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【4・憂鬱の小谷愛美】

 一階、二階と階段で順調にあがってきた永太、ウィルネスト、恭司、永久、紗月、シルヴィオ、グレンの計7人は現在三階で立ち往生させられていた。
 なぜなら肝心の四階へ続く階段は防火シャッターで固く遮られており、そのうえ三階の廊下は窓が鉄板で塞がれ、更になぜか一面が白煙に包まれてしまっていたからである。
 これでは一寸先も見えず、どんな罠があるかもまるで予想がつかない状態だった。
(でも、いつまでも足踏みしてちゃ誰かに先を越されちまう。やっぱ競争なら勝たなきゃだよな!)
 と、そんななかで先陣を切ったのは、紗月だった。
 彼はスキルの超感覚を使って、その超感覚状態なら障害物とかにも反応できるかな? という考えの元、走り抜けようと駆け……あっという間に白煙に隠れて見えなくなった。
 それを受けて次に永久が飛び出し、また白の中へと消える。更に恭司とシルヴィオも足の動きを再開させて突き進んでいく。
 永太はそうした他の男子生徒の恋人を求める気迫を見て、胸に不安がこみ上げるのを感じていた。
 彼の参加目的は、単にアトラクションのようで楽しそうだと思ったからで。パートナーのザイエンデを連れて来たのも、社交性があまり無い彼女に、女生徒達とのおしゃべりを楽しんでもらいたかったからというだけのことだった。が――
(もし、ザインが告白されてしまったら……)
 そんな風に考えると、もう止まらなくなっていた。
(機晶姫のザインは他人に友情としての好意を抱くことは有れど、恋という感情は今まで他人に抱いた事が無い……というか、そもそも恋とはなんなのか、理解していないんじゃないのか。そんな彼女が告白されたら、どうなってしまうのだろう)
 嫌な想像ばかりが永太の頭を駆け巡り続け、そして、永太は思う。
(ザインを誰にも渡したくない)
 と。
 思ってから、そう思うことこそ恋なのではないか? とも思った。
「……っ!」
 そこで初めて自分がザインを恋愛の対象として見てしまった事に気づき、激しい気恥ずかしさに襲われてひとり勝手に顔を赤くさせていた。
(そんな筈ない、そんなの、絶対違う、あるわけない)
 そこからは根拠の無い否定で思考を埋め尽くし、誤魔化そうとしていたが。
 心とは裏腹に、足は既にいても立ってもいられなくなり、白煙の中へと突入していた。そこにはもう企画を楽しむという目的はなく、ただパートナーの元へと駆けつけたいという思いしかなかった。
 その永太の後、グレンとウィルネストも続く形となり、全員が先へと進んでいく。
「煙かと思ったらドライアイスだ、これ。それなら……」
 突入してからそれに気づいたウィルネストは、口元でにやりと笑みを作ると、急に立ち止まりそのままなにやら詠唱を始めた。そして、
「全部まとめて、こんがり丸焦げに焼いてやるぜー!! ファイアストーム!」
「「「「「「!」」」」」」
 前にばかり気を張っていた6人は、後ろから放たれたその攻撃に対処できずほぼもろにそれを喰らう形となってしまった。
 結果、白煙……もといドライアイスの幕と、生徒Aが配置していたであろう罠の数々は見事に吹き飛ばされ、辺りは今度こそ本当に煙で覆われ、床には倒れ伏す生徒達の姿があった。
「悪く思うなよ。三十六計、逃げるに如かず! ってな!」
 そしてそのまま駆け抜けて逃げようとしたウィルネスト。だが――
「うぉあ!」
 右足首が何かにひっかかり転倒してしまった。
 超感覚と禁猟区を自分に使い、周囲警戒をしていたのだが。近くの罠は全部吹き飛ばしたものだと、油断していたのがいけなかった。
 まさか倒れ伏しながらも、永久がにこにこ笑いで針金を廊下に張っているとは思いもしなかったのである。しかもちゃんと足首の位置に張られていた。
「悪いけど、やられっぱなしは悔しいからねぇ」
「くっそ、この野郎……」
 軽く切れて血が流れる右足首を引き摺りながらも、立ち上がろうとするウィルネスト。だがそれより先に、ぐっ、と今度は左足が伸びてきたみっつもの手に掴まれた。
「はは、悪いが俺も負けず嫌いなんでね……」
「そう簡単に、進ませるわけには……いかないな」
「そっちがその気なら……こっちも容赦しないぜ!」
 比較的前方にいたおかげで被害が少なくて済んだらしい紗月、恭司、シルヴィオは、そのまま3人がかりでウィルネストにお返しを敢行するのだった。
「まぁ、これも予想の範囲内……ごふ……」
 結果、ウィルネストは叩きのめされて気絶し、
「もしもし? あぁ……今言った通りだ。俺のことは心配しなくていい、すこし休んだらそっちへ行く……」
 地面に倒れているグレンは、その姿勢のまま携帯電話をかけて現在の状況をパートナーに伝えた後、気を失い、
「俺は、ここまでかぁ。まぁ仕方ないか、な」
 永久もまた力尽きて気絶してしまった。そしてあとひとり――
「…………ザイ、ン……」
 パートナーへの思いを抱きながらも、永太は立ち上がれずに、そのまま意識を失った。
 そして満身創痍ながら、恭司、紗月、シルヴィオの3人は先へと進み出し、
「マナ、俺は必ず行くからな」
 最後にシルヴィオの言葉が、煙の中に消えた。

「ん?」
「どうかしました? 愛美さん」
「あ……べつに、なんでも」
 愛美はなんとなく誰かに呼ばれたような感じがしたが、すぐに気のせいかと頭を振った。
 今現在、愛美と話しているのはアイシス・ゴーヴィンダ(あいしす・ごーう゛ぃんだ)、シルヴィオのパートナーだった。
「それで愛美さん、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」
 アイシスは正直こういうイベントに参加することにあまり気が進まなかったのだが、シルヴィオから他の生徒と交流を持つ機会になると勧められて、参加している。
「え、なんの話――」
「だからもうそういうのはいいんです」
 アイシスの温度低めなその言葉に愛美は、ぐっ、と詰まらされた。
 傍に控えているマリエルもまた、もはや心配の域を通り越して若干の苛立ちと不安を綯い交ぜにした視線を向けている。
「すみません。でも、以前の思想と比べてこうも変わってしまうなんて、よっぽどのことじゃないかって思いまして」
 言葉の温度はやや暖かめにしつつも、追求は続けるアイシス。
 そこへメイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)も話に加わってきた。
「そんなに黄昏て、ホントにどうしたんですかぁ?」
 メイベルの問いかけと、セシリアとフィリッパ、そしてアイシスとマリエル他、多数の女生徒達からの視線を受け……ようやく愛美は重い口を開いた。
「二股をかけられたっていうのは、さっき言ったよね」
 それにマリエルは頷く。聞いていなかった女生徒も、黙ってその続きに耳を傾けた。
「相手はつい最近会った二十歳くらいの男の人で。私が一目惚れして、何度かお話して仲良くなっていったんだけど……親しくなる内に、その人が他の女の人とも恋人関係にあるってわかっちゃったの。態度とか、そういうので」
 そのときのことを思い出しているのか、やや愛美は表情を曇らせた。
「それでさりげなく問いただしたらね、これがあっさり二股を認めちゃったの。あんまり潔く言うもんだから、逆にちょっと男らしかったくらいね」
「え? じゃあどうして……」
 メイベルが不思議そうに質問をしようとしたが、愛美は手で制して続ける。
「でも、その後の言葉がサイテーだった。だって『運命の人なんて何人いてもいいじゃん。愛も恋も、自分が楽しんでナンボだろ? フッてフラれての繰り返しで、結果テキトーな誰かと結婚とかできりゃいいか位のもんだろ、恋愛なんて』って言うんだから」
「ひどいですぅっ……自分を好きでいてくれる相手に、そんなこと言うなんて!」
 思わず憤って語尾を荒げたメイベル。珍しくそんな面を見せた彼女に、セシリアとフィリッパ、そしてメイベル自身もちょっと驚いていた。
「うん、私も怒って思い切り平手打ちしてそれっきりよ。でも、翌日冷静になって考えてみたら、私もそんなに相手のこと言えた立場じゃないかもって思っちゃったの。そんな風に思ったら、なんだか恋愛とか運命の人とか、そういうのが急に嫌になってきちゃって」
 今回の発端を語り終え、そして俯く愛美。
 そんな彼女にマリエルをはじめ他の生徒達も何と言っていいかわからないでいた。愛美はその男とは違うと言うのは簡単だったが、それで万事解決するわけでもないと全員がわかっていたから。
 そこへ橘柚子(たちばな・ゆず)が近づいてきた。
「お姉さま」
 柚子はマリエルに声をかけると、にっこりと笑みを浮かべて、
「愛美はんが気になってしゃあないって顔どすなぁ。お姉さまがそんなお顔してはると、うちも悲しいどすわ……ここは、うちがひと肌脱ぐとしましょか」
「なにか、励ます為のいい方法があるの?」
「はい。うちにまかせておくれやす」
 そしてそのまま柚子は愛美へと近寄り、
「愛美はん。ちょぉ、よろしおすか?」
「え?」
「こういう時は、うちの占いを試してみたらどうですやろか?」
「う、占い……?」
「そうどす。せめて話を聞くだけでも、気が楽になるんやないかと思いますえ?」
 そうして、なし崩しに愛美を自身のやり方に引き込んでいく柚子。
「今まで愛美はんが感じていた運命の人は本当の運命の人やなかったんどす」
「そ、そうなの?」
「うちが愛美はんの運命の人を占ってみたんやけど、愛美はんの近くにいるみたいどす」
「近く? そう言われても……意外とたくさんいるけど……」
「積極的に愛美はんにアプローチしているみたいやね」
「えっ! だ、誰かな……うーんと……」
「その方は女性やて出てます、愛美はん思い当たる方いまへんか?」
「えぇっ? じょ、女性!? ま、まさかだから私は男性との恋に縁がなかったの……?」
「そうどす。今が本当の自分に気づく時どすえ。恥ずかしがらんとその方の名前を、さあ」
「あぁ、も、もしかして……朝――」
「ちょ、ちょっと待ってっ!」
 ふたりのやり取りに、慌ててマリエルが割って入ってきた。
「なんですの、お姉さま。せっかくええとこやったのに」
「なんですの、じゃないよ! なにマナを百合方向に誘導しようとしてるのっ! 励ましてって言ったけど、そっちに元気になったら別の意味で困るよ! ねえマナ、大丈夫?」
「あ、うん……でもなんでだろ、マリエルがすごく可愛く見えるよ……他にも、キレイな女の子が周りにいっぱい……」
「ちょ、ちょっと! しっかりしてぇっ!」
 その後、マリエルの必死の頑張りで、どうにか愛美が百合方面に向かうことだけは避けられたが。肝心の憂鬱問題はまだ解決しないままだった。