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絶望を運ぶ乙女

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絶望を運ぶ乙女

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第一章 届けられたモノ



「あれ? これ、ルーノ・アレエ(るーの・あれえ)って子にそっくりだ」

 小首をかしげた魔法学校の生徒が、丁寧に作られた布製のぬいぐるみが廊下に置かれているのを見つけた。拾い上げようと、手を差し伸べたとき、

「ふぁいやーぼーーーーるっ!!」

 リンネ・アシュリング(りんね・あしゅりんぐ)の騒がしい詠唱が廊下に響き渡ると、廊下がいつも以上に激しい爆発に見舞われた。

「あれれ? リンネちゃんの魔法にしては威力がいつもより強いかも……ま、いっか〜」

 黒焦げにされた名も無き生徒は、その爆発の原因が目の前のぬいぐるみであったのだと知ることなく、保健室へと運ばれていくのだった。








 ガートルード・ハーレック(がーとるーど・はーれっく)は爆弾事件が原因でルーノ・アレエが教導団に呼び出されたことを知ると、すぐさまルーノ繋がりで知り合ったものたちに連絡を取った。一斉送信したメールが一斉に帰ってきたのを確認して、ルーノ・アレエが孤独な破壊兵器ではないのだと改めて思い知った。

「アレエ……あなたの無事を、こんなにも沢山の人が願ってます」

 波羅蜜多実業高校の廃墟から、彼女はある場所を目指して出発した。



 パソコン上には、遺跡で見つけたエレアノールの日記、及び石碑に残された詩や、研究所の中にあった虫食い状態の機晶姫改造に関する書類を纏め上げたデータが並んでいた。
 幾度も見直して、青いロングウェーブが頼りなさげに肩から落ちた。
 小さくため息をついた金色の瞳をもった女子生徒は、代筆した親友の欠席届や事後提出となってしまった外出許可証を出すために立ち上がろうとした。

 携帯電話が鳴り、かけてきた人物の名前を見て電話に出る。

「……今の私たちに、一体何ができるのでしょうか?」

 ロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、開口一番携帯電話の向こうにいる緋山 政敏(ひやま・まさとし)に問いかけた。ほぼ自問自答のような声だったが、相手はしばらく押し黙り、ようやく声を電波に乗せた。

『未来を信じることしかできないさ』

 その言葉を聞いて、ロザリンド・セリナは小さく肯定の言葉を呟いた。あらかじめメールでやり取りしていた打ち合わせの確認をして、携帯電話を切った。簡単に纏めた荷物を身につけ、書類を片手に彼女は部屋を出て行った。

 緋山 政敏は携帯をポケットにしまうと、隣にいるカチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)がいまだに携帯電話でルーノ・アレエ宛にメッセージを作っているのを確認すると、リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)に小声で話しかけた。

「後は打ち合わせどおりに頼む」
「その勘……外れてるといいわね」

 短く答えると、ツインテールをたなびかせてリーン・リリィーシアは二人とは別の方向へと向かった。






 同じ頃、百合園女学院をピンク色にカラーリングされ、フリルを模した飾りがあしらわれた飛空挺が出発していた。
 ルーノ・アレエは窓から見える湖上の学院を見下ろしていたが、お茶を進められて、ようやく向かいに座る人物に目を戻した。

「申し訳ありません、桜井 静香校長」
「気にしなくっていいよ。僕にとっては、ルーノさんも大事な生徒だもの」

 申し訳なさそうに呟いた赤髪の機晶姫に、桜井 静香(さくらい・しずか)は柔らかに微笑んだ。お茶菓子にチョコレートやパウンドケーキを差し出したのは、ルーノ・アレエと同じクラスの神楽坂 有栖(かぐらざか・ありす)だ。

「私は、ルーノさんのこと信じてますから!!」

 彼女が手製のお菓子を差し出すと、ルーノ・アレエは一瞬目を丸くしたが泣きそうな笑みを浮かべてパウンドケーキを一枚手に取った。口に運ぶと、とても優しい香りが口の中いっぱいに広がる。神楽坂 有栖の手をとってお礼を口にしようとすると、彼女はさらに薄桃色のシンプルな封筒を差し出した。差出人は、同じ百合園女学院の伏見 明子(ふしみ・めいこ)からだった。

『気にしたら相手の思う壺、悪いのは向こうだから、暗くなる必要ないわよ?』
「朝一番に、ルーノさんが出かけることになったときに……渡してほしいって、預かったんですよ」

 短い文章ではあるが、伏見 明子の心遣いが伝わってくる。顔をほころばせて間もなく、ルーノ・アレエの携帯がメールの受信を告げる。折りたたみ式の携帯を開くまでの間に、幾度となく受信音がなり続けた。

「どうしたの?」

 そう問いかける桜井 静香に、ルーノ・アレエは思わず涙を流した顔を見せた。言葉で語ることができず、携帯電話を差し出し、届いたメールの数々を目にしてもらった。

「無実の証拠、すぐに見つけますからね! 朱里」
「安心して! 私もすぐに行くからね! 未沙」
「犯人は必ず捕まえて、ルー嬢の潔白を証明する。辛いじゃろうが、もうしばらくの辛抱だ! ウィッカーの兄貴」
「大丈夫ですよ。きっと何もかもうまくいくのです ユリ」
「どうか、あなたの容疑が一刻も早く晴れますように カチュア」

 一通りのメッセージに目を通すと、今度は電話がかかってきた。あわてて携帯をルーノ・アレエに渡すと、賑やかな声が聞こえてくる。

『この際だからはっきり言います! ルーノ女史、あなたには絶対負けません!』
『ってこらツヴァイ!!! アインの携帯でなに遊んでるんだ!!』

 聞こえてきたのは、如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)の声だった。ようやく持ち主であるラグナ アイン(らぐな・あいん)の手に戻ったらしく、彼女の愛らしい声が聞こえてくる。

『ルーノさん? 私たちは、別のところを調べに行きます。今回はお逢いできませんが……私、絶対真犯人を見つけますから!』
「ありがとう、アイン……私は、本当に、いい友人に恵まれました……」

 零れ落ちていく涙が、彼女が人に作られた存在であることを忘れさせる。桜井 静香がつられて泣きそうな顔になると、真口 悠希(まぐち・ゆき)がその肩に手を置いた。その手には、ロザリンド・セリナから渡された『先日の機晶姫行方不明事件から、ルーノがどこにいたのかというアリバイ』を詳細に書き連ねた書類と、映像データが入ったメモリーチップがあった。

「ロザリンドさまが、皆様が、ルーノさまを助けようと動いてくださっています。静香さまも、どうかご安心くださいね」

 桜井 静香は真口 悠希の顔を見上げると、今度は花のように微笑んだ。





 シャンバラ教導団の校門で待っていたのは、ゴーグルをつけ、ラフに制服を着こなす佐野 亮司(さの・りょうじ)だった。物々しい雰囲気の校舎内へ案内されると、応接間に通される。道中は、不気味なほど静かで他の生徒達とすれ違うこともなかった。応接間の扉に手をかけると、追いかけてくる青年がいた。

「ま、待ってください!」

 ルーノ・アレエは聞き覚えのある声に振り向いた。息を切らせて走ってきたのは、エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)だった。すぐに呼吸を整えた彼は、姿勢を正して赤と白のリボンで飾られた、小さなカランコエのブーケを差し出した。小さなメッセージカードもついており、ルーノ・アレエは「ありがとう」と、微笑みながら受け取った。
 カードの中には『皆来ているから安心して。白いリボンは禁猟区がついているから、身につけていてほしい』と書かれていた。ルーノ・アレエは無言で頷くと、ブーケの白いリボンをはずして、首から提げているガーネットのペンダントに結びつけた。

「先日の……」

 と、ルーノ・アレエが何かを口にしようとすると、エメ・シェンノートは彼女の口元に指先を当ててそれを封じた。

「今は、二人だけの秘密ということにしておいてください」
「……わかりました」
「悪いが、付き添いはここまでだ。ルーノ・アレエと、桜井校長だけこちらに」
「わかりました」

 言われるがままに、付き添っていた神楽坂 有栖たちをおいてルーノ・アレエたちは応接間を出てさらに廊下の奥へと連れて行かれる。佐野 亮司についていくと、道中、不意に彼から声をかけられた。
 
「金葡萄杯のとき、未沙と一緒にいたよな? あ、未沙ってのは、朝野 未沙のことなんだが……」
「はい、朝野 未沙は命の恩人です」
「あんまり気負わなくっていいぞ。一応取調べ自体は、簡単なカウンセリング程度だと思ってくれていい」
「カウンセリング?」
「事情聴取って言っても、取調室にカツ丼が出てくるわけじゃないさ」

 佐野 亮司の軽口に、ルーノ・アレエは小さく噴出した。その様子を見て、闇商人は改めて『爆弾をばら撒くような女ではない』と確信した。思わず、彼女の頭に手をぽん、と乗せた。

「大丈夫だ。少なくともルーノ、あんたを信じてる奴らがいるんだ」
「佐野 亮司、ご苦労だった」

 凛とした声が響き、佐野 亮司は思わず姿勢を正した。有無を言わせないアルトの持ち主が、革靴特有の靴音を立てて近づいてきた。烏の濡れ羽色をした長い黒髪きつく結い上げ、これ以上にないほど規定どおりの軍服を纏った長身の女性が立ちはだかる。瞳は磨き上げられた黒曜石のようで、堀の深い目鼻立ちが異国の妖艶な美女であるということを現していた。青白い顔は吸血鬼だからなのだろう、犬歯が目立っている。

「お初にお目にかかる、取調べ担当のランドネア・アルディーンだ。ルーノ・アレエと桜井 静香校長はこちらでしばらく話をしてもらうことになる。終了予定時刻は12:00を予定している。その後は一度昼食のため休憩を与える。その後、ルーノ・アレエと話をさせてもらう。終了予定は未定だが、休憩時間ははさむつもりだ」

 そういって、丁度目の前にあった重苦しい鉄扉のノブを掴んだ。

「その話、俺も立ち合わせてもらっていいかな?」

 話に割って入ってきたのは、トライブ・ロックスター(とらいぶ・ろっくすたー)だった。一枚の上質な紙をちらつかせながら、ルーノ・アレエに向かい赤い目でウィンクを飛ばす。その手にしていた紙を、ランドネア・アルディーンはひったくるように奪うと、そこに書かれている文面を見て鼻を鳴らす。

「蒼空学園校長の許可書か、まぁいいだろう」
「トライブ・ロックスター」

 ルーノ・アレエが以前世話になった人の名を改めて呼ぶと、彼は悪戯っぽく笑い、目を丸くしている機晶姫に耳打ちした。

「カンナ校長に土下座して出してもらったんだ」

 その言葉に、ルーノ・アレエはまた涙を流しそうになったが、扉の奥へと促されて、ぐっと飲み込んで背筋に力を込めた。その背中を見送り鉄の扉が閉じられた瞬間、今しがた歩いてきた道をばたばたと駆け込んでくるものたちがいた。

「ぜったいルーノさんわるくないの!!」
「未羅ちゃん、大きな声だしちゃだめだよ」

 修理用の工具鞄を抱えた朝野 未沙(あさの・みさ)は、興奮状態にある朝野 未羅(あさの・みら)をどうどう、と押さえながら駆け込んできたが、佐野 亮司の姿を見てぱっと顔を明るくした。その後ろから、朝野 未那(あさの・みな)が甘い香りのするバスケットを下げてのんびりと歩いてきた。

「残念だったな。12:00までは彼女に逢えないぜ」
「えええ!? 急いできたのに、残念……」

 朝野 未沙が大きくため息をついた。朝野 未那がその肩を叩いて、にっこりと微笑んだ。

「姉さん、私たちはルーノ様が疲れて出てきたときにすぐにメンテナンスしてあげられるよう、準備して待つのですぅ」
「未那ちゃん……うん! アサノファクトリーとして、できることをしようねっ!」
「そういうことだな。とりあえず、応接間で待とう。昼までの話でそんなに疲れることはないと思うけどな」

 佐野 亮司はそういってもう一度、鉄扉を振り返って見つめた。