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黒羊郷探訪(第3回/全3回)

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黒羊郷探訪(第3回/全3回)

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第6章 復活祭

 千年祭。
 ここに集まった、ヒラニプラ辺境に住まう様々の民たち。
 今、舞台に現れたのは、黒羊の教祖ラス・アル・ハマルだ。
 高らかに語り上げる。
「ヒラニプラに古来より生きてきた民よ! よくぞ集まってくれた。
 そなたらを守ってきたこの楽園、黒羊郷の新しい千年の初めの時に、ヒラニプラにその欲深い根を下ろし始めた悪・教導団を打ち倒すのだ! 奴らがヒラニプラに根付き、我らヒラニプラの豊かな水と土を吸い上げてしまう前に!
 我らの新しい神は、血と共に生まれる。
 我らの新しい千年もまた、血と共に生み出すのだ!」
 信徒らに、民らに、声とも気とも取れぬ共振がわき上がる。
「我らの新しき神……戦の女神だ!」
 一瞬、広場は真っ暗になり、ぼ、ぼっと火がともり始める。
 ともし火に囲われた舞台に、黒の甲冑に身を固めた女性が現れた。
 ジャレイラ・シェルタンの登場であった。
 片手に血の滴る黒い羊の頭を掲げる。女の表情は読み取れない。
 民の歓声。
 古き神の死は、新しき神の誕生。
 この異端の地では、祝盃に血が注がれる。それは祝福の儀式なのだ。
 自らその血を浴びる女。
 一方の手に、黒い炎が浮かび上がり、輝く剣となる。
 北を指す。――あの、切り立つ山脈の向こうに教導団の本拠がある。
 民は睨みつける。
 剣は次に南を指す。――我らの軍は、まずシャンバラ大荒野を目指すことになる。今こそこの我ら古の民が立ち上がり、この地を出で、我らの世界をおびやかそうとする悪を滅ぼすのだ。
 最初に討つべきは、第四師団。
 手に武器を取り、声を上げる民。
 教導団を、倒すのだ。



6-01 儀式のあと

 信徒らは、異様な高揚に包まれていた。
 黒羊郷の正しき戦いのために戻ってきた者たちを、これから戦いに身を投じていく信徒たちを、新しき神が祝福してくださる。
 信徒らは祭壇の間に伸びる列を作った。
 そんな中に複雑な面持ちを浮かべて参列しているのは……
 琳 鳳明(りん・ほうめい)だった。
 黒羊郷を訪れた巡礼らと共に、正装を纏い、間近で儀式を眺めた琳。もっとお祭りのようなことなのかと思ったら、異郷の血生臭な儀式にもショックを受けたし(あの、黒い羊の頭って……)、あのような話を聞いて後では……教導団の一員でもある、私は……。琳は、表情を暗くする。
 それでも、ここまで来たのだ、新しい神に会ってみようと思った。
 無論、あんな話を聞いて、それで立ち上がる信徒や民たちの姿を見て、教導団員として、和平交渉、なんてできるわけはないか……と思った。戦争に、なるのか……遠征軍というのも、そのための遠征軍だったのだろうか。琳は思う。
 それに……あの女の人。表情は読み取れなかったけど、どことなく、悲しい感じが、した……?
 琳は、寒村で捨て子だったのを拾われ、育ての親に恩返しする為に教導団に入った、という過去を持つ。何故だろう。そのことを何故か、ふと思い出した。私に響くものがある気がするのは、あの人にあった何らかの過去が……それは、考えすぎだろうか。女には、何かが欠けているという気もしたのだが。
 でも、「……もし恐い人だったら……うぅぅぅ、あんまり考えない方がいいかな」
 琳は、列に並ぶ前に、一度携帯で、パートナーのセラフィーナ・メルファ(せらふぃーな・めるふぁ)へ連絡をしておいた。
「本隊への報告は、セラさんに任せちゃおう! 私、報告とか上手く喋るの苦手だし……。それに、私に何かあったら……」
 パートナーのセラフィーナは、
「さて、何事もなく鳳明のいつもの下手な報告が聞ければいいのですけど。
 正直、彼女に敵方の神様との面会などして欲しくはないのですが、体を張っている鳳明の為にも、ここは彼女を信じないといけませんね。
 ワタシはワタシの仕事をキチンとこなしますか」
 黒羊郷の方を見、琳のことを祈る。
 ……
 だいぶ長い時間が過ぎたが、面会の順が近付いてきた。
 まだ後ろに多くの信徒らが並んでいる。今日、面会に適わない者は、この場で泊まって翌日を待つという。さすがにそれは……でも、もうすぐか。琳は、前の方を見る。やがて、祭壇の間へ入っていく。



 風次郎弓月は、遠くから儀式を見終わると、広場を一旦出てきた。
 街には、装備に身を固めた黒羊の兵らが、パレードを行っている。どれだけの数だろう。
「何てことだ。まさか、このようなことであったとは……」
 さしもの風次郎も、いささか、言葉をなくしかけている。弓月も、これから起ころうとしていることを思うと、不安な面持ち。いや、もう戦争は起こってしまった、とも言える。ここにいる兵や辺境の民族が一丸となって、教導団と争うことになるのだろう。
「それにしても、あの女が手につかんでいた首、あれは、……アンテロウム副官……」



6-02 面会

 神への面会、とは言っても、信徒らはいっぱいな気持ちを、賛辞として述べたり、戦いへの決意を誓うといった具合であった。新しい神にまみえるということが、彼らには重要なのだろう。
 琳は、ジャレイラを見つめてみる。
 神となった女性。でも、この女性は、私たちと同じように、たとえば学園生活を楽しんだり、友達と語り合ったりしてもいいような、そういう年頃の、女の子である、とも思える。神とされた者に対し、そのようなことを思うのはいけないのかも知れないが。でも、何がいけないのだろう、という気もした。神にされた、神に祭り上げられただけ……ではないのか。
「あ、あ……」
 琳はもともとの性格もあって、うまく言葉を切り出すことはできない。
 ジャレイラも、琳の方をただ見つめている。す、っと手をかざしてくる。祝福、か何かなのだろうか。
「戦争ってやっぱり……お、終われるのがいい、よねっ、……」
 そんな言葉で精一杯だったが。
「定められた戦いだ」
 ジャレイラが答えた。
 教導団を倒すことで……? 琳は、もう一度ジャレイラを見る。どこか……見透かされているような。悟りのような、悲しみのような。
 ジャレイラはそれ以上は何も言わず、すっとかざしていた手のひらを下げ、目を閉じた。
 琳も、他の信徒がしたように深々と頭を下げ、その場を去った。
「……」
 琳が、何を思ったらいいのか、わからぬまま、間を出て行こうとしたとき、後ろで信徒らの声が上がった。悲鳴とも驚きともつかぬ声、声が上がる。
 琳が振り向く。
 列に並んでいた正装の男の一人が、壇上にいるジャレイラに向かって飛びかかっていく。
 その手には、ナイフが。



 するべきことはわかっていた。
 先、あれだけの民の前で、それが述べられたのだ。
 教導団に害をなすようなものであれば……
 この場で殺そう。
 ルース・メルヴィン(るーす・めるう゛ぃん)は、懐に隠したナイフを鋭く光らせ、黒羊軍を束ね教導団に挑むことになろう新しき神ジャレイラに向け、踊りかかった。(相手は女性だが……教導団の命運には変えられない。)
 女は信徒らにするのと同じふうに手を掲げ、目を閉じる。
「どうか私めにご神託を授けてはくださいませんか? そして、あなた様は今後その世をどうするべきだとお考えかお教えください」
 儀式の後に神に会えたら……そう聞くつもりだったが。
 もはや。
 女のかざす手に、光が集まり、黒い炎の剣が立ち現れる。
 これは、光条剣……か。
 ルースの投げたナイフが、灰になって落ちた。ルースとジャレイラの目が合う。
 ルースはそのまま、祭壇のしたへ飛んだ。
 目を丸くする信徒らの表情が、憎しみの色に染まってくる。ざっ。ざっ。
 ルースは、出口の方へ走った。
 琳はもちろん声をかけるわけにもいかず、走り去るルースを見送るばかり。それを信徒らが追う。兵も集まってきた。捕えろ! 八つ裂きにせよ! 声が飛び交っている。
 ルースは走る。
 たとえしくじったとしても、オレは身分を隠している。オレと教導団のつながりを示すものは一つもなし、教導団に迷惑はかからない。ただのおかしな男がいたで終わるはず……捕まらなければ……捕まれば、死……



 広場の近くにしばらく待機していた風次郎。
 何やら、広場の方が騒がしくなる。
 もしかして……今頃、考えていたテロでも起こったか。今や敵とわかった者らのためにテロや暴動を鎮めるというのもおかしな話だが、とは思いつつも、気になったので、刀をしっかり持つと、風次郎は広場の方に走った。
「おい、脇道の方に入ったぞ! 新しき神を狙った。許せない、絶対に捕まえるのだ!」
「裏切者だ!」「スパイだ!」
 こっちか。風次郎は、建物の屋根に登り、それを伝って移動する。
 細い道を走って逃げる男。
 追ってくる信徒たち。
 細い道の前方にも、黒羊の兵が立ちふさがった。
「駄目か……!!」
「……ルース?」
 風次郎は思わず、逃げる男の進行方向を防ぐ兵らに、上方からツインスラッシュを放った。
 男は、倒れた兵の合い間を縫って、街の外へ向かい、逃げていく。
「さっきのはルースだよな……。む、まずい」
 風次郎はすぐに、身を隠した。