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黒羊郷探訪(第3回/全3回)

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黒羊郷探訪(第3回/全3回)

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6-03 脱出(1)

 神の儀式が済んだ後、信徒らの神への面会が行われる一方で、教祖ラス・アル・ハマルは、千年祭に呼び寄せたヒラニプラ南部勢力の首脳たちとの会合を開く。
 南部勢力の各首脳らも、あの決起の様子を間近に見て、また威容整然たる黒羊旗の軍勢の進軍を見せられ、これに歯向かうことは……と思い詰めていた。
「さて。よくお集まり頂いた。……我らの側に付き、教導団と戦う意志は固まりましたかな?
 いや。我らと共にこの地で生きてきたあの民たちの立ち上がる様を見て、よもや……指導者たるあなた方が」
「しかし、な」
 言葉を放ったのは、三日月湖一帯に勢力を張る湖賊の頭。シェルダメルダだ。
「今までも話してきたことだけれど……どうして彼ら教導団と共存する道がない。
 文明や文化は否応なく発展していくものだ。それに伴って問題は様々と生じてくるし、生き方も変えていかなくちゃならないだろう。このヒラニプラの南で、苦しい生活を送っている者はたくさんいる。あたしらが何もせず今までのままでいても解決は来ない。
 新しい千年か。それは、血から始めるのではない手もあった筈。教導団のやり方に気に食わない部分があるのは、多かれ少なかれ皆そうだろう。教導団と話し合い、彼らの方でもそれを変えていくってことがないわけじゃないだろう。少なくともあたしら湖賊はその道を選びたいね」
 幾らかの者が、賛同した。
 部屋に侍っていた兵らがにじり寄り、刃を向ける。
「……そうかい。最初から、話し合いの場じゃなかったってわけだね。ここは」
「まとめて死んでもらおう。今後、我ら黒羊郷が南部勢力をまとめていくのに都合がよいのでね」
 扉を蹴って入ってきた者が、ひゅ、と飛んで、上座に座する教祖ラス・アル・ハマルの後ろに下り立った。剣を突きつける。
 樹月 刀真(きづき・とうま)だ。
「武器を下げろ。……頭。早くここを」
 兵らは、慌しく剣をおろし、「さ、下がれ、下郎!」「教祖さまぁ……!」わめき立てている。
 南部勢力の者らも、慌てふためきながら、部屋を出て行く。「し、しかし……どうすればいいのだ。ここを逃げられるものか!」「ハマル殿すまぬ。許してくれ。我らにもう、貴殿に反対するつもりはない。どうか……」
「早く、出るんだ」
 兵の一人が、脇の非常扉を手を伸ばそうとする。すかさず、ソニックブレードを撃ちこむ。兵が倒れる。再び、教祖の喉元に剣を。「……動くな。全員、剣を下ろせ」
「湖賊殿は、優秀な護衛がいらっしゃる。どうじゃ、わしの部下にならんか。ふはは。
 ……小僧。貴様も剣を下げよ」
 教祖の手に、邪気の塊が出でる。
「!」
 刀真は、飛びのく。
 兵が一斉に、刀真に襲いかかる。
「ひっ」「ひゃぁぁ」逃げ去る主導者ら。一人は、部屋の中に走ってきた。「ハマル殿! 我らの国は、あなた方に敵対せぬ!」
 ラス・アル・ハマルの放った邪気がその者を撃ち抜いた。
 刀真は一人、二人と兵を切り伏せ、部屋を出る。
「頭……ともかく、外へ。月夜と玉藻がすぐに来る」
「刀真……!」
「早く」後ろから来た兵を、また切り伏せる。



 建物は、広場の舞台の後ろに聳える黒羊の巨大な要塞だ。
 逃げる者らを、近衛兵らがうじゃうじゃと追ってくる。
 南部勢力の諸侯らに混じっていた幼い一人が、逃げ遅れる。その後ろ、剣を振りかぶり迫る兵。
「!」
 刀真は振り返り、ソニックブレードを。間に合わないか。まだ幼い少年ではないか。
 刀真は迷わず剣を振るう。すんで、兵が倒れる。
 駆けつける、刀真。
 すぐに十数の兵が、剣を抜いて向かってくる。
「刀真!」
「頭……他の皆を導き、先へ」
 そこへ、
「王子!」
 山高帽の男が下階から舞い込んできた。
「誰だ?」
 腰布の下からクナイを抜き撃ち、兵を一人二人倒していく。
「お願いだ。その子を」
 男は、兵の群れに突っ込んでいった。見事な剣技で敵をなぎ倒していくが、とても押し切れる数ではない。刀真も共に結ぶが、
「頼む。我々の王子なのだ。早く連れて逃げてくれ!」
「……わかった」
 刀真は、泣いているその子の手を掴み、駆けた。男は次々に斬られ、やがて倒れる。
 刀真が階段に達した時、階下から大勢が駆け上がってきた。
「しまった……!」
 しかしそれは正規兵のようではない。ヴァルキリーや、機晶姫や、曹豹なんかもいる。
「王子!」
「君らも、先の男の、仲間……?」
「大将殿はどうした?!」
「……勇敢に戦われた」
「!」「何と」「今は、とにかく……!」
 彼らは武器を抜き、追ってくる兵に立ち向かう。
 そこへ更に、
「皆さん、どいてください! ここはこいつで一気に……」
 三人が、巨大な箱を持ち運んでくる。
 箱の中では……
「嫌な予感がします」
 踊りかかってくる兵らの前に、箱を置いたのは……。着火。
「ああっ ひどいぢゃないですかお父さん」
 ちゅどーん
 青 ノニ・十八号(せい・のにじゅうはちごう)は、爆発した。



「玉ちゃん、あれ何?」
「ん……」
 爆発音がし、黒羊要塞の尖塔の一つが燃え上がり、ぶっ飛んだ。ばらばら、破片が落ちていく。
「……」「……」
 やがて、港方面へ通じる要塞出口のあたりが騒然となり、警備兵が集まり出した。
 出口から、十数名が出てくる。シェルダメルダの姿もある。
 出てくるなり、兵に取り囲まれた。
「ここまでだ。南部勢力の主導者どもだな。殺していいと聞いている」
 剣を抜く兵たち。
 逃げ戻ろうとするが、内部からも、兵が追ってきた。
「あちっ」
 包囲の一端で炎が巻き起こり、兵らが後ずさる。
「き、貴様ら何者だ!」
 両の手に炎を掲げている、玉藻 前(たまもの・まえ)だ。
「玉ちゃん、殺すのは……」月夜は言うが、この状況だ。
「月夜が煩いからな。警告だ。刃向かうなら焼き殺すぞ」
 しかし。兵らの数名が、剣を抜いたまま、玉藻に歩み寄ってくる。残りは、剣を振り上げ、首脳らに襲いかかった。
「ひぃ!」「ぐぎゃぁぁぁ!」
 たちまち、取り囲む兵らに炎が飛び移った。
 警告したのに。とばかりに、しかしこうなって今は、炎に包まれた中、不敵に笑みを浮かべる、玉藻。
「我が一尾より煉獄がいずる」
 玉藻に生えた尾が、炎を帯びて燃え盛っている。しゅんっ。残っていた兵にも、尾が巻きつきすぐ炎に巻いてしまう。
「な、なんだ!」「魔物……」
 後方から追いついた兵らが、玉藻の姿にたじろいでいる。
 その兵らをなぎ倒し、小さな子の手を引いてきた者。
「刀真!」
「船は……」
「大丈夫。準備できている。早く、こっちへ……!」
 刀真らは、首脳らを先に行かせ、港の方へ走る。
「しまった。奴ら、湖賊の連中か。水路を塞ぐように……ぐゎ!」
「待ってくれぇぇ!」
 曹豹らだ。青、黒、シラノが黒焦げになった18号を抱えている。




6-04 脱出(2)

「マ、マリーア!」
「ご、ごめんっ。出店で食べてたら、遅くなって……」
 港からはあまり離れずに回っていた橘 カオル(たちばな・かおる)だが、玉藻らから、どうやら緊急事態になったようだと聞いて、すぐ船の方に引き返し、湖賊の乗組員らに伝えた。
 船は、もう逃げ出せる準備は整っている。
 湖には、黒羊側の軍船がちらほらと見える。
 大丈夫なのか。
 港部には、警備兵などの姿は多くない。だがおそらく、事が知らされることになればすぐにも。カオルは、木刀を取り出しておいた。
 一度、爆発音がして、要塞の尖塔に煙が上がった。
 やっぱり何か……やらかしたな。カオルは思う。
 そのうち、陸の方が騒がしくなり、また、離れて停泊している軍船のあたりでも、何か動きがあるようだった。
 やがて……刀真たちが来た。
「なんかぞろぞろと……あんなにいたっけ??」
 更にその後ろ、兵が追ってきている。
「橘……!」
 刀真は、カオルと並ぶ位置で、向きを変え、剣を構える。カオルも、木刀をするりと抜いた。玉藻もそこに並ぶ。
「橘カオルは早く船へ行った方がいいぞ」
「何。オレの木刀さばきを見せてやるさっ」
 乱撃を加える刀真。
 身軽な身のこなしで、敵を叩き伏せていくカオル。
「おお橘カオル。やるではないか」
「ははっ! どうだい」
「でもまだまだだ」
 玉藻の炎が、一気に敵を焼き払う。
「へっ……めちゃめちゃ強い……」
「刀真、玉ちゃん! それに橘カオル! 早く、もう皆、乗ってる。それにあっち」
 月夜が、船から指し示す先。軍船が、動いて来ている。
「げっ」
 一通り敵を打ち払うと、刀真、玉藻と船に飛び乗っていく。
「何やってんのーっ。カオルーーっ」
「てや!」
 ぼかっ。起き上がってきた兵を一打ちするカオル。まだ、続々と来る。急ぎ、船に飛び移る。
 港を離れる。
 湖賊の船足は速い。
 矢を射かけてくるが、もう届かない。軍船も……このまま行けば、振り切れる。が、問題は、この先にはあの強大な水上砦があることなのだが……。



 黒羊郷を一望する丘に出た、ウォーレン
「着いたぜ☆ ここが、黒羊郷か……!」
「ええ、無事抜けましたな、主」
 東の谷を抜けた彼の横にいるのは、清 時尭(せい・ときあき)
 後に流した前髪を頭の後ろで結っている。体格のいい獣人だ。その綺麗な髪が、風に揺れる。
 旅の途中のウォーレンに出会い、雪の中、彼を励ました。地図の収集家という一風変わった趣味のある獣人。辺境の地理には詳しい。だが、彼も黒羊郷に入ったことはなかった。人々が、黒羊教に何を求めているのか。「何か救済してくださるので?」それを、ウォーレンと共に旅するこの機会に問うてみたかったのだが。
「なんだ、あのでかい要塞……燃えているじゃないか?
 祭りの一環なのか? というか千年祭っていうのは……こんな派手な祭りなのか」
 しばし、そのまま眺める二人。
「む。小さな船が出て行きますな。その後に続いているのは、軍船……?」
「なんだか、物騒なところに思えるぜー」
 丘の下の方から、誰かが駆けてくる。
 それは……
 ルース?!
 確かに……獅子小隊の、ルースではないか。やはり、彼も無事黒羊郷に辿り着いていたんだ。こんなに早く会えてよかったぜ、とウォーレンは胸を撫で下ろす。
「ルース……!」
 だけど、ぼろぼろだ。ローブがはだけ、それに肩に背に、矢が突き立って……?
 ウォーレンは駆け寄った。
「ウォーレン……オレは、た、助かったんですね……」
 そう言って、ルースはウォーレンに寄りかかり、倒れる。
「な、ルース? 何があったんだ?」
「いや、まだ、です……ひとまず、逃げ……。……」
 ルースは、気を失った。
 すぐに、超感覚が危険を悟る。
 丘を駆け登ってくる、多数の兵ら。黒い甲冑。黒羊の兵だ。それに、黒いローブの信徒ら。
 ルースは、何をしたのだ。ルースは、何を見てきたのか……
 黒羊郷。ここで何が。
 だけど、今は。
「主、ゆっくりしてられないようですな」
 時尭が、ルースを背に担ぐ。
 ウォーレンは、弾幕援護を放ち、三人はその場を駆け去った。



6-05 脱出(3)

 燃える、水上砦。
「はっはっはっ、は。燃えろ、みな燃えちまえっ」
 燃えてゆく水上砦の高みで高らかに笑う青年は、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)だ。
 隣で腕組みするオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)
「おぉぉ。船が戻ってきたな!
 飛び乗るぞ。とぁっ」
「これでシェルダメルダのねーちゃんのハートゲットしたじゃん! たぁっ」



 ざぶーん。
「何か川に落ちたね……。しかし、見事に燃えているねぇ。まるっきり連環の計かい」
 焼け落ちる水上砦を縫って、川下へ逃げる湖賊船。軍船も何もかも燃えている。
 残った兵らが、陸の方から追ってくるが、追いすがれる筈もない。
「黒羊側も馬鹿だね。だけど、こいつら、まだ近年の俄仕立てによる水軍だからねぇ。だけど、同じように陸の教導団にも、こんな計を謀れる者がいたってのは、驚きだね。ねえ光一郎?」
「あたりまえだぜ!」
 さぶーん。
 光一郎、オットーが川から上がってきた。
 湖賊の船は、水上砦を離れてゆく。
「借金は帳消しにしてやるよ。いや……感謝してもしきれないね」
「しおらしいとこあるじゃん」
「やっぱり、沈めてやろうか。……ほら、褒美だよ。チョコ」
「【2020VD シェルダメルダ】キタ―――――!!」
 南臣。彼は水上砦で途中下船していたわけだが。湖賊の船倉を開け放った酒とご馳走を持ち出して。千年祭の差し入れとして、祭に行けない黒羊の警備兵らと宴会を開いた上で、船と船、船と砦とを鎖で結ばせてしまったのだった。
「船酔いと酒酔いでダブルで揺れるなら、鎖で繋げ!
 こまけぇことぁいいんだよ!!」
 ……
 兵は、そのうち追うのをやめ、水路を追ってきた軍船も、水上砦の炎上で足止めとなったようだ。
 危機は脱した。
 だが、もっともこれで、湖賊は完全に黒羊郷と対立することとなったのだが。とりわけ黒羊水軍との因縁はここに始まった。これで一度は壊滅寸前にまでなった黒羊郷の水軍だが、勿論、すぐに立て直してくるだけの財力があるだろうし、今度はこのようにはいかないだろう。
 また、南部勢力の首脳らに対し、南臣は……
「渡し賃を出せじゃん」
「は、はあ……?」
「いや、我々は命を助けてもらっているんだ。仕方なかろう。渡し賃というか、無論礼はする」
「それより、この男、湖賊か? そうでもないようだが……」
 シェルダメルダが来た。「何してる!」
「何してるって、湖賊として船賃取るのはあたり前じゃん」
「あんた湖賊になったんだね」
「……」「……ほら、やはり」「まあ、お頭殿。とにかく、我々はあなた方にこれで借りができた。お返しはせねば」
「な。そういうことはちゃんとしとかねぇとな。じゃあ、今度は俺様の方から……」
 な、なんだ? 首脳らは、南臣から、何やら押し付けられた。
「えぇっと……゛みなみおみ120万石参加願゛……ほう……これは、これは……」
 南臣をじぃーと見る首脳ら。
 俺様の打ち立てた、黒羊郷に代わる南部勢力を糾合する幇会組織。みなみおみ120万石!
「さぁ早く署名・血判しろじゃん」
「……」「……」「……」
 紙に書いたところで空手形。これで満足する程度なら上に置いても御しやすい。と思わせたなら俺様の勝ちじゃん。
 南臣とヒラニプラ南部勢力との因縁もここに端を発すことになるのだった。



 何処まで続くのだろう……?
 暗闇を行くナガンに、黒羊教の邪念なのか、それとも闇自身なのか、ナガンの無意識に呼びかけ、問いかけてくる。
「私の胎内に迷い込んだ者よ。貴様は教導団の者か?」
「何? 教導だと? まさか」
 ……
 何だったんだ。
 闇の中には、静寂があるばかり。気のせいなのか。ナガンは進む。
「しかし、貴様はやはり教導団のにおいがする」
「はぁ? 何なんだって。どんなにおいだよ。それよりくさいくさい、そっちの方こそ何者なんだよ!
 邪教の集まりなんだろ?」
 ……
「……やばいな。おかしなところに来ちまったみたいだぜ」
「邪教だとな。
 教導団の方こそ、邪ではないのかな。貴様らのやっていることは……」
「何度言わせんだ。このナガンは教導は嫌いなんだよ。教導……昔のことだ。
 もちろん、奴らに正義があるなんて思っちゃいねェよ。自分の思う正義をしているだけだぜ」
 ……
 早いとこ抜けちまわないと。
「貴様の思う正義とは何だ。
 我々もまた、我々の正義に従い動いているのではないかな?」
 何だ、こりゃぁ頭がおかしくなりそうだ。
「ええぃ、失せろ!」
 …………
 ナガンは、薄暗がりの地下道らしい一角に出た。後ろを振り向いても、ただの壁だ。洞窟のような場所だった。
 勾配になっている下を覗くと、黒ローブ姿の信徒らしい者たちが、ぽつぽつと細い通路を行き交っている。信徒の居住区にでも迷い込んでいたのだろうか。
「黒羊郷……一体ここは何なんだ?」