First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last
リアクション
「キロスさん、後ろはあたしに任せて!」
キロスチームが結成されたあと、新たに参入したうちの1人マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)は、キロスの背後の護りを買って出ていた。
ディオロスが
「前に出すぎると集中砲火をあびますよ」
と何度か折りに触れて注意を促していたのだが、キロスは聞く耳持たず。「うるせえ!」のひと言で、とにかく目についた者に片端から挑みまくっている。
「処置なしだな」
ふうと息をついて、そこから先、ディオロスはもう何も口にしなかった。
マリカがキロス側へついたのは、以前彼とは戦ったことがある顔見知りだということと、ひたすら前へ突き進むことしか考えていない今のキロスは相当危なっかしいから、という理由からだった。しかし、先述のとおりキロスは絶えず盤上を移動しまくっているため、マリカはついて行くのに必死だ。
キロスはといえば、そうしてくれる彼女に気付いてはいるが気にかけてはいないようで、「邪魔だからどっか行け!」と追い払ったりしないかわりに相手にもしていないようだ。
空気。まさにこれ。
そんな扱いを受けていても、マリカはキロスがコントラクターと対戦している間、そのパートナーの攻撃からキロスを護って戦っている。
それはある意味、マリカの動きを邪魔と感じてもいないということだ。
そんな2人の様子に、やはりマリカの補助をしていたテレサ・カーライル(てれさ・かーらいる)は、ふと思いつく。
「あの……キロスさま?」
「ぁあ?」
いら立ち、大義そうではあったがそれでも返事が返ってきたことに勇気づけられて、テレサは言葉を継いだ。
「キロスさまがリア充についてどういうお考えをお持ちかは分かりました。では、キロスさまはもしや男の方がお好きなのでしょうか?」
聞いた瞬間、ブッ! とキロスが吹き出す。
「おまえ……オレがそう見えるってか…?」
冗談抜きに血の気を失った顔でキロスはテレサを振り向いた。
「いいえ、見えません。たしかめておきたかっただけです。先ほど「女なんかマジいらねー」と言われていましたので、もしやそういうふうに宗旨替えされたのかと」
「んなわけあるか!!」
「あははっ! だよねえ」
傍らで一緒に戦っていたエルシュが同意する。
キロスはチームの大将。エルシュはディオロスとともに彼の右側面を護り、彼を狙ってくる者の顔にサイコキネシスで跳ね上げた水を目つぶしにかぶせたりして、驚いている隙に棒で吹っ飛ばしている。攻守をかっちり分担していて、攻撃はディオロス、防御はエルシュだ。
「まあ、好きイコール恋愛じゃないし。たとえばほら、ねえ兄さん?」
「うん?」
リリアとともに左側面を担当していたエースが、呼ばれてひょこっと顔を覗かせる。
「あ、キロス。そこにいるの俺の兄貴ね。なんだかんだよく言い合ったりしてるけど、これでも結構分かり合えてるんだぜ。長い付き合いだし」
「まあな。おまえの無茶ぶりや振り回しにも、今じゃ慣れたよ」
エースは苦笑しつつ、敵からの攻撃を防ぐ。
「キロスも、香菜さんとはそうなんじゃないのか? 1度や2度、思いがすれ違ったって――」
「――分かんねえよ」
ぼそっとキロスが言う。
「え?」
「あいつが何考えてるか、オレにはもう分からねえ」
いや、最初から分かってなかったのかもしれない。それに自分が気付いていなかっただけで。気にもしてこなかったのかも…。
「ではキロスさま、マリカさんと1度、デートしてみてはどうでしょうか?」
「「「ええっ!?」」」
これにはその場にいる全員が驚いた。思わず全員、戦いをストップしてしまう。
「テ、テテテテ、テレサ、何言って…」
「あら。すごくいい解決法だと思いませんか? キロスさまは女性の心がお分かりになられないとおっしゃる。なら、女性とデートをすればよいのです」
(それに、マリカさんに女性らしい格好をさせる良い機会にもなりますし。これでもしマリカさんにも男性を意識する気持ちが生まれましたら、一石二鳥ですわ)
「デートしたからといって即付き合うというわけではありませんし。お二人でどこか出掛けてみてもよろしいかと。それが女性の心を知る、一番の方法だと思いませんか?」
「テレサ、何を……あたしと、キロスが…?」
この提案に、キロスはどんな反応をしているだろう? おそるおそるキロスを見上げると、彼もとまどった表情でマリカを見下ろしていた。
目が合って、ボッとマリカの顔が赤く染まる。
(あら、かわいらしい)
くすっとリリアは笑う。
「そうね。それが一番かもね」
あいにくわたしはもっと知的で論理的な男性が好みだから合わないけれど、あの子ならぴったりかも。
自分の発言を強めるように、リリアはほほ笑んで見せた。
「そうだね、女性の心を知るために、いろんな女性を知っておくのはいいことだと思うよ。キロスのためにも、それからキロスをパートナーとしている香菜さんの負担を減らすためにも」
エースも同意する。
「なんだそりゃ?」
「今みたいなおまえだと気苦労も絶えないんじゃないかっていうこと」
「なんだと!! てめえ――」
キロスがエースにくってかかった、まさにそのとき。
「隙ありッ!!」
メルキオテがチェインスマイトで突き込んだ。
エルシュの水の目つぶしはオートガードで防がれてしまう。
「くらえ、我が渾身の突きを!!」
とった、そう確信した瞬間、メルキオテの棒はディオロスによって防がれていた。
捨て身の突撃が防がれれば、待つのはカウンターだ。ディオロスの一撃がメルキオテへと向かう。
「……くっ」
吹き飛ばされる、そう思った瞬間。
「あぶない!!」
メルキオテを胸に抱き込んでかばった刀村 一(とうむら・かず)が盤上を転がった。
「大丈夫かい? ちみっこ!!」
転がった先で、一はメルキオテを助け起こす。
「大丈夫じゃないのはリンの方なの! カズちゃん、リンを背負ってるの忘れたらダメなの!」
転がる際、盤と一の間でペッチャリつぶれそうになっていたリン・リーリン(りん・りーりん)が、憤激しきってえいっえいっと後ろ髪を引っ張る。
「いたっ、いたっ。ゴメンナサイリンチャン、ゴメンナサイ」
ひととおり謝ってリンの許しを得たあとで、腕のなかのメルキオテをもう一度見た。
先の2人のやりとりを見たためか、メルキオテはひと言も言葉を発しない。
「怖がらなくていい、おじさんはちみっこの味方だ!!」
それを聞いた瞬間に、メルキオテの計略は組み立てられた。
「防がれてしまったが、さっきのきみの突きはなかなかのものだったぞ!」
「……怖かったよぉ、おじさん…」
うるうるした目で一を見上げる。
メルキオテはどう見ても男の子だ。ようじょちみっこではない――が、とんでもなくかわいかった。
「おお、そうか。それはかわいそうに。
見てろよ、ちみっこ! 今からおじさんが仇をとってやるからな!」
ニヤリとほおを緩ませるメルキオテの前、一は勇んでキロスへと向かう。
「キロスに向かってくなんて、カズちゃん無謀なの。もっと普通な人選んで、生き残ること優先で考えるの」
リンは背中から必死に訴えかけたが、一は早くもキロスへ意識を集中していて、一音も聞き入れている様子はない。
「カズちゃん負けたらリンも負けるの! ――もうっ! なの」
全然耳に入れてない一に、リンは覚悟を決めると一の耳を両手でふさいで悲しみの歌による支援を始める。
歌を聞いたキロスの周囲の者たちが意気消沈して悲しみに囚われている間に、一は間合いを詰めた。キロスは一歩も退かず、待ち受けている。
「キロス! わが伝家の宝刀【面打ち】を受けてみろ!!」
伝家の宝刀というわりにはちょくちょく使っているようだが、それだけに一の飛び込み面はタイミングも速さも角度も手の動きも、全て完璧だった。
首を傾げたキロスのこめかみをかすめた棒は、ぱぁんと玉が弾けるような音を立てて肩を打つ。しかしキロスに変化はなかった。くるぶしあたりまで発泡スチロールにめり込んだりはしたが、それだけだ。
「なぜ…」
「面打ちは上から下への力だ。それじゃあひとは吹っ飛ばねえよ。
吹っ飛ばしってのはこうやるもんだ!!」
キロスの一撃で一は吹っ飛んだ。
「だから無謀って言ったの! どうしてリンの話、ちゃんと聞かないの! なの! なの!」
「ハイゴメンナサイ、リンチャン。アヤマルカラドウカハチマキヒッパラナイデ…」
ぽかぽか、ぐいぐい、ぽかぽか、ぐいぐい。
吹っ飛びながら宙で制裁を受けている一の横を、やはり同じく吹っ飛ばされたメルキオテが追い越していく…。
キロスたちの怒涛の進撃は続き、結果、盤上に残ったのはキロスチームだった。
……本当は、だれにも見つからず、相手にされないままのネギオがダンボール内で盤上にしっかり残っていたのだが、この猛者たちのなかへ飛び出して行く勇気はないだろう。
『番狂わせです! 水上チャンバラ優勝はイヌチームでもトリチームでもなく、キロスチームに決定しました!』
ロレンツォが試合終了のホイッスルを響かせる。
キロスは叫んだ。
「やっぱリア充なんかよりオレの方が断然TUEEEEE!!
この世のリア充はすべて爆発しろ!!」
わあっと歓声が上がり、勝利者キロスチームに惜しみない拍手が送られる。
そんななか、トリチームで戦って、吹っ飛ばされた先から走って戻ってきた杜守 柚(ともり・ゆず)が、切れた息を整える間も惜しんでキロスに声をかけた。
「キロスくん、それは違います!」
戦いが終わった今、澄んだ柚の声はプール場によく反響して、彼女が思っていたよりも大きく周囲に響き渡ってしまう。
場の注目が柚に集まったが、柚は気圧されることなくキロスを見返した。
「柚か」
「私……私も、リア充じゃないです。だから恋人がいて、互いを思いやっているのを見るといいなあって思うし、うらやましい気持ちもあります。でも憎んだりしません。ひがんだりもしない」
胸に浮かんだある人の面影に、そっとこぶしを握り締める。
「おまえ、オレがひがんでるって言うのかよ」
「違うと言いきれますか? キロスくんはただ、彼らのまぶしさをひがんでるだけです!」
柚はキロスが現れてからずっと、彼に親近感を抱いていた。
人と人の想いが通じるのは難しい。ただの情でも難しいのに、それが愛となればなおさらに。
通じないまま、いつか終わらせなくてはならなくなるときだってあるだろう。想った分だけ相手が想い返してくれるとは限らないのだから。
みんなそれを知っているから、あせったり、もどかしく思ったりする。イライラして、それに支配されてしまいそうになる。
けれど、柚は知っていた。
「リア充は妬むものじゃなくて、目指すものです!」
おなかの前で指を組んで震えを押し殺し、あくまで毅然とした態度を崩さない。
そんな柚の姿には、だれも何も言えなくなる。
「言われたね、キロス」
キロスとよくケンカしてきた――つまりケンカするほど仲がいい――杜守 三月(ともり・みつき)が、くつくつと笑う。
「……うるせー。笑うな」
「柚、かっこいいでしょ。普段はぽわぽわしてるけど、こうやって締めるところはちゃんと締めるんだよね」
「三月ちゃん…っ」
カーっとほおを上気させた柚は、とまどったようにほおを挟み込んだ。
「なんだ、ノロケか」
「違う違う。事実を言ってるだけ。こういうとこ、柚にはかなわないなって思うんだ。おまえも今、そう思ったろ?」
「…………」
答えることを拒否するキロスのかたくなさに、三月は肩をすくめる。
「ま、いいさ。
それよりちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「なんだ」
「おまえ、香菜のことどう思ってんの?」
三月の質問に、一瞬で場内がざわめき立った。きっとみんな、内心ではそれを一番知りたかったに違いない。そしてやはり一瞬で、落ちた針の音すら聞き分けられそうなほど静まり返る。
「こんな大騒ぎして、ひとを巻き込んで。言い逃れは許さないぞ」
だれもが固唾を飲んで見守るなか、キロスはなかなか口を開こうとしなかった。
もしやこのまま無言を貫きとおすのではないか――そう思われたころ、ようやく言葉を発する。
「べつにオレは――」
そのとき、一陣の風が吹き渡り、キロスを翻弄した。
「キロスよ」
風――いや、あらゆる魔法を用いて徹底速度アップ・徹底強化を図った影は、すれ違いざまキロスにだけ聞こえる声で告げる。
「キロスよ。きさまは決して口にしてはならぬことを口にした。よってこの仮面雄狩るが、天にかわってオシオキをしてくれよう。
宦官になれ!」
――ドスッ!!!
「ウッ!」
と詰まり、前かがみになると、キロスはバッタリ倒れ込んだ。
「キロス!? おいっ!」
「キロスくん!!」
「だめだ、完全に白目むいてる」
「おい、救護班! 早く医務室へ運べ!!」
競技会場はまたもや大騒ぎに包まれる。
その後、キロスは夏の創世祭が終わっても目を覚ますことはなかった。
はたして彼は宦官になってしまったのか?
それはまた別のお話である。
First Previous |
8 |
9 |
10 |
11 |
12 |
13 |
14 |
15 |
16 |
17 |
18 |
Next Last