、先ほどの少年に随分と興味を持っているようだな?」
ブルーズが天音に尋ねる。
「不思議な雰囲気の少年だな。尋人と同じくらいの年齢に見えるが、妙に落ち着いているというか」
「うん、そうだな。教導団の教官の弟だと言っていたが、なかなか興味深い人物のようだよ。今のところパートナーが居ないと言うから、どこかの学校に入学する可能性はなさそうだが」
天音は微笑み、友人たちを見回した。
「さあ、僕たちも行こうか。鬼院、お腹がすいただろう?」
尋人はまだ少し微妙な表情のままでうなずいた。
湖のほとりでは、蒼空学園の北郷 鬱姫(きたごう・うつき)とパートナーの魔女パルフェリア・シオット(ぱるふぇりあ・しおっと)、獣人ホロケゥ・エエンレラ(ほろけぅ・ええんれら)、イルミンスール魔法学校の悪魔アクア・アクア(あくあ・あくあ)、シャンバラ教導団の源 鉄心(みなもと・てっしん)が釣りをしていた。
「あーもう、じっとしてるの飽きたぁ!」
昼近くなって騒ぎ出したのはパルフェリアだ。
「あ……ご、ごめんなさい……。パルフェ、騒いだら魚がびっくりして逃げちゃいますよ……」
鬱姫はアクアや鉄心にぺこぺこ頭を下げつつパルフェリアをたしなめたが、パルフェリアはじっと座っているのはもう嫌だと言って聞かない。
「もっとこう、魔法でどどーんとか、ばーんとか、そういうのがやりたいのっ!」
「うーん……と、とりあえず、他の人の邪魔にならないようにあっちに行きましょうか、ね、ね?」
「ほら、こっちへ来い」
鬱姫とホロケゥは騒ぐパルフェリアを引っ張って、釣りをしている生徒たちから離れた。
「ここなら、魔法でどっかーんってやってもいい?」
他の生徒たちの姿がだいぶ小さくなったところで腕を離すと、パルフェリアは二人に尋ねた。
「水が振動すると、魚が逃げる。逃げて釣りをしている連中の方へ行けばいいが、深い場所へ逃げ込まれる可能性もあるしな……」
「ミス・スウェンソンや『ミスド』のお姉さんたちもきっとびっくりするだろうし、止めておきましょうよ……」
鬱姫とホロケゥは二人がかりでパルフェリアを止める。
「じゃあ、『超感覚』を使って魚獲りするのは?」
パルフェリアは突然目をきらきらと輝かせて言った。
「……何ですか、それ……」
「こーするのっ!」
けげんそうな鬱姫に、パルフェリアは水辺にしゃがみ込み、猫が金魚鉢の中の魚を狙うように、水面の近くに上がって来た魚を手でひっかけて陸に上げようとした。盛大に水しぶきが上がるのを、ホロケゥが顔をしかめて見ている。
「……えっと……」
『超感覚』を使っても、運動神経が鈍い私には無理だと思います、と鬱姫が言うより早く、パルフェリアは彼女の手を引っ張った。
「きゃーっ!」
顔面から湖に突っ込みそうになるのを、慌ててホロケゥが止める。
「でも、お魚捕まえなかったら、お弁当のおかずがないんだよねー? パルフェは別にそれでもいいけど……」
半泣きの鬱姫を、パルフェリアは横目でちらりと見る。
「……わかったわかった、俺がやるよ……」
ホロケゥはため息をついて少女たちを見た。
「でも、そんな猫みたいな獲り方は絶対しねえからな」
言うなり、ホロケゥはダガーを抜いて湖に飛び込んだ。
「……びしょ濡れになるより、犬耳見せる方が嫌なんですか、ホロ……」
それを見送って、鬱姫は残念そうに呟いた。
「パルフェも入るー!」
一方、パルフェリアは腕を振り回しながらざぼざぼと水の中に入って行った。飛沫が岸にいる鬱姫に容赦なく降りかかる。
「……あ……」
濡れてしまった服を見下ろして、鬱姫は途方に暮れた。
「……何をやってるんだか」
パートナーの守護天使結崎 綾耶(ゆうざき・あや)と二人で湖のほとりを散策していた匿名 某(とくな・なにがし)は、鬱姫たちの様子を横目で見てため息をついた。
「水ももう、だいぶ冷たいだろうに。風邪をひかなければいいんだが」
森に目をやれば、葉が色付いてきている木もあって、すっかり秋景色だ。水遊びをするにはそろそろ水が冷たいだろう。そんな景色を眺めていた某の表情が、ふと曇る。
(……今は東西分裂、それにエリュシオンとかの問題でキナ臭いことになってて、ここで一緒に笑いあえている相手といつ戦う状況になるかわからない。けど、そんな状況が間違ってるんだよな。東だ西だと言ってないで、気兼ねなく一緒に楽しんでる。これが当たり前の風景なのに……)
と、綾耶がくいくい、と某の袖を引っ張った。
「もう、某さん。せっかくのツアーなんですから、そんな顔しちゃだめですよ!」
某は足を止めて、綾耶を見る。綾耶は、某さんの考えていることなんてお見通しですよ、と言わんばかりの表情で微笑んだ。
「……それに、大丈夫ですよ、某さん。某さんの思ってることは、きっとみんなだって思ってることなんですから。絶対、良い方向に向かいますよ。だから今は、この時間を楽しみましょう?」
「……そうだな」
某はうなずくと、袖を掴んでいた綾耶の手を握って、再びゆっくりと歩き出した。
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