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大怪獣と星槍の巫女~後編~

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大怪獣と星槍の巫女~後編~

リアクション

「なぜ今頃なのだ?」
 地下水流の音が後方、遠くに聞こえていた。
「うん?」
 黒崎 天音(くろさき・あまね)は、今まで続いていた地下通路とは毛色の違う通路を進みながら声を返した。
 後に続く、パートナーのブルーズ・アッシュワース(ぶるーず・あっしゅわーす)を軽く振り返り見てから、応える。
「騒ぎの中では、足元に転がっていても見つけられない物があるかもしれないからね――」
 喧騒の去ったゴアドー島。
 彼らは、その地下通路奥にある”秘密通路”を進んでいた。
「そういう情報も、僕は欲しいんだよ」
 そう笑んだ天音が前方へと返した視線の先で、光が揺れる。
 それから、ガンッと何か蹴ったくる音。

「――やっぱり開きませんわね。ますたぁ」
 九弓・フゥ・リュィソー(くゅみ・ )のパートナーのマネット・エェル( ・ )が、ちまりと首を傾げる。
「……参ったわね」
 九弓は、扉を蹴った足を軽く振りながら息を付いた。
 それは以前、鍵を開く事が出来ずにスルーしていた扉だった。
 扉は、一度開けられた形跡があった。
 しかし、今はご丁寧にもう一度鍵が掛け直されている。
「あるとしたら、此処なのよ」
「ふぅん? まさか、まだ人が居たとはね」
「――ッ!?」
 と、声が聞こえて九弓とマネットはすぐにそちらの方へ、構えを取った。
 その先には、明かりを手にした天音とブルーズの姿。



第一章
 音を跳ねて、強い風が真っ青な空へと抜けていく。
 巨々と広がる渓谷の崖間を吹き上げてきた風だ。
 乾いた風が、太陽の強い光に焦がされた見渡す限りの広大な荒野を渡っていた。
 それは、背の低い草木達を掠めて、地中から突き上げられたように隆起した高い山岳地帯へとぶち当たる。
 大半はそこで崖や岩柱を薄く削りながら空を目指し、残りは山間の切り立った崖へと抜け、やはり、崖肌や岩肌を削り取っていく。
 長い時を経て出来上がったのであろう深い渓谷が連なっていた。

 彼方に目をやれば、広がっていたのは平らな大地と、そこに覆い被さる壮大な青空。
 そして――。
「――ヒュウ、生で見るとまたドえらい迫力」
 一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)のパートナーである久我 グスタフ(くが・ぐすたふ)は、乾いた唇を手の甲で撫でながら呟いた。
 その冗談のように巨大な黒い塊は、だだっ広い荒野の世界にヌゥっと存在していた。
 大地の欠片と土煙を引き連れ、踏み出される歩みが地を揺らし、鳴らす。
 離れていても感じる、その地響きと圧迫感とを味わいながらグスタフは携帯を取り出した。
 この辺りは空京から離れすぎているためか電波が立っていないが、パートナーにだけは連絡を取ることが出来る。
「あー、目標の進路に変更無し」
 太陽の光を遮って出来た地上の大きな影溜りと共に、それは、やる気の無い猫背な前傾姿勢で、両手と体を緩慢に揺らめかせながら進んでいた。
「空京へまっしぐら、だ」

■輸送機
「現在、ゴアドーは直線に進路を取って空京へと侵攻中です。予測到達時刻は17:20」
 アリーセは輸送機の中で現場到着を待つ面々の前に立って状況を説明していた。
「しかし、空京の避難が完了するのは18:00を超える見込みです」
「随分と遅れているな」
 イリーナ・セルベリア(いりーな・せるべりあ)が軽く目元を顰めながら呟き、アリーセが頷く。
「まさか怪獣がテレポートされて来るなんて予測出来ていませんでしたから……しかし、このままゴアドーが空京へ到達してしまった場合、少なくとも死者は千を超えるものと思われます」
「空京に直接送り込まれなかっただけマシだったな」
 久多 隆光(くた・たかみつ)が言って、
「空京に付く前に封印出来れば――」
 影野 陽太(かげの・ようた)が緊張した調子で零した。
 アリーセが続ける。
「本機は、15:32にゴアドー予測進路上に存在する渓谷地帯付近へと皆さんを送り届けます。そこで空京からの生徒達とエメネアさんと合流してください。ゴアドー到達までの猶予は約15分。迅速な準備、展開をお願いします」
 アリーセはそのまま輸送機で空京へと向かい、避難誘導と状況伝達に当たる予定だ。
「――以上が目標及び空京付近の現状です。何か質問は?」
「質問」
 ベア・ヘルロット(べあ・へるろっと)が言って「はい」とアリーセがそちらへ顔を向ける。
 ベアは薄く息を吸い、真剣な瞳を細めながら言う。
「奴はどんな力を?」
「はい。エメネアさんの話では、ゴアドーは飛行物を落下させる特殊な咆哮を持ち、その体の鱗から怪人を生み出すと」
「火は?」
「――え?」
「火は噴くのか?」
「いえ、そのような情報はありませんが」
 そこで、ダンッ、とベアの腕が輸送機の壁を叩いた。
「なんてことだ……火を噴かないなんて……俺は、俺は火も噴かないようなヤツを怪獣とは呼べない!!」
「何を力一杯主張しとるかぁああああ!!」
 マナ・ファクトリ(まな・ふぁくとり)のメイスがベアの頬にめり込んで、ベアは顔を輸送機の壁に擦りつけるようにしながら錐揉み状に吹っ飛んだ。
「珍しく真剣そうな顔をしてると思えば……はぁ、私は、ほんっとに情けないよ!」
 マナが盛大に溜め息を付き。
「大丈夫?」
 イリーナのパートナーのトゥルペ・ロット(とぅるぺ・ろっと)が、頭にヒヨコを散らしているようなベアの様子を、けとりと覗き込んでいた。

■空京の荒野
「……ゴアドー……」
 エメネアが見つめた先には、遠く揺らめくゴアドーの姿があった。
 青空と渓谷のシルエットとゴアドーとを映し込んだ大きな瞳を歪ませ、小さな手をギチリと握り締める。
 と。
 ぺしん、と何かがエメネアの額を打った。
「ぁえっ!?」
 額を抑えながら目を白黒させたエメネアを見下ろしていたのは鄭 紅龍(てい・こうりゅう)だった。
「自分の何を削るのか知らんが」
 紅龍はエメネアの額を弾いた手を腰に添えながら、目を細め、続ける。
「キスの件でみんなに『安売りするな』と言われたばかりだろ?」
「や、安売りじゃないと、おお思いますぅ! だって、だって、ゴアドーを封印しなければ――」
 言って、エメネアが振り返った先には空京の街があった。
「俺にとっては、あそこで被害に遭う見も知らぬ人々よりも、一緒にここまで来たエメネアの方が大事だが?」
「――っ……そんなっ……」
 エメネアは唇を噛むようにしながら、やや俯き。
「”大事”って言って貰えるの、すごく嬉しいです……でも――あの街に居る人たちは、きっとそこに居る誰かが”大事”で、あそこには多くのそれがある。わたしの使命は――」
「それは、ここまでエメネアを守ってきた俺たちの行動を無にしたいということか?」
 言われて、エメネアは、返す言葉を見つけられずに、くぅっと顔を歪ませたまま視線を泳がせた。
「鄭……もうちょっと言い方ってものがあると思うアル」
 紅龍のパートナーの楊 熊猫(やん・しぇんまお)が溜め息を零す。
「なんでエメネアに自分の身を削って欲しくない、お前が心配だ、言えないのあるか」
 やれやれといった調子で言ってから、熊猫はエメネアの方へと向き直った。
「エメネア。そういう事になったら、空京一のデパートのバーゲンに行けないアルよ。鄭が腹を括って『もうエメネアだけでなく、一乗谷でも佐々良でも誰でも好きに来い。秋物でも何でも買ってやる』って言ってたから、みんなにも恨まれるアルよ」
 熊猫が明るく弾んだ調子で言う。
 紅龍は、ふっと一つ息を吐いてから、
「つまり、俺たちが星槍を取り返して来てやる。だから、それまで変な気を起こさずに待っていろ」
 言った。

 ◇

 数時間後。
 生徒達は渓谷でエメネアから力の欠片を受け取っていた。
 エメネアの手がラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)の差し出した掌に合わせられる。
 ほのかな光が、合わさった手にポゥっと燈り――
 やがて、消えた。
「ではっ、宜しくお願いしますぅ!」
 ラルクの手から手を離したエメネアが、ぺこりと深く頭を下げる。
「任せな。このままだと修行どころじゃなくなっちまうからな――」
 ラルクがニィと笑ってから、
「しかし、何だろうな? あんま変わってねぇ気がするんだが……」
 先ほどまで光の灯っていた己の掌を見下ろし、それを開いたり閉じたりしながら首を傾げる。
「とにかく、ポイントに触れれば良いのよね?」
 先に欠片を宿してもらっていた十六夜 泡(いざよい・うたかた)が、柔軟体操代わりに腕に腕を絡めて伸ばしながら言う。
「あ、はい、そうです。場所は、もう皆さんには分かるようになっていますぅ」
「そういえば」
 十六夜が、腕の柔軟を終えながらエメネアの方を見やる。
「なんでしょう?」
「全てのポイントに打ち込んだ後、直ぐに封印を開始しなくても良いんでしょ?」
「それは――」
「それなら、ギリギリまで……星槍が届くまで待っていてね。星槍って道具があった方が、確実に封印できるんでしょ?」
「……はい」
 エメネアは、ぐぅっと服裾を握りながら頷いた。

 ◇

「口移しでは無いんですね――」
 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)が、ほつりと零して。
 ロザリンドに力の欠片を渡すために手を重ねていたエメネアは、「へ?」と顔を上げた。
「あ、いえ、なんでもないですから」
 ロザリンドが力の受け渡しを行っていない方の手をパタパタと振る。
 それから、合わせていたエメネアの手をきゅっと握った。
「ぇうっ?」
「頑張りますね」
「あ――は、はいっ! お願いしますぅ!!」
 エメネアは、よくわからないドキドキを感じながら、ぱくぱくと口を慌てさせて、頭を下げた。
 そして、ロザリンドが行って、佐々良 縁(ささら・よすが)の番になる。
 エメネアは未だ少し胸に動揺の残った状態で、佐々良と手を合わせ――
 もう片方の手を胸に当て、ほぅ、と息を付き、落ち着きを取り戻しながら力の受け渡しを行う。
 そんなエメネアを。
 佐々良は、こそーっと伺うように観賞していた。
 ふと、目が合う。
 佐々良はふわりと笑んで、
「巫女さん、よろしくねぇ」
 と、小首を傾げた。
「あ、はい、こちらこそ宜しくお願い致しますぅ」
 つられて笑んだエメネアが頭を下げる。
 そして、受け渡しが終わって――
「ところで」
 佐々良が顎に指を掛けながら、呟く。
「ただで働くほど献身的でないんだよねぇ。私」
「え、えっと、お礼……お礼は、何か――」
 と――。
 エメネアの額に佐々良の唇が触れる。
「へぅ?」
「あはは、報酬の前払いってことでひとつお願いねぇ〜。じゃあ、またあとでねぇ」
 佐々良が手を振りながら笑顔で、向こうの方へと駆けて行く。
「……ふぇええ……?」
 やや放心するエメネアの横を。
「どうしたね? お嬢ちゃん。巧くいくか心配かね? なぁに、”ごあどぅ”ごとき心配はいらん。大丈夫ぢゃ」
 力を受け取っていた水洛 邪堂(すいらく・じゃどう)がぽふぽふとエメネアの肩を叩いた。
 そして、「なんせ、わしゃ強いからのぅ。ほっほっほっ……」なんて言いながらゴアドーの方へと向かっていく。