空京

校長室

開催、空京万博!

リアクション公開中!

開催、空京万博!
開催、空京万博! 開催、空京万博! 開催、空京万博! 開催、空京万博!

リアクション



<伝統パビリオン>

 老若男女問わず賑わいを見せているのは【精霊農場イナテミスファーム】だった。
 精霊指定都市イナテミスの食糧事情を支えており、各種施設を取りそろえた農場。そこで取れた農産物や、農法と加工法の実践、農機具や農業機械を紹介している展示である。その農産物を舌で味わえる食堂「チェラ・プレソン」もあるため、食事をするのにもうってつけだ。
 一般客はもちろんだが、イナテミスの発展ぶりを見た農業関係者も足を運んでくれている。志位 大地(しい・だいち)はそうした人々に対する案内を担当していた。
「イナテミスファームでは、魔法の力や精霊の力を利用した農法を実践しています」
 作業着を着て説明をする大地は、立派な農業者の姿をしていた。
 展示の入り口で配られるパンフレットに合わせて、ひとつひとつ丁寧に大地は説明をしていく。
 その具体的な農法や加工技術についてだけでなく、施設運営に関することまで。彼の口から語られていく言葉は、ファームのたどってきた歴史とも言えるものだった。
 一方、大地のパートナーメーテルリンク著 『青い鳥』(めーてるりんくちょ・あおいとり)は一般客への説明を担当していた。
 半袖Tシャツにオーバーオール、麦わら帽子を被った姿は凛としていながらもどこか隙があり、愛らしい。
「精霊の力を借りた農法というのは、その特性をうまく活かしたものでして――」
 大地ほど詳しい説明は出来ないが、青い鳥は頑張って無難に説明をこなしていた。

 会場案内を兼ねたパンフレットを片手に泉 椿(いずみ・つばき)は口を開く。
「ランジェリー・ラボは後で良いだろ、その前に腹ごしらえしようぜ」
「あら、でも確かにそうですわね。で、どちらで食事にしますの?」
「やっぱイナテミスファームだろ。大地がやってるやつだし」
 と、椿が言うと、ミナ・エロマ(みな・えろま)ははっとした。
「ああ、あの『チェラ・プレソン』の料理が楽しめるのでしたっけ? 大地さんにも挨拶したいですし、良いでしょう」
 色も良いが、食にも関心のあるミナだ。椿はその様子に納得すると、【イナテミスファーム】を目指して歩き始めた。
 やがて食欲を増進するようないい匂いが漂ってきた。目的地はすぐそこだ。
「おー、やってるなぁ」
 と、椿は展示の中へ入るなり、農業関係者へ説明している大地を見つけた。彼もまたこちらに気づいた様子だが、近くで話が出来る雰囲気ではない。
「本当は大地さんを撮影したいところですが、先に食べてしまいましょう」
 空気を読んだミナが少し不満げに言い、隣接する「チェラ・プレソン」へと向かう。

 ファームで獲れた新鮮な食材を楽しめるとあり、そちらはかなり賑わっていた。
 調理を任されている涼介・フォレスト(りょうすけ・ふぉれすと)はその分だけ忙しかったが、それもまた楽しんでいる様子だ。
 今回メインにしているメニューは、チキンソテー野菜のモザイクソースとロールキャベツ、苺ジャムと手作りバターの添えてある焼きたてパンとコーンスープ、サラダ付きだった。新鮮な野菜をふんだんに使用したそれは、味が確かなのはもちろん、健康にも良さそうだ。
 出来たばかりのそれらを前に、椿は目を輝かせる。
「すっげー美味そう! これ全部、ファームで獲れたものなんだろ?」
 そんなパートナーに構わず、さっさと口を付けるミナ。
「……この味、料理人の食に関するこだわりが感じられますわ」
 裏で調理に追われる涼介の隣では、ファーム産の食材で冷たいジェラートを作るヴァルキリーの集落 アリアクルスイド(う゛ぁるきりーのしゅうらく・ありあくるすいど)の姿があった。
 ミルクや果物だけでなく、野菜のジェラートなども販売しており、子どもたちはもちろん、会場の熱気にやられた身体を冷やそうと訪れる人々も多い。
 トマトジェラートを食べながら、長谷川 真琴(はせがわ・まこと)クリスチーナ・アーヴィン(くりすちーな・あーう゛ぃん)へ言った。
「噂に聞いたとおり、これは美味しいですね」
「うん、味がしっかりしてる」
 と、クリスチーナはミルクジェラートを見つめる。
「イナテミスってどんなところなんでしょうね?」
「んー、発展してきたのがここ最近だって聞くけどな」
 まだ見ぬ土地に思いを馳せ、それぞれにジェラートを食べ進めていく二人。
「一度、行ってみたいですね。他の味も試してみたいし」
 と、真琴はふいに言うと、パートナーのジェラートに視線をやった。
「ああ、食べる?」
「はいっ」
 嬉しそうな顔をして自分のそれと交換する。
 白いジェラートをぺろりと一口食べて、真琴は満足げな表情を浮かべた。
「こっちも美味しいですね」
「そうだな、トマトも思ったより美味いよ」
 お互いのジェラートをまた交換して、ふと真琴は天井を見上げる。
「もう少し万博を楽しみたいけど、そういえば、今夜に向けて仕事もしなくちゃいけませんね」
 仕事というのは、イコンの整備のことを指していた。
「まぁ、それも必要なことなんだし、しょうがないっしょ」
「そうですよね……でも、今はこのジェラートを堪能しましょう」
 にこっと笑って美味しそうにそれを口にする。夜まではまだ時間があった。

「俺は……若鶏と野菜のチーズフォンデュ風ドリアを頼むとしよう」
「じゃあセラは、焼きたてパンのサンドウィッチとコーンポタージュ!」
 ジークフリート・ベルンハルト(じーくふりーと・べるんはると)シュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)の注文を、手伝いのスタッフが厨房の涼介へと伝えていく。涼介はメニューにないものでも出来る範囲で応えていくよう、臨機応変に動いていた。
 改めて一息ついたジークフリートは、机の上で両手を組んだ。
「ふっ、魔王軍も充実してきたものだな。イナテミス、ザナドゥでの活動……確実に周囲へ認知されていっておる!」
 と、静かに勢い込む彼にセラエノも頷く。
 この調子なら彼ら魔王軍が勢力を増す日も遠くない、かもしれない。
「そこで、だ。現在の本拠地だが、イルミンスールにある寮の一室では流石に手狭になってきたから、新たな引越し先を見つけねばならん」
 するとセラエノが口を開いた。
「やっぱりここは大型飛空挺の方がいいんじゃないかな? そのまま移動できてメンバーも乗れて、何かと都合が良いよっ」
「大型飛空挺か……そうだな、予算さえどうにかなったら購入を検討したいものだ」
「うん!」
 傍目からすれば、二人きりで親しげに話しているようにしか見えないジークとセラエノ。そんな彼らをルイ・フリード(るい・ふりーど)シオン・ブランシュ(しおん・ぶらんしゅ)は遠くから見張っていた。
「しかし、セラがジークさんと一緒に二人だけで昼食とは、引っかかりますね……まさか二人はすでにお付き合いを!?」
「お、お付き合い……!? ぎぎぎ、セラめ、魔王様とそんな関係になっているなんてっ!」
 と、ルイの背に乗ったシオンが悔しそうに歯ぎしりをする。
「くっ、邪魔したい、でも邪魔したら魔王様に嫌われてしまう……だけど、このまま見ているのも――」
 覗き込んだ双眼鏡の中でセラエノが笑う。魔王ことジークフリートも楽しそうだ。
「ジークさんとは戦友ですし、信頼は……でも、隠れて交際は何か事情でも……」
 と、ルイも悶々としている。万博を楽しむ人々の中で彼らは確実に浮いていた。
「……やましい事が一つでもあれば、この鍛えた拳で黄泉送りコース確定ですけどね」
 と、爽やかな笑顔で何か結論を導き出したルイだが、シオンはまだ悩んでいた。
 邪魔したい気持ちは止められず、かといって魔王様に嫌われるような真似は出来るわけもなく……シオンは混乱し始めた。
「どーすればいいんだぁー! うっ、う……うわぁぁん!!」
 がぶり、ルイに噛みつき吸血を始めるシオン。
 はっとしたルイが落ち着かせようとするが、相手は背に乗っているのでどうしようもない。
「シオンさん、落ち着いて下さい! それと、出来れば私が倒れない範囲での吸血でお願いします」
 きりっと真顔になるルイを、混乱中のシオンが見ているわけもなかった。――まるで喜劇だ。

「着きましたよ、こちらがイナテミスファームですぅ」
 パンフレットを片手に、もう片方の手でエリザベート・ワルプルギス(えりざべーと・わるぷるぎす)の手を引いた神代 明日香(かみしろ・あすか)は足を止めた。
 中の状況を確認する明日香。ここから先はミスティルテイン騎士団イナテミス支部の責任者であるフレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛い)の出番だ。
「ようこそ、校長先生。私が案内するから付いてきてね」
「分かったのですぅ」
 フレデリカの後を追っていくエリザベート。明日香はすぐさま周囲に視線をやった。
 万博会場は広いが、その分だけ人も集まり、混雑しやすい。展示の中にいる間はメイドとして遠くから見守るだけだが、一歩外に出たら何が起こるか分かったものじゃないのだ。
 エリザベートをお守りするという自分の仕事をこなそうとする明日香の隣で、ノルニル『運命の書』(のるにる・うんめいのしょ)もまた周りの様子を確認していた。危険や異常事態に対し、適切な措置をとれるよう、身体だけでなく心の準備まで整えておくに越したことはない。
 フレデリカはなるべく専門用語を使わずに展示の内容を説明していた。そのひとつひとつを聞きながら、エリザベートはイナテミスおよびイナテミスファームの発展を喜ばしく思う。
 精霊と人間の共存、そして協力し合うことで生まれる様々な農産物。それらを自分の目で確かめていく。
 そんなエリザベートを、フレデリカのパートナールイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)は微笑ましく見守っていた。
「こっちにはファーム内食堂『チェラ・プレソン』があるの。ファームで獲れた食材で作った美味しいジェラートが食べられるわ」
 と、一通り説明を終えたフレデリカはそちらへ足を踏み入れる。
 漂ってくる美味しそうな匂いと、ジェラートの甘い香り。思わずよだれが出そうになり、エリザベートははっとした。
「校長先生はどの味にする?」
「え、えっと……どれも美味しそうなのですぅ」
 ガラスケースに並んだ色とりどりのジェラートは、端から端まで魅力に溢れている。
 迷っているエリザベートを見て、フレデリカは人気の高いジェラートをいくつか選び、注文した。
 それからルイーザが見つけてくれた空席に座り、フレデリカは言う。
「どうかしら? 美味しい?」
「……はい、とっても……美味しい、ですぅ」
 一口食べた途端に気に入ったらしく、エリザベートはすっかりジェラートに夢中だ。
 フレデリカはくすっと笑って、彼女へ告げた。
「これから先、何が起こるか分からないけれど、私はこれからもイルミンスールのために頑張るわ」