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リアクション
『さーあついにこの時がやってまいりました! ニルヴァーナ創世学園開校記念イベント、夏の創世祭の開幕です!』
実況席についた風森 望(かぜもり・のぞみ)の意気揚々とした声がマイクを通じて競技場一帯に響き渡った。
校長ラクシュミの話と、音頭を取ったミルキーからコメントをもらって、開会宣言となる。
『それではさっそく競技に移りたいと思います! まずは水上騎馬戦から――っと。おっと失礼。ごあいさつがまだでしたね! 実況は引き続き私、イルミンスール魔法学校所属風森 望が、解説はノート・シュヴェルトライテがお送りいたします!』
「……なんか、早くもノリノリですのね」
2人からコメントをもらったあと、となりに座ったノート・シュヴェルトライテ(のーと・しゅう゛るとらいて)がぽそっとつぶやく。もちろんテーブルの設置マイクのスイッチはまだ入れていない。
「まあでも、こういうイベントですから、テンション上げていった方がいいのでしょうね」
見渡した会場の観客たちは、望の勢いにつられてか早くも前のめり気味だ。
思い直す彼女の前、望の紹介に従って、選手たちが入場してきた。
『右の入り口から入場してきますのは、シャンバラ教導団大尉メルヴィア・聆珈(めるう゛ぃあ・れいか)率いるオオカミチームです。その後ろに続きますのはオオカミチームの同盟チームとして参戦します、テディベアチーム、赤ずきんちゃんチーム、プリンセスカルテットチームの方々です。
そして左の入り口から入場してきましたのは校長ラクシュミ率いるウサギチーム、西シャンバラ代王高根沢 理子(たかねざわ・りこ)、東シャンバラ代王セレスティアーナ・アジュア(せれすてぃあーな・あじゅあ)率います元祖プリンセスカルテットチーム。そのほか、個人で参戦のオリジナルチームの方々です。
皆さん、どうか拍手でお迎えください!』
彼らは4人1組になっていた。額にハチマキを付けた騎手のほか、先頭と左右に1人ずつ計3人が馬となる。行進する列にときどき鳥人が混じっているのは、不足した馬役を務めるためだ。馬役ということにはじめはしぶっていた彼らだったが、満場の人々の注目と拍手を浴びて入場することには、満更でもなさそうだった。
「今日はよろしくね! トリさんたち!」
「う、うむ。任せるのである」
天真爛漫なヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)の屈託ない笑顔に、鳥人はこほ、と空咳をして応じる。
その2つチームをはさんだ向こうでは、大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)がこそっと先頭のメルヴィアに話しかけていた。
「なあメルるん」
その呼称にピク、と眉がかすかに反応するが、堂々行進する彼女の歩みは揺るがない。
「任務中だ。私語は慎め」
その声、口調。メルヴィア初心者であれば近距離から氷術をたたきつけられたように一瞬で体の芯まで凍りつきかねないものだったが、泰輔にはもう免疫ができていた。こんなもの、どうってことない。
「まあそう言わんと、メルヴィアはん。すぐすむさかいに。ちょーっとおせーてもらいたいことがあんねん。
昨年末に贈ったテディベア、何て名前つけくらはったん?」
メルヴィアは答えず、ただ路傍の石でも見るような視線を向けただけだった。
2度は言わない。ただ、黙れ。死にたいのかもの分かりの悪いバカめ。
泰輔は深々と息をつく。
「泰輔、そのへんにしたら?」
彼のパートナーのフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が脇からこそっと言葉をはさんだ。
フランツにはフランツなりの思惑で泰輔にはメルヴィアと親しくなってほしい。そのため会話によるコミュニケーションはとても大事だと思っているが、それで嫌われては元も子もなかった。
メルヴィアはとても、とてもとても扱いの難しい女性だ。
「彼女の言うとおり、今は競技中なんだし。終わってから、あらためて話をすればいいよ」
泰輔もそのへんは分かっていた。だから競技前に試みたりもしたのだが、残念ながら勝利を完璧なものにするためにということでオオカミチームは訓練を行っていて、彼女に近付けなかった。終われば終わったで、勝てば戦勝会、負ければ機嫌を悪くした彼女による説教、特訓と、またも近づけなくなるのは目に見えている。
それに、泰輔には奥の手があった。
「メルヴィアはん、僕とトマスのチームの名前、どうして「テディベア」言うんか分かります? 僕ら、メルヴィアはんをお護りするのに、かわいいテディベアほどピッタリなものはないやろうって一致したんです。もちろん、名前だけやない、本物のテディベアですよ。――おっと、振り向いたらあきません。今は任務中です。前見て行進せな。
けど、どうやろうなぁ。考えてみたら、反対にメルヴィアはんの気を散らすことになるかもしれんなぁ。今からトマスたちに言うて、やっぱテディベアはやめてもろうた方がいいかも」
と、チラと後ろについたトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)とテノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)を見た。
泰輔の言葉は嘘ではない。テノーリオはクマの獣人。しっかりクマ化している。――ただ、赤いチョッキを着ている姿はどう見てもテディベアでなく、クマの●●さん……というか、おそらくただのクマのぬいぐるみとテディベアの違いを彼らは知らないのだろう。
だが、まあ、それはどうでもいい。とにかく愛らしい外見のクマで護り、メルヴィアの乙女心をズッキューンすればいいのだ。
こまけぇことはいいんだよ
「どーしよっかなぁ?」
「――くっ! このクソ野郎が…!」
泰輔のじらしに、メルヴィアはぎりっと奥歯を噛み締めたのち、ぽそっとつぶやいた。
「扈三娘」
その言葉にかぶさって、騎乗の笛が鳴る。なぜその名にしたか、説明は一切なし。けれど、泰輔は満足だった。
騎馬はプールの四辺に沿って立ち、互いに中央を見合うかたちになっていた。
ひざ下の水面ではあちこちからの波紋がぶつかり合ってさざなみ立ち、ちゃぷちゃぷ音をたてている。
『騎手の額に巻かれたハチマキを奪われた騎馬は、即刻プールから出てください。なお、大将であるメルヴィアさんとラクシュミさんだけはハチマキがありません。彼らは落馬のみが敗北判定となります。
それでは皆さん、がんばってください。用意、スタート!』
ピーーーーーーッ!!
再びホイッスルが吹かれて、同時にすべての騎馬が一斉に喊声を上げて突撃を始める。
「いっくぞー!」
「ヒャッハー!」
ついに始まった戦いへの高ぶりを伝えながらも、抑えきれない楽しげな笑い声。
そんななか、パラ実分校Bチームの如月 和馬(きさらぎ・かずま)が発した言葉が、その異様さでもって会場じゅうに響いた。
「ハハハ! チームウサギの大将騎馬の先頭は理子かよ! 胸っていう邪魔なものがぶら下がってないやつを騎馬にするとはさすがに考えてやがるな!!」
今日は無礼講的なイベントとはいえ、代王を大勢の人の見ているなかで面罵した、そのことに一瞬で場が凍りつく。
それが親しみのこもった悪態であればまだ好意的に受け止めようもあるが、彼の向けた見下しの目、顔に浮かんだ冷笑は、どう見ても理子を嘲笑うものだった。
だれもが唖然となるなか、平然としていたのはこれが敵の動揺を誘う作戦だと知らされていたパラ実分校Aチームと、和馬のパートナーアーシラト・シュメール(あーしらと・しゅめーる)ぐらいだ。
「しかも「元祖」だって? 自らババァだと宣言してるようなものじゃないか!」
和馬の嘲弄だけが響き、しんと静まり返ったなか。
観客席で、1人の男が立ち上がった。
「大丈夫、大丈夫! 理子はまだ若い! かわいい、かわいい!!」
両手で口元を囲って叫ぶ。
それは、西シャンバラ・ロイヤルガードの葛葉 翔(くずのは・しょう)だった。
実は彼自身、初めてチーム名を耳にしたとき
(元祖プリンセスカルテットなんて、歳を感じさせるチーム名だな…)
とは思ったりもしないではなかったのだが、しかしあんなふうに公然の場で他人に言われるとムカっ腹が立つ。
「理子はスタイリッシュでスレンダーなところがいいんだよ! 全然イケてる! 俺が保証する!」
「そ、そうです!」
突然の翔の行動に驚きつつも、となりに腰かけていたアリア・フォンブラウン(ありあ・ふぉんぶらうん)もあわてて立ち上がる。
「高根沢さん、かわいいかわいい!! で……胸、のことには多分ふれちゃダメだろうから……えーと。
前髪ツンツンかわいい! 高根沢さんは前髪ツンツンかわいいよ!」
会場じゅうの注目を浴びるなか、あせりまくった結果のちょっと微妙なフォローだったが、それでも彼らの意図は伝わった。
「ありがとう、2人とも」
ちょっぴり強張った表情ながらも理子は客席の2人に笑顔を向ける。
騎馬をしていなければ手も振って返しただろう。
理子が少し持ち直した、それが和馬には気に入らなかった。
「……あれをするのですか」
敏感にそれと察知したアーシラトが無表情で問う。そして返事も待たず、先頭騎馬の和馬の片手が自由になるよう、重心をずらした。
もちろんこの作戦もまた、アーシラトは知らされ済みだ。だからこそ、騎手に立候補したのだから。
手を使わないと、あの技は用いれない。
「これを見てもそんなふうに笑えるか?」
叫ぶなり、自由になった手で和馬は水着をずらした。
そしてそこからシャワーっと吹き出したのは、光を受けてキラキラと金色に光る例のアレ。
それがプールの水にパシャパシャと。
「「「どっわーーーーーーーーッ!!」」」
プール内で、阿鼻叫喚の渦が巻いた。
●閑話休題
さて。
皆さん、植物に音楽を聞かせるととてもよく育つということを知っていますか?
わたしも聞いたことはあるのですが、実践したことはありません。
そしてまた、とても興味深いことがあります。
それは、同じ条件下でアイスクリームに演歌を聴かせると、ポップスを聴かせるよりずっと早く溶けたのだそうです。
これまた実践したことはありませんので事実かどうかは定かでありませんが。
こまけぇこたぁいーんだよ。
●閑話休題・終わり
『……それにしても、あー、ビックリした』
望の第一声はそれだった。
『そうですね。まさか敵があんな奇策を用いてくるとは、だれにも思いつけなかったでしょうねえ』
しみじみとノートが言う。騎馬戦にはたいして詳しくないが、とりあえず解説者として座っているからには何かそれらしいことを言わないと、と思ったのだろう。少し考えて、
『独創性はおそらく今回1番ではないでしょうか』
と、やはり微妙なコメントを付け足した。
『あら? 望、どうしたんです?』
「んん? ちょっと…」
ごそごそごそ。マイクのスイッチを切った上で、望は足元に置いた袋の中身をいじる。
ノートは知らないが、なんとこれ、中に入っているのはデジタルビデオカメラである。ポロリ画像が録れたら編集して売りさばき、そのもうけでウハウハする予定なのだが、あんなポロリ画像はいらない。
「消去消去、っと。――あ」
プールから棒付きタワシを担いだ鳥人たちが上がるのを見て、あわてて席を正す。
『どうやらプールの清掃が終わったようです。これから水張りになりますが、もともとひざ下で水深30〜40センチ程度ですから、すぐ張り直せるでしょう。選手の皆さん、プールに戻ってくださーい』
望の言葉どおり、プールの水はすぐに溜まって元どおりになった。
しかし選手たちの心理面まで元どおり、とは言いがたい。
「大丈夫? グィネヴィア」
「……ええ……ありがとうございます。――うっぷ」
「まったく、とんでもないことをしてくれたものね!」
「まさかあんなもの、見せつけられるなんて思わなかったわよ!」
ウサギチームのラクシュミやプリンセスカルテット、そしてオオカミチームの元祖プリンセスカルテットの面々が口々に憤慨するなか、特にメルヴィアが激怒していた。
「おのれ、パラ実分校Bチームめ…!」
メラメラと闘志を燃やしている。手元に鞭があったらビシバシ打っていたかもしれない。が、武器は持ち込めないので、ただ握りこぶしを震わせるだけだ。
残念ながらパラ実分校Bチームは公序良俗に反した行為をしたという理由で失格となっていた。
そのため、必然的に彼らの怒りの矛先はパラ実分校Aチームへと向くことになった。
「全騎突撃! 一気に沈めてしまえ!」
競技開始の笛の音とともに、メルヴィアの号令がくだった。
『おーっとオオカミチーム、最初からすごい攻勢です――って、なんと!? オオカミチームだけではありません! 全チームがなだれを打つかのようにパラ実分校Aチームへと向かっていきます!』
『まぁ少数に対しそれ以上の多数でかかるのは、どんな戦いでも有効ですわね。もちろん、そこをどううまく切り抜けるかというのもこれまた醍醐味なのでしょうけれど』
ああ、やっと解説者らしいことが言えたとノートは心のなかでホッとする。
パラ実分校Aチーム。それはジャジラッド・ボゴル(じゃじらっど・ぼごる)、サルガタナス・ドルドフェリオン(さるがたなす・どるどふぇりおん)で1騎、そしてブルタ・バルチャ(ぶるた・ばるちゃ)、ステンノーラ・グライアイ(すてんのーら・ぐらいあい)で1騎の、計2騎チームである。
ただし、ブルタの参加目的は騎馬戦で勝ち残ることにあらず、元祖プリンスカルテットの4人の全裸画像を手に入れることだった。
だから今もジャジラッドの影に隠れていて、前へ出るつもりは一切ない。どころか、ついに念願のこの場に立つことができた彼のおそるべき集中力は理子たちの全裸画像を手に入れることのみに絞られ、現在の状況をまるで理解しているように見えなかった。
ビン底眼鏡の縁がぴかりと光る。
(この顕微眼と、邪気眼レフを用いれば! 水着1枚しか身に着けていない女子であふれかえるこのプールは、ボクにとってまさに女風呂も同じ!!)
くわわっ、と小さな目を見開き、プールを見渡す。
たしかに邪気眼レフは水着を透かしてその下のモノを見せてくれた。けれど今ブルタの視界を埋めているのは、メルヴィアの命令で彼らパラ実分校Aチームに向かってくるオオカミチームとその同盟チームだった。
当然ながら、それは野郎どもが大多数を占めている。
「……おえええぇぇぇぇえええっ」
見てはいけないモノを見てしまったと、ブルタはえづいた。
「来るぞ。どこだ」
ブルタの苦境など意に介さず、ジャジラッドはバシャバシャと水を踏み散らしながら迫り来る者たちを眼前に見据えたままつぶやく。
完全に独り言に思えたその言葉は、その実観客席にいるザウザリアス・ラジャマハール(ざうざりあす・らじゃまはーる)に向けて発せられたものだった。
「11時の方角よ」
観客に、より臨場感が伝わるようにと設置されたモニターに映し出された映像に「まあ怖いわ」とパートナーのニコライ・グリンカ(にこらい・ぐりんか)の胸に顔を伏せる演技をしながら、ザウザリアスは大将騎の場所をテレパシーで伝える。
彼らはシャンバラ教導団に所属していた。だから表向きはメルヴィアのいるオオカミチームの応援席側に着いている。そのためジャジラッドへ向かっていくオオカミチームがよく見えていた。
そしてその席も、早くからニコライが場所取りをしていたことから、プールじゅうを見渡すには絶好のポイントだった。
「はっはっは。大丈夫だよ。ほら顔を上げて見てごらんよ」
ジャジラッドとの連絡にはテレパシーを用いている。それでも、どんな些細なことで悟られるか知れたものではない。どこにあるともしれない目を気にして、ニコライも恋人同士の演技に余念がない。ザウザリアスの肩を抱き、不自然に映らないよう気を遣う。
そうこうしているうちに、オオカミチームはボゴル騎の数メートル手前まで迫っていた。
ジャジラッドがおもむろに持ち上げ、かまえた物。
それはトラクタービーム発射装置だった。
「ザコがいくら群れていようが、大将騎をやればそれで勝敗は決する」
つまりはやつらなど相手にする必要はない。
「今これでその水着はぎ取り、動けなくしてやるからな!」
ザウザリアスに教えられた方角へビームを発射する。ロープ状になったビームが宙をうねってメルヴィア騎へ向かった。
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