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リアクション
ゾディアック・ゼロ攻略 ♯10
みすぼらしい白い犬は、激戦を繰り広げながらもさらにどんどんその肉体を削られていった。
尻尾は途中で切れ、身体も不自然に失っており、骨格がなんとか形を保っているといった具合である。
ここまで追い詰めてなお、ゲルバッキーは退こうとせず、唸り声をあげて契約者達を威嚇している。
「鬼気迫るものを感じますね」
見た目の迫力であれば、ここにたどり着いた時に見たふさふさで大柄だった頃のゲルバッキーだろう。だが、ここまで削られてなお一切の弱気を見せない姿に六本木 優希(ろっぽんぎ・ゆうき)は驚嘆の言葉を口にする。
「全く、往生際の悪い」
麗華・リンクス(れいか・りんくす)は苛立ちを隠さず表情に出す。
「次で決める。頼むぞ」
「ええ」
優希はゲルバッキーの前へ自ら躍り出る。
その後ろで、麗華はぷちどらアヴァターラ・ボウにヴィサルガ・プラナヴァハを行う。時間制限つきの能力ブーストにより、一撃必殺の威力を引き出す。
「親に手を上げる事になるとは思わなかったがな」
弓を引き絞り、狙いをゲルバッキーに定める。
ゲルバッキーは優希を狙って切りかかろうとしている。優希はあれを防げるだろうか、これまでにパワードスーツすら撃破しているゲルバッキーの一撃だ。
「信じろ……信じろ……」
口に剣を咥えているゲルバッキーは、剣を振るには頭を振る事になる。弓を放つのは、その瞬間だ。ぷちどらアヴァターラ・ボウの力を引き上げられるのは三分が限界だ。
短いタイムリミットでは、チャンスを待つ事はできない。自分達で作り出すしかないのだ。
優希が剣を受け、地面に押し倒された。大きく振られたゲルバッキーの光条の剣は、優希のすぐ近くの地面を削り、咥えた顔があさっての方向を向く。
「ここだ!」
ぷちどらアヴァターラ・スコープと組み合わせたぷちどらアヴァターラ・ボウから放った光矢は、巨大な竜頭と化して相手を襲う。
空気を切り裂く音を唸り声のようにして響かせながら、光矢はゲルバッキーへと向かった。ゲルバッキーもこれにすぐに気づくが、剣を振り切った身体は、即座に動ける余裕を残していない。
(まだだ、まだだ!)
何かが軋む音がする。まだ矢が届く前に、ゲルバッキーの後ろ足の付け根あたりのナノマシンが拡散していく。不恰好にゲルバッキーは飛びのいた。
(ぐうっ!)
だが、遅い。身体は光矢によって食いちぎられ、ナノマシンが撒き散らされる。頭だけがごろごろと地面を転がった。
「……まだやるつもりか」
剣を落とし、首だけになったゲルバッキーがふわふわと浮かびあがる。闘志を衰えさせるどころか、赤く染まった目は輝きを失うどころか、さらに光を帯びて契約者達を睨みつける。
(僕はまだ、戦える……まだ、戦える!)
激戦の合間をすり抜けて、シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)とアルベリッヒの二人は、なんとか戦闘の範囲からアルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)を引きずって退避を完了した。
「……本当にタマネギで特攻するなんて思わなかったわ」
出発前にアルクラントは、
「犬はタマネギで中毒を起こす、だから沢山持ってきたんだよ」
そう言って、カバンに詰め込まれたタマネギを見せてくれた。
緊迫した空気を和ますためのギャグかと思い、その場で突っ込みはしたがここに来る最中にシルフィアはそんな事があったことをすっかり忘れていた。アルベリッヒもまた然り。
が、いざ決戦の場にたどり着くと、アルクラントは両手にタマネギを持ってゲルバッキーに向かっていった。
「いやだって、投げつけたら凄い勢いで避けたからさ、効くんじゃないかと思って……」
「これぐらいの大きさの物を投げつけられた、誰でも避けると思いますよ」
アルベリッヒはタマネギを手に取る。大きくずっしりと重いタマネギだ。きっと火を通すと、甘くておいしいだろう。
「そうね。私でも、これは避けるわ」
シルフィアは頷いた。当たったら痛そうだ。
ここまで引きずられてきたアルクラントだが、なんとか自力で身体を起こした。ゲルバッキーのサマーソルトキックを受けて昏倒したが、身体に残ってるダメージはそこまででもない。
「まだ少し頭がクラクラする……。あれ?」
「もう、何してるのよ」
壁に手をついて立ち上がろうとして伸ばした手が、するりと壁の中へ吸い込まれてしまい、アルクラントは再び倒れた。
「いや、手が……あれ?」
壁の中に吸い込まれたアルクラントの手が、何かに触れる。
「暖かい、え? あれ、これって」
アルクラントはえい、と頭を壁に突っ込ませた。
「なになに、どうしたの? 何コレ?」
外から見ると、壁に頭を突っ込ませた状態だ。
「立体映像のようなものですか」
アルベリッヒもその壁に手を触れようとして、触れない事を確認する。そもそも、なんでこの場所にだけ壁があったのだろう。ここはがらんどうの空間ではなかったか。
「壁がある事に違和感を感じないようになっていた、とかでしょうか」
「考察はいいから、ちょっと手伝ってくれ」
アルクラントに続いて、二人も壁の向こう側を見た。そこには、小さな椅子に座ってうつむく女性の姿があった。
先日から行方不明となっていた、吉井 真理子(よしい・まりこ)だ。
拘束されてはおらず、ただ力無く椅子に座っている。四方を壁に囲まれた小さな部屋は、他の場所より少し暖かく、これなら風邪を引く事はないだろう。
「……なんで、こんなところに? まさか人質?」
「まさか、たぶん自分の安全を図るためでしょう」
「安全ってどういう事だよ?」
「パートナーロストですよ。それによって起こる反動を危惧してたのではないでしょうか」
もしも吉井真理子が殺されたら、契約を結んでいるゲルバッキーはああして勇ましく戦ってはいられなかっただろう。
「私達が、そんな事すると思ってるっていうの?」
「どうでしょうかね……ただ、彼らならする可能性もあるんじゃないですか」
「大世界樹がか?」
「彼らの動きは、いささか気に食わないところがありますから」
大世界樹とブラッディ・ディヴァインの残党達は、ここにたどり着いてからは傍観を決め込んでいる。残党はマンダーラによって脅迫を受けているため、全てはマンダーラの意思という事だ。
彼らが参加するという事で、見分けがつかなくなるためアルベリッヒは自前のパワードスーツを使用できないでいる。
カバンの中にヘルメットだけ入れてあるが、これは優希からの預かりものだ。彼女の質問に何ら答える事ができなかったので、あとでこれを調べるつもりではいる。望み薄ではあるが。
「う……ん……?」
近くで騒いでいたからだろうか、真理子は目を覚ましたようだ。顔をあげ、何度か瞬きをする。
アルクラント達は、そのすぐあとに彼女の口から出てきた言葉に顔を見合わせた。
「ゲルバッキー様……どこ?」