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リアクション
河は荒れていた。
もともと気性の荒い河ではあったが、メイシュロット攻略の激戦の余波を受けて砲弾を浴び、今また船が沈むことで、かなり河の性質が変化している。
いたる箇所で大小の渦が起き、流れには妖精の気まぐれとも言うべき強弱が生まれていた。
「バァルさん、頑張ってください!」
周囲で逆巻く激流の音にかき消されないよう、緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)は必死に声を張り上げた。
全身甲冑の重みに引きずられ、ともすれば沈みそうになるバァルを引き上げ、懸命に岸へ導こうとする。
船が砲撃を受けたとき、彼はバァルの横にいて、ともに大河へ投げ出された。しかし彼には美しい氷の翼、氷翼アイシクルエッジがある。上空で、無防備な彼らを守るべく警戒にあたっているパートナーの紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)のように、いつでもそれを広げて空中へ逃れることができるというのに、遙遠の手はバァルの腕を掴んで放そうとしない。そんな選択肢など初めから存在しないというように、流されながらも力強く彼を岸まで導こうとする。
「あと少しです! じき、足がつくようになりますから!」
岸までの距離を目測する遙遠。
「思えば、いつもおまえにはこうして支えてもらってきたな……」
たとえともに引きずり込まれることになろうとも、この手は決して離さない――彼の決意に満ちた横顔を見て、バァルは感じ入ったようにつぶやいた。
「わたしが危機に陥ったとき、くじけそうになったとき、必ず立ち上がる力をくれた」
「急に何を言いだすんです? まるで最期の別れみたいじゃないですか」
思いもよらないバァルからの告白に、きょとんとなった遙遠のつま先が水底の砂利に触れる。
遙遠を驚かせた。もしかすると初めてかもしれない、とバァルは思って、どこか場違いな己の考えにくすりと笑う。
「そうか? そんなつもりはなかったんだが」
バァルもまた、足の裏にようやく地面を感じて踏みしめた。
「だが、これで最後にしよう。おまえにいつか呆れられたくはない。おまえには心配だからでなく、心友として、そばにいてもらいたいからな」
ともに支え合い、砂利を踏みながら、一歩一歩確実に岸へと向かう。
ここまでくれば水流は弱まり、もう引き戻されることはない。バァルはあらためて周囲を見渡した。
船に乗っていた者は全員投げ出された。中には衝撃や船の破片を浴びて気絶し、そのまま流されていった者もいる。随伴していた飛空艇乗りがすぐさま救助に向かったが、まだ全員の収容はできていなかった。
宙に逃げたり、バァルたちのように自力で岸に泳ぎ着いた者もいるが、数は少ない。
「バァルさん、どうしますか?」
「――予定どおりだ」
上空では戦いが始まっている。別方面から攻めている南カナン勢のこともある。
「内部突入班のための道を作る! 彼らもじき追いついてくるだろう!」
バァルの言葉に、彼の元へ集結した全員がうなずいた。
メイシュロットの外壁に設置された鋼鉄製の門。それは、その強固さを誇るかのように墜落を経てなお顕在だ。
彼らを前に固く閉ざされた門を前に、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)がすらりと剣を抜き放った。
「俺に任せろ」
構えをとった彼の手元、魔法力を受けて剣が輝き始める。その輝きが頂点に達したとき、剣は見えざる前方の敵に向かって突き込まれた。
「はあっ!!」
それは対神刀。神の一字を持つその剣は、人の手に見合う大きさでありながら、内包する力はとてつもない。神やイコンにすら打撃を与えられるとさえ言われている。
ダリルにより解き放たれた力はおそるべき風へと姿を変え、竜巻のように渦を巻きながら門へと向かう。
次の瞬間、耳をふさぎたくなるような巨大な破壊音がした。がらがらと壊れた何かが崩落する重厚な音がいつまでも続く。視界をふさいでいた土煙が沈むと、彼の前からメイシュロットの外壁が消えていた。
「すっご! やるじゃない、ダリル!!」
消えていたのは門だけではなかった。
門どころか進路上の遮蔽物をすべてえぐり取るかのように遠方まで破壊した対神刀の技に、ルカルカ・ルー(るかるか・るー)が手放しで称賛の声を上げる。
「たしかに。だが、派手な攻撃は敵の目もひきつける」
冷静な声で告げたのは、瑞江 響(みずえ・ひびき)だった。
空を仰ぎ、地上の彼らに気づいて舞い降り始めた魔族兵の一群に栄光の刀を抜く。
「おまえたちは先に行け」
同じく武器を構えだした仲間たち1人ひとりを順に見る。
「すでにかなりの時間を無駄にしている。ここは俺とアイザックだけでいい」
「だが……」
「俺たちより内部へ突入するおまえたちの方がよほど厳しい戦いとなるだろう。ここは守ってみせるが、なんといっても敵は空からだ。気をつけて行け」
響と目を合わせ、バァルはうなずいた。
「よし。行こう」
それは、彼に対する全面の信任だった。
走り去る彼らの気配を背中で感じながら、響は胸に心地よさを感じてかすかに笑む。
「まーた無茶を言うなぁ」
彼のパートナーであり恋人のアイザック・スコット(あいざっく・すこっと)が、箒の上でくつくつと肩を震わせて笑った。
「そう無茶ではないさ。流された者たちが追いついてくるまでの間だ。ずっとというわけじゃない。それに……おまえもいる」
最後、付け足された言葉に、を? とアイザックの片眉が持ち上がる。
「俺を護ってくれるんだろう?」
どこか笑いを含んだその言葉に、アイザックはにやりと笑うと間近に迫った魔族兵にファイアストームをたたきつけた。
「ああ、護るさ。おまえは髪一筋まで俺様のモンだ。それを、あんなポッと出の薄汚い魔族なんかに触れさせてたまるか」
「……いつまでもばかを言ってないで、戦いに集中しろ」
アイザックの向けてくるストレートな愛情表現は、彼の想いを受け止め、受け入れたとはいえ、響にとってまだまだ面映ゆく、照れくさいものだった。
ちぇ、と少しふてくされた声でつぶやくアイザックに、ザナドゥがうす闇でよかったと思う。
ああ本当に、素直になるというのは難しい……そう考える響の頭上で、魔族兵に向け、アイザックの手が振り切られた。
彼の手が動くたび、宙を炎が走る。翼を焼かれ、墜落してくる魔族兵を見て、響の表情が変化した。戦いに意識を集中した響の剣が、一刀の下敵魔族を斬り捨てる。
流れる剣線、ひらめく刃。着地し、斬りかかってくる者には、容赦なくソニックブレードをたたき込む。確かな基礎に裏打ちされた、そのなめらかで力強い動きは彼の容姿とあいまって、まるで美しい舞踏のようだ。
「まったく……あれを手に入れるために、俺様がどれだけ苦労したと思ってるんだ」
ほれぼれする思いでうそぶくと、彼は視界の隅、うす闇にまぎれて降下しようとしている魔族兵に向かってサンダーブラストをぶつけた。
門をくぐり、市街地を走り抜けるバァルたち。民家の立ち並ぶそこに、一般市民と思われる魔族の姿はなかった。
決戦を迎えるこの時を前に、避難させていたのだろう。当然のこととはいえ、メイシュロットを治めるのはあのバルバトスだ。彼女にもある程度の良識はあったのだとホッとしつつ、街路を駆ける。
目指すはメイシュロット城ただひとつ。角々に設置され、彼らの進攻を阻もうとする門やバリケードは、ルカルカのふるう巨大剣・梟雄剣ヴァルザドーンが一刀で切り裂いた。
ここにいたり、魔族兵も彼らの進攻の深刻さに気付いたようだった。天使のごとき翼をはためかせ、上空から一気に降下してくる。その数は、決して少ないとは言えない。
「させないっ!」
自翼を広げ、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)が舞い上がった。
ライド・オブ・ヴァルキリーとゴッドスピードの併用で降下する魔族兵よりも速く彼らに肉薄したセルファは、いきなり間合いへ迫られたことに驚いている隙をついて、レーザーナギナタをふるう。
だがすぐに魔族兵は体勢を立て直した。動きはほぼ互角。ならば数の力で彼女を翻弄しようと、周囲を取り囲み、剣や槍を突き出す。
「……くっ!」
タービュランスを使いたかったが、その隙も見いだせないまま果敢に切り結び、つばぜり合いをするセルファ。
「避けてください、セルファさん!!」
紫桜 遥遠(しざくら・ようえん)の声が聞こえて、セルファはとっさに魔族兵をヴァルキリーの脚刀で斬りつけた。ぎゃっと声をあげ、手の力を緩ませた相手を突き飛ばす。後方に跳んだ直後、彼女と魔族兵の間を分かつように、ヴォルテックファイアが天に向かって駆け上がった。
炎を追うようにして、遥遠がセルファと同じ位置まで飛空する。
「ありがとう、遥遠」
「いいえ。
さあやりましょう」
「うん!」
周囲を取り囲み、いっせいにとびかかるタイミングを伺っている魔族兵に対し、背中合わせで立った2人はともにタービュランスを発動させた。
翼を持つ魔族兵たちは、この嵐のごとき奔流には到底逆らえない。バランスを崩し、きりもみ状態で墜落していった彼らは、屋根や壁、街路に次々と激突していく。
それでも、身を包む鎧や翼で衝撃を軽減させた魔族兵は少なくなかった。すぐさま立ち上がり、武器を構えて地上のバァルたちに突進してくる。
「こんな所で立ち止まっている暇はない! 一気に駆け抜ける! 全員抜刀!!」
「おお!!」
抜き放たれた剣と剣が、真正面から火花を散らしてぶつかった。
高速剣を得意とするバァルの剣が、振り下ろされかけた剣を下からはね上げ、そのことに気付く間も与えずあいた脇を切り裂く。しかしそうする間も、後方の魔族兵が魔弾を撃ち込んできていた。
それを絶対闇黒領域で威力を増加させた緋桜 遙遠(ひざくら・ようえん)の天のいかづちがことごとく撃ち落とし、散らす。
バァルを護る盾となり、たとえ自らが傷つこうと決して彼を傷つけさせない――その決意は、上空で戦う遥遠にも痛いほど伝わった。
彼をそこまで突き動かすものが何であるか、彼女は知っている。遙遠は1度も口にしたことがないけれど、ロンウェルでの戦いの際、敵の術中にはまって引き離された、そのわずかな隙にバァルが死にかけたことを彼は自らの失態のように悔いていた。
今の彼は、おそらく、バァルの身代わりとなって死ぬことすらいとわない気持ちなのだろう。
(それはちょっと……妬けちゃいますね)
恋人の自分に対する想いと心友であるバァルに対する想いは全く違う、別物だと分かっていても、ほろ苦い思いがこみ上げる。複雑なのは、遥遠もバァルが好きなことだった。嫌いになれず、彼のために遙遠が傷ついても、仕方ない、と納得してしまう。
だから遥遠が2人を護る。絶対に傷つけさせたりしない。
「遥遠! お願い!!」
少し上で戦っているセルファの声がした。
彼女の脇をすり抜けて降下した魔族兵が、下の者たちに向かって今しも魔弾を放とうとしている。
遥遠はあらためて思いを心に刻み、ライド・オブ・ヴァルキリーを発動させた。
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