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リアクション
●ニルヴァーナ創世学園、イベント会場にて
「ついにこの日がやってキター!」
早朝、水の張られたプールを前に、七刀 切(しちとう・きり)は万感の思いで両手のこぶしを振り上げた。
「水上騎馬戦ダー!」
「切くん、落ち着いてください。声が大きいですよ。もう少し落として、周りをよく見て」
後ろについて歩っていたリゼッタ・エーレンベルグ(りぜった・えーれんべるぐ)が周囲をチラ見しつつ注意を促す。
まだ競技開始時刻までかなり時間があったが、細々とした準備や確認作業のスタッフがあちこちにいた。なかには余裕を持って会場入りしている者や、観客席のいい場所取りをしようとしている者もちらほらいたりして、結構人目はあるのだ。
リゼッタは、その全部が自分たちに注目しているような気がしてならない。しかし切の方は違っていた。
周囲が一切目に入っていない――というか、幻しか見ていない。
そう、今彼の前には、彼だけに見える世界(幻覚)が広がっていた。
メルヴィアのポロリとか。
ラクシュミ(空京 たいむちゃん(くうきょう・たいむちゃん))のポロリとか。
ミルザムのポロリとか。
ソフィアのポロリとか。
etc.etc.……
恥じらいと驚きの表情で彼を魅惑する、あられもない姿の女性参加者たち。
まさに男にとって夢の世界。桃源郷。
「いいや! 夢じゃない! あと数時間でそれらがワイの目の前に広がるんよ! ちっぱいもでっぱいもOKOK。まとめて残らずこの網膜に焼きつけて、棺桶まで持って行ってみせよう!
くーーーっ! 生きててヨカッタ!!」
「だから切くん、声が大きいですってば。心の声がダダ漏れてますよ」
残念ながらその忠告も、耳に入っている様子はない。なにしろもう目がイッちゃっている。現実にポロリがなければ暴れて自ら水着をはぎとり強制ポロリを執行しそうだ。
このままではパートナーの自分にまで累が及ぶ。リゼッタは実力行使に出ることにした。
実力行使。つまりこう、首をキュッとね。
「――あら」
ふと視線を感じて振り返った先、わりと近い距離で百合園女学院生徒茅ヶ崎 清音(ちがさき・きよね)のパートナーでろくりんピック公式マスコットのキャンディス・ブルーバーグ(きゃんでぃす・ぶるーばーぐ)とミルキー・ヘミングウェイが立っていた。(蛇足ながら、清音はキャンディスが行くことを知って、例によって例のごとくパラミタの百合園でお留守番である)
じーーーっと微動だにしないその視線からして、先の行為を見られていたのは間違いない。
「おほほほほっ」と笑ってごまかし「ちょうど良かったですわ。ちょっとうちの切くんが持病の癪を起こして騎馬戦に出られなくなったんです。でもまだ時間がありますから、補充ききますわよね?」
リゼッタは何事もないかのように営業スマイルでほほ笑んだ。
「……え? ええ、まあ、それは可能ですが……」
「まあよかった! じゃあそのように手配お願いしますね〜。ワタシ、彼を救護室へ連れて行かなくてはいけませんから、それではこのへんで」
驚きの冷めやらないミルキーの前、リゼッタは白目むいたままの切の襟首を掴み、ずるずる引っ張ってどこかへ行ってしまう。
こうして1つの悪は事前に駆除された。
「なんだかあの方、首が尋常ならざる方に曲がっていたようですけど、大丈夫でしょうか」
「ダイジョウブヨー。ああ見えて彼もコントラクターなんだカラ。数時間もすれば目を覚まして、何事もない顔して客席でオウエンしてるワー」
「そうですか。それなら安心ですね。
でもそんなコントラクターですらあのように卒倒させるなんて、ジビョウのシャクって大変なんですねぇ」
この悪魔は本気で言っているのか。キャンディスは彼女を見上げたが、しみじみと感じ入っているミルキーの表情から他意は伺えなかった。
ザナドゥ生まれ、ザナドゥ育ちの悪魔だから、案外人間のことはまだよく知らないのかもしれない。
(それならミーがいろいろと教えてあげるまでネ)
「それより早く行かないと。みんな待ってるワヨ」
「まあ、すっかり忘れてました。そうでした」
ぱちぱちっとまばたきをして現実に立ち返ると、2人は再び連れ立って小走りで校舎内へ入るととある一角へ向かう。やがてたどり着いた先の廊下には、鳥人型アヴァターラ――長いので以下「鳥人」――たちでできた円があった。
「あ、来ましたよー。ミルキーさんとキャンディスさんですっ」
脇に立っていたノルニル 『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)――愛称ノルン――が真っ先に2人に気付いて声を上げる。その言葉に、うつむいていた神代 明日香(かみしろ・あすか)と警備班の腕章を付けた鳥人たちが一斉に2人の方を振り返った。
彼らが動いたことで円の中央があらわになる。そこに転がっていたのは、スマキにされたフォン・アーカム(ふぉん・あーかむ)とそのパートナーリデルア・アンバー(りでるあ・あんばー)だった。
「ううむ……解せん。なぜバレた」
「まーだ言ってる」
眉をひそめて唸っているフォンと違い、リデルアはやれやれといった声音だ。
「もう観念しよーよ。言い逃れなんてできない状況だったんだからさー」
ちなみにリデルアは身長20センチのゆる族。ロープでこれでもかというぐらい巻かれてフォンとつながれた姿は、まるでミノ虫のようである。
「絶対にバレるはずがないんだ。光学迷彩をまとった上で隠れ身を使い、さらに念押しで隠形の術まで使用した。完璧だ。気配も姿も殺した俺の存在に、絶対に気付ける者がいるわけない」
そこへ2人がたどり着く。
「それで、ええと、神代サン。何があったノ? ミーたちに教えて?」
「ラクシュミさんたちが水着に着替えるために女子更衣室へ入ったら、窓の所にビデオカメラ持ったこの男性が堂々立っていたそうなんですぅ! しかも一糸まとわぬ裸の姿だったんですぅ!!」
「なぜバレたーーーッ!!」
絶叫するフォンが、夜にまぎれて忍び込むこと数時間、ついに念願の時がきたと女性の全裸を生で拝めることにコーフンするあまりスキルを使い忘れていたことに気付くのは、まだもうちょい先の話である。
「……全裸、ですか?」
自分の聞き間違いかとミルキーはとまどったが、彼女の言葉に全員がウンウンと肯定のうなずきを返す。
「とんだヘンタイなのである」
「うむ。吾輩たちもわが目を疑ったのだがしかし、それはやはり事実であった」
「だからこのようにジャパニーズシートでぐるぐる巻きにしておるのだ」
「見苦しいモノを見させられるのは吾輩たちだけで十分であろう」
「あらまあ…」
と、ミルキーはほおに手を添え、深々と息を吐き出す。
「服を脱いでいたのは音をたてて気付かれないためって弁明してましたけど、嘘ばっかりですぅ! 絶対襲うつもりだったんですぅ! 理子さんやセレスさんたちは運よく集団で入りましたから事なきを得ましたけど、もし1人だったら襲われてましたですぅ!」
明日香が憤慨しきってそう訴えるのを見て、フォンはあわてた。
「ち、違う! それは違うぞ! 俺は純粋に、ただうわさのプリンセスカルテットの生着替えを隠し録りしようとしただけで――」
「あら。じゃあ理子さんたちを録る気はなかったんですか? カメラのスイッチは入っていたそうですけどっ」
ウンウン、と鳥人たちがうなずく。
「そ、それは、そのうー……」
「ムリムリ。ムリってばフォン。さっさとあきらめたが吉。僕はあきらめたよー」
プラーンプラーン、振り子のように左右に揺れるのを楽しみつつ、リデルアが言う。
言い訳は聞かないとバッサリ切り捨てるよう、明日香は彼らに背を向けた。
「厳罰を求めるですぅ! 彼は盗撮しようとしていた女性の敵で、さらに素っ裸のヘンタイです!!」
「もちろんヨ」
キャンディスが応じるのを聞いて、鳥人たちが一斉に動き出す。すでにこういうことが起きたときの対処を打ち合わせ済みなのかもしれない。
(まずい……まずいぞ。こんなことが世に知れ渡れば身の破滅)
「ま、待て! 待てったら待て! とにかく待て!」
ロープを強く引かれてフォンは何も思いつけないままに言葉を発する。
「し、司法取引はあるかな…?」
対するキャンディスは容赦がない。
「取引するものなんか何もないでショ。
いいから連れてっちゃいなさい」
「了解したのである」
「ってどこへ!?」
背中に当たったのは階段の角だ。
「屋上からぶら下げるのである。スマキミノ虫の刑」
「そんなバリ目立つとこ……ち、ちょっと待って! 待て待て待て待て待てっ」
「あーもー。しょーがないなー」
やれやれ、といった感じでリデルアはミルキーを見上げた。
「あのさー、ずーっと昔地球であったビデオテープ争いって知ってる? 勝った方が売り上げを伸ばすためにした戦略っていうのがさ、ようはエロ動画なんだよ。つまり、エロは需要あるの。売れるの。もうけるの。だからさ、こういうのどう? 僕たちを見逃して、録画させてくれたらその売り上げの4割を寄付するよ。もちろん顔は隠すし音声もいじってだれだか分からないように編集するから」
『もうける』という言葉に反射的、ミルキーの瞳が輝いたが、あくまでそれは言葉に対する反射にすぎなかった。
ニルヴァーナの商業王を目指しているとはいえ、何が何でも手段選ばず、というわけではない。
「残念ネー。ミーたちは健全だから犯罪者とは取引きしないノヨー」
答えたのはまたもキャンディスだった。
「だってサ。僕も一応努力はしてみたよ、フォン」
そう言う間も鳥人たちの引きずる速度は全く、これっぽっちも緩まない。
「……う、うわあああああああああああっ!! せめて、せめて服を着させてくれええええ!!」
盗撮魔の汚名は仕方なくてもヘンタイの盗撮魔はイヤーーーーーーーーーッッッ!
こうして2つめの悪も未然に駆除された。
「あの……本当によかったんでしょうか? 未遂だったんですし、お洋服ぐらいは着させてあげてもよろしかったのでは?」
コンブ巻きか何かのようになって階段をガコンガコン引きずられていくフォンの姿が見えなくなったあとも、ミルキーはとまどっていた。
「こういう場合はネ、毅然とした態度を見せることが必要なのヨ。彼らにじゃないワ、自分たちの呼びかけに応じてイベントに集まってくれるお客さまにヨ。
ああいう手合いがこういったイベントに現れるのは、ある程度予想できてたワ。そのために彼らに警備もお願いしてたし。未然に防げなかったのはミーたちの失策ネ。終わったあとの反省会で議題にしまショ。
そして起きてしまった事は、隠さない事が大事なのヨ。人の口に戸は立てられないワ。穏便にすませようと隠ぺいしたり、裏で処理しようとしたりしたら、無用の不審をこちらが買うことになりかねないワ。お客さまが求めているのは、そういったときにミーたち主催者がどういう対処をしたかということ。ミーたちがしなくてはならないのは、その姿を見せることなのヨ」
分かる? と見上げるキャンディスを見つめるミルキーの目が、一気に尊敬の光を帯びた。
「はい。とてもよく分かりました。これからもいろいろとお教えくださいね」
「で。あなたたちはなぜこんな早朝に現場に居合わせたノ? 関係者以外はするコトないからまだ来ないと思ってたワ」
キャンディスの質問に、明日香はノルンと視線を合わせたあと、こう説明をした。
「ぜひ競技参加者の皆さんに、ポロリしない水着の着用を禁じるように通達を出してほしいのですぅ」
「はああ!?」
明日香の言い分をひと言で言うならこうだ。
『水上騎馬戦といったらポロリ。異論は認めん』
「ぽ、ポロリしない水着、ですか?」
「そうですぅ。たとえばタンキニとか〜。上からパーカーなんて論外ですぅ」
「ええと…」
「そのためにはぁ、ぜひ理子さんやセレスさん、ラクシュミさんやプリンセスカルテットの皆さんに、そういった水着を着てもらいたいのですぅ」
こぶしでさらに明日香は力説する。人気のある彼らが着れば、きっとほかの者たちも追随するに違いないと。そのお願いをするため、女子更衣室前で彼らが来るのを待っていたのだった。
最初ラクシュミ校長にお願いしようかと思ったが、考えてみればこのイベントを切り盛りしているのはミルキーだ。ミルキーを説得して味方につけることができれば、全面協力を約束しているラクシュミだって快く応じてくれるだろう。
「視聴率を稼ぐためにポロリは効果があるという統計が(多分)出ていますぅ! さっきのリデルアちゃんじゃないですけど、大衆が何を求めているか考えれば、ポロリってこういったイベントが大成功するには必須でしょう? 商業王を目指しているミルキーさんならきっとこの理屈が理解していただけるはずですぅ!」
「……それは、まあ……ええと…」
チラチラとキャンディスの様子を伺うが、さすがにこれはデリケートな問題で責任を負いたくないと見てか、キャンディスは気付かないフリを決め込んで、助け舟を出そうとしない。
このことで助言は求められそうにない。ミルキーはふーっとため息をついた。
「たしかに橘さんからのお申し出で今回のイベントはパラミタへ中継されることになってはいますが、特にスポンサーがいらっしゃるわけではありませんので視聴率は関係ないのですよ」
「あら」
しまった、作戦ミスったか。
「水着の件につきましては、私からはなんとも申せませんわ。ただ、多分ですけれど、皆さん各校の公式水着を着用なさるのではないでしょうか。
それに、水に濡れたパーカーが肌に貼りついて透けて見えるというのも、なかなかのものではないでしょうか? ほら、神代さんの故郷の地球にピッタリの言葉がありましたよね。ええと、チラリズム、でしたかしら?」
「むむむむむ…」
それは明日香の狙いとはちょっとズレてはいたが、たしかに濡れて貼りついたパーカーごしに透ける肌というのもアリっちゃーアリだ。この際それで妥協すべきかもしれない。
「イベントの成功についていろいろとお考えいただきましたお2人には、観戦のしやすいお席をご用意させていただきますわ」
にっこりほほ笑むミルキー。それが決め手となって、この話はここで仕舞いとなったのだった。
「ほら。終わったみたいよ。今なら行けるんじゃない?」
少し離れた廊下の角から様子を伺っていたエレノア・グランクルス(えれのあ・ぐらんくるす)が、明日香がノルンとともに離れて行くのを見て、となりの布袋 佳奈子(ほてい・かなこ)を肘でつっついた。
「わ、分かってるわよ。私にだって見えてるんだから」
そう言いつつも、やっぱり緊張してしまう。なにしろミルキーと話をするのはこれが初めてなのだから。
だけど、今を置いていいタイミングはないだろうし、第一時間があまりない。佳奈子はえいやっと同じ通路へ飛び込んだ。
「ミルキーさん、キャンディスさん、おはようございますっ」
「おはようございます」
「あらまあ。おはようございます」
「オハヨーなのネ」
ほんの少しだけ、緊張に強張った面で近付いてくる少女の方へ、ミルキーは向き直った。
2人は蒼空学園の制服を着ていて見るからに年相応の女子高生なのだが、前を歩く薄茶の髪の少女と違って後ろの金髪の少女はどこかゆったりとした、円熟した雰囲気をまとっている。
「私、蒼空学園の布袋 佳奈子といいます。こちらは私のパートナーのエレノア」
「よろしく」
「ミルキー・ヘミングウェイです。よろしくお願いします」
お互い軽く会釈をする。
「それで何のご用でしょうか」
「実はミルキーさんにお願いがあってきました。
今回のイベントでは、優勝者に豪華ディナーがふるまわれるのだと聞きました。それを、私に作らせていただけないでしょうか?」
「あ。私は主にセッティングを手伝うだけよ。佳奈子と違って料理はあまり得意じゃないから」
ミルキーの視線を問いかけと感じたエレノアが肩をすくめて見せる。
「ぜひ私も、こちらの開校記念イベントにスタッフとしてかかわらせていただきたいんです。とても意義深いイベントだと思いますから。
料理は得意です。もうメニューも考えてあるんです。ぜひお願いします!」
と、佳奈子はメニューを記した品書きを両手で差し出す。
「私からもお願いするわ。この子の料理、何度か食べたことあるけどちょっとしたものよ?」
「ディナーをお作りになりたいのですか。それは、私の方は特に問題はありませんが、調理室が関係してきますのでそちらはラクシュミ校長の許可が必要かと思います」
「ラクシュミさんなら先に許可をいただいています!」
ぱああ、と佳奈子の表情が一気に明るくなった。
その笑顔につられるようにミルキーも笑顔になる。
「そうですか。でしたら、よろしくお願いします」と、品書きを受け取った。「お2人では手にあまることもあるかと思います。何か不都合がありましたら、遠慮なく調理を担当するスタッフにお申しつけください」
「はい。ありがとうございます!」
佳奈子はぺこっと頭を下げると勢いよく回れ右をした。「調理室ってたしかこっちだったよね!」と、ワクワクした様子で率先してエレノアを引っ張って行く。
「はいはい。良かったわね。
それで、もうメニューは考えてあるんですって?」
「うん! あのね、洋食なの! 冷製スープから始まってね、新鮮なサラダとかステーキとか。デザート入れて12品目。プールサイドに特設テーブル作って、そこで食べてもらったら喜んでもらえるんじゃないかと思ってるんだけど」
「ああ。じゃあそれを私が用意すればいいわけね。OK。給仕も任せて」
「ありがとう、エレノア! 下準備も手伝ってくれる?」
「もちろん」
等々。うれしそうに手順を会話しながら2人は遠ざかっていく。
見知らぬ者にお願いするのはちょっぴり不安がなくはなかったのだが、あの2人なら、できあがった物が豪華ディナーならぬ業火ディナーにはならないだろう。きっと多分。間違いなく、おいしいディナーにありつけるに違いない。
「勝者がうらやましい気もしてきましたわ」
品書きを胸に押しあて、ふふっとミルキーは笑った。
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