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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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  〜探るのは、花音の心〜 
 
 
「そうか……みんな、俺のために……」
 名前を間違えられて若干へこんだものの未だ感動の余韻に浸っていると、黒脛巾 にゃん丸(くろはばき・にゃんまる)が後ろから肩をポンっと叩いてきた。
「山葉さんよぉ……。心中お察しするぜ」
 何だか笑いを押しこらえているように見えるのは気のせいだろうか。いやいや気のせいではない。にゃん丸は、今まで散々自分の邪魔をしてきた涼司をからかい、彼の心の傷口に塩を塗ってやろうと実習に参加したのだ。
 思い返せば修学旅行で覗きを邪魔され、温泉洞窟ではボコられた。エロ本を廻っては校長に怒られ……。正直、涼司に関わって、いい事は一度も無かった。
(復讐するチャーンス!)
 というわけである。
「で、何が食べたい?」
「あ? いや、別にこれといってねえけど……」
 そう答えると、にゃん丸は冷蔵庫を覗き込み、鼻歌でも歌いそうなノリで喋りだした。
「そうかそうか別に無いのか。じゃあフラれた事を実感する味は……っと。フラ……イドポテトに、ブリ……大根。小女子……」
 ぴき、ぴき、とこめかみをひきつらせていく涼司をしっかりと横目で楽しみながら、最後に卵と鶏肉に玉葱を取り出す。
「いやいや花音ちゃんの得意だったオムライスがいいな。俺それしか作れないし」
 ぴきっ、とまたどこかでマンガ的擬音を響かせる涼司を立たせ、フライパンをコンロにかける。ケチャップやマヨネーズ、塩コショウなどは調理台の上に乗っていた。
「それしか作れねーなら、前半のくだり要らなかったよなあ……?」
「いやいや、君のためならなんだって作るよ。ほら、フラ、ンス料理とかリクエストがあればなんでもねぇ。さて、フラれ……イパンに卵を……」
 チキンライスを作って上げ、ボウルに溶き卵を用意する。フライパンの縁で卵をコンコン、と叩き――
 ベキャッ……
「あ、殻が入ったけどまぁいいか」
「おい……」
 混ぜた上で油を引いたフライパンに流し込み、薄焼き卵を作る。その上からチキンライスを戻し、ジュージューと適当に卵を巻いた。
「形は悪いが……男の料理はこんなもんだよね。味は……まぁ普通かな」
 味見をしてから皿に盛り、上からケチャップで『花音?』と書いて……その時、ビッ!! とメガネにケチャップが飛んだ。
「あ、ごめん。わざとじゃないよ」
「…………」
 涼司はケチャップをくっつけたままぷるぷると震え、ケチャップの容器をがしっと掴んだ。ぶしゃしゃしゃしゃしゃ! とにゃん丸の顔にぶっかけた。
「人が真剣に悩んでる時に……! なにしに来やがったんだこの野郎!」
「ふ、ふふ……」
 にゃん丸は腕で顔を拭うと、右手にケチャップ、左手にマヨネーズを装備して涼司にぶっかける。
 べしゃしゃしゃしゃしゃしゃ!
「…………」
 涼司は無言で制服を見下ろして……そこからはケチャップのかけあいである。
「てめぇばっかり不幸面すんじゃねぇ! こちとら18年彼女いねーんだ! 彼女がいただけマシだろうがっ!」
「何勝手に過去形にしてやがる! 俺は花音と一緒に居るんだ!」
「なんですかー、まだ脈があると思ってんですかー。もう俺と同じ穴のムジナなんですよー!」
 涼司の鼻の穴にマヨネーズ容器を突っ込む。ぶちゅうっ!
「ぶはぁ!」
「てめぇのメガネの色は何色だぁ!!」
 怒りのままに、にゃん丸は意味不明の台詞を連発した。
「お前のレベルなんかとっくに抜いてんだよこっちは!」
「あなた達……」
 そこで、ごごごごごという筆文字を背負って、環菜が2人の元へやってきた。あまりの迫力に、生徒達は素早く道を開ける。
 硬直するにゃん丸と涼司に対して拳を固め――
「出 て 行 き な さ い」
 かくして、巨大なたんこぶを作ったケチャップとマヨネーズまみれの男2人は、毛低下室からぽいぽいっとつまみ出された。にゃん丸は頭にオムライスを乗せ。涼司はまだマヨネーズにげほげほとしている。
「はぁ、はぁ……今度、合コン行こうぜ!」
「誰が行くか!」
 これが男の傷の癒し方だ!!

「環菜さん……」
 2人を追い出した環菜に、ルミーナが遠慮がちに声を掛けた。
「涼司さんを追い出してしまっては、この授業の主旨が……」
 言われて、環菜ははたとそれに気付いたが、元々彼女にとっては乗り気でない企画である。先程の恥は無かった事にするから良いとして、涼司と花音の関係がどうなろうと口を出す気も一切無く、そう考えると、涼司なんか居なくても問題無いような気がしてくる。生徒達も楽しそうにしているし――
「別に良いでしょう。結果オーライというやつね」
「でも……」
「私は校長室に戻るから、後は任せたわよ」
 環菜はそれだけ言うと、家庭科室を出て行った。あいつが戻っても、好きにさせなさい……。その意図を察して、ルミーナは憂いを帯びた表情を笑顔に変えた。
「……はい、わかりました」

 冷えたパウンドケーキを1口サイズに切っていく。その途中で、封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)は誤って指を切ってしまった。
「あっ……!」
 声を上げた瞬間、
パウンドケーキを一口サイズに切る時に包丁で誤って指を切ってしまった。
「平気か?」
 間髪入れず、樹月 刀真(きづき・とうま)はその手を取って傷口を舐めた。白花はビックリした。
「ひゃ……っ、と、刀真さん、自分で治せますから」
「そうか?」
「は、はい……」
 不思議そうに見つめられ、白花は真っ赤になりながらヒールをかけた。こういう事を無自覚でするんだから、本当にもう、困るやら嬉しいやら。
 その間に、漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)がケーキを切り分け、チェックの布を敷いた籠に入れていく。
 そして、完成した料理を携えて3人は校長室を訪れた。
「あら? 刀真、その籠は……?」
 仕事をしていた環菜は手を休め、刀真に訊ねる。刀真は笑顔で、彼女に中身をそっと見せた。
「はい。今日の実習で作ったサンドイッチとパウンドケーキです……サンドイッチは俺特製で、ケーキは月夜と白花の合作です」
「そうなの……美味しそうね」
 興味を惹かれたらしい環菜に、刀真は言った。
「俺が校長ではない環菜個人の為に用意したかったんですよ」
「え……?」
 その言葉の意味に気付き、環菜は目を瞬かせる。それから表情を和らげた。
「じゃあ……頂こうかしら」
「今、紅茶を入れますね。ゆっくりしていてください」
「……刀真」
「何ですか?」
「校長では無い私相手の時なら……親しい間柄なんだから、いつも通りでいいのよ?」
 その微妙な言い回しには、刀真は苦笑するしかなかった。

 花音は、これまでよりも沈んだ様子で手を動かしていた。今日の実習で、何か心境の変化でもあったのだろうか。
「花音様」
 そんな彼女に、本郷 翔(ほんごう・かける)は肉じゃがを皿に盛って声を掛けた。花音はぼうっとした表情で振り向いて、無言で翔を見返す。
「少し、休憩致しませんか?」
「…………」
 テーブルに皿を置いて椅子を引き、どうぞ、と花音を迎える。歩いてきて、すとん、と座ったところで椅子の位置を整え、後ろに控えて翔は言う。
「肉じゃがを作ってみました。私は純粋に花音様に食べていただきたいだけですので、お気軽に試食してみてください。ただ、礼儀作法には気をつけてくださいね」
 下手に自分から何か言っても、色々言われて既に反発しているところに追いうちになってしまうのではないか? という危惧があった。それに、翔が伝えたいことというのは、花音に美味しく食べてもらわなければ始まらないのだ。
 仮に伝わらなくても、執事の卵として、花音に喜んでもらえればそれで良い。
 突然の高待遇に、花音は戸惑ったようにしながらも箸を取った。
「あ、ありがとうございます……」
 じゃがいもを切って、口に運ぶ。それを、翔は微笑して見守っていた。花音の表情は、変わったようなそうでないような。微妙過ぎて明確には判らなかったが。
(花音様には、肉じゃがから何かを見つけていただければいいですね……)

 見事肉じゃがを完食し、翔が食器を片付けてからも、花音は椅子に座ったまま動こうとしなかった。そこに、蓮見 朱里(はすみ・しゅり)が声を掛ける。
「花音さん、よかったら、私の料理修行に付き合ってもらえませんか?」
「え?」
 こちらを向いた花音は、何だか泣きそうな顔をしていた。不意のその表情に少し驚きつつ、朱里は言う。
「前にイルミンスールのミリアさんから、お料理教室で教わったんです。料理には『作る人の心』がこもるものなんだって。だから『本当に好きな人』のことを思いながら作ってみませんか?」
「本当に、好きな人……」
 花音は少し考えるようにしてから、頷いた。
「分かりました」
 朱里は、にんじんや蓮根、しいたけや鶏肉、きぬさやと、筑前煮の材料を用意していた。調理の中で『真実の愛』について考え、誰が好きなのかを改めて認めてほしい。
 涼司にも多少の落ち度はあるにせよ、今の花音の態度は酷い。流石に彼が可哀想だ。とはいえ、彼女がこのまま性悪女路線になって周囲から嫌われるのも見ていられない。
(これで、花音さんの本当の気持ちを確かめられたらいいんだけど……)
 頭ごなしの非難はもう一杯されただろうし、と、朱里から何か言うつもりはなかった。でも、彼女が本気で南に惚れているのかは疑問だ。山葉に心を残しているならダシにされた鮪が哀れだし、逆に『一緒についてくれるから』というだけの理由なら『絆値の変動だけで簡単に相手を変えるのか』ということになってしまう。もちろん、本当に南を好きなら何も言うことはないのだけれど。
「花音さん、今日は鮪さんはいらっしゃらないんですか?」
 と、朱里は鮪の名前を出してみる。これで、花音が本気で鮪に惚れているのか判ると思ったのだ。
「急だったし、きっと知らないと思います」
「来てくれてたら、やっぱりお料理食べてもらいたかったですか?」
 言いながら、さりげなく花音の手元に目を落とす。彼女が本当に鮪のことを好きなら、その手元に狂いはないはず。そう思って。
 逆に心に迷いがあるなら、手さばきや味付けにも反映されて『心の込もらない、どこか中途半端な料理』になるのではないだろうか。
「そうですねー。鮪さんには、まだ食べてもらったことないなあ。誘ってみればよかったかも……でも、この実習は主旨が主旨だったですから、誘うの躊躇っちゃったんですよね」
 寂しそうに、困ったように答える花音。その手元は滑らかで、迷っている様子は無い。
(花音さん……本当に、鮪さんのこと……?)
 驚きと疑問をないまぜにしながらもそれ以上は訊かず、朱里と花音は料理を完成させた。アイン・ブラウ(あいん・ぶらう)を呼んで、3人で試食をする。
「涼司さんのことは、もう……?」
 それだけは確認したくて、朱里は遠慮がちに花音に言う。筑前煮はとても上手に仕上がり、その味から迷いは感じられない。
「……確かに、前は好きだったですけど、もういいんです。私には鮪さんがいますから。鮪さんは、涼司さんよりずっと信用できる人です。多分、あたし、引きずらないタイプの女だったんですね。涼司さんが初恋なのは本当ですし、自分でも知らなかったけど……」
 花音は、昔の思い出を語るような口調でそう言った。朱里とアインを見て、微かに笑う。
「アインさんは真面目そうでいいなあ。いい加減な涼司さんとは大違い」
 アインはびっくりして、箸を止めた。少し間を空けてから、答える。
「僕は別に面白みのない、ただの機晶姫だ。それに真面目が良いなら、南はどうなる? 彼が不真面目とは言わないが、あの様な大胆さ、豪胆さを逆に僕は持っていない。まさか『山葉以外なら誰でもいい』わけではあるまい?」
「鮪さんは真面目ですよ」
 さらりと言う花音に、2人は更に驚いた。
「すごく、努力をしてくれる人です。あたしの事を、ちゃんと考えてくれる人です。誰でも良い……訳じゃありません」
 朱里とアインは、言葉を失ったまま顔を見合わせた。盲目的に好きだと思い込み、変なフィルターがかかってないだろうか。
 ――いや、それが誰かに惚れるということか。
「アインさんは、朱里さんのどこに惹かれたんですか?」
「……!?」
 突然ふられて戸惑うものの、ここまで話を聞いて答えない訳にもいくまい。
「……色々あるが、一つ挙げるなら『皆に優しい』ところだろう。相手に対して常に礼節や思いやりを忘れない。外面だけ愛想良くしながら裏で非道な事をしない、といったところか」
「アイン……」
 朱里は、少し恥ずかしそうにしつつも嬉しそうだ。
「……朱里さん、愛されてるんですね」
 そう言う花音に、顔を火照らせた朱里は控えめに頷き、言った。
「ありがとうございます……あの、花音さん……鮪さんを好きだと思うのなら、山葉君が後に引き摺らないためにも1度きちんと話し合った方がいいと思います……。言い方によっても変わると思いますし……」
 その発言に、花音は笑みを翳らせる。
「大丈夫だと思ったんだけどな……」