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大怪獣と星槍の巫女~後編~

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大怪獣と星槍の巫女~後編~

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第八章 約束

■渓谷
「ゴアドーの動きが止まったみたいですね」
 エメネアの護衛をしていた天津 輝月(あまつ・きづき)はパートナーのムマ・ヴォナート(むま・う゛ぉなーと)とエメネアと共に渓谷を下っていた。
 封印を行うにはゴアドーの正面に居た方が良いらしい。
「ふむ……? あのまま倒せてしまいそうだな」
 ムマが何だか静かになったゴアドーの方を見やりながら言う。
「――でも……なんだか、嫌な予感が……しますぅ」
「大丈夫ですよ、エメネアさん」
 こちらに気付いて向かってきた怪人へとアサルトカービンを撃ち鳴らしながら輝月が言う。
 励ますような、優しい声音で。
「輝月……」
 ムマは、正直感動していた。
 輝月がエメネアの護衛する事を提案した時は、まだ正直疑っていた。
 またどうせ何か興味本位な事を考えているのだろうと。
 しかしどうだろう。
 今、輝月は明らかにエメネアを励まそうとしている。
 ムマはその事実だけで、神殿での件以来抱えていた頭痛と胃痛を忘れられるような気がしていた。
 怪人を撃ち倒し、輝月がエメネアに微笑みかける。
「甘い物は確かに一発昇天するほど苦手ですが、カレーに混ぜるのであれば――イケます」
 爽やかに笑んだ輝月の歯がキラリと光る。
「何の話だぁああっ!!」
 頭痛と胃痛をぶり返したムマが輝月の首を持って、ぶんぶか振った。
「いやあ、はっはっはっは。自分のカレー好きをまだエメネアさんに伝えて無かったですからねぇ、そういえば、と思って」
「今か? 今のタイミングしか無かったのか?」
 口元をひくつかせながら詰め寄るムマの顔から。
 ついっと輝月の視線がゴアドーの方へと滑る。
「――動き出しましたね」

 ◇

 ゴアドーは身体をバラバラと瓦礫を零しながら、崖より身を起こし、身体を震わせるように天に吼えた。
 そうして、だだをこねるように、仰ぎ吼えながら両手を周囲に、何度も叩き付け始める。
 そこら中でゴアドーが地形を破壊する音が鳴り重なり、崩壊した瓦礫が散っては落ちていく。

■ゴアドー 左足
 ゴアドーの左足の腿の辺りにしがみ付きながら、メイベルとライトはポイントのある膝の方へと向かっていた。
 先ほど、ゴアドーが一度動きを止めて、活動を再開してからゴアドーの腕が激しく地形を破壊している。
 その瓦礫やらが。
「――くぅ!」
 ゴアドーの毛先に揺られるメイベル達の傍を掠めていく。
 ヒュゴゥと、音が過ぎるたびに背筋が冷える。
 そうでなくても、眼下の地面が遠い。
「頑張ってメイベル! もう少しだよっ!」
「はいぃ〜」
 慎重に、慎重に、ゴアドーの毛を伝って脚を下っていく。
 脚を下るたびにゴアドーが大地を踏む震動が強くなっていった。
 ゴアドーの身体がざわりと震えて咆哮が鳴り響く。
 そうして、またゴアドーの腕に破壊された渓谷の岩塊が周囲を飛び交っていく。
 もう少しでポイントという時に、
「危な――」
「え――?」
 岩塊の一つがメイベル目掛けて迫った。
 ライトがゴアドーの脚から飛び出しながら、メイスを振り出していく。
 そのメイスが、脚へと下る前に掛けていたパワーブレスの効果もあって、岩塊を弾き飛ばす。
 そして、
「セシリアー!」
 ライトの身体は、メイベルの伸ばした手の先を掠めてそのまま落下していく。
 
「よ――っと」
 落下していくライトを、ゴアドーの脛付近に取り付いていた十六夜が飛び出してキャッチする。
 というより、横からぶつかって勢いを逃がす形で、十六夜の身体はライトと共に地面を転がった。
 ライトを抱えながら、身体を起こす。
 と――その頭上でヒュオゥと鳴る落下音。
 見上げれば岩塊がゴアドーの咆哮に捉えられ、一直線上、彼女らへと迫っていた。
 ライトを片手に抱えたまま、構えを取り。
 一拍の踏み込みと共に、突き上げる拳。
「我が一撃は龍の咆哮!!」
 意気と共に放たれたドラゴアーツが、岩塊を弾き飛ばす。

 メイベルは眼下で繰り広げられたそれを見て、はぅうっと息を吐いた。
 下方の地面ではライトの様子を確認した十六夜が、こちらへ親指を掲げている。
 メイベルは頷いてから、膝のポイントへと向かい――ゴアドーの左膝に白い光を燈した。

■ゴアドー 右腕
 振り回されるゴアドーの右腕。
「――なんつぅ――」
 ラルクは、なんとかゴアドーの毛を捉えながら、己をそこから引き剥がそうとする遠心力と衝撃に耐えていた。
 ゴアドーの腕が振り上げられるたびに、圧倒量の空気に叩き付けられて、身体が押し潰されそうになる。
 把握しきれない風音による耳鳴り、周囲の空気が行き去る速度が早過ぎて呼吸すらままならない。
(欠片は――直接……さわんねぇとな……)
 ゴアドーの腕が振り下ろされる。
 身体が空へと持ち上がるのを必死に捉えながら、ゴアドーの腕が渓谷を破壊し削り取る瞬間に備える。
 容易にポイントへは近づけない。
(はぁ……銃弾に乗せて撃てれば良かったんだがな)
 と――、豪速で巡る世界を背景にして、ぐいぐいと、がむしゃらに腕のポイントへ向かっていく佐々良の姿が見える。
「ば――あいつッ!!」
 彼女は確実に何も考えていない。腕に打ち込んだ後に地上へ戻るための体力とか、腕が大地を削る時の衝撃だとか。
 そして。

「もう……ちょっと――」
 佐々良が、ぐぅっとポイントへと手を伸ばしていく。
 体力は、もう限界に達していた。
 ゴアドーの毛を捉えながら、遠心力に投げ出されそうな己の身体を支える腕の筋肉はチリチリと麻痺し始めている。
 震えながら伸ばした指先が、ポイントへ触れた瞬間に。
 ゴアドーの腕先が渓谷へと振り下ろされて、その衝撃で佐々良の身体が空中に投げ出された。
 全てはスローモーションで進行する。
(あー……嫁以外の女の子に手を出そうとしたから)
 子供が放り投げた人形のように、無力に空中を飛ぶ。
 もう、何をする力も残っていない。
(罰があたったのかなぁ……)
 破壊されて飛び散った瓦礫と破壊音とが己の周りを噴き上がっていく。
 空が青い。
 後は、このまま吹き飛ばされていって、真ッ逆さまに落ちていくだけ。

 グッ、と腕を掴まれる。
「――へ?」
「よっしゃ! 間に合った!!」
 佐々良の腕を引っ掴んだのはラルクだった。
 彼は片手にゴアドーの毛先を引っ掴んだ状態で、身体を外に投げ出して思いっきり手を伸ばした状態で佐々良を掴んでいた。
「ったく、こんな馬鹿野郎に先を越されちまうとはな」
 ラルクが呆れ半分で笑う。
「しかし――これで本当に倒せんのかな?」
 ラルクの巡らせた視線の先で、ゴアドーの腕に、佐々良の打ち込んだ白い光の印が淡く燈っていた。

■渓谷の上
 ゴアドーの振り回した腕が背後の地面を崩壊させていく。
「好き勝手に暴れやがって!」
 隆光は衝撃に足を取られそうになりながらも、なんとか距離を取って振り返り。
「これで、エメネアにキスを貰え無かったら泣くぜ?」
 戯れながらスプレーショットを放つ。
 撃ち出された大量の弾丸がゴアドーの身体へと叩き込まれていった。
 それでも、ゴアドーは勢いを失わずに暴れながら渓谷を抜けようとしていく。
「抑えきれないっ! でも――」
 陽太が震える顎根を噛み耐えながら、出来得る限りのタイミングでゴアドーの方へと引き金を引いていた。
 正確に狙っている余裕など無い。
 地が揺れ、砕かれて、飛び散っては落下してくるのだ。
「トゥルペ!」
 トゥルペがイリーナに腕を引っ張られ、落下してきた岩石を「ひゃあ!」と間一髪で避ける。
「このままの勢いで渓谷を突破されたら、すぐに空京に付いちゃうよ!」
「頑張れ。なんとしても抑えるんだ――」
 イリーナが銃を構えながら、奥歯を噛む。
「もうすぐ、皆が星槍を取り返して来る。我々がこのラインを守っている間に、必ず……!」

■荒野 テーマパーク付近
 優希の飛空艇がテーマパークを突っ切って、荒野へと飛び出る。
 ヘリからは三隻の小型飛空艇が飛び出してきていた。
 乗り手はそれぞれに銃を持って、優希を追ってくる。
「こ、こんなのっ」
 必死に飛空艇を操って、後方からの銃撃をなんとかかわしていく。
 その度に追っ手との距離が詰まっていくのが分かる。
「くぅっ!?」
 銃弾が飛空艇と優希の足とを掠め、飛空艇が明らかに良くない音を立て始めてしまう。
「アレクさん――助けて」
 ぐぅ、と顔を顰めながらハンドルを握り締め――。
 と、並走する排気音と後方へ放たれていく掃射音がそばに溢れる。
「――え?」
 見れば、【鋼の疾風】の軍用バイクが二台、並走していた。
 片方のバイクのサイドカーから、昴 コウジ(すばる・こうじ)が後方の飛空艇たちを銃撃し、もう一方のバイクのサイドカーからルカルカ・ルー(るかるか・るー)が優希の方へと手を伸ばす。
「貸して。私達で巫女に届ける」
「え、あのっ、でも――」
「あなたの飛空艇じゃ逃げ切れない、急いで! 一刻を争うんでしょっ」
 優希の飛空艇から鳴る不協和音は段々と大きくなっていた。
 確かに、この飛空艇では何時まで持つか分からない。
「――っ」
 優希は星槍をルカルカへと投げ渡し、
「必ずッ、エメネアさんに届けてあげてください!! それから――」
 自分の槍を構えながら転進した。
「『エメネアを手伝ってやってくれ』って。お願いしますッ!」
 言って、優希は追っ手の一隻の方へと向かった。

「りょーかいっ!」
 ルカルカは星槍を受け取って、バイクに跨っているダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)を見上げた。
「ダリル!」
「分かっている」
 ダリルがアクセルを全開に握り込む。
 加速するルカルカ達の横へ、サイドに昴を乗せ、ライラプス・オライオン(らいらぷす・おらいおん)が操るバイクが並ぶ。
「飛空艇はどうにかなりそうですが、ヘリが鬱陶しい」
 昴がサイドカーの奥から、よいこら何かを抱え出しながら言う。
 優希が一隻を抑えてくれたおかげで、星槍を持ったこちらを追う飛空艇は二隻。それからヘリ一台。
 それらから放たれた銃撃が周囲を掠めていく。
「洞窟を挟むルートを選択すれば、あるいは撒けるかもしれません」
 ライラプスが言う。
 テーマパークから峡谷までの幾つものルートは、先ほどまでに完全に把握していた。
「じゃあ、そっちで! 迷ってる暇は無いっ」
 ルカルカがサイドカーへと星槍を仕舞いながら言う。
 そして、彼女は昴と同じようにサイドカーの奥から何か抱え出し始めている。
「了解だ」
「了解(コピー)。ルートCを選択します」
 ダリルとライラプスがそれぞれ返し、後方からの銃撃を分散させるようにハンドルを切って離れた。
「さて――」
 昴が腕の中に、槍ほどの長さの棒を何本も抱えて後方を向き。
「さあ喰らえ! 3メートルの棒 アットマーク 切断ッ!!」
 わさぁっと、抱えていた棒たちをポイポイポーイと投げ撒き始めた。
「どれが本物の星槍か分かるまいー! ほーれ、ばらまいちゃうぞー」
「それそれー!」
 ルカルカの方も、建設現場でカットし作っていた偽星槍を後を追う飛空艇の方へと投げつけている。
「騙されるかァーー!!」
 なにやら、怒号と一緒に返ってくる射撃。
「――まあ、こっちが星槍を投げ捨てる理由が無いしな」
 ダリルが何やら至極冷静に零して頷く。
『ちっ、ノリの悪い』
 昴とルカルカが寺院の連中を見やったまま、同時に指を鳴らし。
「数作るのには苦労したんですがね……仕方ありませんな」
 昴は銃を構え直した。

 ◇

 三つ目の洞窟に潜り込む頃には、全ての飛空艇の迎撃に成功していた。
 既に渓谷地帯の端に辿り着いており、先ほど、谷の合間の向こうにゴアドーの姿を見掠った。
 洞窟を抜ける。
 と。
「ッ!?」
「しつこい!!」
 洞窟の外で待っていたのは、回り込んできていた寺院のヘリだった。
 二台のバイクは、地を走った銃撃を寸でかわしながらヘリの真下を通り抜けようとしていく。
 グゥン、と高度を取って旋回しようとするヘリ。
 その刹那。
 ゴアドーの咆哮が渡る。
「――冗談?」
 そんな誰かの呟きを掻き消す、ヘリの落下音。
 そして、落下したヘリによる爆発が二台のバイクを巻き込んで大音声を響かせた。