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【2019修学旅行】闇夜の肝試し大会!?

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【2019修学旅行】闇夜の肝試し大会!?

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大池 〜その壱〜
 茂みをかき分けると、突然視界が開けた。
 踏み固められた土むき出しの地面がしばらく続いた後、月光に薄青く澄んだ大池が広がっている。
「どうやら、鎮護の森は抜けられたみたいね」
 開けた空間に踏み出しながら、宇都宮 祥子はゆるくウエイブのかかった黒髪をかきあげた。
「あ、あはは。なあんだ、思っていたより楽勝だったな」
 続いて茂みから、渋井 誠治のひきつった笑顔が覗いた。
 けれど誠治の体はなかなか出てこず、きょろきょろと茂みの外を窺っている。
「なあにが楽勝よ。首元にハンカチひっつけられただけでぎゃあぎゃあ騒いてたくせして」
 祥子は茂みに手を突っ込み、誠治の襟首をつかんで引っ張りだした。引きずり出された誠治は、飛び跳ねながら祥子の腕にしがみつく。
「わわわっ! 宇都宮待て! こういう開けた場所にはまたトラップが……!」
「現に私が踏んでないでしょうが! それでも怖けりゃ、水風船が転がってないか好きなだけ探したら? あー、もう、誠治に抱きつかれたって嬉しくもなんともないっつの」
 祥子は、半ば突き放すように誠治を振り払った。
「ひでえよ宇都宮ー。そりゃあ、俺はレイディスじゃないけどさあ……」
「あったりまえでしょう。レイティスがあんたみたいにひっついてくるわけ……っ」
 ぐっと口をつぐんで、祥子は誠治に背を向けた。
「あーあ、自爆……」
 誠治はぼそりと呟いて、祥子の後を駆け足で追った。
 祥子は大股で、大池に向かって進んでいく。公立高校のグランド一面分くらいの広さはあるだろうか、というくらい広大な水面が、涼風にさざめいていた。
「な、宇都宮。レイディスと一緒に来られなかったのはそりゃ、残念だけどさ、オレが何でも話聞くから、元気出せよ、なあ?」
「別に残念じゃないわよ。一緒に来たって、どうせ何かできたわけじゃなし」
「そんなことないって。あとはきっかけだけだって! はたで見てたらわかるぜ?」
「見え透いた嘘つかないでよ。……誠治こそ、隣にいるのがシャロだったら、今頃……」
「それは言いっこなしって約束したろー?」
「でも、本当のことじゃない……うん?」
 大池のほとりに、ぼんやりとした人工の明かりが浮いていた。ケータイのディスプレイが放つ、青白い光だ。
 祥子と誠治がどちらともなく足を止める。
 地べたに敷いたハンカチの上に体育座りした小鳥遊 美羽は、祥子と誠治にふと気が付くや、ケータイを閉じて顔をあげた。
「え……えと、宇都宮? これは、見てはいけないものを見たんじゃないか、俺たち」
 美羽は、服装こそ超ミニスカートの蒼空学園制服だったが、頭に巻いた白い鉢巻きに、四本のろうそくを立てていた。
「丑の刻参りはさ……誰かに見られたら効果がなくなるんだぜ……? なあ宇都宮、迂回しよう?」
「いーよいーよ。呪いとか、回りくどいのはしないつもりだったからさ」
 無邪気に笑って、美羽はマッチを擦った。ぽっと灯った橙色の炎を、頭のろうそくに移していく。
「さて、お池にたどり着いた、ひと組目の幸せカップルさん。いらっしゃーい」
 無邪気に笑った美羽を、祥子は固い表情で見下ろした。
「カップルじゃないわ。それと……パンツ見えてるわよ、美羽?」
 今はじめて気がついたように、誠治がはっとした。
「えっちー」
 美羽はくすくす笑いながら立ちあがって、気まずそうに目をそらした誠治を見た。
「もっと見たい?」
「え……?」
 祥子が、誠治の肩を掴んで引いた。その鼻先を、鋭く振るわれたローファーのつま先がかすめていく。
 ぱらっ。と、渋井の茶色い前髪が数本、舞い落ちた。
「おっと、避けられちゃった。愛の力だね」
 美羽に微笑みかけられて、祥子の眉根に青筋が走った。
「……だから、カップルじゃないっつってんでしょ? わっかんないわね」
「おい……宇都宮……?」
 首をかしげた誠治を、祥子はどんと突き放した。ひと息に上着を脱いで、誠治に投げ渡す。
「離れてて、誠治。危ないと思うから」
「なっ、なんだよ危ないって……」
「あなたも妨害組みってわけ? おどかすにしちゃ少し乱暴すぎだけど」
 無邪気な笑顔を崩さぬまま、美羽は答えた。
「大丈夫、負けても風邪引くくらいだよ、おねーちゃん?」
「……いいわ。丁度身体を動かしたいところだったの。付き合ってくれるのよね?」
「もっちろん」
「武器もなし、小細工なし、退路なし、待ったなし。いくわよ、美羽……!!」
 祥子はぐっと拳を固めて、美羽の懐に飛び込んだ。

「だーめーですって! 近づいたら危ないですから!」
 羽入 勇を羽交い絞めにしたラルフ・アンガーが、ひそめた声で言った。
「えー、だってだって、あんな異種格闘技、年末のK−1でだって見られないよ!? 八極拳とテコンドー……かな? しかも足技使いはミニスカート! ぱんつ丸見え! ここで視聴率取らずにどこで取るのさ!」
 ラルフに持ち上げられ、足をパタパタさせた勇の視線の先では、文字どおりの異種格闘技が繰り広げられていた。
 なんとか懐に飛び込み、円を描くように相手を引き込もうとする祥子。けれど、美羽が繰り出す足技の圧倒的なリーチが、祥子に接近を許さない。
「うわっ! もろに顔……おお、受け止めた! うわあ、ぱんつは見せてもローキックはうまく隠すなぁ……うー、中継したい!」
「報道記者は格闘技の中継はしませんし、視聴率も気にしなくってよろしい! ほら、妨害なしで池を渡るチャンスですよ!」
「うー、報道には手広い知識が必要なんだよー? それに……その、池は暗くて怖いよ?」
「私にしてみれば、あの乱闘のほうがよほど怖いですよ。巻き込まれて貴女が怪我をしたらどうするんですか」
 ぼやきつつ、ラルフは勇を手近なボートに乗せた。
「ら、ラルフ……こ、この池、向こう岸が見えない……」
「大丈夫、私がちゃんと岸まで連れて行きますから」
 ラルフは、勇の乗ったボートを岸から押し出した。水面に滑り出たボートに、軽々と飛び乗る。
「てっ……手慣れてるね、ラルフ」
「ええ。少し調べておきましたから。ひっくり返りでもしたら大変でしょう?」
 進行方向に背を向けて座り、オールを握って、ラルフはボートを漕ぎだした。
 勇が不安げに進行方向へ目を凝らすと、自然、ラルフのほうをじっくり見ることになる。
 涼風に舞う青い髪、時折背後を確認するブルーの瞳、きっと行く先を見据える、端正な横顔。
 いつもとは違う、闇の中に溶け込むような黒服が、露出したラルフの白い肌をぼんやりと浮かび上がらせていた。黒い服に白い肌のコントラストは、闇色の水面に浮かぶ桜の花びらを思わせる。
 ほう……と勇は小さく息を吐いた。
「どうしました?」
「いや、美形は得だな、と思ってさ」
「勇もかわいいですよ」
 こともなげに言ったラルフを、勇はきょとんと眺めて、それから、へへと笑った。
「ありがとー。お世辞でもうれしいよ」
 ラルフは、微かに不本意そうに、眉根を寄せた。
 ぱしゃっ。闇に沈んだ池の中で、得体の知れない何かが跳ねる。
「うわっ!? ……なに?」
 びくっ、と身体を跳ねさせて、勇はラルフの服をぎゅっと握った。
「あまりこちらに来ちゃだめですよ。ひっくり返りますから」
「うん……ごめん」
 謝りつつ、服を握りしめたままの勇を、ラルフはそれ以上注意しなかった。

「大丈夫だよ、輝夜。パラミタには本物の幽霊やモンスターだっているじゃないか。いまさら地球で幽霊に遭ったって、きっと怖くないって」
 暗く波打つ大池。
 ゆっくりと、けれど力強くオールを漕ぎながら、神童子 悠はやわらかく微笑んだ。
「うん……うん……そーだよね。怖く、ないよ」
 鳳凰院 輝夜が、端正な顔をひきつらせてこくこくと頷く。
 膝の上でふるふると小刻みに震える手を、ぎゅうっと握り締めて止めた。
「ほら……そろそろ岸だよ」
 がくん、と微かな振動があって、ボートが岸に乗り上げた。
 まず悠が降り、一度ふらりとよろけた。
「あ。はは、地面は揺れてないんだよね」
 照れたように笑って、悠は輝夜に手を差し伸べた。
 輝夜が、差しのべられた手をきつく握って、恐る恐る船から降りた。
 ふらり、輝夜の足元が揺らぐ。
「あはは、おそろいだ」
 転びかけた輝夜を、悠は優しく引き寄せた。
「……ありがとう」
 大池を渡り終えた先には、一本の細い道が伸びていた。
 鎮護の森の草木とは明らかに違う、どっしりとした木々に囲まれ、まっすぐに伸びる小道だ。ずっと遠くに、ちらちらと揺らめく橙色の光が見える。
 拝殿に灯った明かりだった。
「悠はすごいね……肝試しなんて、怖くないんだ」
 ぽつりとつぶやいて、輝夜は微笑んだ。
 悠があははと笑って、こめかみを掻く。
「うーん……怖くないわけじゃ、ないんだ」
「え……?」
 ふと顔を上げて、首をかしげて見せた輝夜に、悠は笑顔を向ける。
「ほんとは……こわいよ」
「でも……全然大丈夫そうだよ」
「そりゃあ……さ」
 ぐっと、悠は自分のすぐ目の前まで、輝夜を引き寄せた。
「俺が不安になったら……輝夜が頼れなくなるだろ?」
「……悠」
 照れたように笑う悠を、輝夜はまっすぐに見上げた。
 ふと、その肩がぴくりと跳ねる。
「……悠? なにか、聞こえない?」
 悠も目を丸くして、周囲に視線をやった。
「え……? そう、かな?」
「なんか……カラカラ聞こえる。なにか、まわってる音?」
「俺には、なにも……――」
 どさっ。
 鈍い音と共に、濡れた何かが悠の背中に覆いかぶさった。
 濡れた黒髪が、ざらりと散った。青白い肌が夜闇に浮き上がり、瞳孔の開ききった黒い眼が、輝夜をとらえる。
 悠の背中に覆いかぶさったのは、女だった。
 この寒空だというのに、長襦袢一枚を纏っただけの女だ。全身ずぶぬれで、血の気はなく、けれど万力で締め上げるような力で、悠にしがみついている。
「あ……う……」
 かくん。と輝夜がひざから崩れ落ちる。
 ずぶぬれの人物は悠にしがみついたまま、じいっと輝夜を見下ろし、その、青白い唇を……笑みの形にゆがめた。
「ねえ……あなたもこの池に沈められるの?」
 かすれた隙間風のような声が、夜風に乗って響いた。
「冷たいわよ……この池の底は、暗くてさびしくて、とっても、冷たい……」
 未だ、悠の手をきつく握ったまま、輝夜は震える瞳で襦袢姿の女を見上げている。
「輝夜……逃げろ、俺は平気だから……」
 振り払おうとしてきた悠の手に、輝夜はきつくしがみついた。
 黒髪を舞わせて、必死にいやいやと首をふる。
「輝夜! 逃げろ!」
「やだ! 悠が連れていかれるなら、わたしも行く!」
「輝夜……」
「離さないから! 絶対離さない!」
 立たない腰をかくかくとふるわせながら、けれど輝夜は絶対に、繋いだ手を離そうとはしなかった。
 襦袢姿の女は、しがみつく輝夜をじっと見降ろして、
「……うらやましいふたり」
 ぽつりとつぶやいた。
 からからから、と乾いた音が森に響いた。
 ぱっ、と手を離した女の身体が、宙へと浮き上がる。
 ぐんぐんと速さを増しながら、女は夜の帳の中へと消えていく。
「うーらーめーしーや―――――あぁあ―――――……」
 どんどん遠ざかっていく女の声は、
「あぁ――――――――――――――ッ!!」
 ごすっ。鈍い音を最後に、途絶えた。
 後に残ったのは、びしょぬれになった悠と、その腕にしがみついた輝夜だけ。
「……ぐすっ」
 鼻をすする濡れた音が、静まり返った神社に響く。
「悠……やだよ、一人にしちゃ……」
 悠は困り顔でしゃがみこみ、濡れた手をシャツの袖で拭ってから、輝夜の頭に触れた。
「ごめんね……。大丈夫だから、ずっとそばにいるよ」
「悠……ひっ、う、わああああん!」
 せきを切ったように泣き出した輝夜を、悠は濡れた胸でぎゅっと抱きとめた。

 大人が五人くらい手を広げて、やっと周囲を囲いきれるだろうか、というほど太い幹をもち、背丈も周囲の木々に比べても抜きんでて高い、どっしりとした大木があった。
 張り出した枝葉の中には、アンゼリカ・シルヴァンの乗った小型飛空挺が隠れるように浮かんでいる。
 アンゼリカは、飛空艇の下を覗き込んで、声を張り上げた。
「ちょっと、すごい音したけど、無事―?」
 飛空艇の底には、電動巻き上げ式の滑車が取り付けてあった。
 滑車に通された太いロープには、空中でぷらぷらしながら頭を抱えた、銀枝 深雪がぶら下がっている。
「痛いです。痛いです。頭ぶつけましたっ」
 アンゼリカは、こりこりとこめかみを掻く。
「あー、ちょっと巻き上げ速度が速すぎたかもね」
「ああ……なんだか血の気が引いて寒いです……さむ……ううん、熱い? 熱いですよ!なんだろう、頭から熱さが……あっ、血? これは血なの!?」
「もしもーし、ちょっと本気でやばそうだわよー?」
「ううん、大丈夫ですよ。ちゃんと大池が見えてますよ。向こう岸には……ああ、なんて綺麗なお花畑……。アンゼリカ、わたし、向こうへ行ってみたくなっちゃった……」
「帰ってきなさい深雪。それは池じゃないわ、川よ」
 ふと、アンゼリカは真紅の瞳を大池のほうへ向け直した。
「……深雪、どうやら次のお客さんが来たみたい」
「はい?」
「流した血の分、抱きついて体温奪ってきなさい!」
 滑車のロックががくんと外れて、
「あ、わっ、いってきま――――……す」
 深雪は再び、池のほとりへと落下していった。