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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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「わぁ、ちょっと上手く出来たかも!」
 戦場の脇で、アリアはお弁当のおかずを一通り作り終えて、嬉しそうに両手を合わせた。特に、卵焼きは普段時々失敗するから、綺麗に巻けて焦げ目もなく、小躍りしたくなってしまう。アリアは、お弁当箱に詰める前に試食してもらおうと、鮮血舞うテーブルの側で目を丸くしているルミーナに近付いた。
「る、ルミーナさん、味見していただけませんか?」
「あ、完成したんですね。じゃあ……」
 お口に合えば嬉しいなぁ、とどきどきして感想を待つ。ルミーナは、卵焼きを食べおわると一つ頷いた。
「とても家庭的で……ほっとするお味ですわ。涼司さんも喜んでくださると思いますよ」
「本当ですか!?」
 アリアは目を輝かせて喜ぶと、おかずを丁寧に、心を込めて箱に詰めた。ごはんは事前に入れて、冷ましてある。その上からごま塩を軽く振る。ごまだけでも栄養価値は結構変わってくるものだ。

 そして、お調子者を片付け、更に大げさに驚かれたことに立腹した環菜は「何か」を作ろうかと適当に野菜を選んでいた。彼女は明日香の予想通り、料理はやらない。故に出来ない。しかし食材を選ぶのに迷いは無い。
「パスタでも作ろうかしら。ルミーナ、あれ、ゆでてトマト潰すだけでしょ?」
「環菜さん……ただのお湯でゆでたらべたべたになりますわ。塩を入れて……」
「塩? しょっぱいパスタなんて食べたことないわよ」
「いえ、あの……環菜さん、調理はみなさまに任せて試食させていただきませんか? 様々なお料理が出来ているようですから」
 ルミーナは環菜の名誉を守ろうと必死だ。
「環菜さん!」
 そこに、セシリアが声を掛けてきた。お皿に、マンゴーと桃のタルトを1切れずつ載せている。フォークも添えられていた。
「みんなで楽しく料理する機会を設けてくれて、ありがとうございます! お礼に、おひとつどうですか?」
「プレッツェルもどうぞ」
 小夜子もできたてのプレッツェルをお皿に乗せて、調理中の皆の間を回っていた。
「そう? じゃあ、いただくわね。どこかに座ろうかしら」
「今、椅子を持ってきますね」
「フィリッパが飲み物も用意しているようだからそちらもあわせてどうぞ!」
 フィリッパは別テーブルで、コーヒーと紅茶を用意していた。インスタントコーヒーとティーバックで作ったものだったが、だからということか、休憩しにきた生徒達が気軽にやってきて結構盛況である。
 環菜が近付くと、フィリッパは言った。
「人によって好みがあるでしょうから、2種類用意いたしましたわ。お好きな方を選んでくださいね」
「インスタントコーヒー……飲んだことないわ」
 環菜は、聞いた者が青スジを立てそうなセレブ発言をして、コーヒーを選択した。ルミーナの用意した椅子に座り、お菓子類を食べる。
「……たまには、こういうのも悪くないわね」
「そうですわね。環菜さん、他もいろいろと周ってみましょう」
 ルミーナは、環菜の意識が食べる方に逸れたことに心底安心して、何気に彼女を誘導していった。

「YAMAHA様」
 望は、環菜にぼこぼこにされてよろよろと起き上がった涼司に声を掛けた。焼きたてのパンプキンパイをホールで持っている。不憫すぎて泣けてくる彼を慰めようと、腕に抱きついてわざと胸を当ててみる。減る物ではないし、むしろ増えてほしいし、へいちゃらである。
「できたてですから、美味しいですよ」
 そう言う望に、涼司は首を傾げた。
「あれ? この辺って胸だよな? 堅いっつーか……無い? 背が高いんだから、もっとあるもんだろ……もしかして、女装?」
 ……ぷちっ。
 最大のコンプレックスに触れられて、望はキレた。まだあっつあつのパイを涼司の顔面に叩きつける。
「うあっちい!」
「身長の割に胸が小さいとか言うなっ! クキーッ!」
 しかし、涼司がそう思うのも詮無いことだ。小さい胸の上に着物を着ているから、外からは殆ど感触が無いのである。
 熱いしべたべたになるわで、必死にパイを顔から取り除く涼司に、望は冷たい声で言った。
「全て美味しくいただいてくださいね。山牙様」

 涼司が、泣きながら自分の顔型がついたパンプキンパイ(ホール)を食べていると、アリアがナプキンで包んだお弁当をそっと前に置いた。
「お腹が落ち着いたら食べてね。でももう夏が近いから、早めにね」
「今じゃダメなのか?」
「……無理しないでいいよ。これからも、色んな人から色んなものを食べさせてもらってお腹が膨れるだろうし、お弁当は長く保つから」
 そう言って離れていくアリアを、涼司は救われたような気分で見送った。
「鬼の次に天使が訪れたような気分だ……!」
「んーー、じゃあ、もう天使はいらない?」
 聞き覚えのある声に起き上がると、リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)がお弁当箱を持って立っていた。
「私もお弁当作ってみたんだけど、食べてくれると嬉しいな」

「はい、口あけて」
 リカインはほうれん草の胡麻和えを箸で摘んだ。お弁当は日本風で、プチトマトの他に梅干と鮭おにぎり、玉子焼き、中にチーズと胡瓜を詰めた竹輪、プチトマト、キウイフルーツが入っている。赤、黄色、緑、白と彩りも豊かだ。
「あ、あーん」
 おにぎりを1つ平らげると、涼司は促されるままにあーん、とした。悪い気はしない。もう全然悪い気はしない。涼お年頃の青少年である彼は、女性に優しくされたり好意を持たれると舞い上がってしまう。今もそんな感じで、花音が遠くで見ているにも関わらず締まりのない顔をしていた。さっきは悔しがる側だったのにこんな恩恵を受けられるとは……! と脳内が少々お花畑になっている状態である。
「どう?」
「うん……美味しいぜ」
「良かった、料理はあんまり得意じゃないんだけど、そう言ってもらえると嬉しいな。他の人が作ったのも食べる?」
 リカインはそう言って、完成済みの鮭チャーハンや野菜炒め、じゃがいもとウィンナーのバター炒め、異物混入多めのカレーを持ってきて順番に、同じようにあーん、と食べさせた。色んな料理を間近で食べる様子を見て、涼司の好みを把握しておこうという作戦だ。そうすれば、次にも活かせるはず。彼女は、この実習を機に涼司とお近づきになりたいと思っていた。周囲から遠巻きに見られていても気にしない。まだ告白もしてないし勿論恋人でもないのを逆手に、あくまでも『励まして』いるのだという姿勢である。
 花音にも後ろめたいことは何もない。まだ、ただの『悪友』なんだから。
「……これは微妙だな。……うん、普通だ。な、何だこれ! 食えな……あ、でもルーは旨いな。にしてもリカイン、今日はどうしたんだ? いつもと雰囲気が違うよな。女らしいっていうか」
「……女らしいのはイヤ? こっちのほうがいいかな」
 リカインは前髪を上げておでこを見せて、環菜っぽくしてみた。サングラスはしていないものの、かなり似ている。
「へ? いや、別に……環菜はただの幼馴染だからな」
「よかった、私のままでいいんだね」
 ジンマシン、ジンマシンーーーー!
 その近くにいた生徒は、湯気にあてられながら蕁麻疹を発症するというレアな経験をすることとなった。

「あいつ、康之の料理全部食ったぞ……まあ、まずくはないのか……」
「某さん」
 呆れて見ていた某に、綾耶が完成したチョコタルトを持って来た。冷蔵庫から出したばかりで涼しげな空気を漂わせている。
「あ、味見してもらえますか?」
 やや緊張しながら綾耶が言うと、某は1つ手にもって、半分ほど口に入れた。滑らかなチョコレートと、堅いタルト生地が口の中で調和する。味もそう甘すぎず、胸焼け無縁にいくつでも食べられそうな優しい味だ。
「どう、ですか? えと、正直な感想をすぱっと言ってください。すぱっと」
(すぱっと……?)
 じーっと見られ、某の方も何だか緊張してしまう。美味い、の一言じゃ味気ないよな……。甘い……違うな。コーヒーのお供にぴったり……いやいや。
「帰ったら、また作ってくれるか?」
 結果として出てきたのは、何故かそんな言葉だった。言ってから気付く。
(お、俺はまた、なに恥ずかしいことを……!)
 赤面する某を、綾耶はきょとんと見上げ――
「はい!」
 と、嬉しそうに笑った。