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リアクション
「よし、行こうぜセシー!」
「うむ、いくぞえレイ!」
和気藹々と声を掛け合い飛び出したのは、レイディス・アルフェイン(れいでぃす・あるふぇいん)とセシリア・ファフレータ(せしりあ・ふぁふれーた)だ。廊下で蠢くクッキーマンへと、二人は先を争うように駆けていく。
「うおお、動いたぞえ! こ、これも食べられるのじゃろうか!?」
二人に反応してぐらぐらと蠢き始めたクッキーマンに、セシリア・ファフレータが興奮気味に声を上げた。同じくはしゃいだ様子のレイディスが、一足先にクッキーマンへと飛びかかる。
「頂きっ!」
先頭の一体の肩へ噛み付き、素早く噛み砕いて離脱する。セシリア・ファフレータは怯んだ一体の腕へ噛み付き、同様に地を蹴って飛び退いた。クッキーマンの動向を警戒しながらも、もぐもぐもぐ、と二人は口内のそれを咀嚼する。しかし次第に二人の表情は曇り、レイディスはふるふると肩を震わせ始めた。
「この菓子を作ったのは誰だー!!」
張り裂けんばかりの大声で叫び、レイディスは剣を抜いた。間近な一体へと放たれた爆炎波がクッキー同士を接合するチョコレートを溶かし、虚しく崩れ落ちたクッキーマンの亡骸へセシリア・ファフレータが手を伸ばす。
手は、まずい。
じゃあ次は足。まずい。
ならばと胴体。まずい。
ええい頭じゃ。まずい。
怒りに燃えて剣を振るうレイディスの傍ら、テンポよく次々と口を付けていくセシリア・ファフレータの動きが止まった。
「こんなまずいお菓子が食えるかー!?」
一拍置いて高らかに怒声を上げたセシリア・ファフレータは、拳に火術を纏うと未だぴくぴくと動いていた残骸を殴り飛ばした。
「騙されたのじゃー! ええい女将、違った作った奴を呼べじゃ! レイ、遠慮はいらぬ! なぎ倒すぞえこやつら!」
怒鳴りながら後退するセシリア・ファフレータの剣幕に、同様の勢いを持ってレイディスは「おう!」と応じる。
「大体、ドーナツが塩辛ぇって何があったんだよ!?」
遠当てで近付くクッキーマンを退けながら、セシリア・ファフレータを庇うように位置取り剣を振るうレイディスは、憤りを露に声を上げた。最早、当初の目的であったスペシャルお菓子は眼中に無い。うようよと押し寄せるクッキーマンへ、セシリア・ファフレータの放つファイアストームが襲い掛かった。
しかし、数が多い。広い廊下をのしのしと歩むクッキーマンの群れの勢いに、次第にレイディスは押され始める。
そこに飛び込んだのは、何やら容器を手にしたアレフティナ・ストルイピン(あれふてぃな・すとるいぴん)だった。目を輝かせ、二人の倒したクッキーマンへと駆け寄る。
「クッキーの踊り食いなんて、一生の思い出です。ヴラドさん、ありがとうございます!」
満面の笑みでそう言い放ち、アレフティナは持ち込んだチョコソースを未だ小さく動くクッキーマンへと掛け始めた。ソースに覆われたそれへ、嬉しげに歯を立てる。
クッキーマンの酷い味もチョコソースによって幾らか緩和されたらしい。表情を歪めるでもなく、笑顔のままにアレフティナは次々クッキーを口へ収めていく。
「こんなに食べられたがってるんですから、私が全部食べてあげます!」
「危ねぇ! ったく、何で俺がこんな……」
しゃがみ込んでクッキーマンを食べるアレフティナの頭上、不意に落ちた影を、スレヴィ・ユシライネン(すれう゛ぃ・ゆしらいねん)の血煙爪が弾き飛ばした。体勢を崩したクッキーマンを、レイディスの剣の一薙ぎが切り倒す。
ぶつぶつと文句を言うスレヴィをきょとんと見上げたアレフティナは、一拍置いて理解したとばかりに手を打ち鳴らした。
「スレヴィさんもどうぞ!」
「ホワイトデーだと? ふざけんな一個も貰ってねー……うっ!? げほっ、ごほ……マズイ! 粉っぽい! やり直し!」
苛立たしげに不満を零していたスレヴィは、予告も無く口内へ押し込まれたクッキーに息を詰めた。げほごほと噎せた後に、製作者には届かない怒りの声を上げる。その頃アレフティナの視線は既に彼から離れ、興味津々にチョコソースを覗き込むレイディスとセシリア・ファフレータの二人へと向けられていた。
「ふむ、まだマシになるのう」
「食えないこともねぇな、っと!」
ソースの掛かったドーナツを複雑な表情で食べながら、レイディスはさり気なく迫るクッキーマンの腕を切り払った。そこにスレヴィがもう一撃を叩き込んで体勢を崩し、倒れ込んだクッキーマンをセシリア・ファフレータの放つ炎が呑み込む。魔法の施された屋敷が焼けることはなかったが、敷かれたカーペットは今や見るも無残な様相を呈していた。
「スペシャルなお菓子ってこれ? ……な訳ないよなあ、っと!」
焦げ臭さの漂う空間から少し離れた場所では、壁を破って飛び出したクッキーマンと戦う城定 英希(じょうじょう・えいき)の姿があった。彼の一歩後ろでどことなく嬉しそうにダウジングロッドを翳すミュリエル・フィータス(みゅりえる・ふぃーたす)は、「この奥で間違いない……と思います」と呟くように言い、英希の後ろへ隠れる。ドラゴンアーツを駆使してクッキーマンの腕を殴り飛ばす英希の背後に隠れて時折こっそりと攻撃を仕掛ける彼女は、次第に英希が押され始めたことに気付いていた。
「何でこんな、……っ、わ」
薄らと余裕の笑みを浮かべたままの英希の額を、冷や汗が一筋流れ落ちる。強い。本来後衛である彼にとって、クッキーマンの腕力は予想以上のものだった。ミュリエルの支援があっても、押し返せない。そうこうしているうちに不意をつかれて足を払われ、英希は仰向けに転倒した。その上に、クッキーマンの巨体が覆い被さる。
「っ! そんなの、入らな……ッ!」
振り上げられたクッキーマンの手らしき丸いクッキーが、じりじりと英希の口へ近付けられる。抵抗も空しく齧らされたその苦味に眉を顰めつつ、英希は何とか口内のそれを噛み砕き飲み下した。
「げほっ、げほっ……苦ぁ……」
苦悶に面持ちを歪める英希へ追い打ちを掛けるように、次々とクッキーマンの腕が口へと寄せられる。僅か悔しさを滲ませ歯を噛んだ英希は、助けを求めるようにミュリエルへと視線を送った。
「ミューさん、手伝っ……」
「手伝い……ええ、喜んでお手伝いさせて頂きます」
強気に細めた双眸を崩さず、「助け」ではなく「助力」を求めた英希に、クッキーマンへと齧り付いていたミュリエルは首肯を返した。歩み寄るミュリエルに安堵を覚えて目元を緩めた英希は、次の瞬間目を見開く。
「そういう意味じゃ……ッン、む……!」
大きすぎて収まりきらないクッキーをミュリエルの手が砕き、何を思ったかそのまま英希の口へと押し込む。ばたばたと四肢をもがかせる英希は、次々口内へ侵入するクッキーを必死で飲み込んでいく。
「もう、無理……入らな、ん……っ」
弱々しい言葉の途中で割り込むクッキーに苦しげに瞼を閉ざす英希を、どこか嬉しげなミュリエルの双眸がぼんやりと眺めていた。
「……おや。どこかでお会いしたことが……」
その頃広間を楽しげにうろついていたヴラドは、耳に届く呼名の声に反応して顔を向けた。彼の瞳に映るのは、以前屋敷で言葉を交わした覚えのある神無月 勇(かんなづき・いさみ)。しかし、その以前と異なった雰囲気に、ヴラドは困ったように首を傾げた。
「勇は壊れてしまったんだよ……薔薇学の奴らのせいで……」
勇の傍らに立つミヒャエル・ホルシュタイン(みひゃえる・ほるしゅたいん)が囁くようにそう言葉を添え、ヴラドは一層疑問気に首を捻る。基本的に屋敷に篭りっぱなしのヴラドは、世界で起こっている事件を全くと言っていい程に知らなかった。
そんな彼へ、ふらりと覚束ない足取りで、勇が歩み寄る。ヴラドを見ているようで見ていないような虚ろな瞳に、ヴラドは怪訝と目を細めた。問うように向けられた視線に、ミヒャエルはくすくすと笑声を立てる。
「信じていた友人に裏切られ、迫害された結果がこれさ。ねぇ、こんな学校に本当に入りたいの?」
「…………」
未だに状況を把握できないヴラドは、ミヒャエルの言葉を理解しようと必死に耳を傾ける。油断し切った彼の正面に、不意に割り込む影があった。それを認識するとほぼ同時に、唇へ柔らかな感触が重ねられる。
「……!?」
「快楽で……何もかも、忘れさせてくれ……」
勇に口付けられたのだと、理解した途端にヴラドの体は大きく後ずさっていた。どこか蕩けた勇の声音に、惚れ薬を服用しているのだろうと察する。困惑を露に助けを求めるヴラドの視界に、しかし人ごみに紛れたシェディの姿は映らなかった。
「申し訳ありませんが……想い人がいるもので」
当たり障りなく拒否を試みるヴラドへ、上衣を肌蹴た勇が緩慢に歩み寄る。晒された彼の白い肌に本能を刺激されながらも、唇に残る余韻を振り払うように緩く首を振る。
その直後、背が壁に触れた。迫る勇から逃れる術も無いまま、柔らかな彼の唇が首筋へと寄せられる。触れる呼気の温度にヴラドの鼓動が高鳴り、勇の繊細な指先に本能的な衝動が込み上がる。間近に映る勇の白磁の肌に手を伸ばそうとした刹那、首筋へ触れる硬質の感覚にヴラドは息を呑んだ。
「やめなさい!」
「オマエが止めるですよお馬鹿さん!」
ヴラドが焦ったように声を上げた刹那、すこん、とその即頭部へ何かがぶつかった。きょとんと目を瞬かせるヴラドの腕を、ぐいと強い力が引き寄せる。
「見るですよ、このチョコ! 素材は悪くねーですのに直接火にかけたせいで脂分が分離して、食べられたもんじゃないですよ!」
つんのめるようにその場を逃れたヴラドの目には、シルヴィット・ソレスター(しるう゛ぃっと・それすたー)が手にしたチョコレートの亡骸をぐいとヴラドの鼻先へ突き付け、猛烈な抗議の声を上げる姿が映し出された。呆然としたヴラドの様子がお気に召さなかったらしい、シルヴィットは畳み掛けるように言葉を続ける。
「いいですか、『表面が白くなる事がありますが食べられます』なんてただの方便です! そのあとにちゃんと『風味が劣る事があります』って書いてあるですよ! つまりヴラドはおいしかったチョコの風味を劣らせてしまったわけです!」
肩をいからせて喚くシルヴィットの後方では、ウィルネスト・アーカイヴス(うぃるねすと・あーかいう゛す)がもそもそと端からお菓子を平らげていた。彼を指さし「美味しそうですよ」と告げるヴラドに、シルヴィットは目を剥く。
「ふざけるんじゃねーです! アレは食べる側もオカシイだけです! 食べ物を粗末にした罪、バンシに値するです…!」
ああ、お菓子だけに。と嬉しそうに返すヴラドの腕をぐいと掴み、シルヴィットは肩を震わせた。彼らの背後では、ウィルネストがナイトから蜂蜜を受け取り「おー、甘いな」などと呑気な声を上げている。ぐいぐいとシルヴィットに引っ張られ、否応なしにその場を立ち去ろうとしたヴラドは、ふと思い出したようにミヒャエルへ双眸を向けた。
「私は、薔薇の学舎へ入学したいですよ。ずっと、夢なんです」
笑顔でそう告げるヴラドに、ミヒャエルは何も言わずに片手のお菓子を机へ戻す。惚れ薬の入ったそれは、ヴラドへ食べさせようと選び出していたものだった。そんな彼から、ヴラドは勇へと視線を移す。
「裏切り、迫害……私には何があったのかいまいち分かりませんが」
悲しげに言葉を切りだしたヴラドは、どこか虚ろな勇の瞳を真っ直ぐに見詰めた。言い聞かせるように、穏やかな語調で語り掛ける。
「あと数百年も生きれば、きっとそのご友人とも和解出来る筈です。折角薔薇の学舎へ入学できたのですから、楽しいことへ目を向けてみるのはいかがでしょう? 恋愛に恋愛に恋愛に恋愛、折角綺麗な肌をお持ちなのですから、私などに汚されては勿体無いですよ」
どこまでもずれた言葉を続けるヴラドは、そこでふと言葉を切った。勇から視線を逸らさずに、得意げな笑みを浮かべる。
「そしてその頃には、私も必ずや学舎への入学が叶っている事でしょう。そうしたら、私の友達になって学舎を案内して下さい。いかがでしょう?」
にっこりと問い掛けるヴラドの言葉に、返事はない。しかし満足げにうんうんと一人頷いたヴラドは、シルヴィットへと視線を戻した。
「さて、お待たせしました。何の話でしたっけ?」
「……おいしいお菓子を台無しにしたお馬鹿さんは、シルヴィットがお仕置きしてやるですよ」
溜息交じりに怒りを滲ませ笑みを浮かべたシルヴィットは、気を取り直してぐいぐいとヴラドの腕を引き始めた。その向かう方向に、ヴラドの面持ちがさっと蒼褪める。
「……あのー。ちょっとそちらはですね、ええと競技中でして」
「知ったこっちゃねーですよ! ヴラドが作ったんだから、責任もって食うです」
進行方向の先、廊下で蠢くクッキーマンの姿を目にしたヴラドの言い訳を一蹴し、なおもシルヴィットは容赦なくヴラドを引き摺って行く。元より非力なヴラドに抗える筈も無く、クッキーマンの性質を誰よりもよく知るヴラドは、蚊の鳴くような声で謝罪を零した。
「……ごめんなさい……」
「聞こえねーです」
「申し訳ございませんでした!」
その後方では、サトゥルヌス製のトリュフに手を出したウィルネストが「こりゃうまい」と平和な感想を漏らしている。そんな彼へ惚れ薬を口にしてしまったらしい狼姿のナイトが飛び掛かり、仰向けに倒れ込んだウィルネストへじゃれるように尻尾を振りたくってぺろぺろと頬を舐め始めると、穏やかなテーブルの周辺に笑いが上がった。
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