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リアクション
「そんなこと、させません!!」
宣言とともにビームは突然何もない宙にぶつかり、バチッと火花を散らしてはね返った。
「む?」
「いってえっ!!」
声とともに現れたのは紫月 唯斗(しづき・ゆいと)だった。まともにビームを受けた、その痛みで隠形の術が解けたらしい。彼は神崎 瑠奈(かんざき・るな)が騎手を務める神崎騎の先頭騎馬で、手が使えない。
なぜ1人だけ隠形の術を使っていたかは不明だが、おそらく動きから敵騎馬に先手を取られないようにするためだったのだろう。(推測)
「無事か? 唯斗」
同じく騎馬を務めるエクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が、ジャジラッドを警戒の表情で見ながら訊く。
「はい。少ししびれただけです」
「そうか。だが振り向くなよ」
それは少しおかしな言葉だった。唯斗は一瞬眉をひそめたものの「おそれをなして敵に背を向けるな」という意味だと解釈して、
「ええ」
と素直にうなずいた。
しかし真相は違う。エクスは彼の足元にひらひらと破けて落ちた水着を見たからだ。
それは彼女の視界の隅をぷかぷかと流れて行った。
「むん!」
さらにジャジラッドはその剛腕でぴしりぴしりと鞭のように縦横無尽にビームを操った。ビームが向かう先は何もメルヴィア騎だけではない。ウサギチーム大将騎のラクシュミ騎、そしてプリンセスカルテットのアントニヌス騎、元祖プリンセスカルテットのツァンダ騎にも均等に向かっていた。
隙あらば水着を引き破るつもりだ。
だが。
「いけない!」
「させるか!」
「大尉をお護りしろ!!」
唯斗にならって、次々とオオカミチームの騎馬がビームの前にその身を投げ出す。ビームが舞うたびにひらひらと水着も舞って、いつしかそこにはポロリだらけの男の騎馬隊が……。
「きさまら…」
「ミルザムさんにポロリはさせない! 決して!」
ミルザムが騎手を務めるツァンダ騎を背後に、風祭 優斗(かざまつり・ゆうと)がビシッと指を突きつけた。
「風祭さん…」
「ミルザムさん、ご安心ください。あなたを狙うあの邪道の攻撃は、この僕が絶対阻止してみせます!!」
ちなみに彼の騎馬はパートナーの諸葛亮 孔明(しょかつりょう・こうめい)ではない。今、彼は観客席にいて、
「かっこいいですよー、優斗! 身を張って女性を護ろうとするその意気や良しです!
がんばりなさいー」
と、この展開にノリノリで盛り上がる周囲にすっかり溶け込んで、かなり(完璧?)他人事の声援をやんややんやと送っている。
彼がそこにいるのだから風祭騎の騎馬は鳥人たちかと思いきやそうではなく、なんとバカには見えない友人×3体だったりする。(注:バカには見えない→賢く見える、という意味ではアリマセン)
皆さんご承知のことと思いますが、念のため。今現在彼は水着をはぎ取られて裸です。
えーと。
……ま、大丈夫でしょう。彼らが見えないのはバカにだけなんだし。
『なんということでしょう! 自軍大将騎をかばい、みんな次々と裸にひんむかれていきます! これぞまさに「ドキッ!? 男だらけのポロリ祭り〜すまない女は帰ってくれないか!〜」ではないでしょうかッッ!!』
観客席のあちこちからきゃあきゃあと女性陣の驚声だか喜声だか分からない声が上がるなか、負けじと望が声を張り上げる。が、残念ながら観客の声の方がはるかに大きかった。
はるか昔、70〜80年代の女性ならともかく、世界へ向けて解放された現代の女性はそれなりにイロイロ目にする機会も増えて、すっかり図太くたくましくなっている。この程度のハプニングなど何でもない。
『大事なところを隠すため、両手をふさがれてしまった騎手たち! このまま為す術なくハチマキを奪われてしまうのかっ!?』
おそらくはジャジラッドも途中でそのことに気付いたに違いない。ひそめられていた眉間のしわは消え、いつしか愉快げな含み笑いに変わっていた。
「大尉、いいご身分だな。そうやって裸の男どもに護られている気分はどうだ?」
揶揄されて、カッとメルヴィアの頭に血が上るかと思いきや、意外にも彼女は冷めた表情で氷の視線をジャジラッドへ向けた。
「男のこんな姿など軍でいくらも見慣れている。いちいち動揺などするか」
(((えっ…?)))
耳にした全員の背中に冷たい汗が流れた。
しかし忘れないでほしい。こんな姿というのは、最後尾にいるメルヴィアから見てである。
「た、大尉…?」
「命令だ! 振り向くことは許さん! そんなけがらわしいものを私に見せるな!」
「はいっっ!!」
即座に飛んだ檄に、振り返ろうとした者たちはあわててピシッと背を正した。
「ククッ。これで最後だ大尉。これも勝負事、悪く思うなよ」
もったいぶった手の動きで、メルヴィア騎へ向けジャジラッドのビームが飛ぶ。
それを
「行け! テノーリオ!」
「ガウッ!」
メイベア騎が防いだ。
クマの爪パンチはビームを簡単にはたき落とす。
「僕たちがいる限り、きさまのその薄汚い触手が大尉に触れることは決してない!」
「ガウガウガー!」
トマスの宣言に同意するようにかわいいテディベアのテノーリオが両手をバンザイにして威嚇の咆哮を上げた。
赤チョッキ以外まとっていないクマ、テノーリオはすでに裸なので、ポロリは最初からである。
「――くっ」
「大尉殿を討たせるな! みんな護れ!!」
ジャジラッドがあきらかにひるんだのを見て、トマスは一気に攻勢をかけた。
「お……おう!!」
彼の意気につられてほかの者たちも再びボゴル騎へ向かって行く。もとより、後退という選択肢はないのだ。振り返れないのだから。
再び鬼ごっこのような騎馬戦が始まった。
「って、大丈夫なの?」
引っ張られるままつい走り出してしまったものの、神崎 輝(かんざき・ひかる)はとまどう。しかし先頭騎馬の唯斗に指令を出しているのは騎手の神崎 瑠奈(かんざき・るな)本人だ。
「瑠奈は女の子なんだよ? もし水着を破壊されちゃったりしたら…」
「だいじょーぶだいじょーぶ♪
だって唯斗さん、攻撃されちゃったんだもん。お返ししないと! それに、あんな暴挙、ほうっておけないですっ」
言葉をそのままとれば憤激しているように思えるが、下から見上げた瑠奈は、それよりこの追いかけっこの方こそ面白がっている顔だ。すっかり前のめりになって
「いけー」
とか
「唯斗さん、あっち! あっちをふさがないと逃げられちゃいますっ!」
とか指示を出している。
「たぶん何とかなりますよね〜♪ 根拠はないけどっ」
若干不安そうに見つめる輝の視線を感じ取って、瑠奈はにっこり笑った。
(……まあ、いいか。瑠奈は楽しんでるんだし)
思い直したそれからは、輝も馬に専念することにしたのだった。
プールという戦場を、ボゴル騎は駆ける。己の騎馬以外は全て敵。(バルチャ騎がたのもしい援軍になるとは彼自身全く思っていない)水着を裂かれたくないと女子の騎馬は参加していなかったが、オオカミチームはもともとメルヴィアを大尉と慕う教導団の男たちが多い。
圧倒的多数だった。それでもボゴル騎が四方八方から迫りくる騎馬を避け、のらりくらりと逃げおおせているのは、ザウザリアスの手腕によるものだ。ザウザリアスの出す指示は的確で、一見鉄壁のように見える騎馬の壁にある、わずかな抜け道すら教えてくれる。なにしろ彼らは統制された兵ではなく、寄せ集めの愚連隊同然。バランスに欠けていた。集団行動では必ず穴ができる。ボゴル騎の先頭騎馬を務めるサルガタナスは、ザウザリアスに指示される方向へ忠実に動き続けていた。
だがそれでもしょせんは多勢に無勢。やがては一角へと追い込まれてしまう。
「俺は空京大学のマイト・レストレイドという。きみに警告する!」
真っ先に追いついた、マイト・レストレイド(まいと・れすとれいど)が騎手を務めるマイト騎が名乗りを上げ、堂々前に出た。
「水着を破いてすっぽんぽんにすることで相手の動きを阻害しようなど、きみの行いはスポーツマンシップに反する! それどころかわいせつ物陳列強要罪だ! こんなものは戦術と呼ぶのもおこがましい!」
「ではここにいるおまえたちのだれもが健全な考えでここにいるというのか? 彼女らの水着をはがしてその胸を拝みたいと、ちらとも考えたことはないと言い切れるか? その手段を考えなかったと?」
ジャジラッドの言葉に胸を突かれた、正直な何人かがうっとひるむ。
「それに、おまえたちが自ら俺の武器の進路へ飛び込んできたのだろう。俺が強要したわけではない」
「何を――」
言うか、そう言おうとしたマイトの先を奪うよう、右の騎馬を務めていた林 則徐(りん・そくじょ)が冷静な口調で告げた。
「では婦女暴行未遂罪だな」
「リンさん」
「女性の水着を裂くという暴行を働こうとした。明確に、相手を裸にしようという意思を持ってだ。他人がどうこうなど関係ない。実行に移したのはおまえだ」
「――ふん。だったらどうした」
きらり、則徐から目を戻したマイトの青い瞳が水面からの照り返しを反射して、いつも以上に明るく輝く。
「淑女を公衆の面前で辱めようとした、きみをこらしめる!」
マイトからの合図に、鳥人は前進を開始した。
「いいか! きみには2つ言っておくことがある!!
ひとつ! たしかに水上騎馬戦にポロリはつきものだ! それを期待する男性心理も健全な男としてあって当然。しかしそれはあくまでも偶発の事故によるものであって、故意にすればそれは犯罪だ! そしてふたつ!」
ジャジラッドと真正面から組み合ったマイトは慣れた動きで相手の力を利用してそのまま引き倒し、投げ飛ばそうとする。
「水上騎馬戦での武器の使用は明確なルール違反だーーーッ!!」
ジャジラッドの体が騎馬を離れ、わずかに浮いた瞬間。
「重いのである」
則徐と鳥人が同時にパッと手を放し、マイトはあっけなく落馬(?)した。
プール底にしたたかに打ちつけた尾てい骨をさすりさすり則徐を見上げる。
「い、いてててて……り、リンさん…?」
「重量オーバーだ」
見ると、ブルブル手が震えている。
ジャジラッドは身長300センチ、体重150キロの巨漢だ。それに踏ん張るマイトの体重などを考えれば、瞬間的に手にかかる力は相当なものになる。浮かせられただけでもすごいことだ。
ただ、どうもそれだけではないようだった。震えは手だけでなく、体全体に及んでいるし、どうも顔色も優れない。
「リンさん?」
「……すまない、どうもこういう水場は苦手でな…。いや、精神的なものではあるんだが…。
水場とはいえひざ下までしかないし、どうにかなると思ったんだが、やはり無理だったようだ…」
独り言のようにぶつぶつつぶやきながら、則徐はプールから出て行った。
「俺の勝ちだ」
馬上のジャジラッドが手を伸ばしてマイトの頭からハチマキを奪おうとする。
そこへメイベア騎が突っ込んだ。
「ガオオーーーーッ!」
「むっ」
がっぷりジャジラッドとクマの手が組み合い、互角の力で押し合う。
「そうやって武器を持ち出してきたことからして、ルール違反は承知の上だろう。でも僕たちは、正々堂々勝負で勝つ!!」
トマスの宣言が出た直後。
「今がチャーーンス! 突撃にゃー!」
と、神崎騎がボゴル騎の死角から突っ込んだ。
しかし小柄な瑠奈では騎馬の上で立ってもジャジラッドのハチマキには届かない。瑠奈はジャンプした。
それを察知したジャジラッドはテノーリオを肩で強引に押し飛ばし、あいた片手でトラクタービーム発射装置を操る。瑠奈はもう空中にいて、それをかわせない。
「瑠奈!」
輝は即座に支援の風術を発動させ、瑠奈の体をさらに浮かせてビームの進路からそらせようとするも、ビームの方が速かった。
しかし威力はかなり落とせたようで、近接していながらもビームは瑠奈の水着の肩ひもの片方を裂いたにとどまる。
それでも、垂れた水着から片方の胸がポロっと……。
「はにゃ…?」
『おおッ!! ついにポロリかーーーーっ!?』
実況席から身を乗り出して望が絶叫すると同時に、その一角は爆発する白い閃光に包まれた。
「ポロリ……ポロリがあったのか!」
スマキミノ虫になって屋上から吊るされていながらも必死に目を見開いていたフォンの頭上で、そのとき、レン・オズワルド(れん・おずわるど)がつぶやいた。
「未然だ」
「ぐぬぬ…」
うなるフォンと、鼻ちょうちんでぷーうぷーう眠るリデルア。2人を見下ろし、くすりと笑う。そうして、かまえていた対物ライフルを下ろした。
プールの一角へ向け、インフィニティ印の信号弾を撃ち込んだのは彼だった。
男たちが次々とポロリしていくときにも実は撃ち込もうかと対物ライフルを持ち上げたのだが、意外にも観衆にはウケて反対に盛り上がっていたようなので、やめたのだった。
「公衆の場での男のポロリは、まぁある程度ご愛嬌だが、少女のそれはまずいだろう、イロイロなことで」
彼は企画自体が『ポロリもあるかもよ?』と謳っていたものの、やはり大勢の観客の前で婦女子が胸をさらけ出すのは問題があるだろうと思い、万が一のときを考えて、この場で待機していたのだ。
公式イベントの最中に銃撃するなどテロ行為と思われてもおかしくないことだったが、そこはきちんと彼のパートナーノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が、しっかり事前にラクシュミや会場スタッフに抜かりなく根回しをしている。
だから彼は安心して、やって来ただれかにとがめられるかもしれないというおそれもなく、こうして全体を展望できる屋上の端で座っていられるのだった。
今、プールではノアが手配してあった鳥人たちによって、視力を奪われた選手たちがプール外へ誘導されていた。水着を裂かれてすっぽんぽんになった選手は大きなタオルを肩にかけられている。
ノアもそのなかの1人で、瑠奈をタオルでくるんでやっていた。
瑠奈の手には、しっかり頭上を飛び越す際にジャジラッドから奪ったハチマキが握られている。
「神、そらに知ろしめす。なべて世は事もなし」
スタッフたちはそうでも、観客は知らない。
突然の照明弾に驚き、沸き上がった声を下に聞きながら、レンは金網にもたれた。
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