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創世の絆第二部 最終回

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創世の絆第二部 最終回
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ゾディアック・ゼロ攻略 ♯9



「敵の足を止めます。構え……撃て」
 水原 ゆかり(みずはら・ゆかり)の号令に合わせて、射撃隊が向かってくる影人間の群れに射撃を行う。
「……この程度では完全に止められませんね。先手を取らせはしません。再度の一斉射撃後に突撃します」
 銃剣を構えた部隊が射撃姿勢を取り、ゆかりの号令に合わせて一斉射撃を行った。
「突撃」
 雄たけびをあげて、銃剣隊が駆け出す。真正面から影人間部隊と殴りあいがはじまった。
 ゆかりは影人間との戦闘から目を離さず、次の指示のタイミングを計る。影人間は戦術らしい戦術はなく、ただひたすらに突撃するばかりだ。多少数で劣っていても、兵を無駄なく動かせれば、相手にできない相手ではない。
 彼女の周りで、バチバチと電撃が弾ける。
 マリエッタ・シュヴァール(まりえった・しゅばーる)の雷術だ。戦いの隙間を縫って駆け寄ってくる影人間をマリエッタが逐一迎撃しているのである。
 思わず目を閉じたくなる音をだが、ゆかりは視線を逸らさない。
「来ましたね」
 足音が響く。この迷宮で、何度か合間見えたインテグラルの化け物だ。突撃していた部隊を下がらせる。あの化け物は、影人間ごとこちらの兵力を潰しにかかってくる危険な相手だ。
「数は一体。どうする、カーリー?」
 まだ化け物は後ろの方にいるが、すぐにこちらに向かってくるだろう。生半可な壁では止められないし、かといって手持ちの火力で撃退するのは厳しい。
 本隊の最後尾に位置する彼女達は、下手な下がりかたをすれば味方ごと壊滅しかねない。下がるのも、ここで踏ん張るのもどちらも難題だった。
 そんな彼女達の背後から、リュッツォーの嘶きが届く。
「また厄介なのが顔を出してますな」
 リュッツォーにまたがるアルフレート・ブッセ(あるふれーと・ぶっせ)が化け物をみながら言う。
「ええ、全く」
「アフィーナ」
 アルフレートに呼ばれ、ペガサスの後ろに乗っていたアフィーナ・エリノス(あふぃーな・えりのす)が頷くと、我は与う月の腕輪を詠唱した。
「これって……」
 マリエッタが二人を見上げる。迎撃に魔法を使ってきた彼女の消耗した精神力が回復していた。
「貴方達の任務は、剣の花嫁の補給ではありませんか?」
 ゆかりが問うと、アルフレートは頷いた。
「先ほど、ゲルバッキーを捕捉しました。長曽禰中佐から、この機動力を活かして仲間を引っ張ってこいと頼まれましてな」
 アルフレートはリュッツォーの首を撫でる。
 持ち込める機材の限られているこの迷宮で、リュッツォーの移動速度とスタミナに並ぶ手段は僅かだ。
「わたくしたちも手伝いますわ。さっさとあの醜いのを片付けて、本隊の皆様のところへ」
「援軍感謝します……影人間はともかく、あの化け物は一緒に連れていくわけにはまいりません。マリー、いけますね」
「もちろんよ」



「これだけやって、まだ押されてるのかい」
 眼前の信じられない光景に、本山 梅慶(もとやま・ばいけい)は素直にそう呟いた。
 ゲルバッキーは当初の不死身さを失い、攻撃を受けるたびにその周囲のナノマシンが拡散していき、白いく艶のあった雄雄しい姿は、いつの間にか雨に打たれた野良犬のような風体へと変貌していった。
 だがそれでも、この戦場の中心に居るのはゲルバッキーだった。
 まるで全身に目があるように、前後左右上下、ありとあらゆる方向からの攻撃に対応し、鬼神のごとき強さを持って全てを返り討ちにしている。
 それだけ広く柔軟な視野を持っているのに、あちこちシースルーな梅慶の姿には全く反応しない。むしろ、周囲の味方の視線を集めてしまい、周りの行動に支障が出たりするが、本人は気にしないでいた。
「こりゃあ、楽しくてたまらないね!」
 ゲルバッキーの強さに萎縮するどころか、闘志を漲らせ、梅慶は犬の懐へと舞い戻る。幻槍モノケロスがゲルバッキーの光条兵器とかち合う。押し合いはコンマ数秒で、いとも容易く弾き飛ばされた。
「くっ」
 地面に落ちながらも、視線はゲルバッキーから外さない。ゲルバッキーは追撃する事なく、別の敵の接近に身構え、その場をほとんど動かない。
「あん?」
 そんな彼女とゲルバッキーの間に、ふらふらと人影が割り込んでくる。小柄背中、まぁ戦闘力と身体の大きさは必ずしも比例するというわけではない、ないが、その背中には闘志や殺気といったものを全く感じ取る事ができない。
 アイ・シャハル(あい・しゃはる)だ。彼は無防備なまま、この戦いの間に自らを割り込ませていた。彼は自らのパートナーである双葉 朝霞(ふたば・あさか)にも内緒で、この作戦に参加していた。
「ゲルバッキー! おまえに頼みがあるんだっ」
 今のゲルバッキーなら一息で間合いを詰めれる距離まで近づいて、アイは精一杯の声を出した。
「お願いだよ、助けて欲しい機晶姫がいるの! ボク、頭悪くて詳しいことはわかんないけど……機晶石が痛んでて。もう、ゲルバッキーくらいしか治せないって、言われたんだ」
 少しでもゲルバッキーの耳に届くようにとできうる限り大声をあげる彼の目は、なんと閉じられていた。
「お願いゲルバッキー、力を貸して! ひとりぼっちだったボクの、初めて好きになった人で、大切な人なの!」
 ゲルバッキーからの返事は無かった。
 代わりに、強い風が吹き、煽られたアイはその場に尻餅をつく。
 そこでやっと目を開くと、目の前にあったのは甲賀 三郎(こうが・さぶろう)の背中と、ゲルバッキーの剣の光だった。
「こんな声も……聞こえなくなったか!」
 剣の柄を肩で止めていた三郎がゲルバッキーの赤い目をにらみ返す。
 ゲルバッキーは三郎の身体を素早くけって飛び上がると、今度は刃を当てるべくもう一度振り下ろした。
「うおおおおお!」
 三郎は下がらない。むしろ一歩踏み込み、拳を真上に振り上げた。
 剣と拳、踏み込みの判断の速さによって、アサシンブレードが先にゲルバッキーの腹部を捉える。相手は空中にあり、衝撃を逃がす場所もなく完璧な一撃が決まった。
(っ!!)
 ゲルバッキーの身体が拳によって僅かに浮いた瞬間、ゲルバッキーは首を振った。光条の刃が、三郎の肩から鳩尾にかけてを一気に切り裂かんと襲う。そこへ炎の精霊が湧き立つが、ゲルバッキーは炎の精霊ごと両断、刃は三郎を切り裂き、僅かに遅れて爆発が生じた。爆発に吹き飛ばされ、ゲルバッキーは三郎から離れる。
 アサシンブレードを受けたゲルバッキーの腹部は抉れたように一部を失っていた。
 爆発の煙が晴れると、気を失いながらも拳を振り上げた姿勢のまま立つ三郎の姿が現れた。剣の傷はところどころ深くなっていたが、爆発によって傷口を焼かれたおかげで、失血による命の危機は免れた。

 爆風に吹き飛ばされ着地したゲルバッキーに横からレン・オズワルド(れん・おずわるど)は組み付いた。
 ゲルバッキーと共に、ごろごろと地面を転がっていく。レンの顔のすぐ近くを、光条兵器の剣と覚醒光条兵器が順々に通り過ぎていくのに肝を冷やした。
 四回転目のところでゲルバッキーを仰向けにしたところで、レンが押さえつける。
「今だ、今しかない!」
 ゲルバッキーの死角からノア・セイブレム(のあ・せいぶれむ)が大きな鋏を持って駆け寄った。
「昔から気性の荒い動物はこれで大人しくしなったそうですよ」
 ノアは微笑む、それだけの余裕があった。
 大きな鋏はゲルバッキーのソレを断ち切った。
「やりましたわ」
 二人は狙い通り、ゲルバッキーの去勢を達成する。切り取られた部位は、ゲルバッキーとの接続が断たれた時点でナノマシンの粒子となって拡散した。
「このまま大人しく……」
 ゲルバッキーは器用に咥えていた二振りの剣を落とすことなく、レンの肩に噛み付くと、顎と首の力だけで投げ飛ばした。受身も取れないまま強引に地面に叩きつけられる。
「かはっ」
 さらにゲルバッキーは噛み付いたまま、身体を捻って立ち上がる。
「レン!」
 今だレンに噛み付いているゲルバッキーは、駆け寄るノアに向かってレンを投げ飛ばした。ノアはレンを受け止めるが、ゲルバッキーはその影に隠れてノアに急接近していた。
 駆け寄り、飛び込んだゲルバッキーの額がノアの額とかち合う。弾丸のような勢いの頭突きは、人二人まとめて吹き飛ばすには十分な威力だった。
 二人が戦闘の間合いから離れると、ゲルバッキーはすぐに背を向けた。彼らに追撃をしにいけるほど、ゲルバッキーに余裕は無い。
 既にゲルバッキーの周囲は契約者によって囲まれている。追いすがって背中を見せるわけにはいかない。
「ゲルバッキー! いえ、二ビル!」
 ルイーザ・レイシュタイン(るいーざ・れいしゅたいん)がゲルバッキーに呼びかける。
 ニビルとかつての名前を呼ばれたからだろうか、ゲルバッキーは足を止め、ルイーザを見た。
「貴方は今、自分が何をしようとしているのかわかっているのですか?」
 ゲルバッキーは何も答えないが、だが視線はルイーザの方を見ている。
「彼女が愛したこの世界を壊すだなんて、貴方が愛した人の遺志を踏みにじろうとしているのですよ? そんな貴方を彼女が悲しんでいるとは考えないのですか!?」
(うるさいっ!)
 ゲルバッキーが狙いをルイーザに定めて飛び掛る。
 だが、ルイーザに届く随分前に、横から飛び出したマルティナ・エイスハンマー(まるてぃな・えいすはんまー)に打ち払われた。
 ゲルバッキーはくるくると回って地面に足から着地する。その様子を、マルティナは手をひらひらさせながら見送った。
「あいたたた……石を引っ張ったいたみたいですわ」
 平手打ちの威力は低く、ゲルバッキーのナノマシンも健在だ。
「本当にひっぱたいたのね。チャンスだったのに」
 近衛 美園(このえ・みその)は少し呆れていた。
 本隊が到着してから、ゲルバッキーは防戦に努めている。自ら動けば、先ほどのように横や後ろからの攻撃に対して隙を産むからだ。防戦に徹し、後の先あるいは受けからの反撃で相手に手傷を負わせる。
 最後までトドメを刺さないのは、その労力が無駄というのもあるが、契約者達は負傷者を完全に見捨てたりはしないと、ゲルバッキーがよく知っているからだ。負傷者を回収し、治療する。そこにさかれるリソースの分だけ、自分へ向かう刃の数は減り、それだけ長くここに立つ事ができる。
 長くここに立っている事が、ゲルバッキーには何よりも重要だった。
「ゲルバッキーさんあなた……その後ちゃんと自分が幸せになる事ができるんですか?」
 マルティナがルイーザとの動線を隠すように移動する。
「復讐の先は、どうするつもりなのか聞いてるのよ」
 美園もマルティナをフォローできる位置に移動する。
 ゲルバッキーは着地したその場で、じっとしていた。周囲に気を配り、契約者達の距離や行動を把握する。目を赤く爛々と光らせるのも忘れない。
 そうだ。彼は常に冷静だった。冷静に、狂気を演じていた。
 侵入者の数はおおよそ把握し、自分にどれだけの戦闘力があるか、何ができるか、常に計算し、一秒でも長くここに留まる作戦を練っていた。
 これは彼の一生の集大成であり、その為にできうる限りの全てを今に注ぎ込んでいる。一つ彼にミスがあるとしたならば、ここに密かに潜入したウゲンに対して後手の対応になってしまったことだ。それが、この事態を招いてしまっている。
 彼は冷静で計算高く、そしてもはや限界が近い事をよく理解していた。
(……そんな事に、どんな意味があるんだい?)
「意味?」
(復讐を果たしても、何も解決しないとか、あとには空しさだけが残るとか、そんな事を言いたいんだよね。だから?)
「だから、ですか。それほどまでに、復讐を果たしたいとお思いですのね」
(だってそうじゃないか。未来の僕の気持ちは、今の僕にはわからないんだよ。今の僕の気持ちは、過去の僕にはわからなかったのと同じようにね)
「でも、人は後悔しないように生きていく事はできますわ」
(後悔は十分したんだよ。だから今は、行動する時なんだ……僕の気持ちがわかるかい。愛する人を殺され、それどころか、そっくりのあの気持ち悪いお人形を作るのを見せられてきた僕の気持ちが! そんな事しなきゃ残せない世界なら、いっそ滅んだ方がマシだよ)
「わからないわ。だからちゃんと説明しなさい」
 フレデリカ・レヴィ(ふれでりか・れう゛ぃ)の手にはルイーザに託された、覚醒光条兵器の腕輪型魔道器が装備されている。
 戦いの端々から感じていた違和感を、ここにきてフレデリカは解決することができた。ゲルバッキーは狂ってなんかいないし、言葉はちゃんと届くことができるのだと。
「ルイ、あなたの想いはちゃんと届けるわ」
 ゲルバッキーが冷静であるのなら、並の思考能力では舌戦をしたところで勝ち目はないだろう。それに、計算力は残っているとしても、大本の引き金にあるのは強い感情だ。言葉や理屈で更正できるのならば、恐らく彼自身の思考があれば十分だろう。
 想いの強さをぶつけるには、戦うしかない。野蛮な方法なのは否めないが、その土俵を作ったのはゲルバッキー本人だ。そして、ゲルバッキーを止める唯一の手段である。
「時間稼ぎは終わりよ、ゲルバッキー」