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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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【2020授業風景】すべては、山葉のために

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「山葉先輩!」
 影野 陽太(かげの・ようた)に呼び止められ、気絶から目覚めた涼司はそちらへと近付いていった。陽太は、様々な食材を前に困っているようだ。
「どうした?」
「いえ……心を込めた料理を作って環菜会長に食べてもらいたいんですけど、どんな料理が喜ばれそうかな、と思って……。山葉先輩、知りませんか?」
 涼司は並べられた食材をざっと見渡して、そんなに悩む事もなく言う。
「あいつはいいもんばっかり食ってるからなあ。ガキの頃はハンバーグとかベタなのが好きだったけど」
「は、ハンバーグですね、わかりました!」
 陽太は早速、家庭科の教科書を開いてハンバーグのレシピを探し始めた。隠し味などの裏技は、ユビキタスを使ってチェックする。気になる情報は記憶術を使って忘れないようにした。必要であれば、博識も使うつもりだ。
「言っとくけど、子供の頃の話だぞ」
「でも、確かに好きだったんですよね。それなら、迷うことはありません。
 陽太はそう言って、恥ずかしそうな顔を涼司に見せた。
「俺……、想いのこもった料理なら、食べた人の心を動かせるんじゃないかと思って……」
 環菜に心配されているらしい涼司を元気付けようと遠まわしに、花音に心を込めた料理を作ってアタックしたらどうかと伝えているつもりなのだが――
「想いのこもった料理、か……」
 涼司は、複雑そうに陽太を見て、それから肩を叩いた。
「厄介な奴を好きになったもんだな……ま、がんばれよ」
 涼司はそう言って離れていく。「はい!」と答えながらも、陽太は環菜に心配されているらしい涼司が少し羨ましかった。でも……
(心配される身になれたとしても、俺は環菜会長に心配はかけたくないなぁ……)
 とも思うのだった。

「花音に料理を作ったら、戻ってきてくれるのかな……でも、そしたら……」
「山葉さん!」
 考え事をしている所を呼び止められ、涼司は振り返った。迎えに来た繭螺に引っ張られ、戸惑いながらもついていく。
「な、何だ?」
「いーからいーから! ここに座って! 頭にネクタイ巻いて!」
「ね、ネクタイ?」
 繭螺に言われるままに、椅子に座り、頭にネクタイを巻かせられる。こ、このシチュエーションは……
「はい、おでんでも食べて、思ってること全部吐き出しちゃいなよ! ボク達、いくらでも付き合うよ! はい、サービス!」
 甘酒をどん! と置かれて、涼司は確信した。これは、サラリーマンが夜中に愚痴をこぼす定番のシーンの再現である。同じようにおでんと甘酒を出されたロウファがちびちっびとやりながら涼司の腕を『わかるよ』というようにぽんぽんと叩く。
「さあ、どうぞ!」
(流石に、1杯じゃ酔わないからな……!)
 変な意地が出てきて、涼司は甘酒を飲み干した。

「何やら一部では変な盛り上がり方をしている気がしないでも無いですが……」
 屋台風試食台に背を向け、メイベル・ポーター(めいべる・ぽーたー)は言う。茹でた南瓜の皮を取り、裏ごししていた風森 望(かぜもり・のぞみ)がちらりと涼司の様子を見遣った。
「ええっと、あれは……山田様でしたか? なんだか、余りにも不憫すぎて、弄るとおもしろ……もとい、可哀想ですよねぇ」
「山葉さん……じゃありませんでしたか? 何かあったんですね。それで、今は○○を被っている、と……んー、でもほとんど知らない人ですし、悪いですけど、声を掛けるのは遠慮しておきましょう」
『おもしろ……』を聞き取った上でスルーして、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)は少し申し訳無さそうな表情を作った。エプロンをして、しっかりと三角巾をつけている。白い生地をいくつかに分けて、それを細長く伸ばしていた。材料は水の他には強力粉とドライイースト、塩砂糖にバターである。現時点では、まだ何か判然としない。
「まぁそちらはおいといて、私達はお菓子を作りましょう〜」
 メイベルはにこやかに笑い、セシリア・ライト(せしりあ・らいと)フィリッパ・アヴェーヌ(ふぃりっぱ・あべーぬ)と一緒に竹籠に入ったフルーツを選び始めた。タルトに使う台の生地は3人で作り、バターを塗って薄力粉を振った型と共に冷蔵庫で寝かせている。
「いろいろありますけど、どれになさいます? 全部は、ちょっと種類として多いかもしれませんわ」
 フィリッパがおっとりとした動作でサクランボを摘んだ。籠の中には、他に梅や枇杷、杏、桃、マンゴー、オレンジが入っている。今の時期が旬の、季節のフルーツだ。
「奇を衒わず、オーソドックスに作った方が美味しいでしょうねぇ」
 少し考えるようにしてから、メイベルはマンゴーを手に取った。
「あと、桃を使いましょう〜」
「じゃあ、3人で手分けしてカットしていこっか。メイベルもパラミタに来た頃に比べれば手際も良くなって人並み程度には作れるようになっているから心配ないから、僕も安心して作れるね」
「私は前からお料理できますぅ」
 セシリアに言って、メイベルは壁の時計を見た。2限目が半分程過ぎている。
「生地がうまく焼きあがって、具のフルーツを載せてまた焼くわけですが、そこまでしっかりと時間配分を間違えないようにしませんと。とはいえ、料理大会みたく誰が一番ということを決めるわけではないですから、楽しんで作りたいですね」
「そうですわね。望様は、パイですか?」
「パンプキンパイです。不憫で仕方ないYAMAHA様に、と思いまして」
 フィリッパに答えると、望は自然解凍の終わったパイ生地を2枚合わせ、型より一回り大きく伸ばした。麺棒で巻き取ると型の上で巻き戻して敷き込み、余分な生地をめん棒を転がして落とす。落ちた生地は丁寧に脇に置いておく。型に入れた生地にはフォークで空気穴を作り、ラップをかけて冷蔵庫に入れた。そして、裏ごしした南瓜に砂糖、生クリーム、とき卵、シナモンパウダーを良く混ぜる。
「それはプレッツェルですねぇー」
 マンゴーの皮を剥いてスライスしながら、メイベルが言う。
「はい。上手に出来ましたらぜひお一つ召し上がってください」
 小夜子は、先程伸ばしていた生地をプレッツェル独特の形に整えていた。沢山作った所で、フライパンで沸かした熱湯に重曹を入れて約30秒ほど茹でる。
「少し時間がありますから、お手伝いいたしますね」
「うん。この桃がまだだよー」
 引き上げた生地は15分くらい置いておく必要があるので、その間は、と小夜子はセシリアに渡されたフルーツのスライスをする。望もパイ生地が冷えるまでの間、フィリッパと一緒にタルト用のカスタードクリームを作る手伝いをした。卵を卵黄と白身に分けたり、薄力粉や砂糖を量りにかけていく。5人は作業をしながら、会話に華を咲かせていく。
「あ、そろそろ時間ですね」
 望は冷蔵庫から生地を取り出して、混ぜた南瓜のペーストを型に流し込んだ。型を作る際に切り落とした生地を細長く伸ばし、あわせ部分に卵白を塗って交差するように上にのせる。そして最後に、少量の水で伸ばした卵黄をつや出し用にとハケで塗った。あとは180度に熱したオーブンで約40分焼き、仕上げに粉砂糖を振りかけたら出来上がりだ。
 小夜子もプレッツェルの生地の1番厚い部分にナイフで切れ込みを入れ、岩塩をまぶしてオーブンに入れた。こちらは200度、約20分である。
「時間が掛かるなぁ……」
 オーブンの中を確認してひとりごちていると、メイベルが隣のオーブンにタルトの生地を入れにきた。アルミホイルの上に重石が載っている。この状態で10分程焼いて、更に重石を外して20分程焼くのだ。冷めた後にカスタードを入れ、カットしたフルーツを並べてナパージュを塗れば完成である。
「みんなで分担して作ったから、そこそこの量のタルトが出来そうだね。他の人にもお裾分けしよう!」
 小夜子と同じようにオーブンを覗き込みながら、セシリアが言った。メイベルも期待を込めた眼差しでタルト生地を眺める。
「さて、美味しいものが出来上がるか楽しみです」

「だからさあ……なんで鮪なんだ? 魚でモヒカンなんだぞ? もっと良い男がいくらでもいるのに……」
「山葉さんとかね!」
「そうだよ俺とか……俺が好きだっていってたのになあ……メイド喫茶に行ったのは悪かったよ……あやまるよ……のらくらしてたのも……でもさ、それにだって理由が……ん?」
 すっかり出来上がった涼司の目に、存分にLOVELOVEしている男女の姿が目に入った。

「うっまーい!」
 トライブはルミーナの作った料理を食べて、演技をするつもりが本気でそう言っていた。豚肉と枇杷を組み合わせた料理は、レストランで出ても全くおかしくないレベルだった。
「さっすがルミーナさん、料理の腕もソツが無いねぇ。いいお嫁さんになれる! そうそう、いいお嫁さんっていうのは、あーんとかもしちゃうんだよな!」
 褒め称えつつさりげなくそう言うと、ルミーナは少しきょろきょろしてからムースをスプーンですくって隼人の口に持っていった。
「はい、あーんしてくださいね」
 味もわからないままに、隼人はそれを飲み込んだ。そして、今度はルミーナに同じようにスプーンを差し出す。
「はい、あーん」
 ルミーナはそれを受け入れると、ムースをゆっくりと味わうように目を閉じた。
「……ど、どうですか?」
 緊張して、心臓をばくばくさせて言う隼人に、ルミーナは優しく微笑んだ。
「とてもおいしいですわ、隼人さん」
 そして、周囲をちらりと気にしてから白い頬を赤らめた。
「あの、でも、やっぱり少し恥ずかしいというか……」
「いえ、あの! これも今後の山葉のためですから! こういう事を今ここで女性とやっても大丈夫な雰囲気を作ってですね……お手本を見せて、山葉にもトライさせようという作戦で……って、今、俺の名前を……?」
 遅まきながらとんでもないことに気付いて、隼人はルミーナを見返した。
「あ、はい……仲の良い付き合いを見せるのでしたら、名前の方が良いですよね……?」
「…………」
 隼人は瞬きをしてから……脱力した。
「そ、そうですね……そうです……」
「あら? でも……風祭さんはよくご兄弟で一緒にいらっしゃるし……お名前でお呼びした方が良いのかもしれませんわね。風祭さん、これからもお名前でお呼びしてもよろしいですか?」
「あ、は、はい! 勿論です!」
「お兄さんは優斗さん、と……」
「あいつは名字で充分ですから!」
「何、他人の前で見せつけてくれてんだ……!」
 そこに、目を据わらせた涼司がやってきた。何故か肩にパンダを乗せている。かわいい。
「山葉! 何不景気な顔して……そうだ、おまえもさっぱりした初夏の味がするデザートを食べて、梅雨のようなじめじめした今の気持ちから爽やかなモノへとさっさと気持ちを切り替えやがれ! そして告れ!」
「誰がするか!」
 言ってから、涼司ははっと花音の方を見た。花音は、ふーん……という顔をしてそっぽを向いてしまった。一気に酔いが醒める。
「か、花音! ち、違うんだ、俺は……!」
 肩の上で、ロウファがやれやれとでもいうように両手を広げた。
「いいんですよ涼司さん、あたしも涼司さんなんか何とも思ってません」
「花音……!」
 そんなプチ修羅場の中、トライブはルミーナをベタ褒めしていた。
「ほんと、ルミーナさんは料理も出来るし器量よしだし、俺が貰いたいくらいだぜ!」
 彼女を楽しませよう、ついでに雰囲気を良くしようという気持ちからだったが、少々調子に乗っていた。
「デコ校長もルミーナさんを見習って料理の一つも覚えればいいのに。あの性格じゃ、嫁の貰い手なんかねーだろうな」
「あ、いや、意外にそうでも……」
 涼司は陽太とのやりとりを思い出して口を挟む。
「まぁ、あの人がエプロン姿で『お帰りなさい、あなた』なーんて言ってる姿なんて似合わねぇか。わっはっは!」
「まあ、それは無いな、わっはっは!」
 涼司もやけになってトライブに便乗する。
「何ですって?」
「いや、だからデコ校長がエプロンで…………って……」
「「……え?」」
 椅子に座ったまま後ろを仰ぎ――トライブと涼司は揃って固まった。環菜がエプロンをして、包丁を持って鬼のような形相をしている。
 ぎゃーーー…………
 がしゃーん!
 家庭科室に悲鳴が響く中、明日香はエプロン姿の環菜を見て今度は皿を落とした。作るかどうかは兎も角、その積極的な姿勢だけで明日シャンバラが滅びてもおかしくはない――