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深淵より来たるもの

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深淵より来たるもの

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【2・調べる生徒達】

 村長の家で話をしているのは、桐生円(きりゅう・まどか)オリヴィア・レベンクロン(おりう゛ぃあ・れべんくろん)ミネルバ・ヴァーリイ(みねるば・う゛ぁーりい)の三人だった。彼の対面には村の村長がいるのだが、
「それでですな、ルルナですがそう気にすることもありますまい。ああいう子供は構って欲しくてウソをつきたがるものですよ、はっはっは。ワシも幼少時代はですな……」
 なんともお気楽に話す村長に、円はキツネにつままれたようだった。
(どういうことだ……? まるで裏があるように見えない。ボクの吸精幻夜を使って情報を引き出してやろうかとも考えていたけど)
 まさか村長がここまで能天気だとは思いもしなかったらしく、逆に戸惑わされていた。
(これでこちらを巧みに欺いているとしたら、たいしたものであろうが)
「なんだかぁ〜、緊張してるのが〜、ばからしくなってきますねぇ」
 まったく緊張してるようには思えないのんびり口調で、オリヴィアが呟く。そしてその隣ではミネルバがもくもくと出された食事を食べていた。
「おい、ミネルバ。あんまりがっつくなよ。もし罠だったらどうする」と、小声の円だが。
「だって美味しいんだもーん。ふたりももっと食べなよ、せっかくのご好意なんだしっ」
 喜々とした顔で、鶏肉にかぶりついてデカイ声で返答するミネルバだった。
「それでワシが十歳の頃には、近くにいたオオトカゲを退治してですな」
 村長はひとりでなんかくっちゃべっていた。女性相手に話して、なんかテンションがあがっているらしい。果てしなくどうでもいい話ではあるが。
 その村長の家の書庫では、何人かの生徒が調べものをしていた。
 ただ、そこで唯一手持ち無沙汰にしているのは葉山龍壱(はやま・りゅういち)だった。彼は消えた村人の捜索に来ているのだが、知識についてはパートナーの天領月詠(てんりょう・つくよみ)だよりなのである。
「月(ゆえ)、まだ調べもの終わらないのか?」
「もう少し待ってください。この村には蔵書がさほどないようですし、どうせなら関係する書物は一通り読んでおきたいんです。うーん、この文字は……あれ? 眼鏡は、何処?」
「かけてるかけてる」
「あ、あはは。そうでした。すみません」
「そっちはどうだ、なにかわかったことはあるか」
 そう言って歴史書片手に歩み寄ってきたのは、ソウガ・エイル(そうが・えいる)。彼も今回の事件解決のために文献を調べていたのだった。
「今回の旅人と似ているのは、クトゥルフ神話の深きものども、でしょうね」
「やはりそうか。こちらの歴史書にも、それらしい記述が載っていたからな」
「憶測ですが、この村の人たちは深きものどもの血を引いている一族ではないかと思います。石碑でその血を抑えるなりしていたのでしょうね。石碑が壊れた事を起因に村人達は変化していったのではないかと」
「なるほど。まあ結論を出すには早い、とは思うけど今回の事件、クトゥルフ神話と酷似した点が見られるからな」
「ちょ、ちょっと待った」
 ふたりのやりとりを聞いていた龍壱が途中で入ってきた。
「クトゥルフ神話? 深きものども? なんだよそれ、よくわかんないんだけど」
「えっと……。クトゥルフ神話に関しては話すと長くなるから割愛して、問題になってる深きものどもについて説明しますね」
 こほん、と月詠は咳払いをして本を片手に説明を行う。
「クトゥルフ神話に出てくるんですけど、この深きものどもは、同族との接触や過度のストレスで、インスマス面、って呼ばれる特有のカエルみたいな顔になってしまうんです。それで目も濁って、肌も冷たく湿っぽくなるらしくて」
「へぇ、確かに今回の旅人とかなり似てるよな。濁った目にぬめぬめの肌で」
「まあ、クトゥルフ神話自体は創作でしかないから、似ているのが偶然と言えばそれだけなんだがな。ある筋では本当にそういう者が存在するって話もある。調べておいて損はないだろう」
 ソウガの補足で、真彦はなるほどといった様子で首を動かした。
 そんな掛け合いをする三人とは少し離れたところで調べている斎藤 邦彦(さいとう・くにひこ)は、
「ネル、ここはなんて読むのかな」
 パートナーのネル・マイヤーズ(ねる・まいやーず)に、パラミタの言語を翻訳して貰っていた。
「それは『彼らは、深きところよりきたる者と名乗った』です」
「うーん……やっぱりクトゥルフ神話となにか因果関係があるんですかね。ああ、ちなみにクゥトルフ神話というのは」
「説明はべつにいいです。それより早く済ませましょうよ」
 文献の量にゲンナリ気味のネルは、ぶーぶーと文句を漏らして邦彦をちょっとたじたじとさせていた。
「次はこれですね」
 文句を言いつつも作業はやるネルは、ある一冊の本を手にとった。それは日記だった。
 なんだ、関係ないですねと一瞬思ったが、なんとなくめくった1ページ目に書かれていた『深きものの謎』というタイトルが気になって中を読んでみた。
「えーと。『○月×日。彼が最近なにかおかしい。村にはヘンな人がうろついてるし、嫌なことばかり。それがなにか、わたしはまだわからなかった。しかし……』」
 一応邦彦にも聞こえるように音読してあげていった。はじめのうちは淡々と語っていったネルと、なんとなく聞いていた邦彦だったが。
 ページが終盤にさしかかるにつれて、徐々にふたりの顔色が変わっていった。

 一方。
 カルナス・レインフォード(かるなす・れいんふぉーど)は村人にあることを聞いて回っていた。それは……。
「ルルナちゃんかい? なかなかいい子だと思うよ。村の皆と仲いいんだ」
「ルルナ? ああ、なんか最近おかしなこと言ってたわね。でもわざわざそれに付き合うなんてアンタもそうとう暇なのね」
「ルルナちゃん? 可愛らしい子だよねぇ、あの子は村一番の美少女だよ。あ、や、べつにヘンな意味はないよ? いや。ほ、ほんとに」
 そう。依頼主、ルルナに関してだった。彼女が何かに憑かれたか、あるいは彼女自身が封印されていた何かである可能性を考えてのことだった。
「どうやら本当にこの村に住んでる子なのは確かみたいだな、次は子供達にも話を聞きたいところだけど……」
 ひとりごちて、何人かの子供達と話をしているふたりに目をやった。
 それはシルバ・フォード(しるば・ふぉーど)と、
「それで、旅人についてどう思うかなんだけど」
「さぁ。よくわかんね。オレ、大人の顔なんて覚えてねーし」
 パートナーの雨宮夏希(あまみや・なつき)なのだが、
「あ、そうだ。私、お菓子持ってるんですけどよかったらどうですか?」
「ごめんなさい。知らない人から、もの貰っちゃいけないっておかーさんが」
 なんだか警戒されている様子だった。
 それを見て、自身もどうしたものかなと思案するカルナス。
 そこへ駆け寄ってきたのは、リーゼルロット・ナダル(りーぜるろっと・なだる)だった。外見は十二歳ほどのそれだったが、実年齢はその十倍以上かなりかけ離れていたりする。
 彼女は、九条瀬良(くじょう・せら)のパートナーなのだが彼は今この場にはいなかった。それは事前の示しあわせで、現在別行動をしているからである。
 その際に、
『で、リゼロ。口調や立ち振る舞いを幼く演じて、子供の振りするんだ。そうすりゃきっと警戒心が薄れると思うからな』
『ふん。まあいいじゃろう、わしのせくしぃさを隠すのは至難の業じゃろうが』
(いやいや。やっぱり子供にしか見えないよなぁ……こいつ)
『……今、何かいらぬ事を考えなかったか? 童(わっぱ)よ』
『いや、何にもー』
 という掛け合いがあったりしたのはまた別の話で。
 そして今リゼロは、
「あのね。石碑のことで、ルルナちゃんが困ってるの。何か知らないかしら?」
 おもいっきり子供っぽく、小首をかしげて子供達に尋ねていた。それに子供男子たちは思わず顔を赤らめていたりした。逆に女子は少し不機嫌になっていたが。
「あ、オ、オレ。ルルナが石たおしたとき一緒にいたんだけどよ。ルルナのやつひとりで怖がっちまってさ、気にしすぎだって言ってもきかねーんだよ」
「でもボクもぶきみだとは思います。あれから、あの場所なにかヘンな臭いがし始めましたし」
 やっと何人かの子達がいい返事をかえしたのを見て、
「臭い? それって、腐った水みたいなのじゃなかったか?」
 カルナスもこの機に乗じて、話に入っていった。
「あ、はい。なんの臭いかはわかりませんけど。ボクらが言っても、大人たちはとにかくあそこには近づくなって言うばかりで、まともに取り合ってくれないんですけど」
「ねえ、どうして石碑に近づいちゃダメなの? お化けが出るとか、そんな噂でもあるの?」
 相変わらず子供の振りをしているリゼロだが、若干顔がひきつりかけていた。
「わかんない。おかーさんから、いっちゃダメって言われてるだけだから」
「ふーん……大人たちがひた隠しにしてるのも、なにか理由があるのかもな」
 そう考えるシルバは、ふとその大人たちがこちらを不審そうな目で見ていたので、これ以上はやめたほうがよさそうだと察し、夏希からこの場を離れようと促した。そして、
「ありがとうね、それじゃこのお菓子はお礼にあげるわね」
「あ、でも」
「もう知らない人じゃないでしょ? 私たちは、仲良しのお友達。ね? だから、はい」
 その夏希のにっこり笑顔に、子供達もようやく笑ってお菓子を受け取って去っていた。
 微笑ましい光景だなと、カルナスとシルバは見入っていたが、
「おぬしらも、せめてあれぐらいの配慮をせぬか。やれやれ、これだから男というものは」
 いきなりそんな発言をしたリゼロの豹変振りに呆気にとられてしまった。

 そんな風に生徒達は、皆それぞれのやり方で情報収集を行っていた。
 そしてその中で、香狩レキ(かがり・れき)は、
「ああ、そこの貴様。少し旅人について話を聞かせろ」
「あん? ンだよアンタ。それが人に質問する態度かよ」
 舌打ちして早々に立ち去ろうとした、村人の青年だったが、すぐにレキに回り込まれる。
「おい、いい加減にしねぇと女でも容赦しね……ぇ?」
 その青年は、どこにでもいる平凡なティーンエージャーであった。しかし、自分に向けて放たれている殺気を敏感に感じ取れるくらいには勘のいい人物であった。
「ふふ、いい度胸だ。ところで知っているか? 生物には、鍛えられない場所があってね。爪の間、眼球、口の中―――指の股なども、ね?」
 そんな物騒な単語を並べて、指をわきわきと動かすレキ。
「し、知らねぇよ旅人なんか! 会ったこともねぇって!」
「なに? 嘘をつけ。さっきも私は濁った目をした旅人とすれ違ったぞ。あれがこの村に滞在してるのは間違いない。やはり一度痛い目をみないとわからんようだな」
 じり、と更に近寄りまさに指を相手の指にかけようとしたところで、
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
 パートナーのセネカ・エルスティン(せねか・えるすてぃん)がすんでのところで割って入ってきた。
「やりすぎですよ、レキ! もっと温和にことは進めないと!」
「ん? なに、安心しろ。傷つけたりしない、ちょっと軽いトラウマを植えつけるだけだ」
「ひいいいっ! お、おたすけえぇえええ!」
 ふたりが話している隙に、青年は一目散に逃げいってしまった。
「はぁ、まったくもう……これ以上物騒なことしないでくださいよ」
「命令だ、レキの名において、セネカ。貴様が全ての罪を被れ」
「………………はぁ」
 本当に、ひとそれぞれであった。
 そして今の出来事を見つめながら、ひとり考えているのは天 黒龍(てぃえん・へいろん)。一連の様子から、あの青年が嘘をついているようには思えなかったので、ある疑問がわいていた。
「妙だ。旅人の目や肌をよく見れば異形のものであるとわかる。なのになぜこの村の大人連中はそれに気づいていない? よほどの鈍感者か、それとも隠す理由があるのか」
 先程から自分でも調べていたメモに視線を落とす。そこにはこう書かれていた。

 大人達に聞いて回り、現在判明している点。
・本当に「旅人」が見えているのか          『見えている。会話もしていた』
・「旅人」はどのような姿に見えているのか       『普通の人間と認識している』
・「旅人」による何らかの被害はこれまでにあったか   『ないようだ』
・本当に旅人ならば、村人が世話をした事はあるのか  『ないようだ』
・なぜ子供達が石碑に近寄ってはいけなかったのか   『不明』
・村人が現実に減っているのに、なぜ何とも思わないのか『不明』
・「旅人」とは、何か                 『不明』

 以上が、メモの内容だった。肝心なところはあまり判明していない。
 こういう時あまり愛想のよい方でない自分が、少しだけ恨めしくなった黒龍であった。
 そんな黒龍をはじめ、旅人に関する情報を積極的に集めようとする生徒達も徐々に増えはじめていた。赤月速人(あかつき・はやと)もそのひとりである。
「あの、すいません」
 ぽん、と肩を叩いて旅人らしき濁り気味の目をした中年男性に声をかけると、
「……はい?」
 若干暗めに思える返答がかえってきた。
「えっと。あなたが、旅人さんですよね?」
「……うんにゃ。オラは昔っからこの村に住んどるもんだよ」
「え? あ、そ、そうですか。すみません」
 そう呟いた男性は、そのままのろのろと歩いていってしまった。
「しまったな。あの人は旅人じゃなかったのか……え?」
 と、そこでさっき肩に置いていた手が、すこし湿っているのに気がついた。
 くんくん、と臭いをかいでみると、少し水っぽい。だが汗のそれではないようだった。
「どういうことだ? 旅人なのか、そうじゃないのか」
 少し混乱しかけた速人は、頭を切り替える意味も込めて、別の旅人らしきおじさんを見つけ近寄ろうとして、それよりも先にその旅人に向かって、走ってくる人物に気がついた。
 それは葉月ショウ(はづき・しょう)である。しかし速人は、なんだか尋常じゃないスピードで近づいていくショウになんだか不穏なものを感じた。
「先手必勝ぉ!」
 と、いきなりショウはそう叫ぶと雷術を右手に込めてバーストダッシュで接近し、そのまま軽く一撃入れた。「ぐびゃ」とうめきながら気絶するおじさん。そしてそのまま持っていた縄でふんじばろうとしているショウ。
「ちょ、ちょっと待った待った待った!」
 それを慌てて駆け寄ってはがいじめにする速人。
「ん? なんだよ、邪魔しないでくれよ」
「いや普通邪魔するだろ! なに物騒な真似してんだよ!」
「ああ、大丈夫だって。今のはスタンガン程度に威力抑えてあるからさ。旅人がいい奴にしろ悪い奴にしろ、こうして縛っておけば安全に話ができるってもの」
「いやいやいや! 旅人サイド全然安全じゃないから! これもう犯罪の領域だから!」
 必死で止めてくる速人に、納得のいかないショウだったが仕方なくそのおじさんは解放された。が、すでに気絶してしまって、話を聞ける状態じゃなくなっていた。誰にも見られていなのは、不幸中の幸いではあったが。
「さて、次はどうしよう」
 次の作戦を思案するショウに、頼むから穏便な行動してくれよと願う速人だった。