空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

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ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

 コントラクターが行う競技はどれも普通ではすまないのか。またもや波乱の幕開けだった。
 騎馬戦のときと違い、これだけの水の量を張り替えたり足場を取りはずしたりといった作業はできないため、このまま競技は続行することになる。(注:ちなみに電流ビリビリデスマッチは「面白いので、取り入れちゃお」というラクシュミ校長のひと言で公式化されました。 byミルキー)

 電流もあるが、水中はヤバい。なんか知らないけどきっとヤバい。


 そんな第六感が一様に選手たちの脳をわし掴みする。
 きっとあそこには魔物がひそんでいるに違いない。
『それでは水上チャンバラを開始します!!』
 吹き鳴らされるホイッスル。それとともに東西のプールサイドに分かれて立っていたイヌチーム、トリチームが吹っ飛ばし棒を片手に駆け出し、発泡スチロールへと飛び乗る。
「うおおおおおおーーーーーっ!!」
「落ちてたまるかあああああああああっっ!!」
 水上チャンバラは、最初からみなぎる緊張感の下で始まった。



 両チームが激突した足場の真ん中で。
「く、来るなあぁぁあっ!! 来ないでくださいっ!!」
 トリチーム赤嶺 霜月(あかみね・そうげつ)はやみくもに棒を振り回していた。
(……なんか、面白いわね)
 霜月と背中合わせになって彼の背後を護りつつ、クコ・赤嶺(くこ・あかみね)はちらと肩越しにかえりみる。
 棒を剣のようにかまえた霜月は、まばたきもせず固まった表情で周囲を警戒し、近付く者があれば威嚇に棒を振っていた。
 震えてこそいないが、棒を持つ腕も踏ん張る足もガッチガチ。とても一流の剣士とは思えない、まるで初めて剣を握った少年のようだ。
 それもそのはず。彼はカナヅチだった。しかも恐怖レベルの。愛妻のクコの「どうしても」のお願いでなかったら、決して参加登録などしなかっただろう。
 もちろんクコも霜月が泳げないことは承知している。ただ、だからこそここでなら見えると思ったのだ、普段であれば絶対見られない霜月の姿が。
 そしてそのとおり、余裕というか理性というか、それを失った霜月がここにいた。
「自分は泳げないんです! 絶対落ちたくないんです!! 来ないでください!!!」
 ひきりなしにそう叫んでは棒を振っている。
(……うん。面白いわ)
 クコは霜月に悟られないよう控えめに、くつくつと笑う。肩が触れ合うほどそばにいるのに、余裕を欠いた霜月に、そのことに気付けている様子は全くなかった。
 そしてわりとすぐ近くで、やはり似たような者がいた。
 同じくトリチームの月谷 要(つきたに・かなめ)霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)である。
 そしてやっぱりこちらの要も霜月と似たり寄ったりのカナヅチだった。水に落ちれば沈むだけ。
 ただひとつ違ったのは(というか、大きな違いは)、要本人が大乗り気で参加したことだ。
「豪華ディナー! 豪華ディナー! 豪華ディナー!!」
 発泡スチロールに片足突っ込み、呪文のようにつぶやきながら、喜々として吹っ飛ばし棒をふるっている。
 さすが天御柱の食欲王の異名を持つ男。食への飽くなき欲望は恐怖心をはるかに上回っておつりがくる状態らしい。
(そんで、悠美香ちゃんと一緒においしく食べるんだ!!)
 うん、とうなずく。
 さすがにその言葉をここで叫ぶのはマズイと思う賢明さはあったようだ。もし叫んでいたら、今ごろ顔を真っ赤にした悠美香から吹っ飛ばし棒を受け――ないまでもしかりつけられていたかもしれない。
 口にしなかったから悠美香はそんな要の思いも知らないままで、水の上だというのに異様に元気な要に「……ふう」と某賢者バリのため息をつきつつ彼の背後を護っている。
 今また向かってきた相手の攻撃を冷静に見切り、スウェーで紙一重で避けるや吹っ飛ばす。
「……分かりやすいな」
 遠巻きに2組それぞれの戦いを見ていたレギオンが、ぽつっとつぶやいた。
「あの2人、水が苦手のようだ」
 苦手意識というものはいくら隠そうとしてもにじみ出るものだし、少なからず体を委縮させるものだ。
「では、あの2組か」
「ああ」
 そしてレギオンはおもむろに、用意していた機晶爆弾を持ち上げた。
 タイマーを作動させ、水のなかにポイ。
 3秒後、爆発で大きな水柱が立った。
「どわっ!!」
 プールの水は荒れに荒れ、まるで嵐の海のように激しい水流が巻き起きる。水の影響を受け、大きく揺れ動く不安定な足場にだれもが驚いているなか、トリィが走った。
「!」
 まずは恐怖心を隠していない霜月へ。
「やあっ!」
 足場に手をついた体勢からクコが振り切った棒をひょいと跳び越えたトリィは、口にくわえた吹っ飛ばし棒で彼女を吹っ飛ばす。クコは悲鳴を上げる暇もなくプール外へ吹っ飛んだ。
「クコ!」
 驚く一瞬をついて、レギオンが間合いへ走り込んだ。
「おまえも水には落さないから安心しろ」
 言うなり、棒を水平に振り切ろうとする。だが次の瞬間、彼は霜月の反撃を受けていた。
 振り切ろうとした棒は途中で止められ、互いの棒と棒がぶつかり合う。反動で2人はともに後方へ吹っ飛んだ。
「うわっぷ!!」
 霜月は要にぶつかって止まる。
「2人ともまとめて吹っ飛ぶがいい」
 着地したレギオンが今度はトリィとともに向かっていく。
「吹っ飛ぶのはそっちの方よ!」
 軽身功の身のこなしで跳躍した悠美香が側面から奇襲をかけた。
「はあっ!」
 金剛力の剛腕で振り切られた棒はすさまじく、剣風が沸き起こる。一瞬後には、トリィは残像を残してその場から消えていた。
「トリィ! ――ちぃッ!」
 獣人の反射神経でなら飛び退くこともできただろう。あるいは。だがそうすればレギオンが危ないと思ったに違いなかった。
 トリィが作ってくれた一拍の間で、レギオンは悠美香の間合いを抜ける。そうして霜月と要へ迫った。
「吹っ飛べ」
 下段で振り切られる横一閃。これを霜月は横に転がってかわすも、足を固定してその場から動けない要は避けられない。
「うわあああっ!」
 発泡スチロールのカケラを振り撒きながら、要は空でピカリと光る何かになった。
「要! ――はっ」
 自分を狙ってきた一撃を、悠美香は危ういところでかわした。
「よくも要を!」
「クコを」
 悠美香と霜月、2人の棒がまるでねらったかのように前後から同時に振り切られる。上段と下段で挟むようなこの一撃をレギオンはかわせず――しかも金剛力のバカ力で――トリィと同じく一瞬でどこかへ吹っ飛んでいった。
 ちなみにレギオンのこの奇策、実は思わぬところで思わぬ効果を生んでいた。
 なんと、水中爆発でプール内が嵐の海並に荒れたおかげで、変熊が河馬吸虎の拘束から抜け出せていたのだ。
 ぷかっと水面に浮かんだ変熊に、しかし競技に夢中でだれ1人気付く者はいなかった。
「よいしょっとなのにゃ」
 プールサイドへ打ち上げられた変熊をにゃんくまが肩にかついで引きずっていく。
「まったく、世話を焼かせる師匠だにゃ〜」
 とかなんとかつぶやきつつ、にゃんくまたちはどこへともなく消えていったのだった。