空京

校長室

ニルヴァーナの夏休み

リアクション公開中!

ニルヴァーナの夏休み
ニルヴァーナの夏休み ニルヴァーナの夏休み

リアクション

 なに? あの声!
 驚きのあまり攻撃をやめて振り返った朝斗の目に飛び込んできたのは、なんと背後から伸びてきた手で胸をもみしだかれているルシェンの姿だった。
「ルシェ…」
「んん? やっぱり【2022天の川・水コン女子 クイーン】の胸はおっきくてやわらかいなぁ。さわり心地バツグン ♪ 」
 ひょこ、と横から顔を出したアディール・テイェ・カーディフ(あでぃーる・ていえかーでぃふ)が、にこにこ笑顔でルシェンを見た。
「こ、こ、この…」
「ん?」
「不埒者がああっ!!」
「おっと」
 びゅっと振り切られた棒をひょいと避けて、アディールは城 観月季(じょう・みつき)のとなりへと戻る。
 魔法発動の邪魔をするという役目はきちんとはたしたよ、そう言わんばかりの彼を観月季は複雑な目で見たが、あえて何も口にしなかった。
「ううう…」
「ルシェン!」
 胸を両手でかばい、はじらいにほおを赤く染めたルシェンを見て、朝斗はカッと怒りを燃え上がらせる。もう先までの楽しい気分など吹き飛んでしまっていた。
「この…っ!」
 アディールに向かって行こうとした次の瞬間。
「こっちがすっかりお留守になってるわよ」
「!」
 振り返るひまがあればこそ。
 背後を取ったルゥ・ムーンナル(るぅ・むーんなる)が棒をフルスイング。朝斗はプール外へ吹っ飛ばされてしまった。
「朝斗!」
 その光景に、アディールに仕返しをしようとしていたことも忘れてルシェンは盤上を飛び出していく。
「まーったく。とんでもないことするんじゃないわよ」
 肩で棒をトントンしながらルゥはあきれ返って、観月季と一緒に近付いてくるアディールを見た。
「でもうまくいったでしょ?」
 全然悪びれている様子のないその姿に、はーっと重いため息をつく。
「ま、いーけど。同じこと、どさくさまぎれでも私にしようとしたらぶっ殺すかんね」
「はーい」
 まだどこか真剣みの足りないアディールを、メルティナ・バーンブレス(めるてぃな・ばーんぶれす)がじっと睨む。青みがかった銀髪の、儚げな外見をした少女だが、なかなかどうして、激しい眼光の持ち主だ。
 もしそんなことをしたら、相手がだれであろうとたたき斬る。
 そんな彼女の意気を感じ取って、アディールはおっとっと、という感じで少し後退する。
「ぬぅ……おまえたち。そいつの味方をするつもりか?」
 キロスを護るように彼らの前に立った4人に、冥土院 兵聞(めいどいん・へぶん)が用心深く訊いた。
 4人は互いに視線を合わせてから兵聞の方を向く。
「まぁ、そうなりますわね。わたくしも非リア充ですし」
「残念ながら僕もそうなんだよねー。なんでだろ? 残念な容姿はしてないのに」
「中身が残念野郎だからでしょ」
「あー、ルゥちゃんひどーい」
「…………」
「いや、リア充か非リア充かでチーム分けをしているわけでは…。第一、やつは選手ではない――」
「あー、どこかで聞いた声と思ったら、観月季ちゃんだぁ」
 彼らの返答にとまどう兵聞の声にかぶさって、はしゃいだ少女の声がした。
「ごめん。みんな、通して」
 前をふさぐ者たちを掻き分けて前に出た{SFM0035249#神羽 美笑}は、ポニーテールと一緒にHカップの胸も揺らして観月季たちへと近付く。
「あら、美笑ちゃん。あなたもこちらに参加していましたのね。気付きませんでしたわ」
「私も! 奇遇だね〜」
 と、なごやかなあいさつをかわしたのち。
 美笑はくるっとほかの者たちの方を向いて、宣言した。
「観月季ちゃんがキロスくんの陣営にいるから、美笑もこっちに入るね!」
「……まったく美笑ちゃんもすきものぢゃのう」
 パートナーの{SFL0035250#桜宮 乃々香}が苦笑しつつ傍らへとつく。
「仕方ない。乃々香もつきあうのぢゃ」
「陣営って……いや、だから、さっきからチームでないと――」
 すっかり二の句が継げなくなってしまった兵聞は、ぱくぱくと口を動かす。
 そのそばで、もうこらえきれないといった様子でプーッとエルシュ・ラグランツ(えるしゅ・らぐらんつ)が吹き出した。
「いやもうこれは仕方ないよ」
「仕方ないことなどあるか! やつはただの競技妨害者だ!」
 一喝し、棒をかまえる兵聞。
「キロス! きさま、たかが女といちゃつけなかったというだけで他人に八つ当たりとは、まだまだ修行が足りぬ証拠よ!」
「んだと? やる気かアフロマッチョ!」
「アフロ違うわ! 過激なおばちゃんパーマだ!!」
 よほど言われてきているのか、噛みつくように即返した。
 自慢の髪型だけあって、どこからどう見ても立派なアフロ。アフロのなかのアフロ、キング・オブ・アフロにしか見えない頭なのだが、兵聞にとってこれは「パーマ」なのだ。
「ぐぬぬ……この狼藉、その暴言、どちらも捨ておけぬ! ご主人ともども我輩が誠心誠意こめた御奉仕術(?)で、その貧弱君な根性を叩き直してくれる!!」
 岩をも砕くマッチョなこぶしを握り締め、兵聞が取り出したのは雑巾だった。
 ちなみに兵聞の「ご主人」はネギオ・モヤシモ(ねぎお・もやしも)というのだが、それらしい人物は兵聞のそばについていない。兵聞が登場してから1度もだ。
 なぜかというと彼は今、みかん箱(中)サイズのダンボール箱をさかさにかぶって盤上の隅っこにいるからだった。そう、どんな過酷な任務でも丈夫なダンボール箱のなかに入って潜入する、某一流エージェントのように!
 そしてまさしくネギオの存在に気付いている者は、だれ1人としていなかった! あんなこと口走っちゃうぐらいだからもちろん兵聞も気付いてナイ!
「我輩渾身の冥土院流御奉仕術のおそろしさ、その身を持って知るがよい!!」 
 フハハハハ!!
「ひとおーつ! 雑巾は板の目に対し平行にあて、まっすぐ縦の動きで押しかけるべし!!」
 ひらり、雑巾を広げた兵聞は、長い辺を横にして両手の指でつまんで持つ。
 それを実演してみせようというのか、ぐっと身をかがめたとき。横から繰り出されたエルシュの一撃が、彼を場外へ吹っ飛ばした。
 一体どんな技だったのか冥土院流御奉仕術。
 字面を見る限りなんだかものすごい力を秘めていそうなのだが、それを見るのはまた次の機会ということで。
「縦の動きがなんたらって言ってたけど、横の動きには弱かったみたいだな」
 手を額にあて、日よけを作りながら兵聞の吹っ飛んでいった先を見やるが、当然兵聞の姿はカケラも見えない。
「エルシュ…」
 こめかみに指を添えて、ディオロス・アルカウス(でぃおろす・あるかうす)が名を呼ぶ。
「彼が標的としていたのはキロスでしょう。それに、彼の言っていたことは間違いではありませんよ。キロスは選手登録していませんし、イヌチームでもトリチームでも――」
「まあいいじゃん。カタいこと言いっこなし! キロスの敵は俺の敵、ってね」
「そういう問題ではなく――」
「楽しくチャンバラしてスカッとすれば、キロスだって鬱屈した思いを解消できて、元のキロスに戻るって」
 がしっと肩を抱き込んで、キロスに聞こえないようぽしょぽしょ言う。
「それに、トリでもイヌでもなくて、俺たちはキロスチームだ」
「俺たち?」
 怪訝そうに言ったのはエース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だ。
「ちょっと待てエルシュ。いや、俺はたしかに恋人なしだけど、だからって――」
 早くもいやな巻き込まれ予感に眉をひそめるエースの前、エルシュはくるっと実況席と鳥人たちに向き直る。
「おーい審判! 俺たちキロスチームでOK?」
 鳥人たちが何やら固まってゴニョゴニョする様子を見せたあと。
『OKだそうです』
 アッサリ了承してしまった。
「よし! 正式に了承とれた! これで俺たちは晴れてキロスチームだ!
 ねえ兄さん?」
「ああ……はいはい」
 観念したようにため息をついてエースは答える。
「ま、いいさ。キロスの憂さ晴らしにつきあってやるよ」
「そうね。正式に認められたのなら、戦って失格っていうことはないものね」
 リリア・オーランソート(りりあ・おーらんそーと)がにっこり笑って棒を持ち上げる。
「んなことなんざどうでもいい。俺はあいつらをぶっ飛ばして、あんなリア充どもより俺の方が強えってことを教えてやる、それだけだ」
「その意気その意気。
 みんな、勝利目指してがんばろう!」
「「「おーーーっ!!」」」

 こうして水上チャンバラは、イヌ・トリ・キロスの3チームによるバトルとなったのだった。




「やーっ!」
 全力で振り切られたメルティナの棒を、冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は後ろへ跳んで避けた。
 そこへ間髪入れずルゥの突きが背面から迫る。前後からの挟み撃ちだ。
「くっ…!」
 無理な体勢ながらもどうにかこれをかわし、横すべりしながらも棒を振る。相手の接近を拒むための攻撃。触れただけではじき飛ばされるこの棒を、しかし恐れることなくルゥはかいくぐってメルティナとともに永夜へ肉迫する。
 2対1はかなり分が悪い。しかもパートナー同士で連携がとれている。
「はあっ!」
 またもやきたルゥの鋭い突きを、今度は永夜も避けきれなかった。
 腕に当たり、吹っ飛ばされる。
「やった! メルティナのおかげ!」
 ぱん、と手を打ち合わせる。
「そ、そんなこと……ないですわ」
「ううん! ありがとう」
 ルゥの満面の笑顔を見て、メルティナは伏せた顔を赤くしながら、来てよかったと思う。ルゥとおそろいの水着だけど、ビキニなんて、こんな薄着で大勢の人たちの前に出るなんて恥ずかしくてたまらなかった。でも、勇気を出して来てよかった。
「さあ次々! この調子で確実に1人ずつ片付けて――」
 そのとき、一陣の風がびゅうと吹いて、ルゥのほおをかすめた。
 風を追うように人影が太陽をふさぐ。
 音もたてず着地した永夜は、彼女たちが驚いてあっけにとられている隙に、2人まとめて吹っ飛ばした。
「みごとだ」
 ぱちぱちと軽い拍手が少し離れた場所から飛んできた。見ると、パートナーのメルキオテ・サイクス(めるきおて・さいくす)がそこであぐらをかいて座っている。
 外見はどう見ても3歳児にしか見えないが、こう見えて立派な魔鎧。本当の歳は……まぁごにょごにょと。
 少なくとも3歳児ではあり得ない、知的な光を宿した瞳をしており、表情は大人のそれだ。
「どこへ行っていたんです? メルキオテさん。見ていたのなら助力に入ってくれてもいいでしょうに」
「我がいなくとも十分やれていたではないか」
 いや、そうでもない、と思う。
 とっさに風術でブレーキをかけることを思いつかなかったら、あのままプールへ落ちていたところだった。2人を倒せたのも隙をつけたからだ。まさか永夜が戻ってくるとは思ってもいなかったのだろう。
(まともに体で受けていたら、風術を使うひまもなかっただろうな)
 助かったのは運が良かったからだ。
 パーカーのそでで口元をぐいっとぬぐって、大きく息を吐きだし呼気を整える。
「2人同時でも倒せたのだ、ここはひとつ大物を狙ってみないか?」
「大物?」
 あっち、とメルキオテが指したのは、まんまキロスだった。
「いやです」
 永夜は即答し、関心はないと背を向ける。
「ああいう手合いには興味がありません。彼の言い分も全く理解できないし」
 そもそも女性に誘われなかったからといって、それで暴れたくなるものなのか? ――分からない。
 首を振る永夜を見て、メルキオテは「よし!」と立ち上がった。
「なら、我1人で行くとしよう」
「えっ? なんですって?」
 驚く永夜の前、メルキオテは棒を担いで騒乱のなかを駆けて行く。やはり外見が幸いしてか、だれもメルキオテには手を出しかねているようだ。
 しかしそれが今のキロスに通じるとはとても思えない。
「メルキオテさん、待ってください!」
 あとを追おうとした永夜は、次の瞬間バッと横に跳んだ。直後、棒が盤を打つ。
「チッ! 避けられましたわ!」
 渾身の力で振り下ろした棒を手に、観月季は立ち上がった。
「わたくしの親友のルゥをよくもやってくれましたわね…」
「待て、あれは競技によるものだ」
「ええ。ですからこれも、競技によるものですわ。
 覚悟!」
 どう見ても私怨による攻撃を、永夜は紙一重で避け続けた。怒りに燃えているとはいえ、観月季の用いる技は巧みで、なかなか反撃の糸口が見いだせない。アディールのパワーブレスで強化された手の動きは、さらに棒を操る速度を上げていた。
「そうやって避けるばかりですの? では、これならどうです?」
 横なぎの攻撃を背後へ跳んでかわそうとした永夜のパーカーが、突然ぐんっと前に引っ張られた。見えない力でそのまま前へ引き戻されそうになる。
「サイコキネシスか!」
 とっさに踏ん張った永夜と観月季の間でパーカーが破ける。それで自由になった永夜は、反動でぐらついた観月季を間髪入れず吹っ飛ばした。
「ああっ! 僕のオパーーイ!!」
 思わずアディールは叫んでしまう。
 注意がおろそかになったアディールも吹っ飛ばそうと永夜が棒を振りかぶる。だが吹っ飛んだのは永夜の方だった。
 彼と入れ替わるように、その影から美笑が現れる。
「すご……わた、私、吹っ飛ばしちゃったよ、吹っ飛ばしちゃった!」
 だって観月季ちゃんを吹っ飛ばしたの見ちゃったから、それで……夢中で!
 観月季ちゃんやルゥさんを吹っ飛ばした人を、私が吹っ飛ばしちゃった!
 棒を抱き締め、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「それはよいが、美笑ちゃんよ。その格好は良いのか?」
「え?」
 乃々香に言われ、はたと気付いた。見下ろす視点が高い。そして足元にはビリビリに裂けた水着の切れ端が点々と…。
 今、美笑は裸でないまでもほぼそれに近い状態になっていた。
 いつ切れるとも分からない、糸のような状態で大きめの布や中くらいの布がつながっている。腰に巻いてあったパレオなど、完全に千切れ飛んでしまっていた。
 マニアなら「肝心の場所は隠されているが、ただの裸よりイヤらしい! そこがイイ!!」と鼻息荒く叫んだのではないだろうか。
「きゃあ! うっそー!!」
「美笑ちゃんよ。おぬし、本当にアホよのう…。鬼神力を使えば巨大化してそうなるに決まっておるのぢゃ」
 試合が始まる前に、よーく言い聞かせたはずだったのに。
「とにかくこれを使うのぢゃ」
 乃々香はパニックを起こしている美笑に自分のパレオをはずして渡す。
 そのそばで、美笑のかなり破廉恥な姿にも気付かずアディールは、
「あのおっぱい、必ずもんでやろうと、一番最後にとっておいたのに…」
 観月季の飛んでいった方を見上げ、未練たらたらの声でつぶやいた。